Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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7章 本音と暴露

7-6

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 ――何も、言えなかった。

 たかのっぽくんが、何かしらのものを抱えているだろう事はわかっていた。
だが、だからと言って、まさかこんな事情が隠されていたなんて、はたして誰が予想できただろうか。

 でも言われてみれば、確かに違和感も存在してはいたのだ。たとえば、こないだのライブについて詳しくなかった事に対する違和感だって、彼がロック奏者ではなく、クラシック奏者だったからなのだと考えれば納得がいく。
 クラシックは詳しくないけど、さすがにピアノで対バンライブなんてのはなさそうだし。

(あぁ、そうか。だからたかのっぽくん、あの時、郁也にあんな質問したのか)

『一度やめたら、もう二度とやっちゃいけないようなもんなんですか、音楽って』

 郁也と再会したあの日、たかのっぽくんが郁也にした質問を思い出す。

 音楽家の家系で、代々クラシック系奏者で、自分もピアニストの卵。
 でも本当にやりたかったのは、自分が求めていた音楽は、もっと別のところにあった。

 同じ音楽だけど、ロックとクラシックではずいぶん勝手が違う。きっと本当にやりたい事に気づいてしまったその瞬間、彼にとって絶対唯一無二だと信じていた何かが壊れてしまったのだろう。

 俺達が音楽を一度やめてしまった時のように。その瞬間、たかのっぽくんにとっての『音楽』が、崩れてしまったのだ。

(そっか。この子も、俺達と同じだったのか)

 今なら、あの問いが俺達の胸に綺麗にはまったように思えた理由がわかる。あれは、たかのっぽくん自身の疑問でもあったのだ。

 俺達と同じく、『音楽』で挫折をしてしまった彼自身の言葉。
 だからまっすぐに、ストンと、俺達のもとにも遠いたのだろう。

 純粋な言葉は、まっすぐに、包み隠さずに、その意味を届けてくるものだから――。

 無言の間が続く。きっと優作と拓弥も何を言えばいいのかわからないのだろう。
 たかのっぽくんの頭が動く事なく、俺達の前で下げられ続けている。でもそれに「顔をあげて」なんて言うのは、なんとなく憚られた。そんなこと、簡単に言ってしまっていいのか、今の俺には判別がつかなかった。

 ――と、

「あーあ、なぁんか予想外に凄いの来ちゃったなぁ」

 突然、拓弥が大きな声をあげた。

「どうせだし、この流れでおれも暴露っちゃおうかなー」

 言いながら、拓弥が天井を見上げる。床に手をつき、それに体重を預けるようにして後ろに倒れながら、天井を仰ぎ見る。

 あっけからとした声音で、突然声をはりあげてきた拓弥に、俺と優作の目が丸まる。たかのっぽくんも顔をあげ、驚いた表情で拓弥を見返した。

「暴露っちゃうって……、何を?」

 どこかいつもと違う明るさで満ちた拓弥に、内心ビクビクしながらもそう尋ねる。
 次の瞬間、拓弥がにこりと、清々しいまでの笑みをその顔に浮かべながら俺達を見回した。

「おれ、来年の春、離婚します」
「「「え」」」

 ぴたりと、その場の時が止まったような気がした。

 数瞬の間。
 それからついで「「「えぇええええ/はぁああああああっ⁉」」」と野郎3人分の叫び声が、スタジオ内にこだました。

「り、離婚……⁉」とたかのっぽくんが、目を白黒とさせる。
 灰色の瞳が白黒するって、なんだか字面のカラーリングが矛盾しているような光景だけど、本当にその通りなのだからしかたない。

「お、おい、聞いてねぇぞ、そんな話っ」と優作が声を荒げる。文字通り泡を食ったような動揺っぷりだ。そんな優作の反応を面白がるかのように、「そりゃあ言ってないもん」と拓弥がケラケラと笑い返す。

「り、離婚って……! 一体いつから、そんな事に……」

 ハッ! ま、まさかバンド活動を始めたのが原因で……⁉ バンドにかまけてばかりで、家庭分裂が起きたんじゃ……⁉ ――思い至った考えに顔が青ざめる。

 すると、そんな俺の考えを察したのか、「あぁ、違う違う。バンドは関係ないよ」と慌てたように拓弥が口を開いた。

「単純な性格の不一致。よくある離婚理由だよ。ほら、おれっていつもヘラって笑ってるところあるでしょ。笑ってやり過ごすというか、なんというか。対して、彼女の方は気が強めで、いつも自分の意見をガンガン突き通すタイプの人でさ。結婚前からそれで何度か微妙な空気にはなったりはしてたんだけど、ついに妻の方が痺れきらしちゃったみたいで」

「他に男が出来たから別れてほしいって言われちゃった」と、拓弥が続ける。

 いや、言われちゃったって……。それ、そんな軽い言い方で済む話じゃなくね? 
 たかのっぽくんの話も凄かったけど、お前の話、それを二重三重は軽く超えてる重い話だからね?? 自覚、ちゃんとある????

「今だから言えるけど、実を言うとね、透くんと優くんと再会した時にはもう、結構どうしようもない状態になってて、ほとんど別居状態みたいな感じでもあったんだ」
「別居って……。お前、んな事、一言も言わなかったじゃねぇか」
「そりゃあ、そこそこ出世して結婚して子どもも居て? それで人生勝ち組だって言ってくるような人が居たからねー。言えるわけないじゃない」

「うっ」と、優作が言葉を詰まらせる。
 あー、そういえばコイツ、そんな事言ってたなぁ。チラッと視線を飛ばせば、俺の視線から逃げるように優作が顔をそむけた。

 そんな俺達のやり取りに、「冗談だよ」と拓弥が苦笑する。
 そうして「単純に言い出せなかっただけさ」と言葉を続けると、小さくその肩をすくめた。

(そういえば拓弥……。ギターをまた始めた理由について、『仕事でたまったストレスの発散』とかなんとかって言ってたっけ)

 あの時はなんとも思わなかったけれど、今ならあの言葉に込められた本当の意味がわかる。
 たぶん、この奥さんとの問題もまた、拓弥とってはどうにか吐き出したい悩みの1つだったのだ。

 でも頼れる相手なんていなくて、それで最終的に縋ってしまったのがギターだったのだろう。

「ショックな気持ちがないわけじゃないよ。でも、俺もいつかはそうなるんじゃないかなって思ってたからさ。子どもの事を考えると、さすがに申し訳なさでいっぱいになるけど、でもさ、いつも喧嘩ばかりの親の姿を見せてるよりは、やっぱり仲のいい親の姿見て、育ってほしいじゃん?」

「だから、子どもは母親の方に任せて、おれはバツイチ独り身になりますって感じ」そう続けた拓弥の言葉にハッとする。

 拓弥の方へ顔を向ければ、やわらかな眼差しの拓弥の目と目が合った。
 俺達の知る井尻拓弥の、でもちょっとだけそれとは違う雰囲気を持った、優しい優しい眼差し。

 それは多分、俺の見間違いでなければ、確かな『父親』としての顔だった。

 ――と、

「はぁぁあああああああっ、だぁーっ、くそっ。なんでそういうやべぇ事を今言うかなぁ、お前はよぉ」

 突然、優作が大きなため息を吐き出した。
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