Herec 2nd~一度音楽をやめた奴らが結成した『社会人バンド』がMVを作る事になった話~

勝哉道花@みちなり文庫

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3章 子どもとカレーと背景事情

3-3

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「やりたい事はわかったけど、勝手に人のもん漁るのはダメですっ」ときらりちゃんに叱れば、「え~」とつまらなさそうに唇をすぼめられた。

 え~、じゃないわ、え~、じゃ。
 わかっちゃいたけど、本当に精神図太いわね、君⁉

 俺をかわせないと思ったのか、きらりちゃんが諦めたように納戸から離れた。

 だが、その目はあいかわらず、部屋の中をキョロキョロと見回している。次なる獲物を探してる事は、火を見るよりも明らかだ。

 ダメだ。これ以上は、俺の身が持たん……!
 どうにかしてきらりちゃんの興味を、俺の部屋からそらさねば!

「そ、そうだっ、きらりちゃん、手洗いうがいまだしてなくね⁉ 外から帰ってきたら、まずは手洗いうがいしなくちゃだぜ⁉」

「学校でも手洗いうがいしましょうねって、言われてるっしょ⁉」と、あわあわと言葉を続ければ、「あ!」ときらりちゃんがハッとしたように声をあげた。

「きらりとしたことが、すっかり"しつねん"してたわ! 手あらいうがいなんて、女の子のもっともだいじな"たしなみ"のひとつだって、ママも言ってたのに!」
「うんうん、そうだよね、そうだよねっ。手洗いうがいは女の子の大事な嗜みのひとつだぜ!」

 女の子どころか、人類皆の嗜みな気がするが、今は置いておこう。

「透くん、お手あらいば、どこ⁉」と慌てるきらりちゃんに、「廊下出て左の扉だよ」と教える。
 そうして「ありがとー!」ときちんとお礼を言いながら、ビュンッと勢いよく廊下に出ていったきらりちゃんを、手を振りながら見送る。

 よし、ミッション完了。

 なんとかなったぜ。今ばかりは、元奥さんの教育の賜物だな。ありがとう、元奥さん。でも、あなたの教育が最初の原因という事も、俺は忘れません。

 とりあえず、納戸は勝手に開けられないようにする必要があるな。
 なんかこう、さりげなく荷物とか布団とかで、戸の前を塞いでおくか。

(拓弥があの子に振り回されていた理由が、よくわかった気がする)

 はたしてこんな調子で、俺は無事に一晩乗り切れるのだろうか。
 一抹の不安を覚えつつも、納戸前を周囲にあった荷物で適当に防ぎ終えた時、ぐぅ、と小さく腹の虫が鳴いた。

「……腹、減ったな」

 ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認する。

 18時半ちょっと前。夕飯を準備するにはちょうどいい時間帯だ。

(そんなに時間が経ってる気はしてなかったけど、よく考えればスタジオでの騒動からもう1時間以上は経ってるんだよな)

 スタジオに入ったのが16時。
 それからすぐにきらりちゃんの騒動が起きて、元奥さんがこっちに来たのがそれからさらに1時間後の出来事で……。この時点で17時は過ぎてるわけで、そっからうちに帰るまでの時間を換算すると、まぁこんなもんかって感じの時間だ。

 とりあえず、ご飯の用意でもしますかね。
 いろいろ問題事はあるが、とにもかくにもまずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬってな。

 廊下に併設されているキッチンスペースに向かう。
 途中、開けっ放しになっている扉から手洗い場こと洗面所の中を覗けば、機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、手を泡泡にして洗っているきらりちゃんの姿が確認できた。

 お、ちゃんと指先まで洗ってる。偉い、偉い。

(さて、なーに作ろっかなー)

 いつもだったら、「1人だし、適当でいっかー」って感じに、あるもので適当に焼いたり煮たりして何か作るんだけど、今日はお客さんがいるからなぁ。
 もし適当な料理なんて出したら、きっとまた、女の子への扱い方を説かれてしまいそうだ。
 うーん、女の子って難しい。

 ……それとも、ここで難しいとかって思うから、俺、彼女の1人もできないのかしら?

 結婚の2文字がまたジリジリと遠ざかっていくのを感じつつ、それを見ないフリして冷蔵庫を開ける。きらりちゃんの方は最後の水洗いフェーズに突入したようで、ジャーッ‼ と勢いのある水音が洗面所の方から聞こえてきた。

 いっそのこと、きらりちゃんがこっちに戻ってきてから、何食べたいか聞いてみるのもありだな。

 そんな事を考えながら冷蔵庫の中を確認した瞬間――、

「あ」

 飛び込んできた光景に、本日何度目になるかわからない間抜けな声がこぼれ落ちた。

 一般的な冷蔵庫としては小さめな、でも1人暮らしサイズとしては適度な大きさの冷蔵庫。

 しかしその中に広がっていたのは、1人暮らしの野郎の腹どころか、子どもの腹すら満たせないような、必要な調味料以外ほぼ何もない、がらがらの光景だった。

(……そういえば俺、今日の帰りにスーパー寄るつもりでいませんでしたっけ)

 数時間前、スタジオに行く行かないの話になった時に、仲間達にそんな事を話した記憶が俺の脳裏を横切っていった。

「………………………………やっべ」

 これ、お説教確定コースでは?

 キュッと蛇口が閉まる音。それまで聞こえていた水音が止まる。
 次の瞬間、「透くん、タオルどこー!」という無邪気な子どもの声が、冷蔵庫の冷気とは異なる冷気でできた汗を流す大人の背に向かってかけられたのだった。
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