41 / 82
3章 子どもとカレーと背景事情
3-3
しおりを挟む
「やりたい事はわかったけど、勝手に人のもん漁るのはダメですっ」ときらりちゃんに叱れば、「え~」とつまらなさそうに唇をすぼめられた。
え~、じゃないわ、え~、じゃ。
わかっちゃいたけど、本当に精神図太いわね、君⁉
俺をかわせないと思ったのか、きらりちゃんが諦めたように納戸から離れた。
だが、その目はあいかわらず、部屋の中をキョロキョロと見回している。次なる獲物を探してる事は、火を見るよりも明らかだ。
ダメだ。これ以上は、俺の身が持たん……!
どうにかしてきらりちゃんの興味を、俺の部屋からそらさねば!
「そ、そうだっ、きらりちゃん、手洗いうがいまだしてなくね⁉ 外から帰ってきたら、まずは手洗いうがいしなくちゃだぜ⁉」
「学校でも手洗いうがいしましょうねって、言われてるっしょ⁉」と、あわあわと言葉を続ければ、「あ!」ときらりちゃんがハッとしたように声をあげた。
「きらりとしたことが、すっかり"しつねん"してたわ! 手あらいうがいなんて、女の子のもっともだいじな"たしなみ"のひとつだって、ママも言ってたのに!」
「うんうん、そうだよね、そうだよねっ。手洗いうがいは女の子の大事な嗜みのひとつだぜ!」
女の子どころか、人類皆の嗜みな気がするが、今は置いておこう。
「透くん、お手あらいば、どこ⁉」と慌てるきらりちゃんに、「廊下出て左の扉だよ」と教える。
そうして「ありがとー!」ときちんとお礼を言いながら、ビュンッと勢いよく廊下に出ていったきらりちゃんを、手を振りながら見送る。
よし、ミッション完了。
なんとかなったぜ。今ばかりは、元奥さんの教育の賜物だな。ありがとう、元奥さん。でも、あなたの教育が最初の原因という事も、俺は忘れません。
とりあえず、納戸は勝手に開けられないようにする必要があるな。
なんかこう、さりげなく荷物とか布団とかで、戸の前を塞いでおくか。
(拓弥があの子に振り回されていた理由が、よくわかった気がする)
はたしてこんな調子で、俺は無事に一晩乗り切れるのだろうか。
一抹の不安を覚えつつも、納戸前を周囲にあった荷物で適当に防ぎ終えた時、ぐぅ、と小さく腹の虫が鳴いた。
「……腹、減ったな」
ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認する。
18時半ちょっと前。夕飯を準備するにはちょうどいい時間帯だ。
(そんなに時間が経ってる気はしてなかったけど、よく考えればスタジオでの騒動からもう1時間以上は経ってるんだよな)
スタジオに入ったのが16時。
それからすぐにきらりちゃんの騒動が起きて、元奥さんがこっちに来たのがそれからさらに1時間後の出来事で……。この時点で17時は過ぎてるわけで、そっからうちに帰るまでの時間を換算すると、まぁこんなもんかって感じの時間だ。
とりあえず、ご飯の用意でもしますかね。
いろいろ問題事はあるが、とにもかくにもまずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬってな。
廊下に併設されているキッチンスペースに向かう。
途中、開けっ放しになっている扉から手洗い場こと洗面所の中を覗けば、機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、手を泡泡にして洗っているきらりちゃんの姿が確認できた。
お、ちゃんと指先まで洗ってる。偉い、偉い。
(さて、なーに作ろっかなー)
いつもだったら、「1人だし、適当でいっかー」って感じに、あるもので適当に焼いたり煮たりして何か作るんだけど、今日はお客さんがいるからなぁ。
もし適当な料理なんて出したら、きっとまた、女の子への扱い方を説かれてしまいそうだ。
うーん、女の子って難しい。
……それとも、ここで難しいとかって思うから、俺、彼女の1人もできないのかしら?
結婚の2文字がまたジリジリと遠ざかっていくのを感じつつ、それを見ないフリして冷蔵庫を開ける。きらりちゃんの方は最後の水洗いフェーズに突入したようで、ジャーッ‼ と勢いのある水音が洗面所の方から聞こえてきた。
いっそのこと、きらりちゃんがこっちに戻ってきてから、何食べたいか聞いてみるのもありだな。
そんな事を考えながら冷蔵庫の中を確認した瞬間――、
「あ」
飛び込んできた光景に、本日何度目になるかわからない間抜けな声がこぼれ落ちた。
一般的な冷蔵庫としては小さめな、でも1人暮らしサイズとしては適度な大きさの冷蔵庫。
しかしその中に広がっていたのは、1人暮らしの野郎の腹どころか、子どもの腹すら満たせないような、必要な調味料以外ほぼ何もない、がらがらの光景だった。
(……そういえば俺、今日の帰りにスーパー寄るつもりでいませんでしたっけ)
数時間前、スタジオに行く行かないの話になった時に、仲間達にそんな事を話した記憶が俺の脳裏を横切っていった。
「………………………………やっべ」
これ、お説教確定コースでは?
キュッと蛇口が閉まる音。それまで聞こえていた水音が止まる。
次の瞬間、「透くん、タオルどこー!」という無邪気な子どもの声が、冷蔵庫の冷気とは異なる冷気でできた汗を流す大人の背に向かってかけられたのだった。
え~、じゃないわ、え~、じゃ。
わかっちゃいたけど、本当に精神図太いわね、君⁉
俺をかわせないと思ったのか、きらりちゃんが諦めたように納戸から離れた。
だが、その目はあいかわらず、部屋の中をキョロキョロと見回している。次なる獲物を探してる事は、火を見るよりも明らかだ。
ダメだ。これ以上は、俺の身が持たん……!
どうにかしてきらりちゃんの興味を、俺の部屋からそらさねば!
「そ、そうだっ、きらりちゃん、手洗いうがいまだしてなくね⁉ 外から帰ってきたら、まずは手洗いうがいしなくちゃだぜ⁉」
「学校でも手洗いうがいしましょうねって、言われてるっしょ⁉」と、あわあわと言葉を続ければ、「あ!」ときらりちゃんがハッとしたように声をあげた。
「きらりとしたことが、すっかり"しつねん"してたわ! 手あらいうがいなんて、女の子のもっともだいじな"たしなみ"のひとつだって、ママも言ってたのに!」
「うんうん、そうだよね、そうだよねっ。手洗いうがいは女の子の大事な嗜みのひとつだぜ!」
女の子どころか、人類皆の嗜みな気がするが、今は置いておこう。
「透くん、お手あらいば、どこ⁉」と慌てるきらりちゃんに、「廊下出て左の扉だよ」と教える。
そうして「ありがとー!」ときちんとお礼を言いながら、ビュンッと勢いよく廊下に出ていったきらりちゃんを、手を振りながら見送る。
よし、ミッション完了。
なんとかなったぜ。今ばかりは、元奥さんの教育の賜物だな。ありがとう、元奥さん。でも、あなたの教育が最初の原因という事も、俺は忘れません。
とりあえず、納戸は勝手に開けられないようにする必要があるな。
なんかこう、さりげなく荷物とか布団とかで、戸の前を塞いでおくか。
(拓弥があの子に振り回されていた理由が、よくわかった気がする)
はたしてこんな調子で、俺は無事に一晩乗り切れるのだろうか。
一抹の不安を覚えつつも、納戸前を周囲にあった荷物で適当に防ぎ終えた時、ぐぅ、と小さく腹の虫が鳴いた。
「……腹、減ったな」
ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認する。
18時半ちょっと前。夕飯を準備するにはちょうどいい時間帯だ。
(そんなに時間が経ってる気はしてなかったけど、よく考えればスタジオでの騒動からもう1時間以上は経ってるんだよな)
スタジオに入ったのが16時。
それからすぐにきらりちゃんの騒動が起きて、元奥さんがこっちに来たのがそれからさらに1時間後の出来事で……。この時点で17時は過ぎてるわけで、そっからうちに帰るまでの時間を換算すると、まぁこんなもんかって感じの時間だ。
とりあえず、ご飯の用意でもしますかね。
いろいろ問題事はあるが、とにもかくにもまずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬってな。
廊下に併設されているキッチンスペースに向かう。
途中、開けっ放しになっている扉から手洗い場こと洗面所の中を覗けば、機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、手を泡泡にして洗っているきらりちゃんの姿が確認できた。
お、ちゃんと指先まで洗ってる。偉い、偉い。
(さて、なーに作ろっかなー)
いつもだったら、「1人だし、適当でいっかー」って感じに、あるもので適当に焼いたり煮たりして何か作るんだけど、今日はお客さんがいるからなぁ。
もし適当な料理なんて出したら、きっとまた、女の子への扱い方を説かれてしまいそうだ。
うーん、女の子って難しい。
……それとも、ここで難しいとかって思うから、俺、彼女の1人もできないのかしら?
結婚の2文字がまたジリジリと遠ざかっていくのを感じつつ、それを見ないフリして冷蔵庫を開ける。きらりちゃんの方は最後の水洗いフェーズに突入したようで、ジャーッ‼ と勢いのある水音が洗面所の方から聞こえてきた。
いっそのこと、きらりちゃんがこっちに戻ってきてから、何食べたいか聞いてみるのもありだな。
そんな事を考えながら冷蔵庫の中を確認した瞬間――、
「あ」
飛び込んできた光景に、本日何度目になるかわからない間抜けな声がこぼれ落ちた。
一般的な冷蔵庫としては小さめな、でも1人暮らしサイズとしては適度な大きさの冷蔵庫。
しかしその中に広がっていたのは、1人暮らしの野郎の腹どころか、子どもの腹すら満たせないような、必要な調味料以外ほぼ何もない、がらがらの光景だった。
(……そういえば俺、今日の帰りにスーパー寄るつもりでいませんでしたっけ)
数時間前、スタジオに行く行かないの話になった時に、仲間達にそんな事を話した記憶が俺の脳裏を横切っていった。
「………………………………やっべ」
これ、お説教確定コースでは?
キュッと蛇口が閉まる音。それまで聞こえていた水音が止まる。
次の瞬間、「透くん、タオルどこー!」という無邪気な子どもの声が、冷蔵庫の冷気とは異なる冷気でできた汗を流す大人の背に向かってかけられたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる