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3章 子どもとカレーと背景事情
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先の騒動後、拓弥の元奥さんは最初の約束通り、きっかり1時間後にスタジオ近くにまでやってきた。
黒色のミニバンと、見るからにファミリー向けの車でやってきた拓弥の元奥さん。その外見は、一言で言って拓弥とはまったくの真逆のものだった。
拓弥の顔立ちが穏やかの3文字を地で行くならば、あちらは厳しいの3文字を地で行く顔つき。キリッとつりあがった細目のなんと鋭いこと。右目下には小さくて可愛らしい涙ホクロがぽつんとあったが、それだけじゃ彼女の鋭利さを緩めるには役不足だった。
「きらりの母です。今回はうちの娘がご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
拓弥と一言二言話した後、拓弥の元奥さんはそう言って、2人のやりとりを後方で見守っていた俺、優作、たかのっぽくんの3人に頭をさげてきた。
初めて見るバンド仲間の元奥さんに緊張し、しどろもどな返答しかできない俺達を気にした風もなく、彼女は俺の姿を認めると「これ、きらりの泊まり用の荷物です」と例のトートバックを差し出してきた。
そうして、それを俺が受け取ったのを見るやいなや、すぐにダークブラウンの髪をなびかせながら車に戻り、その場を去ってしまったのだった。
あまりの超スピード展開。
ものの数分もかからずに終わってしまった邂逅に、俺達3人が呆然としたのは言うまでもないだろう。
目を白黒とするバンド仲間に、「ご、ごめんね。アイツ、普段からわりとあんな感じで」と拓弥が泡ってフォローをしてくれたが、正直それも混乱を助長させるものでしかない。
普段からあんなツンケンした態度ってマジ?
拓弥、よく一緒に暮らしていけてたな。あ、いや、暮らせなかったから離婚しちゃったのか……。
(にしても彼女、きらりちゃんの方、少しも見なかったな)
電話口でいろいろ言っていたという話だったから、てっきり娘に小言やお叱り事のひとつでもしていくのかと思ったのだが。顔すら見ないで行っちゃった。
きらりちゃんもきらりちゃんで、ずっと俺の後ろに隠れてお母さんの方を見ようともしなかったしな。
たぶんお母さんに何か言われるのが嫌で、ずっと隠れていたんだろう。
少しでも気を許したら、連れて帰られるとでも思っていたのかもしれない。
(きらりちゃんの事をなんとも思ってない……、わけではないよな、さすがに)
じゃなきゃ、子どもがいなくなった時に元旦那に電話をかけてくるほど慌てるはずもない。
でも、それにしては、あの場面で小言のひとつも飛び出さないってのは、どうにも腑に落ちないってか……。うーん。
(下手に触れたらマズい予感はしてたのになぁ)
MVの件もあるってのに、まったく厄介な事になっちゃったぜ。小さくため息をこぼす。
「うわっ」ときらりちゃんの驚いた声が、俺の耳に飛び込んできたのはその時だった。
「透くんおようふくのたたみかた、ざつ! きらりのお父さんみたい! も~、なんで男のひとって、おようふくたたむのこんなにヘタなの?」
「キレイにたためないと、しょうらい奥さんをこまらせちゃうわよ」ときらりちゃんが続けながら、開けっ放しにしていた納戸にあった衣装ケースを明けて中を覗き込む。
その予想だにしていなかった光景に、「うぇっ⁉」と驚きの声が俺の口から飛び出していった。
「ちょっ、待っ、待って⁉ 待って待って⁉ どこ見てるの⁉」
ある程度の家探しは覚悟してたけど、まさか洋服タンスの中まで覗かれるとは誰が思うか。やめて、そこ下着とかもしまってあるの。1ケース1ケース、確認しようとしないで!
急いで納戸ときらりちゃの間に割り込み、後ろ手にバンッ! と勢いよく戸を閉める。
ガタンッ、と納戸内で何かが落ちた音が聞こえたが、二次被害の確認は後回しだ。
「どこって、おようふくのたなにきまってるじゃない」
「いや、だからその、なんでそんなとこ見てるのって意味でっ」
「だってママが言ってたんだもん。男のひとっていうのは、見にくいところは手をぬくクセがあるって。だから、ほんとうにいい男がどうか"みきわめる"には、おようふくのたたみかたとかを見るといいんだって」
奥さーーーーーーーーーーん! あなた、子どもになんてこと教えてるんですか⁉
いや、一度離婚歴がある身だから、娘にはそうなってほしくない親心からの教育と思えば、あり得なくもない話なのか⁉
だとしても、いい男かどうかを見極めるって、それ、もっと相応の年頃になってから話しませんこと⁉
「あと、女のひとがいるばあいは、おへやをムダにキレイにするって言ってたわ。透くんのおへやは"ふつう"だから、カノジョいないでしょ!」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら、きらりちゃんが腕を組む。
いや、確かに彼女はいないですけどぉ……。え、なに。もしかしてきらりちゃんがさっきから俺の部屋を物色していたのは、単に他人の部屋が珍しいからとかではなく、俺が母親の言う"いい男"かどうか見極めるためだったって事ですか?
(前言撤回。これで子どもの事をなんとも思ってないとかあり得ないわ)
腑に落ちないとか、落ちるとかじゃない。
こんな事まで教えといて、子どもにまったく興味ないとかは嘘だろ。どう考えても、拓弥と同等か、拓弥以上にきらりちゃんの事を可愛がってるでしょ、あの奥さん。
黒色のミニバンと、見るからにファミリー向けの車でやってきた拓弥の元奥さん。その外見は、一言で言って拓弥とはまったくの真逆のものだった。
拓弥の顔立ちが穏やかの3文字を地で行くならば、あちらは厳しいの3文字を地で行く顔つき。キリッとつりあがった細目のなんと鋭いこと。右目下には小さくて可愛らしい涙ホクロがぽつんとあったが、それだけじゃ彼女の鋭利さを緩めるには役不足だった。
「きらりの母です。今回はうちの娘がご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
拓弥と一言二言話した後、拓弥の元奥さんはそう言って、2人のやりとりを後方で見守っていた俺、優作、たかのっぽくんの3人に頭をさげてきた。
初めて見るバンド仲間の元奥さんに緊張し、しどろもどな返答しかできない俺達を気にした風もなく、彼女は俺の姿を認めると「これ、きらりの泊まり用の荷物です」と例のトートバックを差し出してきた。
そうして、それを俺が受け取ったのを見るやいなや、すぐにダークブラウンの髪をなびかせながら車に戻り、その場を去ってしまったのだった。
あまりの超スピード展開。
ものの数分もかからずに終わってしまった邂逅に、俺達3人が呆然としたのは言うまでもないだろう。
目を白黒とするバンド仲間に、「ご、ごめんね。アイツ、普段からわりとあんな感じで」と拓弥が泡ってフォローをしてくれたが、正直それも混乱を助長させるものでしかない。
普段からあんなツンケンした態度ってマジ?
拓弥、よく一緒に暮らしていけてたな。あ、いや、暮らせなかったから離婚しちゃったのか……。
(にしても彼女、きらりちゃんの方、少しも見なかったな)
電話口でいろいろ言っていたという話だったから、てっきり娘に小言やお叱り事のひとつでもしていくのかと思ったのだが。顔すら見ないで行っちゃった。
きらりちゃんもきらりちゃんで、ずっと俺の後ろに隠れてお母さんの方を見ようともしなかったしな。
たぶんお母さんに何か言われるのが嫌で、ずっと隠れていたんだろう。
少しでも気を許したら、連れて帰られるとでも思っていたのかもしれない。
(きらりちゃんの事をなんとも思ってない……、わけではないよな、さすがに)
じゃなきゃ、子どもがいなくなった時に元旦那に電話をかけてくるほど慌てるはずもない。
でも、それにしては、あの場面で小言のひとつも飛び出さないってのは、どうにも腑に落ちないってか……。うーん。
(下手に触れたらマズい予感はしてたのになぁ)
MVの件もあるってのに、まったく厄介な事になっちゃったぜ。小さくため息をこぼす。
「うわっ」ときらりちゃんの驚いた声が、俺の耳に飛び込んできたのはその時だった。
「透くんおようふくのたたみかた、ざつ! きらりのお父さんみたい! も~、なんで男のひとって、おようふくたたむのこんなにヘタなの?」
「キレイにたためないと、しょうらい奥さんをこまらせちゃうわよ」ときらりちゃんが続けながら、開けっ放しにしていた納戸にあった衣装ケースを明けて中を覗き込む。
その予想だにしていなかった光景に、「うぇっ⁉」と驚きの声が俺の口から飛び出していった。
「ちょっ、待っ、待って⁉ 待って待って⁉ どこ見てるの⁉」
ある程度の家探しは覚悟してたけど、まさか洋服タンスの中まで覗かれるとは誰が思うか。やめて、そこ下着とかもしまってあるの。1ケース1ケース、確認しようとしないで!
急いで納戸ときらりちゃの間に割り込み、後ろ手にバンッ! と勢いよく戸を閉める。
ガタンッ、と納戸内で何かが落ちた音が聞こえたが、二次被害の確認は後回しだ。
「どこって、おようふくのたなにきまってるじゃない」
「いや、だからその、なんでそんなとこ見てるのって意味でっ」
「だってママが言ってたんだもん。男のひとっていうのは、見にくいところは手をぬくクセがあるって。だから、ほんとうにいい男がどうか"みきわめる"には、おようふくのたたみかたとかを見るといいんだって」
奥さーーーーーーーーーーん! あなた、子どもになんてこと教えてるんですか⁉
いや、一度離婚歴がある身だから、娘にはそうなってほしくない親心からの教育と思えば、あり得なくもない話なのか⁉
だとしても、いい男かどうかを見極めるって、それ、もっと相応の年頃になってから話しませんこと⁉
「あと、女のひとがいるばあいは、おへやをムダにキレイにするって言ってたわ。透くんのおへやは"ふつう"だから、カノジョいないでしょ!」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら、きらりちゃんが腕を組む。
いや、確かに彼女はいないですけどぉ……。え、なに。もしかしてきらりちゃんがさっきから俺の部屋を物色していたのは、単に他人の部屋が珍しいからとかではなく、俺が母親の言う"いい男"かどうか見極めるためだったって事ですか?
(前言撤回。これで子どもの事をなんとも思ってないとかあり得ないわ)
腑に落ちないとか、落ちるとかじゃない。
こんな事まで教えといて、子どもにまったく興味ないとかは嘘だろ。どう考えても、拓弥と同等か、拓弥以上にきらりちゃんの事を可愛がってるでしょ、あの奥さん。
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