Herec 2nd~一度音楽をやめた奴らが結成した『社会人バンド』がMVを作る事になった話~

勝哉道花@みちなり文庫

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3章 子どもとカレーと背景事情

3-1

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「ふーん。ここが透くん家なのね。思ったよりきれいね! ベッドがないところは、ちょっとザンネンだけど」

「やっぱり"ひとりくらし"は、ベッドよ、ベッド。おふとんなんてダサいわ!」ときらりちゃんが、俺の部屋の隅に詰んであった布団を見ながら言葉を続けた。

 かと思うと、次の瞬間にはテレビが置いてある方へ駆け寄り、裏面を確認し始める。
 そうして「ねぇ、"くるーむきゃすと"は?」と純真無垢の4文字がぴったりな声で、部屋の入り口に佇みながら、自分の様子を見守っていた大人に問いかけてきた。

「くるーむきゃすと、ついてないじゃない。透くん家、アメプラはどうやって見るの」
「残念でした。アメプラみたいな配信サイトの動画を見るための機械は、うちにはありません。なので、そいつでは普通のテレビチャンネルしか見れませーん」
「えー! アメプラ、見れないの⁉」

「じゃあ透くん、ふだんテレビで何見てるの⁉」ときらりちゃんが驚いた顔でこちらを振り返ってくる。
 いや、何見てるのって、だから普通のチャンネルの番組だってば。テレビは動画配信サイトを視聴するためだけの媒体じゃないんだが?

 それとも、今時の子からしたらテレビ=動画配信サイトと繋がってて当然、みたいなところあるのだろうか。近年はゲーム機ですら、そういうサイトの視聴ができるぐらいだしなぁ。うちのクラスの子らも、口を開けば動画サイトの話ばっかりするし。

 若者のテレビ離れとは、本当によく言ったものである。
 時代の流れって恐ろしい。

(なんにせよ、お怒りモードは完全に終わったみたいだな。うちまで来てもむくれたままだったらどうしたもんかと思ってたから、正直助かったぜ)

 たった1K程度の狭い1人暮らし向けの部屋。
 その中を、まるで遊園地のアトラクションでも楽しむかのように、キャッキャッと駆け回るきらりちゃん。

 ドタドタッ‼ と遠慮のない足音が室内に響く光景を眺めながら、下を気遣う必要のない階でよかったなと、俺は心の中でひっそりと安堵の息をついたのだった。

      ******

 結局、スタジオでの騒動後、きらりちゃんは彼女の宣言通りに俺の家に泊まる事になった。

 最初こそは拓弥もなんとか思い留ませようとしていたんだけど、きらりちゃんの方がまったく聞く耳を持たなかったので――それどころか、反抗するようにどんどん俺の腰に抱きつく腕の力を強くしてきたので、俺の右脚ときらりちゃんと拓弥、誰が先に折れるかのチキンレースが開催される羽目になった。真面目に死ぬかと思ったぜ、まったく――、最終的に拓弥の方が折れる次第となった。

 その後、拓弥経由で元奥さんにもこの現状を連絡。
 元旦那の友達とはいえ、むこうからすれば見知らぬ大人の家に娘を預ける事になるのだ。拓弥が元奥さんにいろいろ言われたであろう事は想像に難くない。

 とはいえ、拓弥いわく思ったよりは簡単に許可を貰えたらしいけど。
 なんでも、相手が小学校の教師できらりちゃんぐらいの子の対応にも慣れていると伝えたら、「まぁ、それなら」と渋々受け入れてもらえたそう。まさか、こんなところで自分の職業が役立つ日がくるとは。人生何があるかわからんものである。

 練習の方はさすがにやってられる場合じゃないって事で、そのまま解散となった。

 スタジオ片付け中も、きらりちゃんは俺の右脚にひっつき続けていた。
 文字通り、骨が折れる思いでスタジオを片付ける羽目になったのは言うまでもないだろう。

 それ以前に、心も折れるかと思った。
 だって、度々チラッとこちらを見ては、完全無視を決め込んでる娘の姿にショックを受ける拓弥の姿が視界に入ってくるんだもん。

 あの優作ですら、「まぁなんだ、その、頑張れよ」と本気で同情の眼差しをこっちに向けてきたほどだぜ? こんなん、よっぽどだろ。

 たかのっぽくんからも別れ際に、「あの、無理だけはなさらずに……」と慰めのお言葉をいただきましたわ。
 くぅ、さすが、優しいと書いてイケメンと読める男だぜ。でも今だけは、その優しさがつらい……!

 なお、皆と別れて2人っきりになったタイミングで、「なぜ俺の家なのか」ときらりちゃんに尋ねてみたところ、「透くんが一番、おうちに泊めてくれそうだったから」と返されました。
「王子様の家じゃなくてよかったの」とも尋ねてみたが、「透くんは女の子のきもちがわかっていない!」と怒られてしまった。
 いわく、イケメンと2人きり"ひとつやねの下"なんて、そんな恥ずかしいことできるわけがない、との事です。

 ……もしかしなくても俺、遠回しに、1番押せばいけそう&お前はイケメンでもなんでもない判定されてませんか、これ。
 女の子の気持ちとやらが手厳しすぎて、お兄さん、泣きそう。

(とりあえず、荷物の片づけでもするか。いろいろもあるしな)

 振り返った過去の光景に心の中で静かに涙をこぼしつつ、部屋に入る。
 そうして、未だ興味げに己の生活空間を見回しているきらりちゃんの横を通って、俺は持っていたバッグを詰んであった布団横の空いているスペースにおろした。

 アイボリーカラーのトートバッグ。真ん中に例の『不滅のやいば』の人気ヒロイン、さくら子の名シーンが大きく描かれているそれは、数刻前にきらりちゃんのお母さん――つまりは、拓弥の元奥さんから渡された物だった。

 アイボリーカラーのトートバッグ。
 真ん中に例の『不滅のやいば』の人気ヒロイン、さくら子の名シーンが大きく描かれているそれは、数刻前にきらりちゃんのお母さん――つまりは、拓弥の元奥さんから渡された物だった。
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