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3章 子どもとカレーと背景事情
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カゴを乗せたカートを押しながら、きらりちゃんが先陣切ってスーパーの中を進む。
その後ろ姿を見守る形で、俺も彼女の後を追って店内を歩く。
夕飯時ではあるが、買い物客で溢れる時間帯はとうに過ぎていたらしく、店内はそれほど混んでいない。
ちらほらと、年配のお客さんや主婦層と思われるお母さん方が買い物カゴを片手に歩いているぐらいだ。
天井スピーカーから流れるスーパー特有の名前も知らないインスト曲が、明るく店内を彩る。
生音と比べると安っぽい機械音だけど、でもどこか丸みがあって、機械音にしか出せない温かみや可愛いらしさが感じられる。
数刻前までのギスギスした空気とは真逆の穏やかな空気に、なんだかようやく一息つける場所に来れた気がして、平和だなぁ~、と思わず心の中で呟いた。
(そんで、カレーだっけ? てことは、必要なのは人参と玉ねぎとじゃがいもと……。あ、うちって、ルーの買い置きあったっけ?)
わからんから、ルーも買っとくか。
てか、よく考えたら今日カレー作るってことは、俺しばらくはカレーざんまいな日々になるのでは?
きらりちゃんもいるとはいえ、今日中に作ったカレーを全部食べきれるとは思えないし。明日にはもうきらりちゃんも帰っちゃうから、残った分は明日以降で俺1人で食べないといけないわけで――。
……ま、まぁ、カレーは時間を置いた方が美味しくなるものだしな。
2日目、3日目のカレーが美味いのは純然たる事実ではある。3日3食カレーはさすがに食い飽きそうだなぁなんて、思ッテナイヨ。
そういや、なんか2日目のカレーがどうの、3日目のカレーがどうのって歌があったような。
なんだっけ、と首をかしげていると、「これ、にんじん!」ときらりちゃんが、たどりついた野菜コーナーからゲットしてきた人参をカゴにいれた。
旧友にそっくりな幼い顔が楽しそうに笑っているのが目につく。
瞬間、そのフレーズが頭の中にポンッと出てきた。
「思い出した。『3日目からが好きだけど 2日目には無くなっちゃう もっともっと わんもあカレ~』だ」
「え。なにそれ」
カートを押して、次の野菜を探しに行こうとしていたきらりちゃんが、怪訝そうな顔でこちらを振り返ってきた。
「なにそれって?」
「透くんが、いまなんか言ってたやつ」
「あぁ、これ? 『わんもあカレー!』って曲の歌詞」
「わんもあかれぇ?」
舌っ足らずな返事と共に、きらりちゃんが顔をしかめた。
「それ、うたなの? カレーがすきーって言ってるだけじゃん」
「ざーんねん。これでも立派なお歌なんでーす」
「『コミックソング』って言うんだぜ」と返せば、「こみっく? マンガ?」ときらりちゃんが、ますます意味がわからないと言いたげに首をかしげた。
『コミックソング』。『滑稽さ』が持ち味の楽曲を指す音楽用語である。
お笑いソングとでも言った方が早いだろうか。一般的に想像されるであろう『歌らしい歌』というのが俳優や女優のようなポジションだとすれば、こっちはお笑い芸人といった感じである。要するに、聴いた人を笑わせることを目的とした楽曲ってこと。
実際、こうしたコミックソングをメインとするバンドもおり、そうしたバンド達の事は『コミックバンド』という名称で呼ばれている。
アホな内容のものが多いし、きらりちゃんがそう尋ねてきたように、「本当にそれは歌なのか?」と思わず首を傾げたくなる曲も多い。
とはいえ、音楽としてのレベルが低いわけではない。
むしろその逆。実は非常に音楽性が高い、隠れハイレベルジャンルと言っても差し支えないジャンルだったりする。
なんせ、リズム・テンポ・歌詞、使えるもの全てを使って人を笑わせる事に注力するのだ。
一見すると、ヘドバンをかましたくなるようなくそかっこいいロックソングなのに、歌っている事は「米は最高」だとか、題材が『肩幅』なのに何故か最後は謎の感動に包まれるバラードソングだとか、名曲ならぬ迷曲ばかりが豊富に揃っている。
本当、一体どんな環境で育てばそんな尖ったセンスが生まれるのか。
人を泣かせるよりも笑わせる方が難しいとは、よく言ったものである。
なお、コミックソングという呼び方は和製英語で、日本独自のものだ。
『Novelty song』、または『Comedy Song』というのが、このジャンルの正式名である。
「ふーん、へんなうたね」
俺の説明に、きらりちゃんがよどみない素直で正直な返答をしてくる。
結構、バッサリ返してきたなぁ。まぁ確かに、実は凄い音楽性があるんだよなんて言われても、きらりちゃんぐらいの年の子にはまだわかりづらいか。
大人でだって、音楽に興味がなかったら同じような感想を持つ人の方が多いだろうしね。
「変と言えば変だけど、そこが売りみたいなところあっからなぁ」
とはいえ、正直言うと、俺もこのジャンルに関してはあんまり詳しくない。
この知識だって、所詮はかつて郁也に教わった音楽知識のひとつだ。自分で覚えたものではない。
そもそも俺個人は、もっとメッセージ性の強い、ザ・青春とかヒューマンドラマみたいな内容の曲のが好きだしね。いわゆる、ポップ・ロックとかって呼ばれる路線だ。コミックソングを聞かないわけじゃないけど、自分から進んで聞くタイプではない。
じゃあどうして、そんな俺がこの曲の事を知っているのかというと――……。
「でも実はこういうの、拓弥――、きらりちゃんのパパが好きなんだぜ」
「え! パパが⁉」
「うそ!」ときらりちゃんが目を丸めながら、俺を見上げてきた。
その後ろ姿を見守る形で、俺も彼女の後を追って店内を歩く。
夕飯時ではあるが、買い物客で溢れる時間帯はとうに過ぎていたらしく、店内はそれほど混んでいない。
ちらほらと、年配のお客さんや主婦層と思われるお母さん方が買い物カゴを片手に歩いているぐらいだ。
天井スピーカーから流れるスーパー特有の名前も知らないインスト曲が、明るく店内を彩る。
生音と比べると安っぽい機械音だけど、でもどこか丸みがあって、機械音にしか出せない温かみや可愛いらしさが感じられる。
数刻前までのギスギスした空気とは真逆の穏やかな空気に、なんだかようやく一息つける場所に来れた気がして、平和だなぁ~、と思わず心の中で呟いた。
(そんで、カレーだっけ? てことは、必要なのは人参と玉ねぎとじゃがいもと……。あ、うちって、ルーの買い置きあったっけ?)
わからんから、ルーも買っとくか。
てか、よく考えたら今日カレー作るってことは、俺しばらくはカレーざんまいな日々になるのでは?
きらりちゃんもいるとはいえ、今日中に作ったカレーを全部食べきれるとは思えないし。明日にはもうきらりちゃんも帰っちゃうから、残った分は明日以降で俺1人で食べないといけないわけで――。
……ま、まぁ、カレーは時間を置いた方が美味しくなるものだしな。
2日目、3日目のカレーが美味いのは純然たる事実ではある。3日3食カレーはさすがに食い飽きそうだなぁなんて、思ッテナイヨ。
そういや、なんか2日目のカレーがどうの、3日目のカレーがどうのって歌があったような。
なんだっけ、と首をかしげていると、「これ、にんじん!」ときらりちゃんが、たどりついた野菜コーナーからゲットしてきた人参をカゴにいれた。
旧友にそっくりな幼い顔が楽しそうに笑っているのが目につく。
瞬間、そのフレーズが頭の中にポンッと出てきた。
「思い出した。『3日目からが好きだけど 2日目には無くなっちゃう もっともっと わんもあカレ~』だ」
「え。なにそれ」
カートを押して、次の野菜を探しに行こうとしていたきらりちゃんが、怪訝そうな顔でこちらを振り返ってきた。
「なにそれって?」
「透くんが、いまなんか言ってたやつ」
「あぁ、これ? 『わんもあカレー!』って曲の歌詞」
「わんもあかれぇ?」
舌っ足らずな返事と共に、きらりちゃんが顔をしかめた。
「それ、うたなの? カレーがすきーって言ってるだけじゃん」
「ざーんねん。これでも立派なお歌なんでーす」
「『コミックソング』って言うんだぜ」と返せば、「こみっく? マンガ?」ときらりちゃんが、ますます意味がわからないと言いたげに首をかしげた。
『コミックソング』。『滑稽さ』が持ち味の楽曲を指す音楽用語である。
お笑いソングとでも言った方が早いだろうか。一般的に想像されるであろう『歌らしい歌』というのが俳優や女優のようなポジションだとすれば、こっちはお笑い芸人といった感じである。要するに、聴いた人を笑わせることを目的とした楽曲ってこと。
実際、こうしたコミックソングをメインとするバンドもおり、そうしたバンド達の事は『コミックバンド』という名称で呼ばれている。
アホな内容のものが多いし、きらりちゃんがそう尋ねてきたように、「本当にそれは歌なのか?」と思わず首を傾げたくなる曲も多い。
とはいえ、音楽としてのレベルが低いわけではない。
むしろその逆。実は非常に音楽性が高い、隠れハイレベルジャンルと言っても差し支えないジャンルだったりする。
なんせ、リズム・テンポ・歌詞、使えるもの全てを使って人を笑わせる事に注力するのだ。
一見すると、ヘドバンをかましたくなるようなくそかっこいいロックソングなのに、歌っている事は「米は最高」だとか、題材が『肩幅』なのに何故か最後は謎の感動に包まれるバラードソングだとか、名曲ならぬ迷曲ばかりが豊富に揃っている。
本当、一体どんな環境で育てばそんな尖ったセンスが生まれるのか。
人を泣かせるよりも笑わせる方が難しいとは、よく言ったものである。
なお、コミックソングという呼び方は和製英語で、日本独自のものだ。
『Novelty song』、または『Comedy Song』というのが、このジャンルの正式名である。
「ふーん、へんなうたね」
俺の説明に、きらりちゃんがよどみない素直で正直な返答をしてくる。
結構、バッサリ返してきたなぁ。まぁ確かに、実は凄い音楽性があるんだよなんて言われても、きらりちゃんぐらいの年の子にはまだわかりづらいか。
大人でだって、音楽に興味がなかったら同じような感想を持つ人の方が多いだろうしね。
「変と言えば変だけど、そこが売りみたいなところあっからなぁ」
とはいえ、正直言うと、俺もこのジャンルに関してはあんまり詳しくない。
この知識だって、所詮はかつて郁也に教わった音楽知識のひとつだ。自分で覚えたものではない。
そもそも俺個人は、もっとメッセージ性の強い、ザ・青春とかヒューマンドラマみたいな内容の曲のが好きだしね。いわゆる、ポップ・ロックとかって呼ばれる路線だ。コミックソングを聞かないわけじゃないけど、自分から進んで聞くタイプではない。
じゃあどうして、そんな俺がこの曲の事を知っているのかというと――……。
「でも実はこういうの、拓弥――、きらりちゃんのパパが好きなんだぜ」
「え! パパが⁉」
「うそ!」ときらりちゃんが目を丸めながら、俺を見上げてきた。
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