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3章 子どもとカレーと背景事情
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だよなぁ、やっぱり驚くよなぁ。思った通りの素直な反応に、「意外だろ~」と思わずニヤついた笑みを返す。
そう。そこまで詳しくないジャンルのはずなのに、なぜ俺がこの曲の事をそらで歌える程度には知っているのかというと、実は拓弥から教わったからというのが理由だ。
(正確には『教わった』というか、『布教された』という方が正しい気もするけど)
ちょっと前にスタジオで、拓弥がサブスクでこの曲を聴いてるのを見かけてさ。曲名が気になったから俺も聴いてみたら、案外好きじゃん? ってなったのよね。
だから後日、拓弥にそれを伝えたんだけど、そしたらその次の練習日に「あれが好きなら、よければこっちも聴いてみてほしいんだけど」って、紙袋に入った大量のCDが手渡されまして……。
アイツ、よければとかって言ってたけど、手は完全に俺に押し渡す気満々の力だったからな。
グイグイ紙袋、こっちに押し付けてきよって。よければって言葉の意味、ご存じ?
俺が初めて拓弥がこういう系の曲が好きだと知った時は、中学生ぐらいの時だった。今のきらりちゃんのようにひどく驚かされた思い出がある。
だって拓弥ってさ、なんというかザ・優等生って感じのタイプの奴じゃん。普段の穏やかな雰囲気から見ても、もっと大人しくて静かな楽曲を聴いてそうな印象しかないだろ。
それがまさかこんな、イかれにイかれをかけ合わせて煮詰めた、地獄の闇鍋のような楽曲が好きだなんて、一体誰が想像するか。
まさに青天の霹靂。藪から棒。
当時の拓弥が持っていた携帯音楽プレーヤーの中身なんて、コミックソング以外何も入ってなかったぐらいだからな?
確か、コミックバンドではないバンドが、CDの隠しトラック・おまけトラックとして制作したお遊びのコミックソング、それだけをまとめたプレイリストなんかもあったはずだ。
あまりのコアな制作っぷりに、あの郁也すらもドン引きしていた。「コイツ、マジか」って顔してたのを今でもよく覚えている。
郁也にあんな顔をさせた男は、多分後にも先にも拓弥だけだろう。
「パパ、そんなへんなうた好きだったんだ……」
ぽつりと、きらりちゃんが小さな声で呟いた。
「パパ、あんまりそういうお話しないから、きらり、知らなかった」
「そういうお話って……、音楽のお話ってこと?」
俺の質問に、きらりちゃんが「うん」とうなずいた。
「おんがくもだし、そうじゃないのもいっぱい。パパね、いつもきらりと会うと『学校はたのしい?』とか、『なにかいいことはあった?』ってきいてくるのに、きらりが『パパはなにかあった?』ってきいてもね、あんまりおしえてくれないのよ」
「いっつもこまったみたいに笑うか、お話してもきらりとじゃなくて、ママとむずかしいお話しておわり。つまんない」と続けながら、きらりちゃんがつまらなそうに固いタイルでできている床を軽く蹴った。
「きらりはパパともっとお話したいけど、パパはあんまりしたくないみたい」
「きらりちゃん……」
こっちに背中が向けられているので、きらりちゃんの顔は見えない。だが、むくれているらしい事だけは、彼女の全身からよく伝わってきた。
大好きなパパが何も話してくれない。
その事に、小さな娘は不満を持っているようだ。
(……いや、きっと持ってるのは不満だけじゃない)
無言でうつむき、今しがた自分が蹴った床を見つめるきらりちゃん。
元気のげの字も感じられない、静かで寂しげな子どもの後ろ姿。どこか心細げなその光景に、ぎゅっと俺の胸が締め付けられた。
(もしかしたら、さっき感じた違和感もこういうところなのかもしれないな)
思い返せばあの時のきらりちゃん、「カレーがいい」ではなく、「〝じゃあ〟カレーがいい」って言ってたんだよな。
それって、カレー以外にも食べたい物があったという事なんじゃないだろうか。でも俺が困っていたから、それを引っ込めてくれたのだろう。俺の悲しい推測もあながち間違いではなかったという事か。
一見、気が強くて無遠慮な子に見えるが、その実、ちゃんと周りの事を見ているのだ。
いざという時は、自分の意見を引っ込めてしまうぐらいには。
この子には他人を思いやれる心がある。
(……そういうところは、父親に似ちゃったんだなぁ)
はたして。こういう時、自分はなんて声をかけるのが正しいのだろうか。
「そんな事ないよ」「パパだって、きっときらりちゃんと話したがってるよ」そう言ってあげるのは、たぶんきっと簡単だ。
だけど、はたして本当にそれでいいのだろうか。そんなありきたりな言葉で、はたしてこの小さな背中がにじませているものは取り除けるのだろうか。
(なんか俺、最近こういう事ばかりだな)
そう。そこまで詳しくないジャンルのはずなのに、なぜ俺がこの曲の事をそらで歌える程度には知っているのかというと、実は拓弥から教わったからというのが理由だ。
(正確には『教わった』というか、『布教された』という方が正しい気もするけど)
ちょっと前にスタジオで、拓弥がサブスクでこの曲を聴いてるのを見かけてさ。曲名が気になったから俺も聴いてみたら、案外好きじゃん? ってなったのよね。
だから後日、拓弥にそれを伝えたんだけど、そしたらその次の練習日に「あれが好きなら、よければこっちも聴いてみてほしいんだけど」って、紙袋に入った大量のCDが手渡されまして……。
アイツ、よければとかって言ってたけど、手は完全に俺に押し渡す気満々の力だったからな。
グイグイ紙袋、こっちに押し付けてきよって。よければって言葉の意味、ご存じ?
俺が初めて拓弥がこういう系の曲が好きだと知った時は、中学生ぐらいの時だった。今のきらりちゃんのようにひどく驚かされた思い出がある。
だって拓弥ってさ、なんというかザ・優等生って感じのタイプの奴じゃん。普段の穏やかな雰囲気から見ても、もっと大人しくて静かな楽曲を聴いてそうな印象しかないだろ。
それがまさかこんな、イかれにイかれをかけ合わせて煮詰めた、地獄の闇鍋のような楽曲が好きだなんて、一体誰が想像するか。
まさに青天の霹靂。藪から棒。
当時の拓弥が持っていた携帯音楽プレーヤーの中身なんて、コミックソング以外何も入ってなかったぐらいだからな?
確か、コミックバンドではないバンドが、CDの隠しトラック・おまけトラックとして制作したお遊びのコミックソング、それだけをまとめたプレイリストなんかもあったはずだ。
あまりのコアな制作っぷりに、あの郁也すらもドン引きしていた。「コイツ、マジか」って顔してたのを今でもよく覚えている。
郁也にあんな顔をさせた男は、多分後にも先にも拓弥だけだろう。
「パパ、そんなへんなうた好きだったんだ……」
ぽつりと、きらりちゃんが小さな声で呟いた。
「パパ、あんまりそういうお話しないから、きらり、知らなかった」
「そういうお話って……、音楽のお話ってこと?」
俺の質問に、きらりちゃんが「うん」とうなずいた。
「おんがくもだし、そうじゃないのもいっぱい。パパね、いつもきらりと会うと『学校はたのしい?』とか、『なにかいいことはあった?』ってきいてくるのに、きらりが『パパはなにかあった?』ってきいてもね、あんまりおしえてくれないのよ」
「いっつもこまったみたいに笑うか、お話してもきらりとじゃなくて、ママとむずかしいお話しておわり。つまんない」と続けながら、きらりちゃんがつまらなそうに固いタイルでできている床を軽く蹴った。
「きらりはパパともっとお話したいけど、パパはあんまりしたくないみたい」
「きらりちゃん……」
こっちに背中が向けられているので、きらりちゃんの顔は見えない。だが、むくれているらしい事だけは、彼女の全身からよく伝わってきた。
大好きなパパが何も話してくれない。
その事に、小さな娘は不満を持っているようだ。
(……いや、きっと持ってるのは不満だけじゃない)
無言でうつむき、今しがた自分が蹴った床を見つめるきらりちゃん。
元気のげの字も感じられない、静かで寂しげな子どもの後ろ姿。どこか心細げなその光景に、ぎゅっと俺の胸が締め付けられた。
(もしかしたら、さっき感じた違和感もこういうところなのかもしれないな)
思い返せばあの時のきらりちゃん、「カレーがいい」ではなく、「〝じゃあ〟カレーがいい」って言ってたんだよな。
それって、カレー以外にも食べたい物があったという事なんじゃないだろうか。でも俺が困っていたから、それを引っ込めてくれたのだろう。俺の悲しい推測もあながち間違いではなかったという事か。
一見、気が強くて無遠慮な子に見えるが、その実、ちゃんと周りの事を見ているのだ。
いざという時は、自分の意見を引っ込めてしまうぐらいには。
この子には他人を思いやれる心がある。
(……そういうところは、父親に似ちゃったんだなぁ)
はたして。こういう時、自分はなんて声をかけるのが正しいのだろうか。
「そんな事ないよ」「パパだって、きっときらりちゃんと話したがってるよ」そう言ってあげるのは、たぶんきっと簡単だ。
だけど、はたして本当にそれでいいのだろうか。そんなありきたりな言葉で、はたしてこの小さな背中がにじませているものは取り除けるのだろうか。
(なんか俺、最近こういう事ばかりだな)
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