45 / 82
3章 子どもとカレーと背景事情
3-7
しおりを挟む
伝えたい事があるのに、したい事はあるのに。それをどう表現すればいいかわからない。
ここのところ、そんな風に思う事が増えた気がする。
まるでまだ言葉を知らない子どものように、自分の中にある『何か』を表現できずに悩む。そんなモヤモヤとした悩みが、胸中を渦巻くのだ。
(作詞の事だってそうだ。伝えたい『何か』があって、それを歌にした事はわかっているのに、結局のところその『何か』は、未だにわからずじまいだ)
もし、あれを作ったのが郁也だったら、こんな風に悩まなかったのだろうか。
誰よりも音楽をやりたくて、バンドをしたくて、今ではその道ひとつで食べていけるだけの実力を持っているアイツなら、俺がわからない『何か』にもパッと答えを出せていたかもしれない。
それと同じで、もしここにいるのが俺ではなく、うちの職場にいる大先輩達であれば、この場をどうにかできたのかもしれない。
これまでに、さまざまな親子トラブルを乗り越えてきたであろう歴戦の猛者達であれば、きっと目の前の少女にかけるべき言葉をすぐに思いつけたはずだ。
だが、どれだけ『もし』を考えても、現実は何も変わらない。
この場をどうにかできるのは、自分以外に誰もいないのだ。
数秒の逡巡の後、ぐっと覚悟を決め、俺は口を開いた。
「きらりちゃん」
俺に呼ばれたきらりちゃんが、くるりと俺の方へ振り返った。
なに? と言いたげな顔のきらりちゃんと目が合う。
「……パパの昔の話、もっと聞きたい?」
「え」
俺の言葉に、本日2度目の驚きの声をきらりちゃんがあげた。
「パパのむかしの話?」
「そう。きらりちゃんが生まれる、ずーっと前のパパの話。それこそ、パパがきらりちゃんと同じくらいの年の頃の話とかさ」
「たぶん俺、きらりちゃんのママも知らないパパの話、いっぱいできるぜ?」と、場の雰囲気を変えるように茶化した声音で続けてみる。
すると、きらりちゃんがあ然とした顔で俺を見上げてきた。
何を言われているのかわからない、と言いたげな表情。だが、次第に言われた意味を理解し始めたのだろう。
徐々に頬が紅潮し始めたかと思うと、キラキラとした輝きがその瞳に戻ってきた。
「ききたい! パパのむかしの話、ききたい!」
パッとカートから離れ、勢いよくきらりちゃんが俺の方に飛びついてくる。
「ききたい、ききたい!」と、勢いのままに俺の服をグイグイと引っ張ってくるきらりちゃん。興奮冷めやらぬな様子に、思わず彼女の父親がするような苦笑が俺の顔に浮かぶ。
(おー、おー。いい食いつきっぷり。途端元気になっちゃって、まー)
かける言葉がないなら話題をそらせないかと、思いつきで言ってみただけだったのだが、どうやら効果はてきめんだったらしい。
本当に拓弥の事が好きなんだなぁ、この子は。
(……これは『逃げ』になるのかな)
自分のやり方に、内心ため息がこぼれ落ちる。
かける言葉が見つからない。現状を解決する方法がわからない。
だから別のやり方に逃げる。別のやり方で話を逸らす。そうして、一見成功したように見せて、その場をやり過ごす。
なんて半端なやり方か。俺がこの子の親御さんだったら、本当にこの教師に子どもを預けていいのか不安になってしまいそうだ。
(でも今は、これしか思い浮かばないから)
なんだかんだ、自分なりにいろいろと答えを見つけてきた気でいたのだが、どうにもまだ、できていない事の方が多くあるらしい。
(まだまだ未熟だなぁ。教師としても、バンドマンとしても)
――『技術もセンスも全て未熟だとわかっているからこそ、他者に見せた時に恥ずかしい思いをしないように全力を尽くすべきです』
未だに俺の腰あたりでキラキラと目を輝かせているきらりちゃん。
その姿を前に、数時間前に1人の少女から言われた言葉が、俺を責めるように脳裏をチラついた。
ここのところ、そんな風に思う事が増えた気がする。
まるでまだ言葉を知らない子どものように、自分の中にある『何か』を表現できずに悩む。そんなモヤモヤとした悩みが、胸中を渦巻くのだ。
(作詞の事だってそうだ。伝えたい『何か』があって、それを歌にした事はわかっているのに、結局のところその『何か』は、未だにわからずじまいだ)
もし、あれを作ったのが郁也だったら、こんな風に悩まなかったのだろうか。
誰よりも音楽をやりたくて、バンドをしたくて、今ではその道ひとつで食べていけるだけの実力を持っているアイツなら、俺がわからない『何か』にもパッと答えを出せていたかもしれない。
それと同じで、もしここにいるのが俺ではなく、うちの職場にいる大先輩達であれば、この場をどうにかできたのかもしれない。
これまでに、さまざまな親子トラブルを乗り越えてきたであろう歴戦の猛者達であれば、きっと目の前の少女にかけるべき言葉をすぐに思いつけたはずだ。
だが、どれだけ『もし』を考えても、現実は何も変わらない。
この場をどうにかできるのは、自分以外に誰もいないのだ。
数秒の逡巡の後、ぐっと覚悟を決め、俺は口を開いた。
「きらりちゃん」
俺に呼ばれたきらりちゃんが、くるりと俺の方へ振り返った。
なに? と言いたげな顔のきらりちゃんと目が合う。
「……パパの昔の話、もっと聞きたい?」
「え」
俺の言葉に、本日2度目の驚きの声をきらりちゃんがあげた。
「パパのむかしの話?」
「そう。きらりちゃんが生まれる、ずーっと前のパパの話。それこそ、パパがきらりちゃんと同じくらいの年の頃の話とかさ」
「たぶん俺、きらりちゃんのママも知らないパパの話、いっぱいできるぜ?」と、場の雰囲気を変えるように茶化した声音で続けてみる。
すると、きらりちゃんがあ然とした顔で俺を見上げてきた。
何を言われているのかわからない、と言いたげな表情。だが、次第に言われた意味を理解し始めたのだろう。
徐々に頬が紅潮し始めたかと思うと、キラキラとした輝きがその瞳に戻ってきた。
「ききたい! パパのむかしの話、ききたい!」
パッとカートから離れ、勢いよくきらりちゃんが俺の方に飛びついてくる。
「ききたい、ききたい!」と、勢いのままに俺の服をグイグイと引っ張ってくるきらりちゃん。興奮冷めやらぬな様子に、思わず彼女の父親がするような苦笑が俺の顔に浮かぶ。
(おー、おー。いい食いつきっぷり。途端元気になっちゃって、まー)
かける言葉がないなら話題をそらせないかと、思いつきで言ってみただけだったのだが、どうやら効果はてきめんだったらしい。
本当に拓弥の事が好きなんだなぁ、この子は。
(……これは『逃げ』になるのかな)
自分のやり方に、内心ため息がこぼれ落ちる。
かける言葉が見つからない。現状を解決する方法がわからない。
だから別のやり方に逃げる。別のやり方で話を逸らす。そうして、一見成功したように見せて、その場をやり過ごす。
なんて半端なやり方か。俺がこの子の親御さんだったら、本当にこの教師に子どもを預けていいのか不安になってしまいそうだ。
(でも今は、これしか思い浮かばないから)
なんだかんだ、自分なりにいろいろと答えを見つけてきた気でいたのだが、どうにもまだ、できていない事の方が多くあるらしい。
(まだまだ未熟だなぁ。教師としても、バンドマンとしても)
――『技術もセンスも全て未熟だとわかっているからこそ、他者に見せた時に恥ずかしい思いをしないように全力を尽くすべきです』
未だに俺の腰あたりでキラキラと目を輝かせているきらりちゃん。
その姿を前に、数時間前に1人の少女から言われた言葉が、俺を責めるように脳裏をチラついた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる