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3章 子どもとカレーと背景事情
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瞬間、場の空気は一変。
それまでにこやかに笑っていたはずのお母さんが、突然厳しい顔つきでこう返してきた。
「そんな事を言うんじゃありません」と――。
「きらり、なにもわるいこと言ってないのに」と、きらりちゃんが涙をこらえながら言葉を続けた。
「ただ、パパにも、きらりが学校でおべんきょうしてるところ見てほしかったって、そう言っただけなのに……っ。なのにママったら、とつぜんこわい顔して『パパはもう家族じゃないから、きらりの学校には行けないの』って……っ、『お父さんがかなしくなっちゃうでしょ』、『ごめんなさいしなさい』って……」
「……お父さんはなんだって?」
「『だいじょうぶだよ』って、わらってた。でも、ちょっぴりかなしそうだった……」
その時の事を思い出したのか、きらりちゃんの顔が、くしゃりとまた大きく歪んだ。
「きらり、お父さんのこと、かなしくさせたかったわけじゃないのよ。だってきらり、お父さんのこと大すきだもん」
「でもね、同じぐらいパパのことも大すきなの。だからパパにも、きらりの“じゅぎょうさんかん“を見てもらいたかったの。でもママはダメだって……」
「“じゅぎょうさんかん“だけじゃないわ。ママにパパのはなしをするといつもそう。パパにも会いたいなって言うだけで、ママはこわい顔で『ダメ』って言うの。パパのお話は、あんまりお外でしちゃダメって。『お父さんが2人いるおうちなんて変でしょ』『パパはもう、きらりの家族じゃないのよ』って」
「きらりだって、おかしいことはわかってるもん。だからおともだちの前では、ちゃんとママのいうとおりにしてるもの」
「先生にだって、きんじょのおばさんおじさんにだって、パパのおはなしをしたことないわ。パパのおはなしするのは、ママといっしょにパパとお話するときだけ。ちゃんとそうしてるもの」
「でも、でもね、透くん。パパだって、きらりのパパでしょ? きらりの家族でしょ?なのになんでお父さんのおはなしはよくて、パパのおはなしをするとダメなの? なんでいっしょにくらせなくなっただけで、家族じゃなくなっちゃうの?」
「それともやっぱりパパ、本当はきらりのことがイヤで大キライだから、もう家族じゃないし、きらりといっぱいおはなししてくれないの……?」
そこまで言ったところで、ぶわりと、きらりちゃんの両目からこぼれ落ちる涙の量が増した。
もう我慢できないというようにわんわんと大声をあげながら、きらりちゃんが泣き始める。
「きらりちゃん……」
情けない声が俺の口からこぼれ落ちた。
何かあるんだろうなー、とは思っていたが、まさかこんな込み入った事情だったとは。
なぜ一緒に暮らせなくなっただけで、家族じゃなくなるのか。そんな複雑で大人だって答えるのが難しいような問が、こんな小さな子どもの口から出てくるなんて、全くもって夢にも思わなかった。
この子はずっと、これを誰にも聞けずに黙っていたのか。
いや、聞いても答えてもらえないとわかっていたのかもしれない。
ダメだ、ダメだと言うばかりの両親相手には、聞いてもきっと何も教えてもらえないと、そう思ってしまっていたのだろう。
(とはいえ、拓弥の元奥さんもきらりちゃんを傷つけたくて、そんな言葉を言ったわけじゃないんだろうな)
これは想像だが、きらりちゃんのお母さんとしては、きらりちゃんがパパの話をする事で、周りから変な目で見られないようにしたかったのではないだろうか。
大人ならある程度の事情は察せられるけど、子どもの場合はそうは問屋が卸さない。
特に小学1年生、それも入学したばかりの子ども達なんて、実質幼稚園・保育園の年長さんとそう変わりない。
実際教師間でも、「1年生は最初の半年間が1番大変だ」と言う者もいるぐらいだ。それぐらいに、今この時期の1年生達は、『小学生』と呼ぶにはまだどこか幼さが残っている子の方が多い。
そんな子ども達に「うちにはパパとお父さんがいる」なんて言ったらどうなるか。そんなのは火を見るよりも明らかだ。
まだオブラートに包むとか、気を遣うとか、そういう会話のテクニックを覚えていない子ども達のストレートな言葉は、時として同年代の相手の心をいともたやすく傷つけてしまう。相手にその意志がなかったとしても、だ。
(もしかして、きらりちゃんと会った時に顔を合わせようとしなかったのは、これが原因なのかな)
つまるところ、拓弥の元奥さんも拓弥同様にきらりちゃんと仲違い中なのだろう。
親が子どものためを思って言った事でも、子どもからすれば納得のいかない事なんて山程ある。それで親子喧嘩なんて、あるあるな親子ネタだろう。
拓弥の話っぷり的に、元奥さんの方も結構我が強い人みたいだしな。
我の強い母親VS 我の強い娘じゃ、そりゃあ喧嘩も加速するってものだ。間に挟まれてるお父さん、大丈夫かなぁ。思わず、その現状を想像して内心遠い目をしてしまう。
(……拓弥もそうだったのかな)
『ダメだよ』――そう、きらりちゃんに厳しい声で告げた拓弥の姿が脳裏を横切る。
それまでにこやかに笑っていたはずのお母さんが、突然厳しい顔つきでこう返してきた。
「そんな事を言うんじゃありません」と――。
「きらり、なにもわるいこと言ってないのに」と、きらりちゃんが涙をこらえながら言葉を続けた。
「ただ、パパにも、きらりが学校でおべんきょうしてるところ見てほしかったって、そう言っただけなのに……っ。なのにママったら、とつぜんこわい顔して『パパはもう家族じゃないから、きらりの学校には行けないの』って……っ、『お父さんがかなしくなっちゃうでしょ』、『ごめんなさいしなさい』って……」
「……お父さんはなんだって?」
「『だいじょうぶだよ』って、わらってた。でも、ちょっぴりかなしそうだった……」
その時の事を思い出したのか、きらりちゃんの顔が、くしゃりとまた大きく歪んだ。
「きらり、お父さんのこと、かなしくさせたかったわけじゃないのよ。だってきらり、お父さんのこと大すきだもん」
「でもね、同じぐらいパパのことも大すきなの。だからパパにも、きらりの“じゅぎょうさんかん“を見てもらいたかったの。でもママはダメだって……」
「“じゅぎょうさんかん“だけじゃないわ。ママにパパのはなしをするといつもそう。パパにも会いたいなって言うだけで、ママはこわい顔で『ダメ』って言うの。パパのお話は、あんまりお外でしちゃダメって。『お父さんが2人いるおうちなんて変でしょ』『パパはもう、きらりの家族じゃないのよ』って」
「きらりだって、おかしいことはわかってるもん。だからおともだちの前では、ちゃんとママのいうとおりにしてるもの」
「先生にだって、きんじょのおばさんおじさんにだって、パパのおはなしをしたことないわ。パパのおはなしするのは、ママといっしょにパパとお話するときだけ。ちゃんとそうしてるもの」
「でも、でもね、透くん。パパだって、きらりのパパでしょ? きらりの家族でしょ?なのになんでお父さんのおはなしはよくて、パパのおはなしをするとダメなの? なんでいっしょにくらせなくなっただけで、家族じゃなくなっちゃうの?」
「それともやっぱりパパ、本当はきらりのことがイヤで大キライだから、もう家族じゃないし、きらりといっぱいおはなししてくれないの……?」
そこまで言ったところで、ぶわりと、きらりちゃんの両目からこぼれ落ちる涙の量が増した。
もう我慢できないというようにわんわんと大声をあげながら、きらりちゃんが泣き始める。
「きらりちゃん……」
情けない声が俺の口からこぼれ落ちた。
何かあるんだろうなー、とは思っていたが、まさかこんな込み入った事情だったとは。
なぜ一緒に暮らせなくなっただけで、家族じゃなくなるのか。そんな複雑で大人だって答えるのが難しいような問が、こんな小さな子どもの口から出てくるなんて、全くもって夢にも思わなかった。
この子はずっと、これを誰にも聞けずに黙っていたのか。
いや、聞いても答えてもらえないとわかっていたのかもしれない。
ダメだ、ダメだと言うばかりの両親相手には、聞いてもきっと何も教えてもらえないと、そう思ってしまっていたのだろう。
(とはいえ、拓弥の元奥さんもきらりちゃんを傷つけたくて、そんな言葉を言ったわけじゃないんだろうな)
これは想像だが、きらりちゃんのお母さんとしては、きらりちゃんがパパの話をする事で、周りから変な目で見られないようにしたかったのではないだろうか。
大人ならある程度の事情は察せられるけど、子どもの場合はそうは問屋が卸さない。
特に小学1年生、それも入学したばかりの子ども達なんて、実質幼稚園・保育園の年長さんとそう変わりない。
実際教師間でも、「1年生は最初の半年間が1番大変だ」と言う者もいるぐらいだ。それぐらいに、今この時期の1年生達は、『小学生』と呼ぶにはまだどこか幼さが残っている子の方が多い。
そんな子ども達に「うちにはパパとお父さんがいる」なんて言ったらどうなるか。そんなのは火を見るよりも明らかだ。
まだオブラートに包むとか、気を遣うとか、そういう会話のテクニックを覚えていない子ども達のストレートな言葉は、時として同年代の相手の心をいともたやすく傷つけてしまう。相手にその意志がなかったとしても、だ。
(もしかして、きらりちゃんと会った時に顔を合わせようとしなかったのは、これが原因なのかな)
つまるところ、拓弥の元奥さんも拓弥同様にきらりちゃんと仲違い中なのだろう。
親が子どものためを思って言った事でも、子どもからすれば納得のいかない事なんて山程ある。それで親子喧嘩なんて、あるあるな親子ネタだろう。
拓弥の話っぷり的に、元奥さんの方も結構我が強い人みたいだしな。
我の強い母親VS 我の強い娘じゃ、そりゃあ喧嘩も加速するってものだ。間に挟まれてるお父さん、大丈夫かなぁ。思わず、その現状を想像して内心遠い目をしてしまう。
(……拓弥もそうだったのかな)
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