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4章 臆病者と家族とキラキラ星
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普段の拓弥を思い返しながら、心の中で考察を続ける。
他人にどう思われるか、思われてしまうか。それが怖くて話せない。
だから自分の内に秘めてしまうのだろう。言いたい事も、伝えたい事も。全部。
怖いなら、不安なら、いっそのことそうすることを諦めた方が早い――、叶わない夢を追って苦しむよりも、現実的かつ平穏に生きる事を選んだかつてのように。
「……ごめん。変な話しちゃったよね」
何も言わずにいる俺をどう捉えたのか、拓弥がそう言葉を続けた。
場の気まずさを拭おうとするように、いつもどおりの気の抜けた、穏やかな雰囲気の笑みを顔に浮かべる。
「とりあえず、中、入ろうか。きらり達も待たせちゃってるだろうし」
「え、あ、拓弥、あの、」
「それにいつまでもここに居たら、他の人が来た時にも邪魔になっちゃうしね」
戸惑いの眼差しを向けてくる友から逃げるように、拓弥が矢継ぎ早に言葉を続けながらドアノブに手を伸ばした。銀色のレバー型のノブに、拓弥の少し細めの指先が触れる。
(また、俺は何も言えないまま終わるのか)
言いたい事を、伝えたい事を、確かにそこにある何かを言えずに終わる。
大声で泣く子どもを慰められなかった時のように、未熟だと言われて言い返す言葉を何も思い浮かべられなかった時のように。
全力を尽くしても、出すべき力をすべて出しきっても、自分達の作り上げた音楽が誰のもとにも届かなかった時のように――。
そう思った、次の瞬間だった。
「あのさっ!」
突然の大声が、俺の口から飛び出していったのは。
「え」と拓弥が、ドアノブを握ったまま動きを止めた。
まさか、このタイミングで呼び止められるとは思っていなかったのだろう。目を大きく丸め、驚きの表情を浮かべた拓弥が俺の方へ振り返ってくる。
(それを言うなら、俺の方だってまさか、自分がここで拓弥を呼び止めるなんて思ってなかったっつーのっ)
実のところ、とっさに声をあげてしまっただけで、続けたい言葉はさっぱりだ。
なんて言うべきか、なんと言おうとしているのか。自分でも自分の考えがわからない。
(でも、)
このまま拓弥をドアの向こうに行かせてしまったら、きっと俺は後悔する。
それだけは確かにわかるから――……。
「お、俺、そのさ、教師なんだっ」
「え」
「小学校の教師、でさっ!」
「あ、う、うん。それは知ってるけど」
拓弥がキョトンと、目を瞬かせる。
そうだよね、そういう顔にもなりますよね! うんっ、ごめんねっ! 言いたい事が上手くまとまらない奴でごめんなさいねっ!
「皆からアホとか、バカとかよく言われるけどさ、一応これでも職場ではね、ちゃんと教師らしくしようとは意識しててね。子どもらの見本になれるようにとか、その、間違った事教えないようにとか考えてるってか、保護者の方からもさ、印象悪くならないように、この人が先生で大丈夫かなって不安がられないように、身だしなみとか言葉遣いとかも、もっと気をつけて過ごしてるってか……」
まずいぞ、これ。喋れば喋るほど、言いたい事がとっ散らかっていくんですけど。
「えぇっと、だから、そのな」と、しどろもどろになる言葉にあわせて、俺の目もぐるんぐるんと回り始める。
が、そんな俺とは反対に、拓弥の方は落ち着きを取り戻したらしい。俺が何か言いたい事があるらしいと察してくれたようで、俺のぐちゃぐちゃな説明に「うん」と平静に相槌を打ち返してくれる。
視界の端で、ドアノブから手が離されたのも見え、思わずホッと胸をなでおろす。
大丈夫。ちゃんと聞いてもらえる――。その事実に、俺の方にも少しばかり落ち着きが戻ってきた。
息を小さく吸って、小さく吐く。
さっきよりも思考がクリアになったのを感じ、よしと意気込みながら、改めて拓弥と向き合う。
「……もしもね、もしもの話ね。俺がきらりちゃんの学校の教師だったらさ、俺は今、教師としてきらりちゃんと拓弥を引き合わせちゃいけない立場にいるんだ」
「正確には、拓弥がちゃんと、きらりちゃんの実父である事を証明できない場合とか、面会拒否とかが発生してる場合に限りなんだけど」と、ぼそぼそと説明を補足する。
他人にどう思われるか、思われてしまうか。それが怖くて話せない。
だから自分の内に秘めてしまうのだろう。言いたい事も、伝えたい事も。全部。
怖いなら、不安なら、いっそのことそうすることを諦めた方が早い――、叶わない夢を追って苦しむよりも、現実的かつ平穏に生きる事を選んだかつてのように。
「……ごめん。変な話しちゃったよね」
何も言わずにいる俺をどう捉えたのか、拓弥がそう言葉を続けた。
場の気まずさを拭おうとするように、いつもどおりの気の抜けた、穏やかな雰囲気の笑みを顔に浮かべる。
「とりあえず、中、入ろうか。きらり達も待たせちゃってるだろうし」
「え、あ、拓弥、あの、」
「それにいつまでもここに居たら、他の人が来た時にも邪魔になっちゃうしね」
戸惑いの眼差しを向けてくる友から逃げるように、拓弥が矢継ぎ早に言葉を続けながらドアノブに手を伸ばした。銀色のレバー型のノブに、拓弥の少し細めの指先が触れる。
(また、俺は何も言えないまま終わるのか)
言いたい事を、伝えたい事を、確かにそこにある何かを言えずに終わる。
大声で泣く子どもを慰められなかった時のように、未熟だと言われて言い返す言葉を何も思い浮かべられなかった時のように。
全力を尽くしても、出すべき力をすべて出しきっても、自分達の作り上げた音楽が誰のもとにも届かなかった時のように――。
そう思った、次の瞬間だった。
「あのさっ!」
突然の大声が、俺の口から飛び出していったのは。
「え」と拓弥が、ドアノブを握ったまま動きを止めた。
まさか、このタイミングで呼び止められるとは思っていなかったのだろう。目を大きく丸め、驚きの表情を浮かべた拓弥が俺の方へ振り返ってくる。
(それを言うなら、俺の方だってまさか、自分がここで拓弥を呼び止めるなんて思ってなかったっつーのっ)
実のところ、とっさに声をあげてしまっただけで、続けたい言葉はさっぱりだ。
なんて言うべきか、なんと言おうとしているのか。自分でも自分の考えがわからない。
(でも、)
このまま拓弥をドアの向こうに行かせてしまったら、きっと俺は後悔する。
それだけは確かにわかるから――……。
「お、俺、そのさ、教師なんだっ」
「え」
「小学校の教師、でさっ!」
「あ、う、うん。それは知ってるけど」
拓弥がキョトンと、目を瞬かせる。
そうだよね、そういう顔にもなりますよね! うんっ、ごめんねっ! 言いたい事が上手くまとまらない奴でごめんなさいねっ!
「皆からアホとか、バカとかよく言われるけどさ、一応これでも職場ではね、ちゃんと教師らしくしようとは意識しててね。子どもらの見本になれるようにとか、その、間違った事教えないようにとか考えてるってか、保護者の方からもさ、印象悪くならないように、この人が先生で大丈夫かなって不安がられないように、身だしなみとか言葉遣いとかも、もっと気をつけて過ごしてるってか……」
まずいぞ、これ。喋れば喋るほど、言いたい事がとっ散らかっていくんですけど。
「えぇっと、だから、そのな」と、しどろもどろになる言葉にあわせて、俺の目もぐるんぐるんと回り始める。
が、そんな俺とは反対に、拓弥の方は落ち着きを取り戻したらしい。俺が何か言いたい事があるらしいと察してくれたようで、俺のぐちゃぐちゃな説明に「うん」と平静に相槌を打ち返してくれる。
視界の端で、ドアノブから手が離されたのも見え、思わずホッと胸をなでおろす。
大丈夫。ちゃんと聞いてもらえる――。その事実に、俺の方にも少しばかり落ち着きが戻ってきた。
息を小さく吸って、小さく吐く。
さっきよりも思考がクリアになったのを感じ、よしと意気込みながら、改めて拓弥と向き合う。
「……もしもね、もしもの話ね。俺がきらりちゃんの学校の教師だったらさ、俺は今、教師としてきらりちゃんと拓弥を引き合わせちゃいけない立場にいるんだ」
「正確には、拓弥がちゃんと、きらりちゃんの実父である事を証明できない場合とか、面会拒否とかが発生してる場合に限りなんだけど」と、ぼそぼそと説明を補足する。
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