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本がデッドメディアになって100年の時が経つ。
そんななかで本を作る事になった。発案者は我らが国立書籍博物館のリーダー羊皮館長。「百年という節目に記念すべき事をしたい」との理由だった。
ちょうど夏休みに向けた子ども向け体験イベントの内容を考えている最中だった事もあり、そのままイベントの一環として本作りを体験させよう、という流れで話はまとまった。というか、まとめさせられた。
満足気に頷く館長に、「デッドメディアになって100年目って、なんの記念にもならんだろ」というツッコミをできる職員は誰も居なかった。
「まったくさ~、館長も言うことが急なんだよなぁ」
イベント企画メンバーであり、僕の同僚である板部が不満げに言った。資料保管室の長テーブルの上に上半身を投げ出す。
「同意」と彼の前に座っている、やはり企画メンバーの1人であり僕の同期にあたるまじめさんが言う。そうしてまじめの名に恥じる不真面目さで、宙に浮いていた架空電紙を指で弾いた。
ぶぅんと、半透明でできた架空電子の輪郭がブレる。
「おい。大事な資料だぞ、丁寧に扱えよ」
「どうせ破れない。本物と違って」
僕の注意をまじめさんが鼻で嗤った。ぴくりと僕のこめかみが反応する。
どうしてこの女は、こうも鼻につく言い方しかできないのか。初めて会った時、清楚な印象の見た目にときめいた己を返して欲しい。こんなに腹立つ同期はいない。
「まぁまぁ」と板部が僕らの間に割って入る。
「喧嘩しててもしゃーないって。こうなった以上なるようにしかならねぇんだし、早いとこ企画作っちゃおうぜ」
「んで、なんかいい案浮かんだ? リーダー」と板部がこちらに顔を向けた。軟派な雰囲気の外見に相応しい、他人任せな物言いである。
……どうやら、もう1人ここに腹立つ同期がいたらしい。思わず眉間を抑えた。
******
国立書籍博物館。略称、書籍館。
今から100年前、架空電紙の登場により本が時代の遺物となり始めた頃、その文化生命の危機を察知して国が作ったのが、この書籍館だ。
おかげで、本という概念は忘れられずに人々の間に残っている。包装紙や紙袋といった代替えが難しい一部の紙製品を除いては、電子で作られた紙しか見た事がない僕ら若者世代でも、本物の紙からなる本を知る事ができる。
たとえその文化が、今はもう知っていても意味がないものだったとしても――、だ。
「チッ。空間端末が読み取れないって」
まじめさんがコンタクト型の端末を外しながら言った。面倒そうな顔をする彼女に、「あー」と電子資料の束をパラパラと適当に読んでいた板部が口を開く。
「5年前の架空電紙のやつ? そこら辺、OSが一新されて今のと互換性ないからダメだよ。端末の方を変えなきゃ」
「……私、今のやつしか持ってないんだけど」
「事務に言え。申請したら貸してくれる」
手元の資料――、過去の先輩方がやってきた企画をまとめた架空電紙製の報告書を読みながら、まじめさんに返す。
今、僕らがやっているのは過去の企画の総ざらいだ。一口に本を作ると言っても、それだけで今の子どもがイベントに興味を持つわけがない。旧時代の遺物に興味を持つのは基本的に大人であり、年端のいかない子どもらではないのだ。彼らに興味をもってもらうには、引き込めるだけの理由を作る必要がある。
しかし、こちらとら就職してまだ半年程度の若造3名。ポンと企画内容なんて出てくるわけもない。そこで頼ったのが過去の資料達だ。先人の偉大なる知識を借りる事にしたのである。
空間端末に供えられた検索機能を使い、『本』『作り方』『装丁』『製本』等、今回の企画に関連性がありそうなワードを含んだ資料を雑多に漁る。だが、調べれば調べるほどにわかるのは、本作りは子ども向けのイベントには向いていないという事実だけだった。過去にも何度か企画として行われているが、その全てが大人向けだ。
理由は単純、子どもがするには本作りの作業は複雑過ぎるから。
これを子ども用に改善する事など、はたしてできるのか。
まじめさんがブック型にまとめられている古い架空電紙を手に持ったまま、ムッと唇を尖らせた。
そうして端末を瞳につけ直すと、空間に館内事務宛の申請画面を呼び出し、必要事項を記入して事務へとデータを飛ばした。
「あ~、もうっ。これだから電子って嫌っ。互換性がないだけで古い資料が見られないっ。こっちは仕事で今すぐ必要だってのに」
まじめさんが椅子の背もたれに背中を預けながら言った。
隠すことなく仕事への文句を言う彼女に、僕の口からも隠すつもりのないため息が出る。
「文句言うな。電子でまとめておいてくださってるからこそ、これだけ膨大にある資料の中から必要な情報だけ抜き取る事ができるんだぞ。検索機能のない紙の書籍ばかりだったら、僕達は今ごろ目当ての書物も引き抜けず、途方にくれていた」
言いながら、自身の空間端末であるメガネを通して資料室内をぐるりと見回す。
6畳もない室内。一見すると100年分の資料もしまい込まれているようには見えない部屋だが、こうして端末を使えば空間に飛ぶ電子のたくさんのシャボン玉が目につく。これの1つ1つが架空電紙だ。
電紙の粒でできた紙は、簡単に形状を変える事ができるし、端末を通さなければ触る事も見る事もできないので、私生活にも支障をきたさない収納が可能だ。しかも検索機能を使えば、必要な資料だけが光り輝き、簡単に僕らを知りたい答えへ導いてくれる。架空電紙が時代の主流になった主な理由だろう。
「ハッ、電子の下僕が」
まじめさんが僕を鼻で嗤った。
そんななかで本を作る事になった。発案者は我らが国立書籍博物館のリーダー羊皮館長。「百年という節目に記念すべき事をしたい」との理由だった。
ちょうど夏休みに向けた子ども向け体験イベントの内容を考えている最中だった事もあり、そのままイベントの一環として本作りを体験させよう、という流れで話はまとまった。というか、まとめさせられた。
満足気に頷く館長に、「デッドメディアになって100年目って、なんの記念にもならんだろ」というツッコミをできる職員は誰も居なかった。
「まったくさ~、館長も言うことが急なんだよなぁ」
イベント企画メンバーであり、僕の同僚である板部が不満げに言った。資料保管室の長テーブルの上に上半身を投げ出す。
「同意」と彼の前に座っている、やはり企画メンバーの1人であり僕の同期にあたるまじめさんが言う。そうしてまじめの名に恥じる不真面目さで、宙に浮いていた架空電紙を指で弾いた。
ぶぅんと、半透明でできた架空電子の輪郭がブレる。
「おい。大事な資料だぞ、丁寧に扱えよ」
「どうせ破れない。本物と違って」
僕の注意をまじめさんが鼻で嗤った。ぴくりと僕のこめかみが反応する。
どうしてこの女は、こうも鼻につく言い方しかできないのか。初めて会った時、清楚な印象の見た目にときめいた己を返して欲しい。こんなに腹立つ同期はいない。
「まぁまぁ」と板部が僕らの間に割って入る。
「喧嘩しててもしゃーないって。こうなった以上なるようにしかならねぇんだし、早いとこ企画作っちゃおうぜ」
「んで、なんかいい案浮かんだ? リーダー」と板部がこちらに顔を向けた。軟派な雰囲気の外見に相応しい、他人任せな物言いである。
……どうやら、もう1人ここに腹立つ同期がいたらしい。思わず眉間を抑えた。
******
国立書籍博物館。略称、書籍館。
今から100年前、架空電紙の登場により本が時代の遺物となり始めた頃、その文化生命の危機を察知して国が作ったのが、この書籍館だ。
おかげで、本という概念は忘れられずに人々の間に残っている。包装紙や紙袋といった代替えが難しい一部の紙製品を除いては、電子で作られた紙しか見た事がない僕ら若者世代でも、本物の紙からなる本を知る事ができる。
たとえその文化が、今はもう知っていても意味がないものだったとしても――、だ。
「チッ。空間端末が読み取れないって」
まじめさんがコンタクト型の端末を外しながら言った。面倒そうな顔をする彼女に、「あー」と電子資料の束をパラパラと適当に読んでいた板部が口を開く。
「5年前の架空電紙のやつ? そこら辺、OSが一新されて今のと互換性ないからダメだよ。端末の方を変えなきゃ」
「……私、今のやつしか持ってないんだけど」
「事務に言え。申請したら貸してくれる」
手元の資料――、過去の先輩方がやってきた企画をまとめた架空電紙製の報告書を読みながら、まじめさんに返す。
今、僕らがやっているのは過去の企画の総ざらいだ。一口に本を作ると言っても、それだけで今の子どもがイベントに興味を持つわけがない。旧時代の遺物に興味を持つのは基本的に大人であり、年端のいかない子どもらではないのだ。彼らに興味をもってもらうには、引き込めるだけの理由を作る必要がある。
しかし、こちらとら就職してまだ半年程度の若造3名。ポンと企画内容なんて出てくるわけもない。そこで頼ったのが過去の資料達だ。先人の偉大なる知識を借りる事にしたのである。
空間端末に供えられた検索機能を使い、『本』『作り方』『装丁』『製本』等、今回の企画に関連性がありそうなワードを含んだ資料を雑多に漁る。だが、調べれば調べるほどにわかるのは、本作りは子ども向けのイベントには向いていないという事実だけだった。過去にも何度か企画として行われているが、その全てが大人向けだ。
理由は単純、子どもがするには本作りの作業は複雑過ぎるから。
これを子ども用に改善する事など、はたしてできるのか。
まじめさんがブック型にまとめられている古い架空電紙を手に持ったまま、ムッと唇を尖らせた。
そうして端末を瞳につけ直すと、空間に館内事務宛の申請画面を呼び出し、必要事項を記入して事務へとデータを飛ばした。
「あ~、もうっ。これだから電子って嫌っ。互換性がないだけで古い資料が見られないっ。こっちは仕事で今すぐ必要だってのに」
まじめさんが椅子の背もたれに背中を預けながら言った。
隠すことなく仕事への文句を言う彼女に、僕の口からも隠すつもりのないため息が出る。
「文句言うな。電子でまとめておいてくださってるからこそ、これだけ膨大にある資料の中から必要な情報だけ抜き取る事ができるんだぞ。検索機能のない紙の書籍ばかりだったら、僕達は今ごろ目当ての書物も引き抜けず、途方にくれていた」
言いながら、自身の空間端末であるメガネを通して資料室内をぐるりと見回す。
6畳もない室内。一見すると100年分の資料もしまい込まれているようには見えない部屋だが、こうして端末を使えば空間に飛ぶ電子のたくさんのシャボン玉が目につく。これの1つ1つが架空電紙だ。
電紙の粒でできた紙は、簡単に形状を変える事ができるし、端末を通さなければ触る事も見る事もできないので、私生活にも支障をきたさない収納が可能だ。しかも検索機能を使えば、必要な資料だけが光り輝き、簡単に僕らを知りたい答えへ導いてくれる。架空電紙が時代の主流になった主な理由だろう。
「ハッ、電子の下僕が」
まじめさんが僕を鼻で嗤った。
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2025.4.11 完結 25649字
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