国立書籍博物館学芸員の繁雑な日常

勝哉道花@みちなり文庫

文字の大きさ
1 / 4

1

しおりを挟む
 本がデッドメディアになって100年の時が経つ。

 そんななかで本を作る事になった。発案者は我らが国立書籍博物館こくりつしょせきはくぶつかんのリーダー羊皮ようひ館長。「百年という節目に記念すべき事をしたい」との理由だった。

 ちょうど夏休みに向けた子ども向け体験イベントの内容を考えている最中だった事もあり、そのままイベントの一環として本作りを体験させよう、という流れで話はまとまった。というか、まとめさせられた。

 満足気に頷く館長に、「デッドメディアになって100年目って、なんの記念にもならんだろ」というツッコミをできる職員は誰も居なかった。

「まったくさ~、館長も言うことが急なんだよなぁ」

 イベント企画メンバーであり、僕の同僚である板部いたべが不満げに言った。資料保管室の長テーブルの上に上半身を投げ出す。

「同意」と彼の前に座っている、やはり企画メンバーの1人であり僕の同期にあたるまじめ・・・さんが言う。そうしてまじめの名に恥じる不真面目さで、宙に浮いていた架空電紙を指で弾いた。

 ぶぅんと、半透明でできた架空電子の輪郭がブレる。

「おい。大事な資料だぞ、丁寧に扱えよ」
「どうせ破れない。本物と違って」

 僕の注意をまじめさんが鼻で嗤った。ぴくりと僕のこめかみが反応する。

 どうしてこの女は、こうも鼻につく言い方しかできないのか。初めて会った時、清楚な印象の見た目にときめいた己を返して欲しい。こんなに腹立つ同期はいない。

「まぁまぁ」と板部が僕らの間に割って入る。

「喧嘩しててもしゃーないって。こうなった以上なるようにしかならねぇんだし、早いとこ企画作っちゃおうぜ」

「んで、なんかいい案浮かんだ? リーダー」と板部がこちらに顔を向けた。軟派な雰囲気の外見に相応しい、他人任せな物言いである。

 ……どうやら、もう1人ここに腹立つ同期がいたらしい。思わず眉間を抑えた。


      ******


 国立書籍博物館。略称、書籍館しょせきかん

 今から100年前、架空電紙の登場により本が時代の遺物となり始めた頃、その文化生命の危機を察知して国が作ったのが、この書籍館だ。

 おかげで、本という概念は忘れられずに人々の間に残っている。包装紙や紙袋といった代替えが難しい一部の紙製品を除いては、電子作られたしか見た事がない僕ら若者世代でも、本物の紙からなる本を知る事ができる。

 たとえその文化が、今はもう知っていても意味がないものだったとしても――、だ。

「チッ。空間端末が読み取れないって」

 まじめさんがコンタクト型の端末を外しながら言った。面倒そうな顔をする彼女に、「あー」と電子資料の束をパラパラと適当に読んでいた板部が口を開く。

「5年前の架空電紙のやつ? そこら辺、OSが一新されて今のと互換性ないからダメだよ。端末の方を変えなきゃ」
「……私、今のやつしか持ってないんだけど」
「事務に言え。申請したら貸してくれる」

 手元の資料――、過去の先輩方がやってきた企画をまとめた架空電紙製の報告書を読みながら、まじめさんに返す。
 今、僕らがやっているのは過去の企画の総ざらいだ。一口に本を作ると言っても、それだけで今の子どもがイベントに興味を持つわけがない。旧時代の遺物に興味を持つのは基本的に大人であり、年端のいかない子どもらではないのだ。彼らに興味をもってもらうには、引き込めるだけの理由を作る必要がある。

 しかし、こちらとら就職してまだ半年程度の若造3名。ポンと企画内容なんて出てくるわけもない。そこで頼ったのが過去の資料達だ。先人の偉大なる知識を借りる事にしたのである。

 空間端末に供えられた検索機能を使い、『本』『作り方』『装丁』『製本』等、今回の企画に関連性がありそうなワードを含んだ資料を雑多に漁る。だが、調べれば調べるほどにわかるのは、本作りは子ども向けのイベントには向いていないという事実だけだった。過去にも何度か企画として行われているが、その全てが大人向けだ。

 理由は単純、子どもがするには本作りの作業は複雑過ぎるから。
 これを子ども用に改善する事など、はたしてできるのか。

 まじめさんがブック型にまとめられている古い架空電紙を手に持ったまま、ムッと唇を尖らせた。

 そうして端末を瞳につけ直すと、空間に館内事務宛の申請画面を呼び出し、必要事項を記入して事務へとデータを飛ばした。

「あ~、もうっ。これだから電子って嫌っ。互換性がないだけで古い資料が見られないっ。こっちは仕事で今すぐ必要だってのに」

 まじめさんが椅子の背もたれに背中を預けながら言った。
 隠すことなく仕事への文句を言う彼女に、僕の口からも隠すつもりのないため息が出る。

「文句言うな。電子でまとめておいてくださってるからこそ、これだけ膨大にある資料の中から必要な情報だけ抜き取る事ができるんだぞ。検索機能のない紙の書籍ばかりだったら、僕達は今ごろ目当ての書物も引き抜けず、途方にくれていた」

 言いながら、自身の空間端末であるメガネを通して資料室内をぐるりと見回す。

 6畳もない室内。一見すると100年分の資料もしまい込まれているようには見えない部屋だが、こうして端末を使えば空間に飛ぶ電子のたくさんのシャボン玉が目につく。これの1つ1つが架空電紙だ。

 電紙の粒でできた紙は、簡単に形状を変える事ができるし、端末を通さなければ触る事も見る事もできないので、私生活にも支障をきたさない収納が可能だ。しかも検索機能を使えば、必要な資料シャボンだけが光り輝き、簡単に僕らを知りたい答えへ導いてくれる。架空電紙が時代の主流になった主な理由だろう。

「ハッ、電子の下僕が」

 まじめさんが僕を鼻で嗤った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...