国立書籍博物館学芸員の繁雑な日常

勝哉道花@みちなり文庫

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「何」と思わず片眉を揺らす。

「紙を扱う施設にいて、電子に陶酔してる裏切り者をそう呼んで何が悪いのよ。私知ってるのよ、あなたが電子館でんしかんに配属希望出してるの」

 ギクリとした。なぜこの女がその事を知っている。「え、リーダー、書籍館やめんの?」まじめさんの発言に、板部が驚いた声をあげた。

 電子館――、正式名は国立電子歴史博物館こくりつでんしれきしはくぶつかん。書籍館と同じ敷地内にある対の博物館だ。

 紙の文化に代わって電子が主流となった今、新たに刻み始めた歴史を記録しておく必要がある。そのために作られた電子文化専門の博物館、それが電子館だ。

 だが、書籍館の中には電子館の事をよく思わない人間も少なくない。理由はこれまた単純だ。紙の本好きが多い書籍館にとって、奴ら電子は紙を時代から引きずり落とした下手人なのだから。

「誰から聞いた」
「事務のなつちゃん」

 箝口令を敷いておくべきだったか。チッ、と舌打ちが飛び出す。

「言っておくけど、夏見ちゃんは悪くないからね。アンタが電子館なんて場所に異動を願うから、心配して声掛けてくれただけよ。人間関係とかで問題が起きてないかって」
「正に今起こってるな。無駄口を叩く同期と他人任せな同期に振り回されている」

「無駄口叩いても給料泥棒はしてないわよ。仕事の愚痴ぐらい誰でも言うものでしょ。そもそもアンタの言う検索機能とやらも万能じゃないじゃない」

 まじめさんが苛立たしげに顔をしかめた。

「検索で引っかかるものが必ずこっちが求めてる資料だとは限らない。少しでも中身に引っかかる単語があったら関係のない資料まで引っ張り出すなんて、右と左の違いがわからない赤子と同じよ」
「聞き捨てならないな。それを言うなら、紙の本だって同じだろう。表題に関連性を見てページを開いても、中身は求めてる物と違うなんて事はごまんとある。紙の本は勝手過ぎるんだよ。結局は書き手や編纂者のセンスで情報が取捨選択されるし、ページや文字数なんて際限があるから、時として本当に必要な情報が捨てられてしまう」
「はぁ? そんな事言うなら、電子なんて情報の掃き溜めみたいなものじゃない。際限がないから無駄に情報が増えてくばかり。だから検索機能なんてものがないと、読みたい物も読めない。それ以前に、昔は板型の端末で読んでいた物を本型にも変形できる架空電紙にした時点で、結局求められているのは『本』という形だって示してるようなものじゃない」
「その理論で行くと、求められているのは『本』であり『紙の本』ではないな。確かに形にして読む時は『本』が便利かもしれない。だが、必要な情報が欠けてる可能性がある物より、膨大であれど確かな情報が存在する電子の方がはるかに情報の保管にかけて、」
「はーやだやだっ、これだから合理性ばかり追求する男は。話してて浪漫に欠ける。面白味がない。だから、親戚のコネじゃなきゃ入職できないような人間になるのよ」
「なっ、そ、それは今関係ないだろ⁉」
「何も考えずに検索機能に頼る電子ネイティブ世代らしいじゃない。よかったでちゅねー、他人の力に頼っておまんま食べれて」
「お前だって電子ネイティブ世代だろうがっ!」

 バチッとまじめさんと自分の間に火花が飛び散る。

「まぁまぁ、2人とも落ち着きなよー」と、板部がのんびりと言いながら、ひょいっと架空電紙で作った紙飛行機を宙に飛ばした。どうやら僕らが喧嘩している間に折り紙で遊んでいたらしい。「「お前は/アンタは仕事をしろっ‼」」と僕とまじめさんの怒鳴り声が被った。

 あぁもう、こんな状態でどう仕事をしろというのだ。
 一体なぜ、館長は僕ら3人にこの仕事を頼んだのか。学芸員なんて他にもたくさんいるのに。僕らが組んだらこうなるなんて事は、この1年を通して書籍館全職員が知り得ている事実じゃないか。

 この企画が終わったら、絶対にここを辞めてやる――、目の前を滑空する紙飛行機に目をやりながらそう思った時、

「……折り紙?」

 ふと、1つの考えが頭に浮かんだ。

 ハッとして、空間端末の読了履歴を開く。宙に展開される文字列の中から覚えがある物を1つ選び、そのデータを展開する。

「あったぞっ、これだっ!」

 これなら……、このやり方なら、子どもでも本が作れる!

 板部が不思議そうに、まじめさんが怪訝そうに僕を見る。
 資料室の扉がノックされ、「端末持ってきましたぁ」と事務の子が中に入ってきたのは、ちょうどその時の事だった。
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