おやじ猫を拾う

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Re:ヒロ

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東京に着くと、円天不動産の裏手でバイクを止めた。ケンに「お客さんと会うから、バイクに乗って帰ってくれ。バイクはそこの駐車場に止めておけば大丈夫」と伝え、向かいのビルへ入っていった。このビルの3階に円天不動産の信用調査部があり、ケンの身辺調査を依頼してあった。
その封筒を受け取り、歩きながら一通り目を通した。今までの会話と矛盾点もなく、ほっと安堵した。気になったのは、ご両親が早くに亡くなられていることぐらいだ。程なく工房へ戻った。眠いとあくびが出た。工房の前には元溶接工のヨシオさんがポツンと立っていたが、どこか寂しそうだ。
「ヨシオさーん」と声を掛けると、「ヒロ、改装って辞めちまうのかよ?」と怪訝な顔で尋ねてきた。
「何言ってんだ、このオッサン。改装って書いてあるだろ。辞める時は閉店だろ。ボケたのか?」と返すと、途端にヨシオさんの顔が明るくなった。「ここがなくなったら、なんだ、オアシスってやつがなくなるだろ。寂しくなるよ」と言う。
そう思ってくれる人がいるだけで幸せだ。そんなヨシオさんを見ていると、どこか可哀想になり、「ヨシオさん、ちょっと早いけど一杯やるか?」と誘った。ヨシオさんは「子供のように、そうこなくっちゃよ、ヒロ」とビール箱をいつものように並べ始めた。
工房のシャッターを開け、俺はキッチンに行き、ビールとつまみ、グラスを抱えて戻ってきた。ヨシオさんは「待ってました」と言わんばかりに瓶ビールの栓を抜き、グラスにビールを注いだ。「グラス、多くないかい?」と聞くと、ヨシオさんは「どうせ鼻を効かせてみんな来るだろ」と答えた。
「飲もう飲もう」とグイッとヨシオさんは飲み、うまいと舌鼓を打つ。もう15時30分。そろそろケンも戻ってくる頃だろう。ケンは円天不動産で予想もしていなかった事態に直面している。
「山下君だね」と円天不動産の社長、井筒が対応していた。「ボスから話は聞いているよ。山下君の所属は円天不動産商品開発部に籍を置いてもらいます」と、井筒が淡々と給料の話など事務的な説明を進めていく。「ボスから聞いたけど、店舗改装の話があるようだね」と、ケンが書いた店舗構想図を広げた。「この件は設計部の佐藤さんと打ち合わせてください」と言う。ケンはポカンとしていた。
井筒が「山下君にお願いがあるんだ。ボスのコレクションを何とかお金に変えるよう頼んだよ」と言い、席を立った。入れ替わりに佐藤が構想図を元にした図面を持って現れた。「設計部の佐藤です。よろしくお願いします」と、ここはこうだと説明を始めた。説明が終わり、佐藤もまた「山下君、ボスの見張り頼みますよ。後日また現地で打ち合わせしたいので、連絡先を教えてください」と続けた。
ケンには今まで体験したことのない話で、心が弾んでいた。新たな自分を手に入れた瞬間だっただろう。バイクの重低音が聞こえてきた。このリズミカルな音は、きっと興奮して帰ってくる証だ。エンジンや排気音で気持ちがノリノリの時は分かるものだ。ドドドとケンが戻ってきた。「ボス、ただいま戻りました!」
やはりご機嫌だなと、俺はほっこり笑みを浮かべ、「お疲れ様」と返した。
「こちら、近所のヨシオさん。元溶接工でここのアドバイザーだよ」と紹介すると、ヨシオさんがびっくりした顔で、「驚いたねー。若い時のヒロじゃねえか。良く似てる、びっくりだよ、えー」と言う。「ヨシオさん、ここで働く山下健一君だから、可愛がってあげてな」と俺。ケンは「よろしくお願いします」と、少し日焼けして赤くなった顔でニッコリ頭を下げた。
ヨシオさんが「ニッコリすると昔のお前そっくりだよ。どこで拾ってきたんだ」とビールを飲み干し、空のビール瓶を持って催促してくる。「ケン、クーラーボックスに氷入れて、ビールとウイスキー持ってきてくれ。あと……」と俺が言い終わる前に、ケンは行動が早く工房に入っていった。
ラジオフライヤーにクーラーボックス、まな板、包丁、取り皿を詰め込んで戻ってきた。
「ヨシオさんの物じゃないんだから拾ってきたはないだろう、パワハラって言われるよ」
まな板は三浦で買ってきたマグロがあるんだ、そろそろ解凍もできてるだろう。
俺は外付けの洗い場でまな板にマグロの柵をドンと乗せて刺身にしていった。油が乗って美味しそうだ。
皿に豪快に乗せて**「ハイ、お待ち!」って、
鼻を効かせた連中がまた一人、増えてきた。同級生のトシちゃんもやって来た。ケンの顔を見るなり、ヨシオさんと同じことを言う。「ロン毛にしたら、ヒロの高校の時にそっくりだな! モテるだろ」ケンは照れながら俺の方を向く。トシちゃんが「ヒロはモテたからなー」とビールをグイッと飲み干すと、懐かしげに語り出した。「ヒロは高校の時、すごかった。ヒロの家の前には出待ちの子もいたしな」「俺なんか見向きもされなかったよ。うちのかみさんもヒロ信者だったからな」この二人は何を昔の話をしてるんだか。話を盛りすぎだろ。
ケンがトシちゃんに聞く。「ボスは誰かと付き合ってたんですか?」
トシちゃんは答える。「親父さんがやたら厳しい人だったから、ヒロは女の子と付き合ったりはしなかったな。俺らとかばっかりつるんでたな」
ヨシオさんが口を挟む。「寿司屋で聞いたよ。弟子入りしたんだって? ヒロの見張り役だな」
「何年か前にもいたな。今は随分と人気の店だって聞いたぞ、前の弟子さんは」
「ヒロ、知ってたか?」
俺は答える。「今でもたまに顔出すよ。儲かってそうで何よりだよ」
ケン。「どんな人だったんですか?」
ヨシオさん。「あれもいい男だったな。トシちゃん**?」
トシちゃん。「こいつの周りは美男美女しか集まらないからな、ワハハ!」
ケンが不気味な眼差しで俺の方を見る。俺は気恥ずかしくなり、トイレに立つ。これは夜になると色々詮索されるだろうなと思いつつ用を済ませると、携帯が鳴った。設計部の佐藤君からだった。電話に出ると、「山下さんの携帯電話したのですが、繋がらなくて。ボスの所にいますか?」
俺は答える。「いるよ。掛け直させるよ。申し訳ないな、佐藤君」と電話を切る。
「ケン! ちょっと」と呼び寄せる。「携帯見てみろ。設計部の佐藤から着信来てるだろ。電話のサイレントはやめろよ」「携帯はお金を運んできてくれる道具なんだぞ。すぐ折り返せ」と頭をコツンと叩いた。
俺。「トシは?」
ヨシオさん。「昔のアルバム取りに家に戻ったよ」
余計なことばかりだなと舌打ちした。歳を取ると昔話が好きになるんだな。俺にだって黒歴史の一つや二つあるんだから、ケンの前では触れてほしくなかった。
トシちゃんがアルバムを持って戻ってきた。丁寧に二冊も持ってきて、黒歴史の塊だ。覚悟を決めるしかないなと思った。案の定、一番に飛びついたのはやはりケンだった。
ケンは「佐藤さんが明日の10時に内装屋さんと来るそうです」と報告しながら、手はアルバムを受け取っていた。
トシちゃんが「今と相当違うぞ」とニヤける。ケンがアルバムをめくる。意味深な目線が突き刺さる。
ケン。「今とそう変わらないですね」「これは相当モテそうですね」「想像つきますねー」「あー、なるほどですね」
「この人、よくボスの隣にいますね」
トシちゃん。「それ、今井」「今井もモテたよな」「お前ら、仲良かったもんな」「親父さんには嫌われてたけどな」
ケン。「ボス、いや、ヒロさんのお父さんってどんな人だったんですか?」
この話題には誰も深く触れなかった。
トシちゃん。「怖いけど、変なところで優しい人だったなー」
ヨシオさんが察して話題を変えてくれた。「マグロ、もうないのかい?」
俺。「まだあるよ。切ろうか」と鼻歌を歌いながらマグロを切りに行った。ケンがついてきた。
ケン。「色々聞かせてね」
俺。「昔のことだよ。気にするなよ」
ケン。「今井って人とやったでしょ**(笑)**」
俺は何も答えず、マグロを切っていると、ケンが脇腹を突っついてきた。
「はい、これ持っていって」と言うと、まな板と包丁を洗いながら、今井かぁ、懐かしいな、何やってんだろうと想いを巡らせた。だが、ケンは鋭い感をしてるな。タバコを吸いながら、遠目で三人が仲良く笑ってるのを見ていた。
仕事帰りのサラリーマンがまた一人、また一人と増えてきた。珍しくトシちゃんの奥さんが差し入れを持ってやって来た。「あらあら、こんな大勢で足りるかしら」とユカリの声が響いた。
そして、また今宵も暮れていく。

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