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第2章「狂竜、ご令嬢ルーシー」
第15話「揶揄されし、蛇」
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改めて直に見るとチートだな。催眠みたいなものだから、自身の生命に掛かることだけは効かないっていう弱点を知らないと怖すぎる。
「ねえ、ロルフ。王冠はまだ見えていない?」
「……見えない。代わりに白い靄みたいなのがある」
「そっか。さっきの質問だけど、そもそも私の魔法はおかしくなっていないみたい」
屋敷の敷地内に入りながら、サンディは意味不明なことを言い出す。
「なに言ってるんだ? 炎狼――レイラの時、命令が効かなかったじゃないか」
「そうだね。でもね、ロルフ。この王冠が見えないのは限られた人だけみたい。ロルフ、レイラ、ルーシー、ミア嬢ちゃん。だから、さっきも野次馬には使えた」
「俺らだけって……」
「そう、四人だけ。王冠が見えないし、命令も効かない」
「それって、どういう……」
「さあ? 分かったら苦労しないよ。……着いた」
身振りで諦めるかのような仕草をして、サンディはため息を吐く。彼女の視線の目の前には瓦礫の山があった。
なにか残っていないだろうか……。
正直、そこまで期待はしていない。これだけ大規模に壊れてしまっては、なにかあっても気付かない可能性の方が高い。だが、来らずにはいられなかった。
「ロルフ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
瓦礫の山は、上るだけでも一苦労だ。上るそばからがらがらと崩れていく。
「前にルーシーの家に来たことあったの?」
「ん? そりゃあ、幼馴染だし。小さい頃よく遊んだ。……どっちかというとルーシーが俺らの屋敷に来ることの方が多かったけど」
「ふーん……、最近はどう? ここに来た?」
確か半月くらい前に、ミアが行きたいと言いだして遊びに来た。その時の間取りを思い出される。
「半月位前に遊んだな。ミアがどうしてもって駄々こねて大変だったんだよなー。たしか、泊まり込みだった」
あの時のルーシー家の両親や姉、兄の苦い顔が忘れられない。急にギルド長の娘が泊まり込みに来たのだから、緊張したのだろう。
「それが――」
どうした、と訊こうとしたがやめる。瓦礫の向こうに人の話し声が聞こえたのだ。
「気になっただけよ」
サンディはそれだけ言うと、声の聞こえる方へ躊躇なく向かう。
当然、相手側に気付かれた。男の訝しがるような声が聞こえたのも一瞬。
「あ……?」
居たのは先ほどの衛兵よりも身なりの整った二人組だった。背の高い大柄な方が剣を抜き、一切の躊躇なくサンディに振りかぶる。見えた次の瞬間には、もうサンディの目の前にいた。
「止まれ」
サンディの命令により二人が体を硬直させる。門にいた奴らの上司かもしれない。もっとも、サンディの前ではなにもしようがないが。
「あー、……偉いのはどっち?」
「私です」
サンディの偉そうな物言いに答えたのは、大柄な男の方だった。剣を下ろし、直立になる。もう片方は文官の様に細身で眼鏡をかけているのを見ると、秘書だろうか?
「名前と役職は?」
「ルーカス・アレキサンドラ。王国直下特殊部隊長になります」
「特殊部隊? 蛇か?」
「そのように揶揄されることもありましょう」
騎士団長と名乗った男――ルーカスは髭をさすりながら淡々と答える。蛇。噂には聞いてたが、実際に目にするのは初めてだ。
「ふーん、そうかー」
サンディは腕を組み、片足を忙しなく苛立たしそうにしていた。一見怒っていそうだが、彼女が考えている時の癖だった。
唐突にそれをやめ、顔を上げる。
「ルーカス。この男の質問に答えなさい」
「承知いたしました」
「と、いうわけだ、ロルフ。なにか質問して。私より君の方が詳しいでしょ。色々と」
「急に言われてもな……。あー、君たちはここになにしに?」
ロルフは近くの瓦礫に座り、質問した。はたして答えはすぐにもたらされた。
「昨夜、ギルド経由で通報のあった、竜の目撃情報に関する調査です」
「調査内容とその結果は?」
「内容は、目撃情報の真偽、及び討伐への可能性についてです。我々は現場の状況及び魔法反応から、情報は正しいものと判断。しかし、その大きさから即座に討伐は不可能と考え、騎士団へ戻り次第、討伐隊を組む予定です。討伐方法は未定になります。また、目撃情報によれば、竜は迷いの森の方角へ向かったと考えられます」
「騎士団にはまだ伝えて無いの?」
「私たちが戻り次第になります」
竜と分かればそういう対応になるか。騎士団よりも早いのは朗報だ。竜はほぼ間違いなくルーシーが変化した姿。討伐隊が動き出したら、洒落にならない。その前になんとかしたいところだ。
「んー、ロルフ。他にはない?」
「……ないな」
「そう……。ルーカス、竜の正体については分かっているの?」
「……竜は竜でしかありません」
少し間が空き、ルーカスが答える。サンディの質問に嘘は付けないはずだから、これは意味を図りかねているのだろう。
「んー、じゃあ、ルーシー・イングリスという人物について知っていることは?」
「イングリス家の三女。この屋敷の住人と思われます。死亡の確認は取れておりませんが、その可能性が高いとみています」
死亡という言葉を聞き、思い出す。ルーシーは飛んで行ったのだろうが、他の人間はどうなったのか。
「待った、サンディ。もう一つ聞きたいことがあった。ルーカス、昨夜の被害状況は?」
「物理的な被害としてはイングリス家屋敷が全壊。人的被害はありません」
ん? これだけ屋敷が倒壊していて怪我一つなかったのか?
「屋敷の住人は?」
「逃げた及び怪我した住人もいませんでした。周辺に聞き込みを行ったところ、この屋敷にはルーシー・イングリス一人だけが住んでいたようです」
「ロルフ、どういうこと?」
「分からん」
一人だけなはずはない。先月来た時には、確かにいたはずだ。メイドや執事を含めればそれこそ何人も。
意味不明だが、これはルーシー本人に聞いてみないと分かりそうにない。あの時紹介されたのは誰だったのだ。
「それよりも、今はルーシーの竜化がバレていないことの方が大事だ」
「……まぁ、君がそれでいいならいいけど――どうするの?」
「決まっているだろ。ルーシーを連れ戻す。どういう状況かは不明だけど。話を聞かないと。ミアもそれを望んでいる」
「ミアの嬢ちゃんねぇ……。まぁいいけどー。場所も分かったし、行くときは教えてね」
「ああ、すぐだとは思うが……。ルーカス、討伐隊はどれくらいで討伐に向かう?」
「一週間です。竜という異常事態なので本来は三日以内です。ですが、迷いの森の方へ向かったこと、現在の被害がこの屋敷だけのも含めると、いくら災害級と言えど脅威度は低いと思われます。ですので、それくらいになるかと」
「一週間か……」
思ったよりも遅い。なにしろ存在自体が災害なので、すぐに討伐隊が組まれると思っていた。噂の沈静化のためにも。これなら、まだルーシーを見つけ出す時間が取れる。
「ねえ、ロルフ。王冠はまだ見えていない?」
「……見えない。代わりに白い靄みたいなのがある」
「そっか。さっきの質問だけど、そもそも私の魔法はおかしくなっていないみたい」
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「なに言ってるんだ? 炎狼――レイラの時、命令が効かなかったじゃないか」
「そうだね。でもね、ロルフ。この王冠が見えないのは限られた人だけみたい。ロルフ、レイラ、ルーシー、ミア嬢ちゃん。だから、さっきも野次馬には使えた」
「俺らだけって……」
「そう、四人だけ。王冠が見えないし、命令も効かない」
「それって、どういう……」
「さあ? 分かったら苦労しないよ。……着いた」
身振りで諦めるかのような仕草をして、サンディはため息を吐く。彼女の視線の目の前には瓦礫の山があった。
なにか残っていないだろうか……。
正直、そこまで期待はしていない。これだけ大規模に壊れてしまっては、なにかあっても気付かない可能性の方が高い。だが、来らずにはいられなかった。
「ロルフ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
瓦礫の山は、上るだけでも一苦労だ。上るそばからがらがらと崩れていく。
「前にルーシーの家に来たことあったの?」
「ん? そりゃあ、幼馴染だし。小さい頃よく遊んだ。……どっちかというとルーシーが俺らの屋敷に来ることの方が多かったけど」
「ふーん……、最近はどう? ここに来た?」
確か半月くらい前に、ミアが行きたいと言いだして遊びに来た。その時の間取りを思い出される。
「半月位前に遊んだな。ミアがどうしてもって駄々こねて大変だったんだよなー。たしか、泊まり込みだった」
あの時のルーシー家の両親や姉、兄の苦い顔が忘れられない。急にギルド長の娘が泊まり込みに来たのだから、緊張したのだろう。
「それが――」
どうした、と訊こうとしたがやめる。瓦礫の向こうに人の話し声が聞こえたのだ。
「気になっただけよ」
サンディはそれだけ言うと、声の聞こえる方へ躊躇なく向かう。
当然、相手側に気付かれた。男の訝しがるような声が聞こえたのも一瞬。
「あ……?」
居たのは先ほどの衛兵よりも身なりの整った二人組だった。背の高い大柄な方が剣を抜き、一切の躊躇なくサンディに振りかぶる。見えた次の瞬間には、もうサンディの目の前にいた。
「止まれ」
サンディの命令により二人が体を硬直させる。門にいた奴らの上司かもしれない。もっとも、サンディの前ではなにもしようがないが。
「あー、……偉いのはどっち?」
「私です」
サンディの偉そうな物言いに答えたのは、大柄な男の方だった。剣を下ろし、直立になる。もう片方は文官の様に細身で眼鏡をかけているのを見ると、秘書だろうか?
「名前と役職は?」
「ルーカス・アレキサンドラ。王国直下特殊部隊長になります」
「特殊部隊? 蛇か?」
「そのように揶揄されることもありましょう」
騎士団長と名乗った男――ルーカスは髭をさすりながら淡々と答える。蛇。噂には聞いてたが、実際に目にするのは初めてだ。
「ふーん、そうかー」
サンディは腕を組み、片足を忙しなく苛立たしそうにしていた。一見怒っていそうだが、彼女が考えている時の癖だった。
唐突にそれをやめ、顔を上げる。
「ルーカス。この男の質問に答えなさい」
「承知いたしました」
「と、いうわけだ、ロルフ。なにか質問して。私より君の方が詳しいでしょ。色々と」
「急に言われてもな……。あー、君たちはここになにしに?」
ロルフは近くの瓦礫に座り、質問した。はたして答えはすぐにもたらされた。
「昨夜、ギルド経由で通報のあった、竜の目撃情報に関する調査です」
「調査内容とその結果は?」
「内容は、目撃情報の真偽、及び討伐への可能性についてです。我々は現場の状況及び魔法反応から、情報は正しいものと判断。しかし、その大きさから即座に討伐は不可能と考え、騎士団へ戻り次第、討伐隊を組む予定です。討伐方法は未定になります。また、目撃情報によれば、竜は迷いの森の方角へ向かったと考えられます」
「騎士団にはまだ伝えて無いの?」
「私たちが戻り次第になります」
竜と分かればそういう対応になるか。騎士団よりも早いのは朗報だ。竜はほぼ間違いなくルーシーが変化した姿。討伐隊が動き出したら、洒落にならない。その前になんとかしたいところだ。
「んー、ロルフ。他にはない?」
「……ないな」
「そう……。ルーカス、竜の正体については分かっているの?」
「……竜は竜でしかありません」
少し間が空き、ルーカスが答える。サンディの質問に嘘は付けないはずだから、これは意味を図りかねているのだろう。
「んー、じゃあ、ルーシー・イングリスという人物について知っていることは?」
「イングリス家の三女。この屋敷の住人と思われます。死亡の確認は取れておりませんが、その可能性が高いとみています」
死亡という言葉を聞き、思い出す。ルーシーは飛んで行ったのだろうが、他の人間はどうなったのか。
「待った、サンディ。もう一つ聞きたいことがあった。ルーカス、昨夜の被害状況は?」
「物理的な被害としてはイングリス家屋敷が全壊。人的被害はありません」
ん? これだけ屋敷が倒壊していて怪我一つなかったのか?
「屋敷の住人は?」
「逃げた及び怪我した住人もいませんでした。周辺に聞き込みを行ったところ、この屋敷にはルーシー・イングリス一人だけが住んでいたようです」
「ロルフ、どういうこと?」
「分からん」
一人だけなはずはない。先月来た時には、確かにいたはずだ。メイドや執事を含めればそれこそ何人も。
意味不明だが、これはルーシー本人に聞いてみないと分かりそうにない。あの時紹介されたのは誰だったのだ。
「それよりも、今はルーシーの竜化がバレていないことの方が大事だ」
「……まぁ、君がそれでいいならいいけど――どうするの?」
「決まっているだろ。ルーシーを連れ戻す。どういう状況かは不明だけど。話を聞かないと。ミアもそれを望んでいる」
「ミアの嬢ちゃんねぇ……。まぁいいけどー。場所も分かったし、行くときは教えてね」
「ああ、すぐだとは思うが……。ルーカス、討伐隊はどれくらいで討伐に向かう?」
「一週間です。竜という異常事態なので本来は三日以内です。ですが、迷いの森の方へ向かったこと、現在の被害がこの屋敷だけのも含めると、いくら災害級と言えど脅威度は低いと思われます。ですので、それくらいになるかと」
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