異世界転生したら、美少女たちに殺されるほど愛された件

辻田煙

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第2章「狂竜、ご令嬢ルーシー」

第17話「迷いの森」

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 森は異様な静けさだった。
 入口付近にいるのにも関わらず、鳥の鳴き声一つ聞こえてこない。
 ここは普段、誰も寄り付かない。迷いの森と言われ、霧が常時発生しているからだ。冒険者でも入る者は限られる。
 しかし、逆に言えば身を隠すには確かにもってこいではあった。自分でも、こんな状況でなければ入るのは躊躇うだろう。

「すごい霧ですねー」

 先に着いていたレイラが呑気な声を上げる。この霧がなんで発生しているのかは誰も知らない。おまけに入ったきり帰ってこなかった者だっている。そこへ行こうというに随分軽い。

「怖くないんですか?」
「んー、燃やせば関係ないと思いますのでー」

 ふんわりとした声で物騒なことを言う。前々から思っていたがサイコパスの気がないだろうか、このシスター。あ、今はメイドか。

「……燃やさないで下さい。あと、ミアは離れないで。迷うと厄介なので」
「分かってる」

 サンディがいなければ、霧除けの魔法でどうにかしていたが――
 サンディの頭上にモザイクが浮かぶ。

「晴れろ」

 一言で、目の前の霧が晴れていく。以前にも一度見たことのある光景だった。
 サンディの魔法の対象は生物にしか効かないはずなのだが、なぜかこの森の霧には効くのだ。それはつまり、霧が生きているということに他ならない。
 前回は、疑問に思ってサンディに聞いたが「分からない」の一言で切って捨てられた。本人に分からないのではどうしようもない。

「サンディ、こんなことも出来たんですね」
「うるさいわよ、レイラ。行くよ、後ろの二人も早く」

 学校の先生のように、サンディは先導していく。

「……はぁ、ロルフ。見つかるのよね、これ」
「大丈夫でしょう。サンディもレイラも能力は高いですから」
「それは知っているけど……。ふー……、行くわよ、ロルフ。どこでなにしてんか分からないけど、引っ叩いてでも事情を訊かないと」

 ミアは色々と諦めたようだった。実際、このパーティーの能力は高い。ルーシーが今も竜の姿をしているかは分からないが、すぐに見つかるだろう。
 ――歩き始めて一時間は経っただろうか。
 鬱蒼と茂る森の中を、徒歩で歩き回るのは中々に骨が折れる。人が立ち入らないのだから、整備されてない。そして、それ以上に妙なことがある。

「サンディ、変じゃないか?」
「ロルフもそう思う?」

 静かすぎる。入口でも思ったが、そういう日もあるのだろうとあまり気にしていなかった。なにしろ生きた霧がある場所だ。不可解なことの一つや二つ、あってもおかしくはない。

「なにが変なのよ、ロルフ」

 ミアは意外にも怯えることなく堂々と歩いていた。まったく怖がる様子がない。ひっつかれると動き辛くなるのでそれはそれで困るのだが。確かに普段は生意気な面はあるが、怖がりな可愛らしい部分もあるはずなのに。

「前にギルドの依頼でサンディと来たことがあるんですが――」
「静かすぎるね。前はもっと魔物に襲われていた。しかも割と強い奴に」

 入口から一時間、一回も接敵しないというのは流石におかしい。それに、だ。

「サンディの言う通り。前はもっと戦っていたんですよ。でも、現状はこのとおり静か。それなのに、やたらと戦った跡がある」
「確かに、そうですねー」

 レイラはまじまじと周りを見渡して納得していた。ミアはなにか思案しているようだった。

「それは、ルーシーが殺したってこと? この辺一帯」
「そうかもしれない。霧が教えてくれる方向に、多いということはそういうことなんじゃない」

 サンディは淡々と答えた。しかし、それではまるで本物の竜だ。災害をもたらす混沌の竜。見境がない、理性がない。

「ミア。ルーシーの竜化について、なにか知らないですか? こう、完全に変化した場合について」
「うーん、私も腕が変化することしか知らないの。びっくりしたというのが正直なところね」
「他の二人は?」
「知らないです」
「……分からない」

 ルーシーが完全に竜化した場合、どうなるのか。
 それは竜の噂を聞いてからずっと疑問だった。そもそも元の人間に戻れるのか、会話が可能なのか、今も竜の姿のままなのか。分からないことだらけだ。
 できれば話が出来る状態であることが望ましい。

「ロルフ、近いかもしれない」

 疑問に頭が埋め尽くされそうになっていると、サンディが声を上げた。
 今歩いている場所は、樹々が縦横無尽に根っこを生やしている。日差しは大樹の葉に閉め切られ、地表まで届いてこない。湿った土と、濃厚な緑の匂い。生と死の匂いだ。
 ところがサンディが向かう先、木々の隙間から明るい日差しが見え始めていた。どうやら、開けた場所があるらしい。

「あれ、見て」

 サンディは抑えた声で、明かりの先を指していた。ロルフ含め四人は、それぞれ樹に隠れる形で開けた場所の様子を探る。
 大量の樹が燃えカスとなって積み重なっていた。焦げ臭い匂いがここまで漂ってくる。その上、魔物の死骸まで含まれている。完全に焦げているせいか腐敗臭はしてこない。
 そんな異様な場所のど真ん中、降り注ぐ太陽の光を浴びて竜はいた。
 太陽光が照り返している鱗は深い赤色だった。それは、ルーシーとも合致する。人間のサイズはあるかというまぶたを閉じ、時節尻尾を揺らしている。これだけならば、日向ぼっこをしているみたいだ。スケール感がおかしいが。
 竜は明らかに眠っていた。大きな体躯を静かに上下させている。こちらにも気付いた様子はない。今のところは。

「……どうする。ロルフ」
「捕縛する。まずは意思疎通が可能か判断したい。無理なら殺さない程度に、気絶させる。ミア、出来ますよね、捕縛魔法」
「当たり前じゃない」

 ミアを見れば、しっかりと頷いてくれた。普段は何かとトゲの多い彼女だが、魔法の腕はピカ一だ。学園でもダントツで、試験では一位の常連だと聞いたことがある。そのミアが竜相手でも捕縛は可能だと言っているのだから、間違いはないのだろう。

「ロルフ、覚悟があって言っているんだよね?」

 鋭く、冷たい声が降り掛かる。サンディの目は険しかった。

「もしもの時、殺さないという判断。相手は野生の竜じゃない。だけど、同等の力は持っている。ううん、もしかしたらそれ以上かもしれない。もし、逃げられたら――逃げた先でなにか災厄を起こすとしたら。……ロルフにはその覚悟があって、捕縛だ、殺さないと言うんだよね」
「サンディ、それは意地悪ではないですか?」

 レイラは、さっきまでのふんわりとした雰囲気を失くして、剣のある声で咎める。

「……どちらも選べない人間に出来ることなどないと思うけど。両方失うだけだ」
「サンディ。それは分かってるよ。……目の前で、完全に竜となっているルーシーを見た時からね」

 ルーシーは竜化を解けていないのだ。なぜなのかは分からない。
 確かなことは、竜の姿であれば災厄を起こせてしまうということ。話が通じれば、説得できる可能性はあることになる。しかし、ダメな場合は、当然実力行使に出るしかない。問題は、そこでルーシーを選ぶかだった。
 捕縛か、殺害か――

「だが、それでも俺はルーシーを選ぶ。ミアも望んでいるし、なによりこれは俺自身の意思でもある。巻き込まれたくないとういうのなら、帰ってくれてもいい」

 サンディは腕を組んで、苛立たし気に足踏みしていた。考えているだけ……、だよな?
 怒った彼女は怖いので勘弁願いたい。

「はぁ、……ならいいけどー。で、どうするの?」
「……サンディって本当素直じゃないですよねー」
「あ? なにか言った?」

 レイラがボソッと呟くのを、サンディは聞き逃さなかった。視線だけで射殺しそうな目がレイラを捉える。
 このまま二人のじゃれ合いを見ていてもいいが、話を進める。というか方法はシンプルだ。

「まずは俺とミアが二人だけで近付く。下手に人数が多いと警戒されるかもしれない。どういう状態か分からないし、不安要素は減らしたい」
「分かった。けど、あそこまでどうやって行くの?」

 うず高く積まれた燃えカスの山。その頂点に竜となったルーシーはいる。辿り着くのは容易ではない。

「それは、こうします」
「えっ、ひゃっ」

 ロルフはミアをお姫様抱っこした。彼女の軽い体があっさり持ち上がる。ミアは恥ずかしいのか顔を赤らめて、硬直している。だが、我慢してもらうしかない。この方が手っ取り早いし、ミアも魔法に専念しやすい。

「はぁー……、ロルフはそういう奴だったね。まぁ、いいけどさー」
「ミア、ぼーっとしてどうしたんですか?」
「え? いや、なんでもない、よ。それよりも早く行きましょう」
「羨ましい……」

 レイラの声が聞こえた気がするが無視する。彼女のことだから、後でせがまれそうだが。

「行きますよ、ミア」
「うん」

 ロルフはミアを抱えたまま、魔力を体に巡らした。目に見えない力でバネの様に跳躍する。力は絶大で、あっという間に竜へと近付いていく。一度、二度、あともう少し――という所でそれは起こった。
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