異世界転生したら、美少女たちに殺されるほど愛された件

辻田煙

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第4章「死蝶、ご機嫌ミア」

第27話「眠る街」

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 ロルフは息苦しさで目を覚ました。

「ごほっ、ごほっ、……なんだ?」

 目が痒く、視界が悪い。空気中に紫色のなにかが舞っている。ロルフはとりあえず、魔法で自分を覆った。
 自分の周りに、澄んだ空気だけが充満した。ベッドから這い出ると、一度深呼吸する。清浄な空気が肺を満たし、頭を冴えさせる。
 久しぶりだな、レイラとルーシーの声で目を覚まさないのは。最近聞いている、姦しくも楽しませてくれるあの声がどこか懐かしく思えた。

「ふー……」

 息が整い、起き上がるとおかしなことに気付く。

「なんなんだ、これ」

 狭い部屋の中、数羽の蝶と紫色の鱗粉が舞っている。ここ最近よく見かけるようになっていた、あの蝶だった。
 それにしても、鱗粉の量が異常だ。嫌な感じがして、ロルフは魔法でその蝶を燃やす。微かな火の音だけを残して、焼かれて消えていく。しかし、鱗粉は残ったままだった。一旦、外に出そうと思い、窓を開ける。

「うおっ、……まじか」

 ロルフは驚く。外も蝶だらけで、同じ鱗粉が大量に舞っていたのだ。これでは換気も出来ない。慌てて窓を閉じると、あたりに鱗粉が舞う。燃やす……、のはダメだよな。建物まで燃えてしまう。
 そこで、ふと気付く。鱗粉が舞っている上に、窓を思い切り閉めた。なので、かなり大きな音がしたはず。それなのに、同室のグレンが起きてこない。
 ロルフは二段ベッドの梯子を上り、様子を伺った。
 グレンは気持ちよさそうに寝ていた。いびきまでかいている。その能天気そうな様子に思わず苦笑する。なんというか、今一人だということが妙に寂しい。この変な状況を共有する仲間が欲しかった。

「おい、グレンっ! 起きろっ! 朝だぞっ!」

 起きやすいように、朝を強調してやる。使用人にとって遅刻は厳禁だ。絶対に主人より後に起きてはならない。だから寝坊でもしようもなら、執事長にかなり怒られる。
 それを念頭に、グレンに呼び掛けた。

「グレンっ! グレンっ! 執事長に怒られるぞっ! おいっ!」

 しかし、グレン一向に起きなかった。かなり体を揺すり、声も大きくしているというのに。いつもなら執事長なんて言葉を聞けば、跳ね起きてもおかしくないのに。一体、どういうことだ。
 そういえば、あの二人――レイナ、ルーシーのメイドコンビもいまだに来ない。
 急に蝶の鱗粉を、息苦しく感じ始める。こんなのただの偶然だ、と思っていたものが毒に見えてくる。
 なんなんだ、一体。この鱗粉のせいか? でも……。
 そう思って、グレンの周りの空気を綺麗にして体を揺する。だが、相変わらず彼は起きなかった。顔が幸せそうに眠っているのが腹が立つ。
 ――おかしい。
 ここまで、寝覚めが悪い奴ではなかった。この蝶と鱗粉、なにかの魔法なのか? 今まで害が無いから無視していたが……。
 そうだ、ミアは大丈夫なのか?
 一度気付くと、いてもたってもいられなくなる。あまりに意味不明な状況と、寝起き直後で頭が回っていなかったらしい。仕方なくグレンをその場に残し、ロルフは部屋を出た。
 いつもであれば、屋敷にはとっくに起床している人間がいてもおかしくない時間だった。
 だが――静かすぎる。屋敷内をミアの寝室に向かって歩き始めたロルフは、すぐに異変に気付いた。
 人の気配がしない。おまけに屋敷内のいたるところに蝶がおり、鱗粉が舞っている。結局、誰ともすれ違わないままミアの寝室に着いてしまう。
 これは、あれか? みんなグレンみたいに眠りこけているってことか?
 気ばかりが焦り、ロルフはミアの寝室を叩いた。ドンドンと大きな音が廊下に響く。通常、これだけ大きな音を立てればお嬢様も「うるさいわねっ!」と扉を開けてきそうなものだが――なにも起きない。

「ちっ! ミアっ!」

 声を張り上げるも、やはり返事は無かった。
 ロルフはノブを回し、勢いよく開け放つ。けたたましい音が部屋の中に響いた。

「ミアっ!」

 部屋の中は、一際鱗粉の濃さが凄まじかった。あたり一面紫色で、見にくいことこの上ない。それでもある程度は分かる。ベッドの上をすぐに確認するが、ものけの空だった。いつも抱いている人形もない。
 どこかに行っているのか? こんな状況で? とにかく探さないと。
 ロルフは部屋の中を探す。ベッドの下、クローゼットの中、しかしどこにもいない。じゃあ、と思い、ロルフは屋敷中を探し始めた。



 しばらくして、ロルフはギルドに向かっていた。

「……どうなってる?」

 結局、ミアはどこにも居なかった。一階の調理室や、応接室、使用人たちの部屋や、ギルド長たちの夫婦の部屋。異常であることが顕著になるだけだった。
 ――みな、眠っている。
 レイラもルーシーも。ギルド長も奥様――ミージアも。声を掛けても、体を揺すっても誰も起きやしない。ロルフだけが置いてかれ、亡霊になった気分だった。
 ロルフは埒が明かない現状に嫌気が差し、街に出ることにした。特に情報が集まるであろうギルドへ。
 外へ出て、……驚いた。
 数が今までの比ではない。空一面が蝶で埋め尽くされている。そのせいで、あたりが少し暗い。なにより蝶が出している鱗粉、それが空気中に充満していた。
 街は閑散としている。人が一人もいない。陽はとっくに上がっているのに、気配すらしなかった。
 みんな、寝ているのか?
 ぼやけた視界の中、ロルフはギルドになんとか到着する。どうにも気が落ち着かなく、走ってしまった。本来だったら、状況を確認するためにもっと慎重であるべきなんだろうが。
 ギルドのドア前で、ロルフは膝に手をつく。

「やっと、はぁ、着いたっ。はぁ、はぁ……」

 やけに遠くに感じた。息を整え、ドアに耳をつけ、中の様子を伺う。すると、なにかが動く音がした。
 誰かいる……!
 ロルフは念のため、慎重にドアを開ける。
 そこには険しい顔をした、サンディーがいた。
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