婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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第2章「未来はなにも分からない」

第31話「操縦士、ミラ」

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「ラルフ先輩、適任って……」

「そうだ、君のお姉さんだ。はあ、まったくいつもこれくらい早く来てくれればな……」

 ラルフ先輩はミラの頭を撫でる。

「君は愛されているな」

「あはは……」

 ミラが苦笑していると、ラルフ先輩の腕が捻り上げられる。

「ちょっとっ! ラルフ、ミラになにしているのっ!」

「やめろ、何もしてないっ。ミラ君、何か言ってくれ」

「ニア、やめてあげて。治療してくれてただけだから……」

 まあ、ラルフ先輩も人が悪いよね。後輩の頭を撫でるなんて。完全に無意識だったんだろうな。

 それにしても、思ったよりも仲が良さそう。ジェイに伝えた方がいいかな。

「本当? ミラ」

「嘘つくわけないでしょ」

「そう、……ごめんね、ラルフ」

 ニアはそう言うと、ぱっとラルフ先輩の腕を離した。彼は腕をさすりながら、「扱い雑過ぎるだろ、くそっ……」と呟いてた。

 なんだか、ラルフ先輩が可哀想になってくる。一年中この調子なのだろうか。

「それよりも、ミラっ!」

「きゃっ、な、なに」

 ニアは突然ぎゅっと抱き締めてくると、間近まで顔を近付けてくる。近いなー。

「ジャンに変な事されてないっ?」

「心配するのそこなの?」

「だって、ジャンがどんどんミラに躊躇なくなってきているから、お姉ちゃんは心配なの」

「だからって、迷宮試験でするわけないでしょ」

「そんなの、分かんないじゃないっ」

 ニアの頭の中で一体どんな想像がされているのか……。一度説教したくなるが、今はそんなこと言っている場合ではない。

「はぁー……、変な事なんかあるわけないから。それよりも、迷宮が大変なことになってるでしょ……」

「大変なこと……?」

 ニアはこてんと首を傾げる。王子様モードはどこえやら、無駄に可愛いい。きっとジェイが見たら、喜ぶだろう。

「え? ラルフ先輩から聞いてないの?」

「私はミラが倒れたって聞いて、飛んできたんだけど」

 姉妹二人でラルフ先輩を見る。

「ニア、妹のこと言ったら早く来るだろうかな」

 つまりは、そういうことらしい。まあ、実際かなり早く来たようだし、効果はあったのか。それに倒れて、というか寝てはいたし。

「ふーん、そういうこと。で、大変なことってなに?」

「迷宮の床に穴が開いちゃったんだよ、二階層の床に」

「迷宮の床に? 大変じゃない」

「だから、そう言ってるじゃん」

「コントはそこまでにしてくれ……。早く片付けたいんだ」

 ニアとのやり取りにラルフ先輩が呆れる。さっきから思ってたけど、初対面なのに容赦ないよね、この人。だからニアと仲がいいのかもしれないけど。仮面を被っているようなやつはカチ割るタイプだから、ニア。

「穴を埋めるってこと?」

「そうだ、正確な場所は妹さんが知っているみたいだぞ?」

「え?」

 嫌な予感がする。

「私も行けってこと? ジャン王子とジェイだって知ってるよ?」

「だとよ、どうするニア」

「ミラちゃんと一緒がいいなー。ジャンは嫌」

「じゃあニアが行かなければいいんじゃない? ラルフ先輩だって行けるでしょ」

「あんなモンスターの巣窟、行けるわけないだろ」

「ニアなら行けるってこと?」

 思わずニアを見る。ラルフ先輩の方が歴戦の猛者に見えるけど。見た目、なんか強そうだし。

「物量勝負となるとタフさがいるからな。それはニアの方が適任だ。穴も埋められるし。タフさは君の方が知ってるんじゃないか?」

「それはそうだけど……」

 いつの間にか、迷宮の中に潜ることになっている。外堀がどんどん埋まっていく。別に自分が行くことはいいのだが、ジャン王子が暴走しないのか心配だ。

「ジャンとジェイも連れて行くこと出来ませんか? 少なすぎるとさすがに厳しいと思うんです」

「二人を? まあ、ここじゃ暴れづらそうだから、別に構わないが……」

 ジェイはニアのストッパーである。なんだかんだ言って、彼が言えば少しは変わるだろう。

 これが一番早く問題が解決しそうだと提案したのだが、ラルフ先輩はニアの反応を窺っていた。

「……いいよ、別にー」

 拗ねている。実に気に食わなそうな顔をしていた。

「ニア、何か言いたいことでもあるの?」

「別にー。ミラは信用してくれないんだなーって。私だけじゃ足りないんでしょー」

 面倒臭い。時間があまりあるとは言えない状況だから、ここで喧嘩をしている場合でもない。

「そうじゃないよ、もう。ジャン王子達が暴走しないため。仕方なくだよ。正直、ニア一人でも大丈夫だと思うし。ただ、私も行くってなると、みんなで言った方が後々のことを考えるといいの。分かった?」

「……分かった」

 まだ、若干納得していないように見える。ここは彼女の頑張ってもらわないと困る。

 うーん、あまりやりたくないけど、しょうがない。

「ニア、ううん、お姉ちゃん」

「なによ」

「私はね、お姉ちゃんが大好きなの」

「へ?」

「でもね、私は一番好きなのはカッコいいお姉ちゃんなの。皆の期待に応えて、誰よりも強くて――今日は見せてくれないの?」

「ミラ、もう一回好きって言って」

「え?」

「お願い~、もう一回、ね?」

 ニアは気に入ったようだった。そうなるように言ったのだが、まさか「好き」を二回も要求されるとは思わなかった。

「んもう、しつこいと嫌いになるよ」

「じゃあ、今は好きってことだよね」

 こんなに厄介だっただろうか。ニアが昔より酷くなっている気がする。

 それにしても二回目はさすがに恥ずかしい。最初は勢いで言えていたが……。しょうがない、ミラはニアに抱き付いた。

 恥ずかしさは、もはや抑えられない。目を見て言うのは無理だ。

 ミラは彼女の耳元で囁く。周囲は戦闘音が響いていた。

「ニア、大好き」

 ゆっくりと、聞こえてなかったなーなどと言われないように、はっきりと。さっきと違い、顔が燃えるように熱い。

 熱が冷めるまでしばしの間、抱き付いたままで――一息吐いて、ようやく離れることが出来た。

「あー、ミラ君、君何言ったんだ?」

 体を離すと、ニアはとてもではないが人に見せられない顔をしていた。ジェイの恋も冷めそう。あまりに締まりが無さ過ぎる。ニアのファンクラブの娘達に見せてあげたい。あの娘達、ちょっと過激なのだ。私まで敵意向けてくるのもいるし。

「はは、ミラ戻ってきて。仕事しないと」

 ミラはニアの肩を掴んで揺すった。ジャン王子とジェイを呼んで、早く済ませたい。

「はっ、ミ、ミラもう一回だめ?」

「ダーメ。今日はもう終わり」

「えー、そんなー」

「そんなほいほいあげられる言葉じゃないの。それともニアは、誰にでも言ってるの?」

「え? いや、えーと、うん。ラルフ、ジャン達を集めるわよっ!」

「はいはい」

 まあ、訊かなくとも知ってはいる。なにしろ、調子に乗って歯の浮くようなセリフを言っているのを聞いたことがあるのだから。

 ニアはラルフ先輩を伴って、ジャン王子とジェイを集めに戦闘している方へ逃げて行った。

 彼女はいつになったら落ち着くんだろうか。ゲームではこんなに騒がしい印象はなかったんだけどな。

 ミラはニアに引き摺られて、連れて来られるジャン王子とジェイを見ながら思った。
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