婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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第2章「未来はなにも分からない」

第34話「接触」

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 ジェイが言っていたことはフラグだったのかもしれない。

 身の回りには気を付けるとは言っても、ハンナのことは関係ないと思っていたのだ。

 ゲームでは、そもそもミラとハンナの接点は少ない。それに、ハンナと話すシーンだって、彼女をいじめる取り巻きと一緒に登場することが多い。ほとんどの場合において、ハンナ側から接触することはなかった。

 二人だけで話しているシーンもない。ゲーム上、ジャン王子を挟んで敵対関係にあると言ってもいいので、当たり前かもしれないが……。

 だから、予想外だった。元々の状況がゲームとは異なってきているのだから、考えるべきだったのかもしれない。

「ミラせーんぱいっ!」

 授業終わり、あとは図書館にでも寄って帰ろうか――そう思案していた時だった。

 突然、目の前に現れた一人の女子生徒。周りに他の生徒はいない。無駄に広い廊下のど真ん中で、近くの教室から出てきた彼女に進行を遮られた。

 窓からは夕陽が差し、すでに校舎内には生徒は少ないはずだった。

「えっと、ハンナさん?」

「あれ? ジャン王子からでも聞きましたか?」

「ええ、まあ」

 妙に馴れ馴れしい彼女――ハンナは、可愛らしく小首を傾げる。燃えるような赤髪にクリっとした瞳。それに、白いチョーカー。

 可愛い……。ゲームでも可愛らしいとは思っていたけど、実物はもっとだ。それに、仕草の一つ一つが妙にあざとい。するりと心の中に入り込まれそうだった。

「それで、私になにか用?」

「んー、別に用事があったわけではないんですけど――」

 ミラはちらっと彼女が先ほどまでいた教室を見るが、他に生徒が居るようには見えなかった。

 こんな時間に一人で残っていたのだろうか?

 だめだ。ジャン王子やジェイに言われたせいか、妙に警戒心が高くなってしまっている。この世界では初対面なのに。

 それに、怖くもある。一番大事なのはジャン王子との仲ではあるが、ハンナがゲームと違ってどう動くのか予測が付かない。

 首の鱗のこともある。白いチョーカーの下、直接は見てはいないが、きっと鱗があるはずだ。そのことが、どういう意味があるのかまだ分かっていない。

 要は、ミラにとってハンナは爆弾なのだ。中身によっては自分は身を焼かれる。どうしても慎重になってしまう。

「そうですねー。……せっかくなので、一つ訊いてもいいですか?」

「なに?」

「ミラ先輩はジャン王子の婚約者って聞いたんですけど、本当ですか?」

「そうよ」

 ミラは思わず食い気味に答えてしまった。ハンナが何を思ってこんな質問をしているのか分からない。

「別れるご予定は――」

「あるわけないでしょ。ハンナちゃん、私を怒らせたいの?」

「そーですかー。……つまんないのー」

 我慢だ。我慢しなければ。下手な行動をとって、拗らせたくない。それが婚約破棄にどう影響するのかまるで分からない。

 ミラは暗闇の中で手を引っ張られている気分になった。そのまま行ったら、先に何が待っているのか想像がつかない。

「……怒んないんですね。ミラ先輩」

「戸惑っているだけよ」

「ふーん……。冷静なんですね」

 じっとハンナが見つめてくる。興味深げに、しかし、なにかに納得していないかのように。

「もう、行っていいかしら」

「あ、そうですね。引き留めちゃってすみません。また、明日ですね」

「え、ええ」

 ハンナの言葉に引っ掛かりながらも、ミラはその場を去った。

 翌日、ことあるごとにハンナが話しかけてきた。懐かれた、とも違う気がする。なぜなら、彼女はミラに対して大分失礼というか、遠慮が無いのだ。

 ハンナは午前中、ミラが行く場所に何回も現れた。もちろん授業中は近くにいないのだが、廊下を歩いている時に所構わず話しかけてくる。

 一度や二度なら偶々だと思うのだが、さすがに三回目以降はストーカーされているとしか思えなかった。

 大体、ゲームのハンナはこんなことしなかった。早速、ゲームとズレてきている。

 そんな妙に疲労した午前中が終わり、昼食時。ミラ、ジャン王子、ニア、ジェイ、四人はいつも通り一緒にお昼ごはんを食べていた。

 場所は学園内にある食堂で、いつも賑わっている時間。しかし、座る場所は、学園に通い始めて三年目ともなれば大体決まっていた。

 そこにハンナが来たのだ。最初、ミラが声を掛けられたと時と同じ。明るく、愛嬌がある感じで。ただ、あからさまにミラにしか興味がないようだ。

「ミラせんぱーい、ここ座ってもいいですか?」

 ハンナはミラが返答する前に、横に座った。

「あー、いいよ……」

 ミラは別に構わないのだが――他三人の視線が凄い。なんだ、コイツ、と全員が視線でミラに問いかけてくる。

 えーと、どうしよう……。

 場が固まりかけている中、真っ先に口を開いたのはニアだった。ミラの真向かいに座っており、ハンナを睨んでいる。

 ミラは不安になった。

「えーと、あなた誰かな」

「あー、すみません。みなさんもう知っているものだと。ハンナ・ロールって言いまーす」

「そう。で、ハンナちゃん、ミラちゃんとはどういう関係なのかな?」

「んー……、お友達、ですかね?」

 ハンナはミラの方を見て、小首を傾げる。こっちに訊かないで欲しい。大体、話したのは昨日が初めてだ。

「友達って言うより、知り合いって感じだけど……」

「えー、寂しいこと言わないで下さいよー」

 ハンナは媚びたような声でミラに抱き付いてきた。正直、反応に困る。こういうタイプ――あ、目の前にいた。ハンナと同族とも思えるのが。

「……ハンナちゃん、ミラに抱き付くのは止めた方がいいんじゃないかな。ミラも困っているし。ねっ、ミラ」

 ニアがにっこり笑顔で訊いてくる。しかし、その目は一切笑っていなかった。珍しく怒っている。同族嫌悪か。

 余計なトラブルはごめんなので、ニアの言葉に従う。

「ハンナちゃん、離れてくれると嬉しいかな」

「残念です」

 ハンナは渋々といった様子でミラから離れた。意外にあっさりと引いてくれたことに安堵するものの、まだ気が休まらない。

「みなさん、食べないんですか?」

 誰のせいだよ。おそらくこの場にいるハンナ以外の四人全員が思っただろう。ハンナの言葉を合図にめいめいに食事を始めるのだが、気まずさが取れることはなかった。

 ハンナは硬い空気をもろともせず、ミラにだけ話しかけ、おそらく喜んでいた。それに対抗してか、ニアとジャン王子がやたらと話しかけてくるので、ミラは中々食事が終わらなかった。
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