上 下
1 / 1

01.レイカを取り戻せ(01)

しおりを挟む
 レイカが連れ去られたあの悪夢の日から何日経ったのだろうか?
 最後の難関であった砂漠を超えたのだ。
 長かった、あと少しだ、そうさセルギアの町のゲートが見えてきた。

 あと少し、あと一息で、ギラギラした太陽ともおさらばだ。
 ああ、汗がもう出ないくらいまで出たらしい。
 体も水分が抜けてしまって、カラカラだった。
 俺の体は限界に近くあと少しが進めなくなりつつあった。

 ペンダントの点滅だけが俺の救いだった。
 その点滅はレイカが無事である証拠なんだ。
 だから一刻も早くと、ただ俺は突き進んできた。

 足が砂に捕らわれ倒れ始める、だが引き起こす力もなくそのまま倒れた。

「なんだよ・・・
 起き上がれないじゃないか。
 あと少しだ、あと少しなんだ、頑張れ俺の体。
 死んでもセルギアの町に入らなければならないんだ」

 何をやっているんだ?
 どうしてこうなったんだろう?
 こんなはずじゃなかった。

 そうだ、俺は恋をしている。
 そうだ、間違いない、失ってからより焦がれるこの気持ちは恋だ。
 その気持ちにより俺は、居ても立っても居られない気持ちになる。

 それなのに立ち上がれない。

 そうなんだ、今はレイカに会いたいという気持ちが何よりも優先している。

 おかしいよな・・・
 レイカは人ではない「彫像アール」だ。
 おかしいと思われても仕方がないが、俺が恋をしていることは間違いなかった。

 レイカが連れ去られてもう一か月が過ぎていた。

 周りの誰もが諦めろと言っていた。
 なぜなら、「彫像アール」は主人が契約解除するか主人が無くならない限り主人の契約は消えない。
 だから「彫像アール」を強奪した者たちは、すぐに主人登録を消すための処置をする。

 方法は簡単だ精霊石を削り術式を消して新たな術式を書きこむのだ。
 結果的に元の主人を忘れ、新たな主人と契約可能になるのだ。

 既にその処置はされていると誰もが言う、レイカは既に俺のことを忘れているというのだ。
 残酷な話だが、レイカは連れ去られて既に一か月近くたっているのだ、誰だってそう思うだろう。

 だが俺は信じている、このペンダントの光の点滅。

 点滅しているのは精霊石だ。
 レイカとの契約の時に俺は大事にしていた宝石をレイカにプレゼントした。
 そのお返しに、レイカは自分の精霊石の一部であるこのペンダントの石をくれた。
 この石が点滅する限りレイカは俺を主人だと認識しているはずだ。

 レイカが連れ去られてからは俺は頭がおかしくなったと言われるほど必死に犯人の行方を捜した。
 そして大金を掛けて探した結果、先日確実な情報を得た。

 その情報を元に少しでも早く一刻も早く彼女の元に向かっていた。

 だが、ここまで来る途中に山賊が現れ戦ったのだ。

 山賊はレムを巨人レイムに換装させて操縦して襲ってきた。

 俺は新しい「彫像アール」との契約はしていなかった。
 新たな契約はレイカとの契約を解除しなければならないのだできる訳がない。

 結果的に俺はレム(契約後の彫像アール)を失っているので巨人レイムと戦う方法が無い。

 だから雇っていた用心棒たちが自分のレムを巨人レイムに換装して戦ったのだ。

 巨人レイムどうしの戦いは肉弾戦も魔法戦も規模が大きくなり悲惨な結果をもたらす。
 最後に山賊は追い払われたが、用心棒は全員が大けがを負い回復術師をその場で待つことになった。

 俺はその場にケガをした用心棒のために装備の大半を置いて前進することにした。
 無謀なことは分かっていた、でも俺は一刻も早くセルギアの町に着きたいが故に歩き続けた。

 時間が惜しかった。
 それから眠る間も惜しんで歩いた。
 手持ちの食事の量は少なかったが、食べる時間すら勿体ないと思えたので食べること自体が最低限しかしなかった。

 馬鹿だよな、でもどうしようもなかった。
 なぜって?単純だった風が砂を動かす音が、レイカの精霊石を削る音に聞こえたからだ。

 レムの強盗団はレムを俺と契約したまま連れさった、だから初期化するために精霊石を削るだろう。
 そうなるとすべての記憶は消えるとともに、新たな主人と契約が可能になる。

 レイカがすべてを忘れるなんて、そんなことはさせない。

 眠ると風の音が精霊石を削る音に聞こえ、起きてペンダントの宝石が点滅することを確認して安心する。

 今もこうして点滅しているんだ、だからレイカは大丈夫だ。

 一刻も早く、少しでも彼女の元に近づくんだ。
 そうだ、一刻も早くその思いが俺を推し進めた。

 結果的に今立ち上がれないのは相当無茶をした結果なんだろう。
 そういえば、実はここ数日ちゃんと寝た覚えがない。

 なんだろうな、セルギアの町のゲートが見えた瞬間から意識が飛び始めた。
 やっと着いたと思ったら気が緩んだのかもしれない。

 しっかりしろ俺、レイカにはまだ会えていないじゃないか。

 何とか立ち上がろうとするが体に力が入らない。
 町への本通から少しずれた砂の中に倒れている俺には誰も気が付かないようだった。

「ちょっと待ってくれ。
 誰か俺をあの町に連れて行ってくれ・・・」

 そう叫んだつもりだが誰にも聞こえない呟き程度の声だった、その音も風にかき消されていた。

「レイカ、待っていてくれ」

 そのまま気が遠くなっていった。

 ◆    ◆


 しばらくして気が付いたとき、古いレムが傍にいた。
 たぶん人の姿にも成れない数百年前の旧式の人形ドールと呼ばれたころのレムだった。

 そのレムが主人らしき少年に声を掛けに部屋を出て行った。
「シャイン様、お客様が気が付かれました」

「本当か、重症だったのに。
 ずいぶん早いお目覚めだな」

 そんなやり取りが聞こえた。

 その後答えた少年が俺のそばに来た、
「大丈夫ですか、砂漠になかに倒れていたのをオリシスが見つけて連れてきてくれたんです。
 本当に驚きましたよ。
 あと、数時間遅れたらミイラになっていましたよ」

「そうか、世話を掛けたな。
 じゃあ俺は直ぐに行かないといけないところがあるので失礼する」

 そう答えるとすぐにでも出発しようとするが体がうまく動かない。

「無理をしないでください。
 オリシスが言うには脱水症状と急性影響失調で命に係わる状態だったんですよ。
 少し休んでください」

「だめだ」
 大きな声で叫んでしまった。
 その少年は驚いた様子だった。

「大声を出してすまない、急いでいるんだ。
 一刻も早く行かなければならない事情があるんだ」

「急ぐのは分かりました。
 でも今の状態で急いでは貴方の命が危ないのですよ」

「だがレイカが、レイカが・・・」

 俺はそう言うとペンダントを取り出して宝石を見た。
 宝石は変わらず点滅しており少し安堵した。

「もう遅い時間ですから、どこにも行くことはできませんよ」
 そう言うと少年は窓のカーテンを開けた。

 外は真っ暗で、時間は深夜だという。

 どうしようもないことを確認した俺はさっきのレムが運んできた食事をとった。

 ちなみに俺を世話してくれた子供は領主の息子だという。
 レイを強奪した犯人たちを捕まえる協力してもらえるということで話をすることにした。

 レイカはおじいちゃんに仕える「レイ」だった。
 レイカはただのレイとは違うマグナレーン社製の最高級品だった、ただし五十年ほど前の形式である。

 マグナレーンと言えば、彫像アールを作らせればデザイン性と先進性の一流のものを作る製作所だ。
 そのマグナレーンで当時は性能が一番のS5である彫像アールだった。
 もちろん現代では最新式S5という評価は別の彫像アールに代替わりしている。
 だがレイカは五十年前のレイであるにも関わらず、性能劣化は無いという評価で現在の評価でもA3レベルだと表侵されていた。
 五十年たってもAランクを維持する彫像アールはマグナレーン社製でもなかなか存在しない。

 レイカはレイの姿であるときは、おじいちゃんに仕えるこを考えたのか美しいメイドになっていた。
 おじいちゃんと一緒にいるレイカは、まだ小さかった俺にも優しかった。

 そしてその頃から、レイカに憧れのようなものを抱いていた。
 もちろん俺はまだレイカが凄いレイであるということは知らなかった。

 俺の気持ちはあの頃からあまり変わってないのかもしれない。
 だからレイカと一緒にいると幸せな気分になっていた。

 ただ、そんな僕もレイカが彫像アールであり、その姿は一時的なレイであると分かってくると気になっていることがあった。

 「レイカの次期契約者問題」

 そう誰におじいちゃんがレイカを譲るかということだった。

 マグナレーン社製であるレイカはその頃でも相当高額な彫像アールだった。

 順番的には父さんだろうか、母さんだろうか?
 もちろんお父さんもお母さんも別のレイを持っていた。
 でもレイカ程高性能なレイではないから譲る可能性は高かった。

 彫像アールは、レイになるとき主人に会わせて姿が変わる。
 おじいちゃんに合わせてメイド、お母さんのレイもメイドだけど、お父さんのレイは執事だった。
 もしレイカが別の人を主人とするなら、それによりレイの姿や言葉使いまでも変わってしまう。

 それは今までの優しいレイカとの別れを意味していた。

 最終的にどのような話し合いがあったのかは俺には分からない。

 おじいちゃんは、俺の気持ちを汲んでくれたのかレイカを俺に譲ってくれた。
 今から思うと想像するとお父さんもお母さんも五十年前のレイではなく最新式のレイを買ってもらったらしい。

 僕とおじいちゃんはレイカとの主人交代をすることになった。

 レイカはおじいちゃんが契約を解除すると彫像アールに戻った。

 彫像アールに戻ったレイカを見ながら、俺は願っていた。
 次に会うときも「今までのレイカ」であってほしいと。

 契約の儀を開始すると契約の言葉をレイカに伝えた。

「心と心を合わせて二つの命が一つになる。今こそレイとして我目前に現れよ。君の名はレイカ」

 名前を呼んだ時おじいちゃんが驚いていた。

「その名で良いのか?」

 俺は願っていた、そのままのレイカであってほしいと。
「もちろん、レイカはレイカ以外の名前なんかない」

 彫像アールはだんだんと変形を始めた。

 まさか全く別の容姿になってしまったらどうしようと俺は心配していた。

 でも現れたレイの姿は奇跡的にレイカの姿はそのままであった。
 いや、少し若返ったというべきだろうか?

 奇跡的というのは主人を変えるということはほぼ初期化に近い。
 だから姿が全く一緒なんてことは起こらないからだ。

 もちろん個人情報である、前主人の情報は消えている。
 でも戦闘やメイドで得た経験的な情報は消えてはいない。

 俺の情報や俺に関する家の情報で必要なものは魔法で戻すらしい。
 但し、おじいちゃんが主人であったという情報は全てなくすらしい。

 実は前日に俺は初めて女性へのプレゼントというものを買った。

 それは加護の魔法が掛けてある宝石だった。

 その宝石をレイカに渡した。
「僕が主人のカルマです。
 初めまして。
 そうだ、これレイカに似合うと思って準備していたんだ」

 変な話だ「初めましてなんて」でもそういうものなのだ仕方がない。

「ありがとございます、カルマ様。
 では私の精霊石の一部を御返しにプレゼントいたします」

 この時俺の送った宝石はレイカの精霊石の中心にあるセンター神経に格納された。
 良くわからないが精霊石の中心にあるものらしく一度入れると取り出せない。
 そしてその宝石を格納するときに出てきた精霊石を俺にお返しとしてくれた。
 特別な精霊石であり、その精霊石は指導の鼓動のように点滅していた。
 レイカの話ではそれは俺が主人である限り点滅をすると言っていた。
 俺はその精霊石をペンダントにしていつも持っていた。

 それから俺は一生懸命レイカにふさわしい男になるために頑張った。
 おじいちゃんがレイカと二人でレイムバトルに参加して戦ってきた経験値を超えるためにレイムバトルにも積極的に参加した。

 そこで何度も勝利した。
 レイムバトルに出場し二人で戦うことで得られるその一体感は本当に快感だった。
 俺のもっとも幸福な日々だったのだろう。

 だが俺は忘れていた、「レイカ」は「レイカ」なんだと思っていた。
 すっかり、レイカはマグナレーン社製の高性能な彫像アールだということを忘れていた。

 レイカは強盗団に狙われ始め、しかも案外簡単な強奪方法を奴らは考えた。

 俺はその簡単な方法に対して対策をしていなかった。
 それはレイカにエマージェンシーコマンドの登録をしていなかったことだった。

 俺が薬で眠らされた時レイカは何もできなくなった。
 非常コマンドが登録されていれば逃げることもできただろう。
 だがレイカは動作停止(命令待機状態)になった。

 そうしてレイカは易々と強盗団に奪われた。

 俺はそのまま眠っていた。

 そのことは後で何度考えても自分を許せなかった。

 おまけに彫像アール強奪に関してリセットは最初に行われることで諦めろと保安兵や警備兵にまで言われた。

 話を聞いた少年は「明日我々も一緒に行きますよ」と言ってくれた。
 また、王城へ伝書鳥により連絡を取ってくれた。
 結果、明日には遠隔地近衛である第六騎士団が来てくれるという

「マチルダさんが来てくれるみたなので、大船に乗ったつもりで安心してください」

 領主の息子のシャインが言うくらいだから安心できる騎士団員なのだろう。

 なんか希望が湧いてきた。
 そうさ、大丈夫だ、ペンダントの宝石は今も点滅しているんだから。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...