サード(三人目の俺)

魔茶来

文字の大きさ
上 下
1 / 2
これって恋なのかな?

分身体

しおりを挟む
 計画の準備は万全だった。
 予定通りクラスメートの朝倉紹子さんが何時の時間に通学路を歩いて来る。
「よし、予定通りだ」

 周りには誰もいない。
「おはよう、朝倉さん」
 俺に気づいてもらうために声を掛ける。
 でも、彼女は何かを考えているのか一瞬こちらを見たが挨拶は無かった。

 まあいい、それは朝倉さんに俺がここに居ることを認識してもらうための挨拶だ。
 彼女が挨拶を返そうが返さなかろうが関係はない。
 彼女は「俺の存在」に気が付いた、それで良い。

 今から使う術は数百年の間、再現が出来なかった分身の術。
 それにはオリジナルである俺と別の観察者が居ることが発動条件となる。

 俺は呪文を唱えながら走り始めた。
 そして大きな銀杏の木の下に来ると一気に飛び上がった。

 観察者が俺を見たということは、観察者は俺を認識し動きを予測をしている。
 ここで、俺は観察者の予測を裏切る動きをする。
 今回は簡単だ隠れるという動作をするのだ。
 この時、観察者はまだ俺を認識しており、予測する動きをする俺を観測しようとする。

 ここで術の条件が揃い、呪文と共に分身の術が発動。
 観察者が観測している俺が出現する、伝承で言うところの俺の分身だ。

 数百年実現しなかった理由、その理由は原理が現在まで分からなかったからだ。
 そう原理は最新の「量子コピー」を応用したものだった。

 分身の俺とは、観察者が期待している「俺の存在の可能性」から出現するのだ。

 さてと、無事に発動したのだろうかと心配になりながら、俺は走るのを止めて立ち止まる。
 でも、ふとおかしなことに気がついた。
「あれ、走っている?」

 その時、聞き覚えのある声が後ろから俺に声を掛けて来た。
「観察者を変えて分身に成功できたようだ」

 明らかに俺の声だった。
「えっ、もしかして俺が分身体?」

 そうか、最後の動きは銀杏の木に飛び上がったはずである。
 つまり走っている俺は、観察者が観測しそこに存在していると期待している俺だ。

 そう考えているとオリジナルは話しかけて来た。
「ところで、君はセカンドなのか?」

 俺は自分が分身体であるという事実を突きつけられて動揺が隠せなかった。
「いや、違うよ・・・セカンドじゃないよ」

「そうか、やっぱり観測者が変われば人格も変わるのか、オリジナルの俺から見ると三番目の俺だからサードと呼ぶけどいいか?」

 サードか、俺は量子コピーだから完全な物質いや、生命として誕生?していた。
 だからサードという呼び名は正しい。

 だが体が震える。
 記憶はそれまでの俺(オリジナル)の記憶である。
 オリジナルからある瞬間に分離し分身体になったのだ。
 そうなんだ、今の今までオリジナルだった感じが残っている。

「さっきまでオリジナルだった記憶があるんだ、分身体だなんて。。。」
 言葉が漏れてしまった。やっぱり相当なショックなんだ。

 それでも受け入れなければならない。
 間違いなく俺は走っていた。
 そして、近づいてくるオリジナルは俺だったが、明らかに俺とは違う存在だった。

 ショックな状態ではあったが、落ち着いたふりをしオリジナルに話しかけた。
「セカンドも言っていたが、さっきまでオリジナルだった感じで分身体と呼ばれるのは流石にきついな」

 さっきまで俺もオリジナルだったから分かる、オリジナルも分身を作り出すことが「どういうこと」かは分かっている。
「そうだった、完全な独立した意思もあるし、セカンドからも色々聞いているからな辛いよな、ごめんな」

 数分前までは同じ「俺」だったんだ、まったく不思議な感覚だが所詮俺は分身体だ。でも今回の分身の目的も知っているんだ、オリジナルを安心させよう。
「心配するなよ、俺もさっきまでお前だったから分かるよ・・・」

 何も言えなくなったようだ。
 オリジナルは俺が動揺しているのが分かるのだろう、そうさ、数分まえの俺だ。

 今の俺は間違いなく存在している。

 だが術が解ければ「分身体という夢」は終わり、俺の存在は消えて無くなるのだ。

 ◆    ◆     ◆

 オリジナル(俺)の家は先祖が忍者の家柄だった。
 だが「分身の術」は初代が創り出したという記録はあるのだが数百年の間、誰も再現できなかった。

 ちなみに、分身の術を記載した巻物(奥義書)にはこう書いてある。
「我思うところに我あり、彼思うところに別の我あり」
 内容は禅問答だった、この意味が分かる者は現代まで現れなかった。

 だが俺は「彼」という表現に着目した。
 そう「彼」こそが観察者であることを思いついた。
 そして術が発動すると「量子コピー」が起こるのではないかと結論を付けた。
 そんな考えをもとに術の実験を繰り返した。
 その結果ある日、母を観察者にした分身体を作り出すことに成功した。
 その分身体は二人目の俺なのでセカンドと名付けている。

 アニメに出てくる分身なんかとは違った。
 セカンドは間違いなく分身してからは完全に別の人格を持った人間そのものだった。

 セカンドと色々な実験と話し合いをした結果オリジナルは気が付いた。
「分身体は思っているような便利なものじゃなかった」

 その事実に気が付くとオリジナルは愕然とした。
 分身体の命は、オリジナルの命と同一であって同一ではない。

 でも別の生命体だと考えると、分身体の存在条件ってなんだろうか?
 (分身体の死とは何だろう?)
 オリジナルはそんなことを考え込んだ。

 そしてセカンドも自分の存在を認めることが出来なかった。
「俺は何なんだろう?このまま消えてしまいたい、オリジナル、お願いだ俺を消してくれ」

 セカンドはオリジナルと話をして恐る恐る術を解除した。
 するとどうだろう、術を解除するとセカンドは消えた。

 オリジナルは悩んだ。
 セカンドの意識はどうなったんだ?

 セカンドが消えてもその意識や記憶はオリジナルに還元されはしなかった。
 彼の生きた証は何処にも残らなかった。
 ではどこに行ったのだろうか?
 それは死んだということと同等なのだろうか?
 セカンドは死んだ、俺が殺した?
 俺は殺人を犯したんじゃないか?
 そんなことがオリジナルの頭をよぎる。

 だが量子で考えれば可能性の問題であり、オリジナルが生きている限りセカンドは存在するとも考えられた。

 そんなことを考えながら悩みの日々が続いた。
 そしてやってはいけないと思いながら再度分身の術を使うことにした。
 (セカンドはセカンドとしてもう一度現れるだろう、この術の性格上それしか考えられない。もしあのまま意思が続いているならセカンドは苦しんでいる可能性があるんだ。俺が生み出した以上確認する義務がある)

 そして術は成功しセカンドと同じような分身体が現れた。

 驚くことに彼の記憶はセカンドの記憶であったが、消えてからの記憶はオリジナルのものが追加されていた。

 セカンドは現れると言った。
「術が解除されるとき、俺は死ぬと思っていた。でもこうして復活できるんだ。まさか消えている間はオリジナルの記憶が補填されるとはね。そのおかげでオリジナルが今まで悩んでいたことが分かるよ、ごめんな」

 そしてセカンドと一緒に色々なことを検証していった、その結果推測されることがまとまった。

 一、観察者に関して一人の分身体が作れる。
   母を観察者にした複数の分身体は出来なかった。 
 二、観察者に関して一つの人格が創生される、つまりセカンドの意思は観察者が母である限り継続される。
   なぜなら、奥義書にある複数の分身の記述があることから、別観察者により別の人格の分身体が出来る可能性がある。
 三、分身体が大きく傷ついても、一度術を解除すればオリジナルが無事であれば再度の術の発動でオリジナルと同じ状態に回復する。(体の状態とはオリジナルが入手したスキルも同じく使えるようになることを含む)
 四、オリジナルが死ねば術が継続できないから分身体も死を迎える。
 五、たぶん、分身体が死ねば、同じ観察者でも別の人格が発生する。
 六、観察者が死ねば二度と同じ人格の分身体は現れることはないし、観測者が死んだ段階で分身体はその場で消えると思われる。

 推測も含めて色々なことが分かった。
 一緒に色々検証していった結果、オリジナルとセカンドとの間での取り決めもしてその関係は良好だった。

 唯一観察者を変えることはしなかった、なぜならセカンドと同じように別人格が出来てしまう可能性があったからだ。

 だが今回どうしても分身を作り出す必要があったためサードの俺が創り出されたという訳だ。

 ◆    ◆     ◆

「じゃあ俺はセカンドと山にこもるからこっちは頼んだ」
 オリジナルはセカンドを作り出すと一緒に忍者の里がある山に向かった。

 精神的には全く落ち着いてはいなかった。
 俺は術を解除されれば消えるのだ。

 だがその時、大変なことにに気が付いた。
「ちょっと待てよ、朝倉さんを観察者にしたのは失敗だ・・・」

 そうだ、学校に通うという分身体だから、毎日会うから朝倉さんとか決めたのだが・・・・

 それはダメだろう?
 彼女が学校卒業後どこかに行ってしまったら俺はどうなるんだ?

 俺(サード)の意思は朝倉さんと一蓮托生なのと一緒だ。

 母親ならそれなりに一緒だが、赤の他人の女の子だぞ。
 いつも一緒では無いし学校以外での付き合いもないんだ・・・

 そうか結婚してしまえば良いんだ・・・
 でも結婚するのはオリジナルでなければならないんだぞ?
 彼女が、そんなことを引き受けるか?
 というか今の時点で彼女が結婚なんか考えるわけないだろう。

 そんなことが頭をよぎって行った。

 そしてあることを思い出した。

「あっ遅刻する」

 ということで難題だけが残る状態で分身体であることを認めざるを得ない俺は急いで学校に向かった。
しおりを挟む

処理中です...