灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

文字の大きさ
2 / 66

灰色世界

しおりを挟む
 行きと同じように、屋台が並ぶ大通りを突っ切ろうとする。スイスイと群衆を掻っ切り進むシヅキ。一方で……

「お嬢ちゃん、アクセサリーとか欲しくはないかい。 今なら安くしとくよ」
「よければあなたの運命を占って差し上げましょうか?」
「ここらじゃ見ない顔だなぁ。もしかして引っ越してきたのかな? なら、家具はウチで買ってもらわないとね!」
「あ、えっと……ごめんなさい! 遠慮しておきます……」

 一々頭をぺこりと下げ、群衆共に揉みくちゃにされるホロウが1体。シヅキは冷ややかな眼でその姿を見ていた。

「あんな奴ら、無視しておけばいいだろうが」

 無論、その声が誰かの耳に届くことはない。

 いつまで経っても前に進めないトウカ。とうとうシヅキは痺れを切らした。今度は群衆の流れを逆流し、金物屋に捕まっていた彼女のもとへと辿り着いた。

 着くや否や、シヅキは首からぶら下げていたタグを店主の眼前に突きつけた。

「俺たちゃアークだ。先を急いでいる。悪いな」

 冷たく、そして速い口調でそう言うと、張り付いた笑みを浮かべていた金物屋の店主の口元が真一文字に結ばれた。その眉間には皺すら寄せられる始末だ。

「……それは、悪いことをしちまったなぁ」

 怒気の篭った声でそう言った店主は、自身の右手を2度払った。

「行こう」
「……はい」

 目深にフードを被り、再び群衆を掻っ切る。今度はトウカが声をかけられることはなかった。

「ありがとう、ございます」

 大通りを抜けて少し落ち着いたところで、トウカが取ってつけたようにそう言った。

「……一々相手にしないほうがいいと思うぞ。あいつらしつこいから」
「そういうものなのですね」
「そういうって……中央だって、似たような奴らが居たろ?」

 しかしこのシヅキの問いかけに、トウカはかぶりを振った。

「そういうものかい」

 ハァ、と息を吐く。そろそろ街を出ておきたい時間だ。その旨をトウカに伝えると、彼女は首を縦に振った。

「中央がどうだったかは知らねえけど、辺境ここのアークは高台の森を抜けた先にあんだ。距離もまぁまぁある」
「分かりました」
「行こう」

 事務的な会話を終え、シヅキとトウカの二人は港町を……造られた灯りでのみ着飾られた町を後にした。



※※※※※



 道の整備がおざなりな、高台へと続く細い道を登ってゆく。出来るだけペースを落として歩いていたシヅキだが、それでも抽出型のトウカとは歩調に差が生まれてしまった。

「先に行ってもらって結構ですよ」

 口元に笑みを浮かべてトウカはそう言ったが、シヅキはその指示に従うことは出来ない。

「その、錫杖? だったか。持とうか?」
「いえ……これは。何かあった時には」
「まぁ、それもそうか」
「お気遣いありがとうございます」
「別に。いいって」

 歩調を合わせるようにして、坂を上がる。……バカみたいに静かな空間に、土を蹴る足音とトウカの少し荒い息遣いだけが聞こえてくる。シヅキは自身の首裏をポリポリと掻いた。別に静寂が好きなわけではないのだ。

 何か話でも振ろうか、しかし何を? そうやって逡巡している中で、最初に口を開いたのはトウカの方だった。

辺境ここでも、アークへの目は少し厳しいものなのですね」

 先ほどの金物屋の対応を思い出したのか、トウカは寂しげな顔をしてみせた。シヅキの眼には、それがショックというよりは辟易の部類の表情に映った。

「……中央だとか、辺境だとか。そんな違いはねえんだろうな。ホロウ共は人間を崇高している。心酔も、憧れも、尊敬も。畏怖しやがる輩だってな。だからこそ、“人間の末路”に刃を振るう奴らにはいい顔出来ねぇんだろ。たとえ、それが必要なことだとしてもな」
「……」

 それを聞いて、何も返事をしないトウカ。シヅキはわざとらしく伸びをした。

「ようは俺たちゃ嫌われ者なんだよ。嫌われるから、拠点だって辺鄙へんぴな場所にならざるを得なかった」
「難しい問題ですよね……」
「そうか? 放っておいたらいいだろ」

「そうしねえと、一々疲れるだけだぞ」という言葉は寸のところで飲み込んだ。

 会話を終え、黙々と丘を上がる2体。間も無くして、丘の頂上が見えてきた。トウカは息を切らしていたが、休憩なしで頂上まで上がることが出来た。

 丘上には大規模な森林が生い茂っている。正式な名前がついている訳ではないが、一般的にここは『廃れの森』と呼ばれていた。

ふもとでも言ったが、オドは丘上の森の中に拠点を構えている。ここからもう少しだけ歩くんだが……ん?」

 トウカがこちらを見ていないことに気がついた。彼女の目線は麓の方向へと向けられている。

「トウカ……さん?」
「え? あ、ごめんなさい。私……」
「いや、別にいいけどよ。なんか見えたのかよ?」
「……世界を見ていました」

 随分と壮大な言い方だった。トウカの顔は冗談の類を言っているようには見えなかったし、シヅキにはその言葉の意味がなんとなく分かった。

 この日何度目か分からない溜め息を吐き、シヅキは言う。
 
「どこだって変わんねえよ。こんな絶望で満ちた……クソみたいな世界はよ」

 吐き捨てるように言ったシヅキ。その眼が捉えたのは……闇に満ちた風景だった。

 この世界には光がなかった。比喩的な表現ではない。
 かつて世界中を照らしたという“太陽”がなかった。
 かつて夜を彩ったという“月”が、“星”がなかった。
 この世界には命がなかった。
 動物が、虫が、自然が生きることは許されなくなった。
 かつて世界中を支配したという人間はその姿を維持できなくなった。

 結果、現状の世界とは物理的にも、或いは精神的にも闇に覆われた惨状でしかなくなったのだ。

 魔素の力で明かりを灯すカンテラの光で満ちた港町と、どす黒い空。そして、人間を模して造られたホロウというひどく曖昧な存在のナニカ。そんなものしかない、味気ない世界を目の前に1体のホロウが自虐混じりにこう言った。

「灰色世界」

 “暗黒世界”と形容しないのは、まだ終わりたくないという意識が働いているのか彼には分からなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...