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オリジナルとホロウ
しおりを挟む「ハァ……」
昇降機に乗りながら吐いた溜息は、機構部のギギギと軋む音により掻き消された。
オド内部の昇降機は、玄関部に備え付けられているものより古い型が使用されている。メンテナンスの頻度も高くないため乗り心地は良くない。
普段は階段を利用するシヅキだったが、今日は疲労感を強く感じるために昇降機の利用に至った次第だ。
「くっそ……別に、診てもらう必要なんてねーのによ」
捨て台詞のように吐いたシヅキ。彼の記憶の中ではトウカの面影が浮かんでいた。
「……なんなんだよ、あいつ」
シヅキにとって本当に分からなかったことが、魔人浄化後の彼女の対応だった。彼が受けた負傷はそんなに深手ではなかった。ましてや受けたのは脚だ。別に1本失おうが致命傷なんかになりやしない。だとすれば、シヅキは放っておかれるべきだった。
そもそも前提として間違っているわけで。魔素回収の優先度とホロウの存在の天秤とはあまりにも明白なのだ。規則とか何だかに関わらず、彼女の取るべき行動は決まっていた。決まっているはずだった。
「中央と、辺境との違いか?」
呟いて、シヅキはすぐに頭を振った。やはり、彼女は異質なんだと思う。異質で、中央とは合わなかったから、辺境にやって来たのか……なんてのは、邪推だろうか?
「何はともあれ、面倒なのが来たな。ほんと」
再び昇降機が軋む音を立てたのは、彼の呟きから間もなくのことだった。
※※※※※
医務室の中に入り、シヅキはすぐ顔を顰めた。
「魔素臭えな……」
皮膚がジリジリと逆立つような感覚に襲われ、身体がゾワリと震えた。絶対に慣れることがないだろう感覚。医務室の“あいつ”は、よくもまあこんなところで生活できるなと、シヅキはある意味で感心した。
「はいはーい。今行くよ」
そんなことを考えていると、医務室の奥から声が聞こえて来た。噂をすれば……というやつだ。そいつはひょこっと顔を出した。
「やあ患者さん。今日はどういった症状で……あ、シヅキくんか」
「……よお。“ヒソラ”。しばらくぶりだな」
目の前に現れたのは一見すると、医師らしからぬ容姿をしたホロウだった。小柄な体型のトウカより確実に低い背丈に、ぶかぶかの白衣。そしてあどけない表情と女性とはどこか異なる高い声。そのくせして医者らしく知的で聡明なのだ。シヅキには違和感が凄かった。
「先月ぶりかな? 診察でしょ? 奥に来てね」
ひらひらと手を振りシヅキを呼ぶヒソラ。愛想がいいやつだな、と思いつつ彼は指示に従った。
医務室の奥に入ると、一段と魔素臭さが際立った。再びシヅキが顔を顰めると、ヒソラは苦笑いを浮かべた。
「君たちの診察もそうだけど、それとは別に魔素の解読も行っているからね……身体には影響が及ばないと思うけど、ちょっと濃度が高いかも」
「ちょっとじゃねーっての。普通にたけぇ。 ……魔素の解読って、医務の方にも役立つのか?」
「何を言ってるのシヅキ君。“解読型”が医者やってる理由……考えたことある?」
「……それもそうか」
「この前、還素薬を支給したでしょ? あれだって、解読の賜物なんだから」
「還素薬?」
シヅキは数日前の記憶を思い返してみて、すぐに思い当たる節があった。液体状の何かを飲まされた記憶があるのだ。
「あーあれか。飲んだけど、よく分からんかった」
「プレ版だから薬の配合量自体は少ないよ。効果に気づかなかっただけだと思うけど、あれは傷ついた魔素を回復する作用があるんだ。魔人と戦闘する浄化型には必須だと思うよ」
「……どうだかな」
椅子の背もたれに身体をあずけるシヅキ。淡く光を灯す魔素の照明が見えた。
「で、今日はどこを診ればいいのかな?」
白衣のシワを伸ばすヒソラ。ぶかぶかの袖がひらひらと揺れていた。完全に診察モードになっている。そう悟ったシヅキはハァと溜息を吐き、
「……左足だ。魔人に斬られた。応急の措置は終わってるけどな」
と言ってみせた。対して、それを聞いたヒソラの眉が上がる。
「応急措置終わってるんだ。 ……誰にやってもらったの?」
「中央から来たやつだ。抽出型。さっきまでそいつの護衛任務をやってたんだよ」
「その途中で魔人に襲われた、と?」
「……ああ」
「一度診るね。暴れないでよ?」
「誰がんなことを……しそうに見えんのか? 俺」
「はーい診るよー」
シヅキの話を軽く流しながら、彼の患部に触れるヒソラ。じんわりと温かいヒソラの手がこそばゆい。ただ触れられているだけではないのが嫌でも理解できた。魔素の消耗状態を参照されている……言い換えれば、“魔素が見た記憶”を観られているのだ。
(解読するなら、するって言えよな。プライバシー的にどうなんだよ)
あえて口に出さないのは、シヅキの優しさ……というよりは諦めからのものだった。
「うーん。なるほどね」
やがて患部から手を離したヒソラは、そう意味深に呟いた。
「んだよ、なんかあったのか?」
「ないよ。いつも通り。だから困ってるんだ」
「……どういうことだよ」
シヅキがそう聞き返すと、ヒソラは小さく溜息を吐いた。
「いつも通り魔素の使い方が荒い。荒すぎるんだシヅキ君は。魔素の循環を一気に速めてるでしょ? ……そうするとね、魔素同士が“乖離”しちゃうんだ。身体が解れるような感覚はなかったかい?」
「……ああ、あるな」
「なら止めるべきだよ。もっと自分の身体を労ってくれないかな? ……医者の端くれとしては、そう言わざるを得ないね」
「労わる……な」
それを聞いたシヅキの拳に力が入った。漠然と、怒りに似たやるせなさがこみ上げて来たのだ。
彼は言う。その口調は完全に自虐の類だった。
「……ヒソラ。あんたはよ、医者である以前にホロウだ。俺と同じさ」
「そうだね」
「ホロウはよ、別に独自のわけじゃねえ。かつて命があった人間の姿……それを模して、ずっと昔に造られた存在だ」
「うん」
「ただ……人間とは決定的に違う。俺たちに“命”とか“生きる”のような言葉が該当するわけがねえ。そもそもの話、生命が生きられなくなった世界……それに抗う術として造られたのがホロウのわけだ」
シヅキの視線は徐に自身の手を捉えた。
「……身体だってよ。人間と同じ物質で出来てねえもんな。何だったか……水とか炭素ってやつ? んなもんじゃなくてよ……魔素だろ? 全部。魔素で出来ている。そんな俺たちが何やってるかっつったらさ、人間の復活に向けて奔走することだ。全ては独自である人間のために」
シヅキはギュッと拳を握り込んだ。すると、腕が勝手に細かく震えだした。
「光もねえ、希望だってねえ。生命がなくなって……闇ばっかに覆われてる世界はよ、全然居心地が良くねえよ。 ……そんなゴミみたいな世界を観てると偶に思うんだよ。俺は一体、何で存在してるのかなってさ。 ……“空っぽ”のホロウである俺は一体何がしたいんだろうな」
だから、身体を労われない……そう締め括ったシヅキは真っ黒のフードを被った。魔素の照明の光が鬱陶しかったから。照らさないで欲しかったから。
その言葉を聞き終えたヒソラは一言だけ言った。
「……難しい問題だね」
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