10 / 66
最強の浄化型
しおりを挟むジリリリリリリリリ
突如として鳴ったのは甲高いベルの音だった。無意識的にシヅキは天井を見上げる。
「なんだよ、この音は」
しかし、シヅキの問いかけへの答えは返ってこなかった。代わりに聞こえてきたのは、慌ただしい足音だけだ。
視線を戻すと、そこには医務室を駆け回るヒソラの姿が。シヅキは彼の表情に緊張を感じた。
「なぁヒソラ。どうしたん――」
「シヅキ君。急患なんだ」
シヅキの発言に重ねるようにそう言ったヒソラには、明らかに余裕がないようだった。
「あぁ、そういう合図な。 ……俺はどいたほうがいいよな?」
既に身体の治療を終え、ただ身体を休めていただけのシヅキ。火急になるであろう現場には明らかに邪魔な存在だった。
「ごめんね。 ――ちゃんと、身体を大事にするように。いいね?」
「……善処するよ」
棚やら引き出しから治療用の薬や器具を引っ張り出しているヒソラを尻目に、シヅキは医務室を退出した。すると――
「すまん! 通るぞ!」
鋭く刺さるような声色とともに、担架を担ぐ2体のホロウが医務室へと駆け込んでいった。
そして、医務室の外には多くのホロウ達が。皆がシヅキ以上に疲弊しきっていることは火を見るより明らかであった。状態は様々で、一見無傷な者もいれば、顔中に泥や煤を被った者、布の巻かれた腕を押さえつける者、床に座り込んで全く動かない者……
その惨状を見やってシヅキは口内の唾を飲み込んだ。
「……随分とまぁ、やられたんだな」
「そうだな。しかし、新地開拓となればある程度の消耗は避けられないものだよ」
「え?」
「失礼。邪魔だったかな」
落ち着いたトーンでシヅキの呟きに答えてみせたのは、1体の女性だった。長身の、長髪。髪は黒色でそれを一括りに縛っている。そして何より印象的なのは……右眼に付けられた眼帯。
その姿を見るや否やシヅキの眼は大きく見開かれた。
「……あんたは、えっと……や、あなたは」
「新地開拓大隊隊長……コクヨだ。今回の肩書きだがな。 ……お前は確か、私と同じ浄化型のシヅキだったな」
その口元に僅かに笑みを浮かべてそう言った女性……基いコクヨ。シヅキはまさに、開いた口が塞がらなかった。それもそうだ。何てったって、あの“コクヨ”なのだ。
コクヨ。オドという組織の中で、その名を知らない者は存在しないだろう。人呼んで彼女は……“最強の浄化型”だった。
携えるは1本の長刀。気が遠くなるほどに細く、それでいて鋭利な刀だ。コクヨはそれを振るい、魔人共を打尽する……らしい。今まで数千は葬ったとかなんとか。
“らしい”と言ったのは、あくまで伝聞なのだ。シヅキは彼女が戦場で舞う姿を見たことがなかった。主に単独か極少数で任務にあたることが多いシヅキ。一方で大隊か中隊を先導するのが殆どのコクヨだ。彼らがまともに交えたのは今回が初めてだった。
しばしばその態度を指摘されるシヅキですら、今回ばかりは姿勢を正した。
「浄化型のシヅキです。名前を覚えてもらっているようで、光栄というか……」
「なに、同じ型の者くらいは把握していないとな。シヅキは単独での任務が完了した後か?」
「は、はい。一応医務室に寄ってという感じで……」
「そうか。それはご苦労だったな。知ってはいると思うが、私が率いた大隊も先ほど帰ってきたところだ。結構な数の負傷者を出してしまったよ」
医務室付近に座り込むホロウ達。見ると先ほどよりも数が減っていた。どうやら、傷が深い者から優先して中に呼び込まれているらしい。それでも数十人ほどいうホロウ達は、やけに広い廊下とも広間とも言いづらい医務室付近の空間を覆い尽くさんとしていた。
(なるほどな、だから俺たちが帰ってきたときはホロウ共が少なかったのか)
ソヨが聞いたら、「シヅキねぇ、無理してでも周りに馴染めとは言わないけれど、せめてそういう大事なイベントくらいは知っておいてよね? 分かってる?」くらいは言いそうだ……とシヅキは思った。
細い記憶の糸を辿って、今回の新地開拓について思い出そうとした。
新地開拓……名の通りホロウの活動拠点の拡大を目指す、そして比較的に魔素が濃い魔人の浄化を目的とした遠征の一種だ。そして今回行った先が……あぁ。
「確か……新地開拓って『棺《ひつぎ》の滝』周辺でしたよね。“不侵領域”に設定されていた」
「そうだ。かつての人間の名残だろうが、魔人は水辺付近に多く存在する。その分、魔人から魔素の回収を行うには理に適っているのだがな……どうも獣形の数が目立つ」
「……獣形は強いですよね、やっぱ。人形とは別格って感じで」
「今回の遠征でも、3人と対峙したよ。なんとか浄化して、魔素の回収まで出来たが……この有様だ」
「あれすかね。全部、コクヨさんがとどめを刺す……みたいな」
シヅキのそんな疑問に対し、コクヨはくつくつと笑って見せた。自身の口元を押さえる様子は、普段の厳格というか、荘厳な感じとは異なり……なんというか無邪気な笑みだった。そもそもコクヨは痩せぎすだが、顔が整っており、かなりの美人だ。そのように表情を崩す様子はたいへん絵になっているものだとシヅキは思った。
「私が全て浄化できるのなら、大隊なんて引き連れずとも単独で潜るさ。十数人の浄化型で叩いて、やっと浄化……という感じだ」
そう言い、小さく息を吐いたコクヨ。彼女の顔にも疲弊の色が滲んでいた。
「すんません、その……立ち話に付き合わせてしまって」
「いや、いいんだ。元は私が呼び止めたことだ。前々からシヅキとは話がしたかったからな」
予想外のコクヨの言葉にシヅキの眉が上がった。頭の中に疑問符が浮かんだ。
「それって……どういう――」
しかし、そんなシヅキの問いかけは1体のホロウにより遮られてしまう。
「コクヨ隊長。隊長も検査の方を」
「ああ、すぐに行く。 ――ではな、シヅキ」
「は、はい……」
軽くお辞儀をするシヅキ。彼の視線の先で、コクヨの一括りにされた長い黒髪が揺れていた。
――これが後に起こる“ホロウ事変”における渦中の1体となるホロウ、“コクヨ”との出会いだった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜
来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)
葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。
だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。
突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。
これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる