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“絶望”
しおりを挟むコクヨの言葉の後、ホール内は一時ザワついた。節々からホロウ達は声を上がる。
「また消滅したのか……」
「相手は誰だ? 獣形だろうか?」
「魔素の多量流出ね…………」
「ただでさえホロウの数が足りないのによ」
「でも魔素の抽出は上手くいったのだろう? なら……」
シヅキはフードの中で軽く舌打ちをした。
(うるせーな)
流石に声には出さなかったが、どうやらシヅキと同じことを思っていた者がいたらしい。
「静粛に、静粛にしろ! 話の腰を折るな」
先程のメガネをかけたホロウが、偉そうに腕を組みながら言った。ザワつきがすぐに収まっていく。
すっかり静寂に包まれた後、コクヨは一つ頷きこう続けた。
「……話の続きだ。昨日、新地開拓の大隊は不侵領域に設定されている“棺の滝”へと出向いた。目的は新たな魔人の捜索と、ホロウの活動範囲の拡大のためだ。だが皆も知っての通り、不侵領域に設定されているのは特に魔素が濃い。つまり、強力な魔人の数が多いということだ」
シヅキは昨日のコクヨの言葉を思い浮かべた。 ……そうだ、コクヨが率いる大隊は獣形と戦ったのだ。
コクヨは話を続ける。
「我々は計3人の獣形と会い見えた。1人は四足歩行で動き、大きな牙を持つ者魔人。1人は人形と同様の二足歩行だが、全身を毛で覆った魔人」
それぞれの姿を、シヅキは思い浮かべてみた。確か古い文献でそのような形状の生き物の存在を見たことがある。何だったか……その名前が出てこない。
(どうでもいいか)
「そして……」
コクヨは軽く息を吸い、ゆっくりと話す。
「もう1人は……脚がない。手も無く、顔も無い。かつての人間や我々ホロウ達とは似ても似つかない姿をしていた。全身を支える太い脚部のような器官と、細く撓う腕部のような器官。顔部は肥大化を繰り返した結果なのか、まるで膨張をしていた。我々は……ワタシの大隊に居た3体は、その魔人にやられた」
(昨日の……ヒソラの元へ運ばれていた奴か)
医務室から出た直後のシヅキは、担架を担ぎ、焦燥に塗れたホロウ達とすれ違った。あれは……あいつは間に合わなかったのか。それに、2体はもう……運ばれることすらなかったのか。
コクヨは話を続ける。シヅキの心情など考える筈がなく話を続ける。
「今の説明で、皆も気づいたろう。我々が対峙したのは……魔人の中でも最も危険性が高い、植物と成った者だった」
“植物” ……コクヨが発したその単語を、周りのホロウは微かな声で反芻した。
人間の末路……魔人。彼らは皆が同じような姿をしている訳ではない。体格や武装の差はもちろん、人の形という形状すら放棄した者もいる始末だ。彼らのことは“獣形”と一括りに呼ばれていた。
では獣形が皆共通した姿をしているのかと言われれば、そう言う訳ではない。“獣”と言う広範の生物を内包する言葉を当てはめているのは、彼らの姿が十人十色だからだ。移動する際の脚の本数、体の器官が存在する位置、有している知能……その分類はあまりにも多岐に渡る。
そんな獣形の魔人の中で、最も殺傷力に優れている者……平たく言えば、最強と謳われる者こそが植物の形をした魔人だった。
「そうだ。過去に幾多の魔人を葬ったとされる植物形状の魔人。我々はソレに対峙し、戦い、痛手を負い、撤退を余儀なくされた。ソレはまだ存在をしている。棺の滝付近を徘徊しているだろうな」
淡々と、本当に淡々と話すコクヨ。そうやって事実だけを簡潔に伝えるからこそ、その臨場感が伝わってならない。
(昨日話したコクヨは……植物形状の魔人と戦った直後だったか)
珍しくコクヨが笑ったあの記録を思い出した。あの笑みは……どうだったか。心の底から笑っていたのだろうか。
(何にせよ……エグいのが出やがったな)
シヅキは上歯と下歯を噛み合わせた。ギギと軋むほどに噛み合わせた。
「今回、緊急でホロウたちを集めた主な理由は、先ほどの通りだ。万が一の話だが、廃れの森等の地域で植物形状の魔人と出会った時はすぐに管理部に連絡。そして、逃げろ。徹底を頼む。 ……我々は、植物形状の魔人を“絶望”と呼ぶことにした」
(絶、望)
イカれてる。イカれている名前だ。
「絶望……」
「辺境の地で……植物形状が……」
「これは、なかなか……」
案の定、ホロウ達の口からはそのような言葉が漏れた。彼らの表情は不安、困惑、恐怖のうち一つ、あるいは全てだ。
すっかりホールの中の雰囲気は負に押し潰されていた。それこそ、絶望と形容できるような雰囲気だ。
そんな中でシヅキは一つの未来を想像した。最悪の未来だ。
(もし……“絶望”に見つかったら。戦うことを余儀なくされたら……俺は消滅するのだろうな。跡形もなく、身体を失うのだろうな)
シヅキは眼を閉じた。それはまるで、何もかもを拒絶するかのように。
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