灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

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ソヨとリンドウ

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「……」

 応接室にある一脚の椅子に腰を掛けるソヨ。そんな彼女の肩肘は常に張っていた。

 真一文字に結んだ口元に淹れたての紅茶を運んだ。風味も味もあったものではない。ただ温かな感触だけが唇と喉元をくすぐるだけだ。

 こんなにもソヨが緊張状態にある理由……それは無理がないものだった。彼女の目の前に居るのはオドの中でも位がかなり高いホロウなのだから。

 ソヨが唇を濡らす程度に紅茶を啜った時に、そのホロウは痺れを切らしたかのように口を開いたのだった。

「そんなに緊張をしなくてもいいのよ? わたしだってあなたと何も変わらない……一端いっぱしのホロウよ」
「い、一端だなんて仰らないでください。リンドウ先生は上層部のホロウを診るお医者様なのですから……同じてまはありませんよ」
「あら、立場上はヒソラと同じよ? あなたはヒソラに対してもそんな態度をとるのかしら?」

 呆れ口調のリンドウ。彼女がすらりと伸びた脚を組み替えると、腰まで伸びた紫の髪がサラリと揺れた。

「……いえ。ヒソラ先生は身近な存在ですので……」
「あら? 距離感で態度を変えるのねあなた。ヒソラに伝えておくわ」
「か、勘弁してください!」
「うふふ。冗談よ」
「……」

 同じような事をシヅキが言ったのなら容赦なくパワハラの1つや2つを働きかけるところだが、リンドウ相手にそんなことができる訳が無い。怒りよりもバツの悪さが大きく、ソヨは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

(あーーー帰りたい……)

 心の中で嘆きつつ、ソヨは少し前の出来事を振り返った。なぜ彼女と話をすることきなったのかを、だ。


 ――上層部がほとんど強行的に実行を始めた調査団なるもの。その実態をホロウのサポートに従事する雑務型さえ把握していなかった。上官に掛け合ってみても「いいから指示された手筈を整えろ」の一点張りで、漫然とした不安感だけが蓄積をしていったのだった。

 トウカが藁にもすがる思いでソヨのもとを訪ねてきたはいいが、残念ながらソヨに出来ることなんて何一つもなかった。せめて根拠のない励ましの言葉を溢さずに、ソヨは「分からない」とその頭を下げるだけだった。 ……影を落としたトウカの表情が頭に浮かび、チクチクと心に針を尖らせた。

(シヅキ、トウカちゃん……)

 結界の破壊に向け出発をした調査団のことを気にかけながら事務作業をこなしていたソヨ。そんな彼女のもとを訪れたのが医者のリンドウだったのだ。

 ヒソラとは異なり上層ホロウの体調を管理するリンドウに声をかけられる理由なんて、皆目見当がつかなかった。困惑に満ちたソヨが応接室を手配したところで、今に至る。

「ハァ」

 誰かさんの癖がいつの間にか感染ったのだろうか? そうやって大きく溜息を吐き出したところで、こちらを凝視するリンドウと眼が合った。目元に刻まれた隈が印象的な眼だ。 

「調査団のことが心配かしら?」
「え……えぇ。そうですね」
「そうね、わたしも少しだけ心配だわ。結界の破壊なんて何をするのかしら? 上層部のホロウは何を考えているのかしら?」
「リンドウ先生でも調査団のことは存じ上げていないのですか?」
「あら、言ったじゃない。わたしは一端のホロウよ。あなたと異なるところなんて“型”くらいじゃないかしら?」

(雑務型と解読型は天と地の差があるんだけど……)

 アークに属するホロウは雑務型、浄化型、抽出型、解読型の4種類に分けられている。ホロウの個体数は左側が最も多く、右側が最も少ない。つまり解読型というのはかなり希少なホロウなのだ。

 解読型。彼らは魔素の有する構造と要素全てを解読することで、必要な情報だけを取り出したり、魔素そのものの形を変容させるホロウ。それは人間の復活を行う中での要であり、絶対的に必要な存在だった。

 数が少ないにもかかわらず、人間復活というホロウの最終目標における花形を担う解読型。いくらでも換えが利く雑務型のホロウと彼らが対等である訳がなかった。

 そのようなソヨの思考を読み取ったかのようにリンドウはこのように続けた。

「所詮は同じホロウよ。どちらが上なのか下なのかなんて、定めても虚しくなるだけ」
「そう、ですか」
「えぇ。 ――と、今日はそんな話をしに来た訳じゃないのよ。早速で悪いけれど、本題に移ろうかしら」

 わざとらしくパンと手を鳴らしたリンドウ。彼女は白衣の懐へと手を差し入れると、そこから一枚のカードらしきものを取り出した。それを一瞥した後に、ソヨの前へと差し出したのだ。

 ソヨはそのカードを……改め写真を見て、眼を大きく見開いたのだった。

「わたしがあなたの元を訪ねたのは一つお願いがあったからよ。今は亡き彼女のことを色々と教えて欲しいの」

 リンドウの言葉を聞き、ソヨは息を飲んだ。まさか彼女のことを尋ねられるなんて思いもしなかったものだから。

 再び写真へと目を落とす。そこに写っていたのは黒に近い紺色のセミロングの髪と右眼の泣きぼくろが印象的な女性……ソヨの元同僚であり、トウカがオドを訪れる少し前に魔人にころされた女性だった。
 
 乾いた喉でソヨはその名を呟いた。


「レイン……」
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