4 / 7
不足の魔女 ロース(後)
しおりを挟む助手が魔女ロースより頼まれたこと。それは、大金貨と同じくらいの大きさと重さである石を大量に集めてくることでした。
助手は水分量の多い焦げ茶色の土をシャベルで掘り起こしては、そこから条件に合う石を探し出します。幸いにもこの辺りの土地は石を多く含む層が浅い箇所にあり、探すことには大した苦労がかかりません。
掘り起こした石をカゴの中に放り込みながら、助手は先ほどのロースの言葉を思い返していました。
「魔法は永遠を創り出せない、か」
助手は気になるのです。なぜロースは自身のことを2年もの間、そばに置いてくれたのか? と。疑問はそれだけではありません。資金調達のことももちろんですし、つい先ほどのロースの言葉の意図もです。
しかし、それらの疑問について深くロースに踏み込むことは出来ませんでした。踏み込んでしまうと今までの“師匠”と“助手”の関係が簡単に崩れてしまうと思ったからです。ただただロースの言葉に従うことだけが、助手に出来ることその全てでした。
額にかいた汗を拭い、助手は満足げに呟きます。
「これでいいかな」
ズシリと重くなったカゴの中は半分に少し満たない程度が石で埋められています。助手はそれを背負うとヨタヨタ歩きで小屋へと戻りました。
「あぁ戻ってきてくれたかね。私のほうも準備はできているよ」
「師匠……これって」
「魔法には違和がつきものだ。なに、助手くんはそこで見ているだけで構わない」
小屋の玄関扉の先には2人で使うには少し大きな食卓がどんと置かれているはずでした。しかしながら、助手が帰ってきたときにはそこに食卓はありません。ガランと開いた空間には、規則性のある複雑な模様が描かれています。まるで蜘蛛の巣のようです。 ……そう。いわゆる魔法陣と呼ばれるものでした。
今まで助手はロースが大きな魔法を使うところを見たことがありませんでした。ロースが日常的に使う魔法とは、食器棚に仕舞われている皿やグラスを手に触れず移動させることや暖炉用の火種を人差し指に発生させる程度です。それでも助手は舌を巻いたものですが、今日に関しては規模が違います。
カゴの中に入った石を一つ取り出してロースが頷きました。
「うん、上出来だろう。さすが私の助手くんだ」
「この石はどうすればいいですか?」
「床に描いた模様をはみ出ないように散らばしてくれたまえ」
助手は指示通りに石を散らばせました。それが終わるとロースは魔法陣の真ん中にへそくりの大金貨を置きました。
「……よし、準備はできたな。巻き込まれると危ないから少し離れたまえ」
「小屋を出たほうがいいでしょうか?」
おそるおそるの口調で助手が尋ねると、ロースはゆっくりと首を横に振りました。
「いや、小屋の隅に居てくれたまえ。 ……私だけでは不公平だからな」
「は、はい」
意味深なロースの発言に首を傾げつつ、助手は一歩二歩と後退りをします。
「では始めるとしようか。くれぐれもその場を動かないように」
普段より少々トーンの低い声で言ったロースは、ゆっくりとその腕を前に突き出しました。その手に握られているのは細長い杖です。
ロースは時間をかけて空気を吸い込み、時間をかけて空気を吐き出しました。深呼吸と似ていますがそれよりもずっと時間をかけています。わずかに上下へ揺れる肩の動きがないと、何をやっているのか分からないかもしれません。
助手はただ固唾を飲んでロースの姿を見守ることしかできません。一体なにが始まるというのだろうか? 助手の頬を一滴の汗が伝いました。
やがて石がだんだんと光を帯び始めていることを見つけます。初めは弱々しい光でした。しかし、時間が経つにつれその光は強くなっていきます。
ついには風が吹き始めました。まるで魔法陣の中心が台風の目にでもなっているかのように、時計回りの風が小屋の中を吹き荒れました。窓がガタガタと揺れ、玄関扉がギシギシと悲鳴を上げます。肘で自身の顔をおおいながらも助手はその目を離しません。
そして石に帯びる光が直視できないほどに眩しくなった時、ロースはハッキリとした口調でこう言ったのです。
『ゼラニウム 愚かな真実 ひた隠し 凌ぎの姿を 今ここに満たせ』
…………。
激しく輝く光と吹き荒れる風がようやく落ち着きを見せ始めたとき、助手はゆっくりとそのまぶたを開きました。
――開いて、唖然としました。
「石が……金貨に変わってる」
一体全体どういうことでしょうか。助手にはさっぱり理解が及びませんでした。しかしながら納得はできます。これが魔女が扱う妙技、魔法のしわざであるのだと。
文字通りに開いた口が塞がらない助手でしたが、ロースがパンと鳴らした手の音には振り向きました。
「さて助手くん。ここからは時間との勝負だ。大至急、この金貨を香辛料へと交換してきてくれたまえ」
ロースはいたって冷静な様子で助手に向かって空っぽの麻袋を投げました。
「香辛料ですか? お金の問題ならこれで解決をしたはずじゃ……」
床に散らばった金貨を見回しながら助手が言います。
「いいや、まだ“洗濯”が済んでいないからね」
ロースはまた不敵な笑みを浮かべました。どこまでも的を得ないロースの発言に、助手はため息で返します。
「……では、行ってきますね」
※※※※※
森を抜けた先にはほどほどの大きさの街があります。助手は噴水がある広場で休憩中の行商人へと声をかけました。行商人が連れていた馬には異国の品が積まれていましたが、中でも目を引かれたのは赤や橙が印象的な粉です。ツンと鼻につく匂いは間違いなく香辛料でした。
助手が麻袋に詰め込まれた大金貨を見せると、行商人の目が光りました。そこからはとんとん拍子で話が進みます。なにせ垂涎ものの“金貨”の量ですから。
ズシリと重い香辛料を背負い、助手は駆け足で森へと帰ります。とにかく急いで魔女の元へと帰るのです。魔女ロースがかけた魔法の正体……助手は何となくではありますがそれを察していました。
やがて小屋へとたどり着きました。しかし扉の先はもぬけの空です。まるでそこには誰も住んでいなかったかのように、なにもありません。
「助手くん」
背中をツンツンと突かれました。振り返った先にはニコリと微笑むロースの姿があります。その手には魔法陣と同じ模様の箱が握られていました。
助手は、そんなロースの背後にあるモノを指差して言いました。
「ほうきですね」
ロースが不敵に笑い答えます。
「説明が必要かい?」
助手は首を横に振りました。
――まもなくして、ロースと助手は大空へと旅立ちました。助手は振り落とされないためにロースの体に腕を巻きつけます。ドクドクと鳴る心臓には煩わしさを覚えました。
「どうだい助手くん! 空を飛んだ感想は!」
するどく耳を走る空気の音に負けないように、ロースは声を張ります。
「肌寒いですね!」
「ははは! そうかそうか!」
ロースは高らかに笑いました。実に普段の様子を見せる魔女ロースです。珍しいことに、助手も大きく笑いました。
目下には先ほど助手が訪れた街が見えます。初めは小さかった怒号ですが、近づくごとにどんどんと大きくなっていきました。黒色の豆粒のようなものがしきりに飛んできます。それは、ちょうど大金貨と同じくらいの大きさです。
「助手くん、私には失望したかね?」
街を通り過ぎたところでロースは背後の助手にそう尋ねました。この頃にはほうきの速度も落ちており、普段の声量で会話ができる程度になっていました。
助手は自信を持って答えます。
「あなたからいただいた恩はとても大きいですから、そんなことは決してありませんよ」
「そうかね? 私は助手くんが考えているよりもずっと悪い魔女だと思うがね。金、食料、故郷、家族、友達、信頼……なにも足りていない不足の魔女なのだよ」
「なるほど。であるならば僕たちは似たもの同士ですね」
「ははは!」
ロースと助手は再び笑いました。とてもとても陽気な笑い声です。
ひとしきり笑った後にロースが尋ねました。
「さて、これからどこに行こうか。ひと目のつかない場所がいいのだが」
「北にいきましょう。人が少なくて自然が多いですよ」
「ああ、北はダメだ。私が有名人なのだよ。南はどうかね?」
「僕は南の国から逃げてきました」
「そうかそうか。ならば西へ向かおうか」
ほうきの舵が夕焼けの方向へと切られます。茜色に染まりゆく景色を目に捉えながら助手は尋ねました。
「師匠、たとえ魔女であっても永遠だけは創られないのですよね?」
「ああ。それがどうかしたかね」
「僕たちは住処を変えることを余儀なくされましたね」
「そうだな」
「なら――」
大きく息を吸い込んで助手はこう言いました。
「ならいつか……師匠の過去のことを教えてくださいよ。代わりに僕のことを話します」
「ほう。面白いことを言ったものだね、助手くん」
「約束してくれますか?」
助手が尋ねると、ロースは少し考えてから答えました。
「そのときはきっと“師匠”と“助手”ではなくなってしまうな」
「構いません……むしろその方が望ましいです」
「? そうかね」
的を得ない助手の発言にロースは首を傾げました。ちょうどそのとき、ほうきは鳥とすれ違います。つがいの鳥でした。
――魔女ロース・シュガーがおくる6度目の逃避行とはこのようなものでした。
0
あなたにおすすめの小説
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる