生きとし生ける魔女たち より。

榛葉 涼

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運搬の魔女 ポルタ(前)

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 人は空に憧れを抱く生き物です。そこに時代も環境も関係ありません。あの大空を自由自在に飛び回ることができたならば、と想像をしたことのある人はきっと多いことでしょう。翼を広げ空を滑るように飛ぶ鳥に、地上の自分自身を投影させるのです。

 しかし空を飛ぶ目的とは人それぞれに変わってくることでしょう。たとえば活発な性格の子どもは遊びの一環として空を飛んでみたいと考えるでしょうし、好奇心旺盛な科学者は遥か雲の上の世界をその目に焼き尽くしたがっているはずです。


 ――そして魔女ポルタが出会った兵士もまた、例外なく空を飛ぶことに思いを馳せていたのです。


 掃除用とは異なり柄が長く、太いほうき……それに乗り、鳥と並走するように空を飛ぶ人間がいました。魔女ポルタです。

 ポルタは三角帽子やローブといった魔女らしい衣装を身につけてはいませんでした。その代わりに、丸みを帯びたつば付き帽子と地面に擦れてしまうかもしれないほどに裾が長いロングコートを身につけていました。せいぜい服装が黒を基調としているところだけが、魔女らしいといえば魔女らしいでしょうか?

 しかしながらポルタの魔女らしからぬ服装にはれっきとした理由がありました。それは一目でポルタがどのような人物なのかが分かるからです。つまるところ、ポルタは魔女である以前にとある職を生業なりわいとしていました。

 人里離れた草原にポツンと建つ一軒家。ポルタはその前に着陸をすると、淡い茶色の扉をコンコンと叩きました。

「ごめんください! ほうき配達員のポルタです! ご友人様からお預かりした荷物をお届けに参りました!」

 ポルタがそう呼びかけると、間もなくして一人の男が出てきました。長い髭を生やした40歳程度の男性です。

 男は扉を開けるなりその目を大きく見開きました。
 
「嘘だとは思っていなかったが、驚いた。まさかたった一人でグランドピアノを運んでくるなんてね」
「どんな大きさの荷物でも迅速に、確実に運ぶことがほうき配達員のモットーですので。 ……その分、少々値は張りますけどね」
「ははは。早速で悪いが荷物の状態を確認しても?」

 ポルタがコクリと頷くと男はその場でピアノの包装を剥がし、状態を確認します。しばらくした後に男は満足そうな表情を見せました。

「ああ、特に問題はないよ。ご苦労さん」
「ありがとうございます。でしたら、こちらの方にサインを頂いてもよろしいですか?」

 男が一枚の紙にサインをしたところで、ポルタはそのつば付き帽子を取りました。金の細い髪がそよぐ風に揺れます。

「確かに確認しました。これにて配達完了です」
「ありがとう、また利用させてもらうよ」

 髭を何度も撫でつけながらお礼を言う男に軽くお辞儀をした後に、ポルタはほうきにまたがり飛び立ちました。

 その様子を見上げる男が「あ」と一言。

「……ピアノ、家に入れてもらえばよかった」

 ポルタの影はひたすらに小さくなっていました。



※※※※※



 ほうきに乗り悠々と空を飛ぶポルタは、ご機嫌に鼻唄を歌っていました。

「先ほどのピアノで今日の分の配達は終了ですね。なんとか陽が落ちる前に完了してよかったです」

 傾き始めてしばらくした太陽を一瞥いちべつしたポルタは笑みを浮かべました。まだ昼の時間帯に1日分の仕事を終了したとき特有の満足感は一体何なのでしょう。まだみんな仕事に追われているのだろうなーなんて思いつつ、ポルタは優雅に空を舞います。

 風を切る感覚、地上よりも少々肌寒い気温、果てまで見渡すことができる景色。そんなものを堪能しつつ拠点の町まで戻っていたポルタは、草木がまだらに生えるだけの荒野を通過していました。

 ちょうどそのとき。ポルタはその表情を曇らせたのです。

「あれは……まさか人ですか?」

 痩せ細った木の下に人間らしき影を発見したのです。周りに町と呼べる町はありません。仮にあの影が人だとすれば、こんなところで一体何をしているのでしょうか?

 ポルタは徐々にほうきの高度を落としていきます。地上へと近づくにつれて、影はどんどんと大きくなってきました。どうやら人であることは間違いなさそうです。木かげで休憩をしているのでしょうか? などと思いつつ慎重に近づきます。

 しかしある程度近づいたところで、ポルタは気づいてしまいました。その表情が一気に青ざめます。

「血が……!」

 ほうきから飛び降りたポルタは、地上に衝突する直前に自身の体重が軽くなるように魔法をかけました。そのおかげで無傷にて地面に降りることが出来ました。

 すぐさま人間のもとへと駆け寄ります。ポルタはしゃがみ込んで声をかけました。

「もしもし、大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
「………………あ………ァ」

 蚊の鳴くような声で返事をしたのは血だまりの上へと座り込んだ男性でした。全身が迷彩柄に包み込まれているその姿を見るに、どうやら兵士のようです。

 ポルタはその姿を見て一つ思い出したことがありました。どこまでも広がっていそうな荒野の先には一つの国があるのです。そして……その国は現在、内戦が起きているということを。

 ポルタは兵士が背負っている銃を確認すると、大きく息を呑みました。兵士の挙動に目を配りつつ、その肩をたたきます。

 そのとき、兵帽の隙間から覗く細い目がポルタへと向けられました。

「……あんたは…………誰だ?」

 ポルタが詰まり詰まりに自己紹介をすると、兵士はわずかにその口角を上げました。

「へへ……ラッキーだ。最期に会えたのが…………こんなに綺麗な魔女さんだなんてよ……………」

 ゴフゴフと兵士が咳き込みました。

「あ、あまり喋らないでください。お身体に障りますよ」
「……いいんだ。おりゃあもうすぐ…………あの世だ」

 泥に塗れた顔で、表情を歪ませるように笑った兵士に対してポルタは首を横に振ります。

「一度傷の様子を見せてください」
「…………治せるのかい?」

 ポルタは返事をすることなく兵士の身体に触れます。血だまりの源となっていたのは兵士の胸でした。震える手で兵士が着るジャケットを脱がせます。

 しかしそのとき、ポルタは急激なまでの吐き気に襲われました。胃の中から酸っぱい臭いがいっぺんに押し寄せます。自分の身体を支えることが出来なくなり、派手に尻もちをついてしまいました。

 その姿を見て兵士が言います。

「酷いものだろう…………? ……銃弾は取り除い………たが、砕けた骨と………肉が中で――」
「やめてください!!!」

 ポルタは叫んでしまいました。それと同時に押し寄せたのはとても大きな後悔の念です。

「す、すみません! ……私は、なんてことを」
「いや……いいんだ。いい……死に場所………は、ここだ………」

 再びゴフゴフと兵士が咳き込みました。風邪のときのものとは訳が違います。死に際の者だけが放つ……叫びのような咳です。

 意味もなくつば付きの帽子をかぶり直してポルタが言います。

「こ、ここから3時間ほど飛んだ先に私が住む町があります。腕のいい医者が居るので、彼に診てもらえさえすれば……」
「はは……無駄だろ……う。俺の命は…………本当にもう尽きる……間に……合わない……」
「そんなの! やってみなくては……」
「俺は…………衛生兵だ」
「……」

 それ以上にポルタが何かを言うことは出来ませんでした。襲われたのは途方もない無力感です。悔しくて、悔しくて……たまりません。

 そんなポルタの様子を見て、兵士が詰まり詰まりに言います。

「………あんたは……優しい魔女さん……だな……見ず知らずの誰かを………そんなに思えるなんて………普通は出来ねえ………よ」
「母との約束なだけです。『魔女に生まれたからには、その力を人助けに役立てなさい』と」
「そいつは…………はは………いいな。俺らなんかとは………正反対だ。あんたのような人間がよぉ……人間ばかりならよ……戦いなんてねえんだろうな……」

 兵士はわずかに口角を上げました。半開きとなった口元からドロリと血が流れます。本当に死期は間もなくなのでしょう。誰かの死に際に立ち会ったことのないポルタであっても、そう思わざるを得ませんでした。

 それからしばらくの間、ポルタも兵士もその口を開くことはありませんでした。兵士の浅い呼吸音だけが聞こえてきます。ただし、たまに荒野へと吹く風がその音すらを掻き消してしまいました。

 …………。

「なぁ、魔女さん……一つだけ……聞いてもいいか…………?」

 不意に聞こえた兵士の声にポルタはうつむいていた顔をあげます。

「あんたは……空が飛べるんだよな………」
「……はい」
「なら……ならよ……」

 兵士はその顔をゆっくりと上げました。つられてポルタも見上げます。そこに広がっていたのは、今しがた滑っていた雲一つない青空です。

 兵士は尋ねました。


「空を飛ぶのって……一体どんな気持ちになれるんだ……?」


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