虎と僕

碧島 唯

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 ある日の僕と虎・参――2

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『冬樹、大丈夫か?』
「うん、もう平気」
 すっかり冷めたコーヒーを飲み干して、椅子から床に座り直す。
「さっき聞かれたことだけど、出かけたのは秋音で、デートだってさ」
 ちょっと色々省略したけど、まぁ、デートはデートだろうと伝える。
『は?
 秋音がデートだと?
 いったいいつの間にそんな事に』
 虎が嘘だろと言いたそうな顔で僕を見る。
「いや、デートは本当」
『嘘だろ』
 虎がいつになくしつこい。
 秋音がデートってのは、そんなに信じられない事だったんだろうか。
『秋音がなぁ……いつの間に……彼氏なんか作ってたのかねぇ』
 あ、彼氏じゃないのは言った方がいいのかな、それとも何だか面白いからこのまま黙ってようかなぁ。
 黙ってようかとも思ったけど、虎の様子が明らかに変だ。
 まるで、娘が嫁に行ってしまった父のような、好きだった人がいつの間にか結婚してしまった男のような……なんともいいがたい様子をしていた。
 そんな、寂しそうな顔をしてため息をついている。
 上に乗っているミナミが、それを心配そうに見下ろしている。
『秋音の胸が、せめてワンサイズ上がるまではそういう心配は要らないと思っていただけにショックだなあ……』
 虎……、それはちょっと酷いと思う。
 人間、胸のサイズじゃないと思うんだ、僕は。
『虎さん、秋音さんの事好きなんです?』
 ミナミが僕と虎の会話のどこを誤解したのか、そんな事を言い出した。
『ああ、好きだぞ。
 あれで胸がもう少しあれば、かなり好みのタイプでな。
 他の男にやるには惜しいねぇ』
 ……虎の基準は相変わらず胸なんだね……。
『だから他の人と秋音さんがデートに行ってしまって、がっかりだったんです?』
「ミナミ、人と猫が恋とか、そういうのないから、本気にしないように」
『えっ?
 ないんです?』
 ミナミが本気にしてそうな感じなので取り合えず言ってみる。
 あ、でも……虎って人間だったとしたら、結構年いってるよなぁ……。
 やっぱり冗談なのかな?
「あのさ、虎?
 本気で言ってるのかな……秋姉が好きだっていうのは」
 恐る恐る聞いてみる。
 だって、猫と人間だし、虎が秋音に恋愛感情を持ってるとは思ってもみなくて、僕も動揺しているのかも知れない。
『ん、秋音も好きだが、夏海も春香も瑤子さんも好きだぞ。
 ついでにお前もな、冬樹』
『虎さん、虎さん、ミナミはその中には入ってないですか?』
 家の皆を好きだとはっきり応える虎に、はぐらかされたような気がする。
 自分は、と虎に聞くミナミの様子は可愛くて、当然ミナミも好きで、ひょっとしたら僕は男だから一番下なんだろうか、なんて考えていた。
『うーむ、ミナミは城見家の者じゃないからな、また別の話だろう』
『えー、ミナミ仲間はずれです?
 虎さん意地悪ですぅ』
『はっはっは。
 冗談だ、ミナミも可愛いぞ。
 人型だったら、冬樹より上だな」
 ああ、やっぱり……、虎の中ではそうなんだ。
「小さい頃は可愛かったのに……」
 思わずぽつりと昔を思い出して呟いてしまった。
『何だ、冬樹。
 妬いてるのか?』
「妬いてって、そんなんじゃないよ!」
 思わず大きな声を出してしまう。
 どっちかっていうと、蔑ろにされたようで拗ねてるんだよ!
『まぁ、機嫌を直せ。
 女の子は大事にするもんだろ?』
 笑いながら虎に言われて、それは昔、秋音と喧嘩して泣いてた時に、父さんに言われた言葉だと思い出した。
「ん、そうだったよな、虎」
 忘れかけてた事を思い出して、今日は久しぶりに父さんに電話してみようかなって気になった。

 呼び出し音が数回、呼び出し音が途切れる。
「あのさ、父さん久しぶり……。
 ──うん、久しぶりに声が聞きたくなってさ。
 ──うん、皆元気だよ、だからこっちは心配ないよ。
 ──うん、父さんも母さんも身体に気をつけて。
 ──うん、じゃあ……」
 通話が終る。
 受話器を置くと、虎が足元に来ていてにやりと笑っている。
『元気だったか?』
「うん、元気そうだった」
『良かったな』
「うん」


 そして、今日も一日が終る。
 明日は何が起きるのか、夏休みはまだ半分も終っていない。


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