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ずっと、好きでいたかった。
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私は君のことが好きだった。
熱烈なまでの愛を捧げていた。
君のためなら命なんて惜しくもなかった。
君のためだけに私は存在していた。
だけど。
いつからだろう。
君を見ても心が揺れなくなったのは。
君と話していても笑えなくなったのは。
ひとりが哀しくなくなったのは。
私は君のことを好きじゃないのかもしれない。
ほんとうは別の人が好きなのかもしれないし、私に好きな人なんていないのかもしれない。
それでも。
それでも、君を好きでいたかった。
君のことをずっと考えていたかった。
今となってはどうしようもないけれど。
今でも鮮明に覚えてる。
好きじゃないはずなのに、映像が頭にこびりついて離れない。
冬だった。
雲がどんよりと落ちていた。
学校の前のバス停で帰りのバスを待っていた。
その頃は君の名前も知らなくて、たまに学校で見かけるくらいで特に気にも留めていなかった。
はぁ、と吐いた息が白く濁って空気に溶ける。
太陽はすでに沈んでいて、街灯の青白い光がぼんやりと光っていた。
「…大丈、夫?」
急に話しかけられて、私の身体はびくっと跳ねた。
「ごめん、おどかしたかな」
君は優しく微笑んで言った。
白い靄が口から漏れていた。
うん、だいじょうぶだよ、なんて私は言った。
バス待ってるだけだから。
寒そうだよ。
君はそう言って私の隣に座った。
私と君の間はひとりぶんくらい空いていた。
何してるの?
寒くない?
大丈夫?
名前は?
初対面なのに緊張はしていなくて、君は優しくそこにいた。
「バス、来たから」
「じゃあね、また」
また、に次を期待してしまう私がいた。
バスの不規則な振動が心地よかった。
それからたまに、私たちはバス停で話した。
学校のこと。
友達のこと。
家のこと。
なんでもないようなことまで話した。
なんでもないようなことが、すごく大切な気がした。
「好きだよ」
そんなたわいのない会話の中で、自然に出されたその言葉はうっかり聞き逃しそうになった。
まるで今日天気いいね、みたいなトーンで。
「好きだよ」
私たちは1学年上がって、季節はもう夏になっていた。
太陽も沈むのが遅くなって、君の顔もよく見えるようになった。
君は自分の言葉を確認するみたいに繰り返して言った。
バスが到着して、私は立ち上がった。
「返事、待ってるから」
バスの中の冷房が火照った顔に気持ちよかった。
「返事、聞かせてくれる?」
日に焼けた顔が目の前にあった。
よく考えれば、正面から君を見るのはあまりなかった。
バス停で隣に座っていたから、いつも見ているのは横顔だった。
私はちいさな声で、できれば聞こえてほしくなくて。
おねがいします。
こそっと言った。
顔が熱くなって、蝉の声がいやに五月蠅かった。
よろしく。
君が笑って、真っ白な歯が見えた。
好きなのかも、って心が淡く染まった。
それからは毎日のようにバス停で会った。
私と君の距離はいつのまにか近くなって、ほとんど脚が触れ合うくらいだった。
大抵は私が先にバス停にいて、君が来て、バスに乗って終わりだった。
バスなんて永遠に来なければいいのに、って何度も思っていた。
好きだった。
ずっと好きなのだと思っていた。
好きでいたかった。
好きなままでいたかった。
ずっと好きでいるはずだった。
別れ話をされたわけでもない。
悲しいことがあったわけでもない。
疲れたのでもない。
ただ。
私は好きではなくなってしまったのだ。
もう君のことを好きじゃないんだ。
そう思ったことが哀しくて、私は泣きそうになった。
もう好きじゃないんだ。
好きじゃないんだ。
好きじゃないんだ。
私はもう、君のことを好きじゃないんだと思った。
冷めた、というのも違う。
嫌いになった、も違う。
好きじゃなくなっただけだ。
ただそれだけ。
ずっと、好きでいたかった。
君のことを好きなままでいたかった。
好きでいたい。
今も、今この瞬間も君に捧げたい。
好きになろうとした。
好きなままでいようと努力した。
君のいいところを見つけて、君のいいところだけを見て好きになりたかった。
けれど、私の心はどうにも動かなかった。
格好いいな、とは思っても。
笑顔がなんかいいな、なんて思っても、私は君を好きにはならなかった。
好きになれなかった。
もう気持ちなんて何処にもなかった。
「ごめん」
別れよう、と言ってくれたのは君のほうだった。
原因なんて全部私なのに。
それでも君がぜんぶ悪いみたいな空気で、切なそうに言った。
「ごめんね」
「わかってる」
何がわかってるのか君は言わなかった。
不思議と涙は出てこなかった。
もう好きではないんだな、と自分を他人みたいに見つめながら思った。
「じゃあね、……」
君はもう何も言わなかった。
私も言うことは何もなかった。
君は私のことがまだ好きなんだと思う。
自意識過剰かもしれないけど、でも確かに君は私が好きだ。
その気持ちに応えられなくて申し訳ないような気になる。
だからってすぐ好きになれるわけじゃないけれど。
好きでいられた日々は毎日が楽しかった。
バス停にいれば必ず君は来てくれたし、君と話ができた。
今はモノトーンの毎日が流れているだけだ。
好きでいたかった。
ずっと、好きでいたかった。
君のことを好きなまま日々を過ごしていたかった。
好きになりたい。
君を好きでいたい。
なのに。
なんで好きになれないんだろう。
なんで好きじゃないんだろう。
なんで好きじゃなくなったんだろう。
私は君のことを、ずっと、ずっと好きでいたかった。
ただそれだけだった、はずなのに。
ずっと、好きでいたかったのに。
熱烈なまでの愛を捧げていた。
君のためなら命なんて惜しくもなかった。
君のためだけに私は存在していた。
だけど。
いつからだろう。
君を見ても心が揺れなくなったのは。
君と話していても笑えなくなったのは。
ひとりが哀しくなくなったのは。
私は君のことを好きじゃないのかもしれない。
ほんとうは別の人が好きなのかもしれないし、私に好きな人なんていないのかもしれない。
それでも。
それでも、君を好きでいたかった。
君のことをずっと考えていたかった。
今となってはどうしようもないけれど。
今でも鮮明に覚えてる。
好きじゃないはずなのに、映像が頭にこびりついて離れない。
冬だった。
雲がどんよりと落ちていた。
学校の前のバス停で帰りのバスを待っていた。
その頃は君の名前も知らなくて、たまに学校で見かけるくらいで特に気にも留めていなかった。
はぁ、と吐いた息が白く濁って空気に溶ける。
太陽はすでに沈んでいて、街灯の青白い光がぼんやりと光っていた。
「…大丈、夫?」
急に話しかけられて、私の身体はびくっと跳ねた。
「ごめん、おどかしたかな」
君は優しく微笑んで言った。
白い靄が口から漏れていた。
うん、だいじょうぶだよ、なんて私は言った。
バス待ってるだけだから。
寒そうだよ。
君はそう言って私の隣に座った。
私と君の間はひとりぶんくらい空いていた。
何してるの?
寒くない?
大丈夫?
名前は?
初対面なのに緊張はしていなくて、君は優しくそこにいた。
「バス、来たから」
「じゃあね、また」
また、に次を期待してしまう私がいた。
バスの不規則な振動が心地よかった。
それからたまに、私たちはバス停で話した。
学校のこと。
友達のこと。
家のこと。
なんでもないようなことまで話した。
なんでもないようなことが、すごく大切な気がした。
「好きだよ」
そんなたわいのない会話の中で、自然に出されたその言葉はうっかり聞き逃しそうになった。
まるで今日天気いいね、みたいなトーンで。
「好きだよ」
私たちは1学年上がって、季節はもう夏になっていた。
太陽も沈むのが遅くなって、君の顔もよく見えるようになった。
君は自分の言葉を確認するみたいに繰り返して言った。
バスが到着して、私は立ち上がった。
「返事、待ってるから」
バスの中の冷房が火照った顔に気持ちよかった。
「返事、聞かせてくれる?」
日に焼けた顔が目の前にあった。
よく考えれば、正面から君を見るのはあまりなかった。
バス停で隣に座っていたから、いつも見ているのは横顔だった。
私はちいさな声で、できれば聞こえてほしくなくて。
おねがいします。
こそっと言った。
顔が熱くなって、蝉の声がいやに五月蠅かった。
よろしく。
君が笑って、真っ白な歯が見えた。
好きなのかも、って心が淡く染まった。
それからは毎日のようにバス停で会った。
私と君の距離はいつのまにか近くなって、ほとんど脚が触れ合うくらいだった。
大抵は私が先にバス停にいて、君が来て、バスに乗って終わりだった。
バスなんて永遠に来なければいいのに、って何度も思っていた。
好きだった。
ずっと好きなのだと思っていた。
好きでいたかった。
好きなままでいたかった。
ずっと好きでいるはずだった。
別れ話をされたわけでもない。
悲しいことがあったわけでもない。
疲れたのでもない。
ただ。
私は好きではなくなってしまったのだ。
もう君のことを好きじゃないんだ。
そう思ったことが哀しくて、私は泣きそうになった。
もう好きじゃないんだ。
好きじゃないんだ。
好きじゃないんだ。
私はもう、君のことを好きじゃないんだと思った。
冷めた、というのも違う。
嫌いになった、も違う。
好きじゃなくなっただけだ。
ただそれだけ。
ずっと、好きでいたかった。
君のことを好きなままでいたかった。
好きでいたい。
今も、今この瞬間も君に捧げたい。
好きになろうとした。
好きなままでいようと努力した。
君のいいところを見つけて、君のいいところだけを見て好きになりたかった。
けれど、私の心はどうにも動かなかった。
格好いいな、とは思っても。
笑顔がなんかいいな、なんて思っても、私は君を好きにはならなかった。
好きになれなかった。
もう気持ちなんて何処にもなかった。
「ごめん」
別れよう、と言ってくれたのは君のほうだった。
原因なんて全部私なのに。
それでも君がぜんぶ悪いみたいな空気で、切なそうに言った。
「ごめんね」
「わかってる」
何がわかってるのか君は言わなかった。
不思議と涙は出てこなかった。
もう好きではないんだな、と自分を他人みたいに見つめながら思った。
「じゃあね、……」
君はもう何も言わなかった。
私も言うことは何もなかった。
君は私のことがまだ好きなんだと思う。
自意識過剰かもしれないけど、でも確かに君は私が好きだ。
その気持ちに応えられなくて申し訳ないような気になる。
だからってすぐ好きになれるわけじゃないけれど。
好きでいられた日々は毎日が楽しかった。
バス停にいれば必ず君は来てくれたし、君と話ができた。
今はモノトーンの毎日が流れているだけだ。
好きでいたかった。
ずっと、好きでいたかった。
君のことを好きなまま日々を過ごしていたかった。
好きになりたい。
君を好きでいたい。
なのに。
なんで好きになれないんだろう。
なんで好きじゃないんだろう。
なんで好きじゃなくなったんだろう。
私は君のことを、ずっと、ずっと好きでいたかった。
ただそれだけだった、はずなのに。
ずっと、好きでいたかったのに。
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