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ひどく陰鬱な空だった。
雲は境目なく広がり、太陽も月も見えない。
乾いた風がフードに入り、ひゅう、と音を立てる。
本屋からの帰り道、僕と雪くんはふたりで歩いていた。
ふたりとも妙に無言で、僕たちの間を風が通り抜けては溝が深まっていくような、そんな気がする。
雪くんがはぁ、と白い息を吐いて、天使って凍ってても天使なんだな、と半分凍った脳でそんなことを思う。
それに比べて僕はなんて醜いのだろう。
こんなことを思うのは暗くてお互いの表情がよく見えないからかもしれない。
不意に雪くんが立ち止まる。
僕はそれに気付くのが遅れて、少し進んでから止まって振り向く。
雪くんを街灯が照らしている。

「黒くんは、」

まるでよくできた映画のワンシーンみたいだった。
雪くんは主人公で、僕はどうしようもない悪役だった。

「好きな人とか、いないの?」

雪くんの息が街灯の無機質な光を反射する。
紫色になりかけている唇が。
真っ白な肌が。
黒い瞳が。
まっすぐに、僕を見ていた。
本当は僕は、雪くんのことが好きなのかもしれない。
一緒にいたい、って思うし、一緒にいてほしい、って思う。
僕のことを考えていてほしい、って思う。
でも。
僕は、悪魔だ。
例え半分天使の血が流れていようとも、僕は悪魔だから。

「悪魔だから、好きな人なんていないよ」

夜が暗くて良かったと思った。
僕の今の表情は鏡を見なくてもわかる。
こんな顔を雪くんには見せられない。

「……そっか」

雪くんも僕と同じような表情をしていた。
僕はその顔を見たくなくて、後ろを振り返って歩き出す。
雪くんが少ししてから歩き出すのが足音でわかった。
足音が止まった。
雪くんが息を飲む音がした。
僕は緩慢な動作で後ろを向く。
向こうとする。
4つの黒い影がどこからともなく現れた。
抵抗する間もなかった。
雪くんの驚いた顔が街灯に光っている。
影は僕を押さえつける。
影がひとつ増えて、僕に歩いてくる。

「俺っち、やりたくてやってるわけじゃないんすよ? 言われただけっすから! 仕方なく、嫌々やってるんすから!」

誰だ。
影が動いて横にいる、とわかった瞬間には首筋に衝撃を感じていた。

「意外と楽いっすね!」

影は性格の悪い笑い声を出す。
世界が暗転する。
目蓋の裏にくっきりと、雪くんの顔が浮かんだ。
あぁ、やっぱり。



好きだなぁ、と。



沈んでいく頭でそんなことを思った。
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