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「貴様は魔界から人間界に逃亡し、その上天使と関係を持った。これに間違いはあるか?」

魔界の歪んだ雰囲気をさらに凝縮したような空間だった。
裁判所のような部屋の真ん中に、僕は立たされていた。
僕の正面で閻魔様が椅子にお座りになっている。

「えっと、……」
「悪魔は嘘をつくものだ。だがこの空間で嘘をついたなら、今すぐその舌を抜くぞ」
「間違い、ありません」
「そうか」

閻魔様は満足気に頷かれる。
傍聴席に座った悪魔がざわめく。

(天使と話したんだってよ)
(穢らわしい)
(儂だったら天使を殺して帰ってくるのに)

「静粛に」

閻魔様が呟きなさると、悪魔は一斉に静まる。

「次の質問だ。貴様は相手が天使だと知りながら一緒にいたのか?」
「初めは知りませんでした」
「初めは、ということは途中からは知っていたのだな」
「……はい」

またざわざわする悪魔。

(天使など皮を剥いで着ぐるみにしてやろう)
(ここはじっくり火で炙って)
(地獄に沈めるという手もあるぞ)

「静粛に」

しん、と暗い空気が張る。

「知っていたのに何故、離れなかったのだ?」
「あー……」

楽しかったから、一緒にいたいと思ったから、離れたくなかったから。
悪魔らしからぬ理由ばかりが浮かぶ。
どれを答えても殺されそうな気がする。

「訊き方を変えよう。貴様、その天使に対してどう思っていた?」

好き、ではないはずだ。
好きなんかじゃない、と思っていた。
好きかも、と思っている。
好きだ。
あぁこれを言ったら地獄に沈められるルートだ。
それに閻魔様に申し上げるなんて雪くんが汚れるようで嫌だ。

「……そうか」

閻魔様は黙ったままの僕を見て、溜め息をおつきになる。

「貴様には半分、」

はんぶん、と聴こえて、僕は後半を察する。
閻魔様のお声が響いている。

「天使の血が流れているらしいな」

そう来るだろう、と思っていた。
事実そう来た。
この後の悪魔の悪魔な反応も予想できた。

(天使と悪魔のハーフだと?)
(生まれてきたこと自体が罪だ)
(何故生きているんだ?)

(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)

僕は悪魔が嫌いだ。
僕は僕が嫌いだ。

(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)

閻魔様は静粛に、を言わない。
悪魔の声はぐるぐるぐるぐる回っている。

(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)
(死ねばいいのに)

「こいつを、」

閻魔様が話される。
悪魔のざわめきが少し小さくなる。

「死刑にしたいと思うが、」

異論はあるか? と言う前に、悪魔から歓声が起こる。
濁った空気が濃くなって、僕は吐きそうになる。
死ぬんだな、と僕は思う。
もう何も感じない。
感じたくない。
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