(ふたりぼっち)

風枝ちよ

文字の大きさ
上 下
14 / 17

14

しおりを挟む
今日は曇り。
犬を大量に拾ってきた。
近所を歩くと路地裏とか公園とか意外に多かった。
あとはペットショップで害悪を購入した。
空き地に犬を繋いだ。
ワンとかギャンとかクゥンとか鳴いてて五月蝿いけどイヤホン持ってきたから多分大丈夫。
ついでにノコギリも持ってきた。
イヤホンを端末に差して、適当な曲をかける。
無限再生をセットする。
耳に音が注がれて、脳が揺れる。
最高の惨殺日和だ。
雲がどんよりと落ちてきて薄い影をつくる。
僕はひとつ犬を掴む。
キャウ、と鳴くのがイヤホンの外側から聞こえて、僕が繋いでいた紐を切ると解放されて安心する。
生きることからも解放してあげるよ、僕は偽善者みたいなことを呟いてノコギリを掴む。
僕が今からやろうとしていることは正義であり、それは絶対的正義ではなくとも個人的正義であって、この世界に正義がないのなら僕がつくっていくしかなくて、でも大きいことはできないから小さいことから始める。
言い訳と自己正当化はこれくらいにして正義執行に入ろう。
犬を掴んでいる手も疲れてきた。
犬を地面に置く。
草がさわ、と風に吹かれる。
犬の不安そうな鳴き声がイヤホンを透ける。
ノコギリを首に当てて引く。
毛が逆立ってギャウ、犬が吠えてイヤホンを突き破る。
血液がぷし、と飛んで僕の足が赤く染められる。
その赤い足で犬の腹を押さえる。
ガフッ、犬の口から血の固まりが吐き出される。
ノコギリを引き、強く押し込む。
引いているとコツ、と何かに当たって、多分骨、そのまま引き続けたらゴリッと切れて首が落ちる。
指示系統を失った胴体は雑に暴れ、突然ぴたりと動かなくなる。
首から血液が流れ出す。
遺された犬が同胞の死を悲しんで吠える。
端末を触り音量を上げると外の音はもう入ってこなくて、ただ弾けたようなロックバンドの音が空っぽの心臓を満たす。
曲が2週目に入る。
聴き慣れた前奏と、ボーカルの叫び声が耳に飛び込む。
僕は2個目の犬を掴む。
されることがわかってそうな犬はビクッとなって暴れ出す。
僕は少しだけ楽しくなって、犬を土に押し付ける。
バタバタと足が動き、草のかけらが舞う。
ノコギリを叩きつける。
また暴れて草が舞って血液が流れて、動かなくなる。
もしかすると僕は、犬を殺すことに快感を覚え始めているのかもしれない。
君のためとか正義とか害悪駆除とかじゃなくて、自分の楽しみのためだけに犬を殺しているのかもしれない。
苦痛に歪む表情とか出てくる血液とか内臓とか。
それを見るのが楽しい。
いや、もっと。
弱者である犬に対して完全に上位に立てたという快感。
ちいさな命を弄んで握り潰す快感。
そういう快感を感じているのだろう。
楽しい。
僕は生まれて初めて、楽しさを知った。
楽しかった。
犬を殺すことが楽しかった。
もっと殺そうと思った。
殺したかった。
死を見たかった。
僕の汚れきったこの手で、ちいさな命を刈り取りたかった。
僕はそろそろ大型犬に取り組む。
曲は3週目の中盤に差し掛かって、ボーカルの落ち着こうとした声が流れてくる。
ギターが一瞬ミスをする。
そのミスを隠そうとドラムが音を大きくして、ボーカルは不自然なくらい唐突に叫んで誤魔化そうとする。
大型犬は暴れると怖いから繋いだまま殺そう。
死ね害悪。
僕はノコギリを持って近付く。
大型犬が睨んでくる。
ノコギリを軽く前足に刺す。
バウッ、吠えたのがボーカルの叫び声に掻き消される。
背中を切る、後ろ足を切る、首を切る。
僕の口角が自然に上がっていくのを感じる。
暴れれば暴れるほど傷口から血液が噴く。
動く噴水くんは紐の半径で円を描く。
赤い丸ができる。
噴水くんは動かない噴水くんになって、赤い池の中に沈む。
僕は大型犬の首を落とす。
僕は大型犬の前足を落とす後ろ足を落とす仰向けにして腹を開いて内臓を引きずり出す。
舌を千切る開いた口に石を詰めてみる。
尻尾を切る。
噴水くんはバラバラ死体になって、まるでそれは赤いバラの花びらみたいに。
どちらかというとバラ肉に近いのかもしれないけど。
僕はバラを踏んでミンチにする。
足裏に柔らかい感触。
曲はもう何周目かわからない。
ボーカルの叫び声と、失敗し続けるギターと、大きなドラムと、存在感のないベースが僕の耳に巣をつくる。
僕はミンチを踏む。
空が落ちてくる。
しおりを挟む

処理中です...