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そのへんを歩いたら犬なんてわんさか転がっているかと思うと全然そんなことはなくて、気付いたら僕は梅雨の1日を無駄に消費してしまっていて、僕の頬に流れているのは何かと訊かれたらそれは雨。
僕は犬を殺さなくてはならない。
それは義務だ。僕にその権利はないかもしれないけど。
でも君が言ったことなら、それは絶対になる。
残りは明日にしよう、と思った。
残りも何も、今日は進んでいないのだけれど。
僕はずぶ濡れになりながら冷たいアスファルトを踏む。
ぴちゃ、と水が跳ねて波紋が生まれて、すぐに他の波紋が重なる。
たくさんの雨粒が落ちてきて波紋が生まれて広がって重なって、やがて目では追えなくなる。
僕は雨の隙間を歩く。
途中で、なんとなく公園に入った。
犬を探していたわけではなく、休みたいわけでも遊びたいわけでもなく。
僕は濡れた公園に入った。
ブランコがひとつ規則的に揺れていて、滑り台には川が流れていた。
ボケ要員として滑り台なんて敵だな、と思う。
ここで叫んだとしても雨が消してくれるかな、と思う。
雨に悪いかな、とも思う。
砂場には雨が溜まっていて、泥水が波をつくる。
その横に、ダンボール箱が見えた。
かぼちゃって大きく書いてあったから農家の人が置き忘れたのか、もしくはヤンキーがダンボールに落書きしたんだろう。
近付くとどちらでもなかった。
犬である。
ちいさな仔犬が2匹、毛を濡らしていた。
そうかこれがかぼちゃか。
僕はひとつのかぼちゃを掴む。
クゥン、と不安そうに鳴く。
撫でてあげると眼を閉じて幸せそうな顔をした。
死ぬのかな。
その前に殺すんだけど。
仔犬ならヒトよりも、大人の犬よりも殺しやすいだろう。
僕は仔犬を滑り台の上に置く。
滑り台ってこんなに低かったっけ、と思う。
昔はこれの何が楽しかったのだろう。
僕はカバンから包丁を出す。
外出するときに必ず包丁を持つ僕は前世が料理人だったのかもしれない。
包丁が雨を吸う。
クゥン、また犬が鳴く。
確かに五月蝿いな、と思う。
とりあえず胴体を横に切る。
キャンッ、犬が喚く。
五月蝿い。
血液が流れて、川に混じって細く落ちる。
雨に薄まって広がる。
犬が暴れて、滑り台の頂上が赤くなる、雨に流れる。
びしゃ、と水が跳ねる。
僕は犬の首に包丁を刺す。
ギャウッ、犬が叫んで暴れて、止まる。
正義その1、終わり。
続いて正義その2。
僕はダンボール箱に歩き、もう一匹の仔犬を掴む。
ひとりになって寂しかっただろう、すぐにもうひとりのところに連れて行ってあげるからね、と頭のネジが全部外れて木工用ボンドで止めた人のようなことを言う。
僕の頭のネジはもう錆びているのだろう。
滑り台に行くのはもう面倒で、僕は仔犬を砂場の淵に置く。
砂場の中は濁流が渦巻いていて、人知を超えた、みたいな。
人間の力で鎮めるのは無理そう。
僕は仔犬に包丁を突き刺す。
ちいさな身体にちいさな穴が開いて、血液が水鉄砲みたいに噴き出す。
血液が泥に混ざって、弱い赤は茶色に飲まれる。
仔犬の口が開き、舌が伸びる。
目が焦点を失い、虚ろな表情をつくる。
冷たいかぼちゃを濁流に投げると、すぐに飲み込まれて見えなくなる。
正義その2、終わり。
僕は君の正義だ。
僕が公園に入ったのは、かぼちゃを食べたいのでも何でもなくて、ただ昔に戻りたかっただけなのかもしれない。
砂場で三角錐をつくり続けた、あの頃に。
もう一度、行きたかったのかもしれない。
砂場に入れば、あの頃の君がまた来ると思ったのかもしれない。
だから僕は公園に入ったのかもしれない、
かもしれない、かもしれない。
でも君の砂場は。
砂と水と赤が混ざって汚くなって。
あの中に入れば、どんなに美しい君も汚くなってしまうだろう。
犬を2匹殺して刻んでも世界は変わらないかもしれない。
明日も犬は吠えるだろうし、喚くだろう。
でも、せめて君の周りだけでも。
君の生活範囲内だけでも平和になれば。
そうしたら君はずっと美しくなれるだろう。
僕の来世の、その次がもし犬だったなら、僕は喜んで死を選ぼう。
自分を殺して君を生かそう。
僕は犬を殺さなくてはならない。
それは義務だ。僕にその権利はないかもしれないけど。
でも君が言ったことなら、それは絶対になる。
残りは明日にしよう、と思った。
残りも何も、今日は進んでいないのだけれど。
僕はずぶ濡れになりながら冷たいアスファルトを踏む。
ぴちゃ、と水が跳ねて波紋が生まれて、すぐに他の波紋が重なる。
たくさんの雨粒が落ちてきて波紋が生まれて広がって重なって、やがて目では追えなくなる。
僕は雨の隙間を歩く。
途中で、なんとなく公園に入った。
犬を探していたわけではなく、休みたいわけでも遊びたいわけでもなく。
僕は濡れた公園に入った。
ブランコがひとつ規則的に揺れていて、滑り台には川が流れていた。
ボケ要員として滑り台なんて敵だな、と思う。
ここで叫んだとしても雨が消してくれるかな、と思う。
雨に悪いかな、とも思う。
砂場には雨が溜まっていて、泥水が波をつくる。
その横に、ダンボール箱が見えた。
かぼちゃって大きく書いてあったから農家の人が置き忘れたのか、もしくはヤンキーがダンボールに落書きしたんだろう。
近付くとどちらでもなかった。
犬である。
ちいさな仔犬が2匹、毛を濡らしていた。
そうかこれがかぼちゃか。
僕はひとつのかぼちゃを掴む。
クゥン、と不安そうに鳴く。
撫でてあげると眼を閉じて幸せそうな顔をした。
死ぬのかな。
その前に殺すんだけど。
仔犬ならヒトよりも、大人の犬よりも殺しやすいだろう。
僕は仔犬を滑り台の上に置く。
滑り台ってこんなに低かったっけ、と思う。
昔はこれの何が楽しかったのだろう。
僕はカバンから包丁を出す。
外出するときに必ず包丁を持つ僕は前世が料理人だったのかもしれない。
包丁が雨を吸う。
クゥン、また犬が鳴く。
確かに五月蝿いな、と思う。
とりあえず胴体を横に切る。
キャンッ、犬が喚く。
五月蝿い。
血液が流れて、川に混じって細く落ちる。
雨に薄まって広がる。
犬が暴れて、滑り台の頂上が赤くなる、雨に流れる。
びしゃ、と水が跳ねる。
僕は犬の首に包丁を刺す。
ギャウッ、犬が叫んで暴れて、止まる。
正義その1、終わり。
続いて正義その2。
僕はダンボール箱に歩き、もう一匹の仔犬を掴む。
ひとりになって寂しかっただろう、すぐにもうひとりのところに連れて行ってあげるからね、と頭のネジが全部外れて木工用ボンドで止めた人のようなことを言う。
僕の頭のネジはもう錆びているのだろう。
滑り台に行くのはもう面倒で、僕は仔犬を砂場の淵に置く。
砂場の中は濁流が渦巻いていて、人知を超えた、みたいな。
人間の力で鎮めるのは無理そう。
僕は仔犬に包丁を突き刺す。
ちいさな身体にちいさな穴が開いて、血液が水鉄砲みたいに噴き出す。
血液が泥に混ざって、弱い赤は茶色に飲まれる。
仔犬の口が開き、舌が伸びる。
目が焦点を失い、虚ろな表情をつくる。
冷たいかぼちゃを濁流に投げると、すぐに飲み込まれて見えなくなる。
正義その2、終わり。
僕は君の正義だ。
僕が公園に入ったのは、かぼちゃを食べたいのでも何でもなくて、ただ昔に戻りたかっただけなのかもしれない。
砂場で三角錐をつくり続けた、あの頃に。
もう一度、行きたかったのかもしれない。
砂場に入れば、あの頃の君がまた来ると思ったのかもしれない。
だから僕は公園に入ったのかもしれない、
かもしれない、かもしれない。
でも君の砂場は。
砂と水と赤が混ざって汚くなって。
あの中に入れば、どんなに美しい君も汚くなってしまうだろう。
犬を2匹殺して刻んでも世界は変わらないかもしれない。
明日も犬は吠えるだろうし、喚くだろう。
でも、せめて君の周りだけでも。
君の生活範囲内だけでも平和になれば。
そうしたら君はずっと美しくなれるだろう。
僕の来世の、その次がもし犬だったなら、僕は喜んで死を選ぼう。
自分を殺して君を生かそう。
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