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カゲメ
カゲメ4
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「本当にリカとジューダスはいるのかな?」
街灯だけが照らす道を、そう呟きながら歩く。周りを見ても『カゲメ』どころか、リカとジューダスの姿すら確認することができない。本当はいないのではないかと思っても仕方がない。
昨日は家の近くの街灯の下に姿を現したのだから、今日は必ず襲われる。
「大丈夫。襲われても死なない可能性だってあるんだから」
もしもリカとジューダスが近くにいなくて、襲われてしまっても死なないかもしれないと思っておかないと不安だった。姿が見えないだけで不安になるとは思ってもいなかった。
でも、前回だって助けてくれた。近くにいないとしても助けてくれるから大丈夫。
暗い影は注意して、誰もいないことを確認してから進む。相手は人間ではないのだから、突然現れてもおかしくはないのだけれど、今まで街灯の側にいることを確認していたので待ち伏せしている可能性が高いと思う。
どこかの街灯の下で待ち伏せをして、私を待っている。それを確認したら走り抜けよう。追いかけてくるだろうけれど、2人が来るまでの時間稼ぎにはなるだろう。
「でも、周りの家の電気がついてないんだよね」
これは『キリヒト様』の時と同じ現象ではないかと思ったけれど、今歩いている道に入った時から街灯以外の明かりはなかった。だから、偶然なのかもしれないと思っていた。
しかし、家の電気がついていないだけではなく曲がり角すらない。
やっぱり、ここは霊界なのだ。自分の姿が見えるようにと『カゲメ』が私をここへと連れて来た。この道に入る前は普通の変わりない道だったということは、この道で私が来るのを待ち構えていたことになる。
「どうやったら抜けられるんだろう?」
「無理だろ」
1人しかいないと思っていたら声が聞こえた。それはジューダスのものだったけれど、姿は見えない。どこにいるのだろうかと周りを見ると、突然私の右横の壁からジューダスは現れた。
幽霊だから壁は通り抜けられる。そうだとしても驚いてしまい、声が出なかった。
ジューダスの後ろからリカも現れ、私を見ると驚いている顔を見てくすりと笑ってから軽く手を振った。
「驚かさないでよ」
「私達は幽霊だから、驚かすことが仕事なのよ」
「幽霊は霊界に簡単に入れるからな」
2人は私の後ろからついて来ていたようで、曲がり角を曲がってから姿が見えなくなったという。
けれど、道を少し進むと道の真ん中に霊界へとつ上がる道があったのだという。私は手前にあったその道に入り、ここへと連れてこられた。
しかし2人が見た時には無くなっていた。それでも『カゲメ』はいくつかの霊界へと繋がる道を用意していた。その1つから2人はここへ来た。
それなら、他の道に私以外の誰かが入ってしまうことはないのか。
「狙われていない人以外はここへは入れないから、多く用意していても大丈夫よ。それにそのうち消えるものだからね。私達幽霊は簡単に入れちゃうけれど」
『キリヒト様』の時と同じように私以外の人間はここにはいない。私以外の誰かがいるとするなら、リカとジューダス。そして、『カゲメ』だけだろう。
狙われていない人以外入ってこれないことに安心した。今狙われている人間は私だけということなのだろう。
けれど、『キリヒト様』のように複数人狙うことができるのかもしれない。そうするとここに私以外いないのは、別の場所で襲われているからかもしれない。
「他に狙われてる人もいるの?」
「『カゲメ』が『黒い女』だとすると、複数人を同時に狙うことはできないわ。だから、今は奏だけだと思う」
その言葉に安心した。ここで『カゲメ』を成仏させるか、『キリヒト様』のように憑りついている何かを壊してしまえばいい。そうすれば、再生する前に噂話は無くなるだろう。
噂話が無くなれば『カゲメ』が姿を現すことは無くなる。
そう思った時だった。金属音が耳に届いた。小さな音だったけれど、それはだんだんと近づいてくる。音が聞こえるのは、私が進んでいた前方からだった。
私達以外の何かがもの音をたてるのだとしたら、それが何かは理解している。
金属音をさせながらゆっくりと近づいてくるそれが何処にいるかは分かっていた。それの近くの明かりがついている街灯が消えるからだ。通りすぎると明かりがついて、別の街灯が消える。
ゆっくりと近づいてきたそれの姿が確認できるようになる。長い髪で顔を隠している女性のように見える。黒いコートを着ていて、全身がまるで影のように黒い。唯一黒くないのは、髪の隙間から見える赤い目くらいだろう。
「やっぱり、『黒い女』だったのね。まだ……」
そう言ったリカの声は少し悲しそうだった。元々知っている幽霊が悪霊になってしまったからだろう。
左手に持ったナイフを歩きながら壁にぶつけて、金属音が響く。ナイフは刃こぼれしておらず、綺麗に街灯の明かりを反射して輝いている。
もしかすると、『キリヒト様』のようにナイフにつ憑りついているのかもしれない。だから刃こぼれもしていないし、錆てもいないのだろう。
大きく左腕を振ると、私達がいる電柱の1つ前の電柱にナイフを当てた。そして立ち止まると、まるでどうして狙っていない人がいるのとでも言うように首を傾げた。
そしてもう一度ナイフを電柱に当てると、ゆっくりと近づいてきた。考えることを止めたのか、気にすることを止めたのかは分からない。それでも、真っ直ぐ私に向かって来ていることだけは分かる。
「私は醜い。綺麗、綺麗な顔……」
近づいてきて漸く『カゲメ』が何かを言っていることに気がついた。小さくて聞き取りにくかったけれど、はっきりと聞こえた。
たしか、私は醜いって言葉は『黒い女』が言っていた言葉。変わってしまったとしても、その言葉を言い続けているんだ。
けれど、どうしてその言葉を口にするのだろうか。
私は知らないけれど、リカの様子からすると言葉の意味を知っているようだった。
「はじめまして、『カゲメ』。『黒い女』と呼んだ方がいいかしら? それとも、八神茜さんと呼んだ方がいいかしら?」
その言葉に『カゲメ』が反応して立ち止まった。視線を私からリカへと移して首を傾げた。
赤い目に見られてもリカは臆することなく、近づいて行く。止めようと伸ばした手はジューダスによってリカに届くことはなかった。
どうして止めるのかとジューダスを見ると、ジューダスは大丈夫だとでも言うかのように頷いた。
たとえ大丈夫だと言われても不安だった。リカはジューダスのように武器を持っていないのだ。それなのに相手はナイフを持っている。幽霊だから怪我をしないのかもしれないけれど、もしかすると幽霊であっても相手も同じ幽霊。ナイフが刺さらないとは言えなかった。
「話して解決できるのなら、リカに任せた方がいい」
何事もなく済むのなら、それがいい。手を下して、何も言わずにリカと『カゲメ』を見た。リカの言葉に『カゲメ』は何も返さない。
「貴方は私のことを知らないだろうけれど、私はよく知っているわ。だって、貴方も私を同じ『キリヒト様』の被害者だもの」
「リカと同じ……」
「俺は知らないけれどな。人間達には興味がなかったから」
そう言ってリカと『カゲメ』を見るジューダス。本当に『カゲメ』が『キリヒト様』の被害者だとするのなら、いつ殺されたのだろうか。
リカより前なのか、それとも後なのか。
「私は貴方とは違って自分で願ってはいないの。友達が勝手に願って、私は殺された」
リカの話を『カゲメ』は何も言わずに黙って聞いている。ナイフを持つ手を下して、リカの話に耳を傾けているようだった。
「貴方のことは、知っているわ。だって、一番最初に殺された人間だったんだもの」
そうだったんだ。『カゲメ』は最初に『キリヒト様』に殺された人間。それなら、どうして今は悪霊になっているのだろうか。
幽霊として彷徨っている期間が長すぎて、悪霊になってしまっただけなのだろうか。
「貴方は昔と同じように、まだ自分の顔が醜いって思っているのね」
そう言うとリカは『カゲメ』に近づいて両手を持ち上げて、『カゲメ』の隠れている顔に触れた。ゆっくりとした動作で髪を避けて、見えた顔に息を呑んだ。
彼女の顔は傷だらけで、元の顔がどのようなものだったのかすら分からなかった。その傷はどれも刺されたもののように見える。
それが彼女の死因なのだろう。
「刺された傷?」
そう呟いて、もしかしてと思った。『キリヒト様』はハサミで彼女の顔を刺したのではないだろうか。彼女は顔を気にしているようだったから、『キリヒト様』に顔を綺麗にしてほしいと願ったかもしれない。
そうだとすれば、彼女は顔を斬られずに刺されたのかもしれない。どうして顔を綺麗にしてほしいと願ったのかは分からないけれど、これだと以前の顔の方がいいに決まっている。
「元々貴方の額にあった傷は、子供の頃に弟を守ってできた傷でしょう? それがあっても、貴方は綺麗だったじゃない」
「綺麗?」
リカの言葉に反応した『カゲメ』が首を傾げた。私は本当の顔を見たことはないから知らないのだけれど、もしかするとリカは新聞やテレビで彼女の顔を見たことがあるのかもしれない。
だから綺麗というのだろう。今の顔を見ると綺麗だったことは分からない。嘘を言っているようには見えないし、彼女の額に傷があったと言っているのだから、リカは調べたこともあるのだろう。
「貴方は綺麗よ。貴方のことを醜いと言っていた人は、傷があっても綺麗であり続ける貴方に嫉妬していたのでしょうね。貴方は、誰よりも綺麗よ」
その言葉を聞いた瞬間、『カゲメ』は目を見開いた。
赤い目が徐々に茶色に変わっていくと、顔にあった刺し傷が消えていく。そして全ての刺し傷が消えると、額に残る傷だけを残して『カゲメ』は普通の人間のような見た目になった。
ゆっくりと目を閉じて、微笑むとその目からは涙が流れた。
「ありがとう。そう言ってくれる人に会えたのは、はじめて。ずっとその言葉を聞きたかった」
そう言うと、彼女の体は白い光に包まれて消えていった。
「消えた……」
「成仏したんだ」
「彼女はその言葉が聞きたかっただけなの。だから、悪霊になんかなるはずはないの」
顎に手を当てて考え込んだリカは暫く黙ってしまった。けれどすぐに振り返ると真っ直ぐ私を見た。その目は真剣で、寧ろ怖いと思えるほどだった。
「『カゲメ』の噂って友達から聞いたんだっけ?」
「うん。そうだけど……」
「それなら、その子に何処で聞いたのか聞いてもらってもいいかしら?」
「いいけど、どうして?」
「明日話すわ」
それだけを言うとリカは道を進み始めた。どうやら神社に帰るようで、私もいい加減帰らないと家族が心配するからとジューダスを見てからリカの後ろについて行った。
ジューダスは何も言わずに私の後ろについてくる。もしかするとジューダスは、リカがどうしてあんなことを聞いてほしいと言ったのかを理解しているのかもしれない。
私には分からなかったけれど、明日教えてくれるのなら、放課後に神社へ行けばいい。
明かりのついた家の窓を視界に入れながらそう思い、家へと向かって歩いた。
街灯だけが照らす道を、そう呟きながら歩く。周りを見ても『カゲメ』どころか、リカとジューダスの姿すら確認することができない。本当はいないのではないかと思っても仕方がない。
昨日は家の近くの街灯の下に姿を現したのだから、今日は必ず襲われる。
「大丈夫。襲われても死なない可能性だってあるんだから」
もしもリカとジューダスが近くにいなくて、襲われてしまっても死なないかもしれないと思っておかないと不安だった。姿が見えないだけで不安になるとは思ってもいなかった。
でも、前回だって助けてくれた。近くにいないとしても助けてくれるから大丈夫。
暗い影は注意して、誰もいないことを確認してから進む。相手は人間ではないのだから、突然現れてもおかしくはないのだけれど、今まで街灯の側にいることを確認していたので待ち伏せしている可能性が高いと思う。
どこかの街灯の下で待ち伏せをして、私を待っている。それを確認したら走り抜けよう。追いかけてくるだろうけれど、2人が来るまでの時間稼ぎにはなるだろう。
「でも、周りの家の電気がついてないんだよね」
これは『キリヒト様』の時と同じ現象ではないかと思ったけれど、今歩いている道に入った時から街灯以外の明かりはなかった。だから、偶然なのかもしれないと思っていた。
しかし、家の電気がついていないだけではなく曲がり角すらない。
やっぱり、ここは霊界なのだ。自分の姿が見えるようにと『カゲメ』が私をここへと連れて来た。この道に入る前は普通の変わりない道だったということは、この道で私が来るのを待ち構えていたことになる。
「どうやったら抜けられるんだろう?」
「無理だろ」
1人しかいないと思っていたら声が聞こえた。それはジューダスのものだったけれど、姿は見えない。どこにいるのだろうかと周りを見ると、突然私の右横の壁からジューダスは現れた。
幽霊だから壁は通り抜けられる。そうだとしても驚いてしまい、声が出なかった。
ジューダスの後ろからリカも現れ、私を見ると驚いている顔を見てくすりと笑ってから軽く手を振った。
「驚かさないでよ」
「私達は幽霊だから、驚かすことが仕事なのよ」
「幽霊は霊界に簡単に入れるからな」
2人は私の後ろからついて来ていたようで、曲がり角を曲がってから姿が見えなくなったという。
けれど、道を少し進むと道の真ん中に霊界へとつ上がる道があったのだという。私は手前にあったその道に入り、ここへと連れてこられた。
しかし2人が見た時には無くなっていた。それでも『カゲメ』はいくつかの霊界へと繋がる道を用意していた。その1つから2人はここへ来た。
それなら、他の道に私以外の誰かが入ってしまうことはないのか。
「狙われていない人以外はここへは入れないから、多く用意していても大丈夫よ。それにそのうち消えるものだからね。私達幽霊は簡単に入れちゃうけれど」
『キリヒト様』の時と同じように私以外の人間はここにはいない。私以外の誰かがいるとするなら、リカとジューダス。そして、『カゲメ』だけだろう。
狙われていない人以外入ってこれないことに安心した。今狙われている人間は私だけということなのだろう。
けれど、『キリヒト様』のように複数人狙うことができるのかもしれない。そうするとここに私以外いないのは、別の場所で襲われているからかもしれない。
「他に狙われてる人もいるの?」
「『カゲメ』が『黒い女』だとすると、複数人を同時に狙うことはできないわ。だから、今は奏だけだと思う」
その言葉に安心した。ここで『カゲメ』を成仏させるか、『キリヒト様』のように憑りついている何かを壊してしまえばいい。そうすれば、再生する前に噂話は無くなるだろう。
噂話が無くなれば『カゲメ』が姿を現すことは無くなる。
そう思った時だった。金属音が耳に届いた。小さな音だったけれど、それはだんだんと近づいてくる。音が聞こえるのは、私が進んでいた前方からだった。
私達以外の何かがもの音をたてるのだとしたら、それが何かは理解している。
金属音をさせながらゆっくりと近づいてくるそれが何処にいるかは分かっていた。それの近くの明かりがついている街灯が消えるからだ。通りすぎると明かりがついて、別の街灯が消える。
ゆっくりと近づいてきたそれの姿が確認できるようになる。長い髪で顔を隠している女性のように見える。黒いコートを着ていて、全身がまるで影のように黒い。唯一黒くないのは、髪の隙間から見える赤い目くらいだろう。
「やっぱり、『黒い女』だったのね。まだ……」
そう言ったリカの声は少し悲しそうだった。元々知っている幽霊が悪霊になってしまったからだろう。
左手に持ったナイフを歩きながら壁にぶつけて、金属音が響く。ナイフは刃こぼれしておらず、綺麗に街灯の明かりを反射して輝いている。
もしかすると、『キリヒト様』のようにナイフにつ憑りついているのかもしれない。だから刃こぼれもしていないし、錆てもいないのだろう。
大きく左腕を振ると、私達がいる電柱の1つ前の電柱にナイフを当てた。そして立ち止まると、まるでどうして狙っていない人がいるのとでも言うように首を傾げた。
そしてもう一度ナイフを電柱に当てると、ゆっくりと近づいてきた。考えることを止めたのか、気にすることを止めたのかは分からない。それでも、真っ直ぐ私に向かって来ていることだけは分かる。
「私は醜い。綺麗、綺麗な顔……」
近づいてきて漸く『カゲメ』が何かを言っていることに気がついた。小さくて聞き取りにくかったけれど、はっきりと聞こえた。
たしか、私は醜いって言葉は『黒い女』が言っていた言葉。変わってしまったとしても、その言葉を言い続けているんだ。
けれど、どうしてその言葉を口にするのだろうか。
私は知らないけれど、リカの様子からすると言葉の意味を知っているようだった。
「はじめまして、『カゲメ』。『黒い女』と呼んだ方がいいかしら? それとも、八神茜さんと呼んだ方がいいかしら?」
その言葉に『カゲメ』が反応して立ち止まった。視線を私からリカへと移して首を傾げた。
赤い目に見られてもリカは臆することなく、近づいて行く。止めようと伸ばした手はジューダスによってリカに届くことはなかった。
どうして止めるのかとジューダスを見ると、ジューダスは大丈夫だとでも言うかのように頷いた。
たとえ大丈夫だと言われても不安だった。リカはジューダスのように武器を持っていないのだ。それなのに相手はナイフを持っている。幽霊だから怪我をしないのかもしれないけれど、もしかすると幽霊であっても相手も同じ幽霊。ナイフが刺さらないとは言えなかった。
「話して解決できるのなら、リカに任せた方がいい」
何事もなく済むのなら、それがいい。手を下して、何も言わずにリカと『カゲメ』を見た。リカの言葉に『カゲメ』は何も返さない。
「貴方は私のことを知らないだろうけれど、私はよく知っているわ。だって、貴方も私を同じ『キリヒト様』の被害者だもの」
「リカと同じ……」
「俺は知らないけれどな。人間達には興味がなかったから」
そう言ってリカと『カゲメ』を見るジューダス。本当に『カゲメ』が『キリヒト様』の被害者だとするのなら、いつ殺されたのだろうか。
リカより前なのか、それとも後なのか。
「私は貴方とは違って自分で願ってはいないの。友達が勝手に願って、私は殺された」
リカの話を『カゲメ』は何も言わずに黙って聞いている。ナイフを持つ手を下して、リカの話に耳を傾けているようだった。
「貴方のことは、知っているわ。だって、一番最初に殺された人間だったんだもの」
そうだったんだ。『カゲメ』は最初に『キリヒト様』に殺された人間。それなら、どうして今は悪霊になっているのだろうか。
幽霊として彷徨っている期間が長すぎて、悪霊になってしまっただけなのだろうか。
「貴方は昔と同じように、まだ自分の顔が醜いって思っているのね」
そう言うとリカは『カゲメ』に近づいて両手を持ち上げて、『カゲメ』の隠れている顔に触れた。ゆっくりとした動作で髪を避けて、見えた顔に息を呑んだ。
彼女の顔は傷だらけで、元の顔がどのようなものだったのかすら分からなかった。その傷はどれも刺されたもののように見える。
それが彼女の死因なのだろう。
「刺された傷?」
そう呟いて、もしかしてと思った。『キリヒト様』はハサミで彼女の顔を刺したのではないだろうか。彼女は顔を気にしているようだったから、『キリヒト様』に顔を綺麗にしてほしいと願ったかもしれない。
そうだとすれば、彼女は顔を斬られずに刺されたのかもしれない。どうして顔を綺麗にしてほしいと願ったのかは分からないけれど、これだと以前の顔の方がいいに決まっている。
「元々貴方の額にあった傷は、子供の頃に弟を守ってできた傷でしょう? それがあっても、貴方は綺麗だったじゃない」
「綺麗?」
リカの言葉に反応した『カゲメ』が首を傾げた。私は本当の顔を見たことはないから知らないのだけれど、もしかするとリカは新聞やテレビで彼女の顔を見たことがあるのかもしれない。
だから綺麗というのだろう。今の顔を見ると綺麗だったことは分からない。嘘を言っているようには見えないし、彼女の額に傷があったと言っているのだから、リカは調べたこともあるのだろう。
「貴方は綺麗よ。貴方のことを醜いと言っていた人は、傷があっても綺麗であり続ける貴方に嫉妬していたのでしょうね。貴方は、誰よりも綺麗よ」
その言葉を聞いた瞬間、『カゲメ』は目を見開いた。
赤い目が徐々に茶色に変わっていくと、顔にあった刺し傷が消えていく。そして全ての刺し傷が消えると、額に残る傷だけを残して『カゲメ』は普通の人間のような見た目になった。
ゆっくりと目を閉じて、微笑むとその目からは涙が流れた。
「ありがとう。そう言ってくれる人に会えたのは、はじめて。ずっとその言葉を聞きたかった」
そう言うと、彼女の体は白い光に包まれて消えていった。
「消えた……」
「成仏したんだ」
「彼女はその言葉が聞きたかっただけなの。だから、悪霊になんかなるはずはないの」
顎に手を当てて考え込んだリカは暫く黙ってしまった。けれどすぐに振り返ると真っ直ぐ私を見た。その目は真剣で、寧ろ怖いと思えるほどだった。
「『カゲメ』の噂って友達から聞いたんだっけ?」
「うん。そうだけど……」
「それなら、その子に何処で聞いたのか聞いてもらってもいいかしら?」
「いいけど、どうして?」
「明日話すわ」
それだけを言うとリカは道を進み始めた。どうやら神社に帰るようで、私もいい加減帰らないと家族が心配するからとジューダスを見てからリカの後ろについて行った。
ジューダスは何も言わずに私の後ろについてくる。もしかするとジューダスは、リカがどうしてあんなことを聞いてほしいと言ったのかを理解しているのかもしれない。
私には分からなかったけれど、明日教えてくれるのなら、放課後に神社へ行けばいい。
明かりのついた家の窓を視界に入れながらそう思い、家へと向かって歩いた。
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