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14.ギルドマスター

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 急ぎ足でギルドに戻った時には、空はすでに暗くなっていた。建物には明かりが灯り、街灯にも自動で明かりが灯り始めていた。

「お帰りなさい」

 ギルド内に冒険者の姿はなかった。受付にもベルさんしかいない。朝依頼を受けていた冒険者の多くは帰ってきたのかもしれない。だからあとは、ベルさんだけでも作業できるからと一人残っているのだろう。

「思っていたよりもお帰りが遅かったですが、何かありましたか?」
「何かありましたか、じゃないわよ! あの数のレッドコウモリは何!?」
「レッドコウモリ三十匹の討伐ですよね?」

 ノアさんの言葉にベルさんは依頼書を確認して頷いている。
 見ていた依頼書をリカルドに渡すと、たしかに『廃坑に住みついたレッドコウモリ三十匹の討伐』と記載されていた。
 依頼者の一言には、『最近レッドコウモリが飛んでいて、追いかけると廃坑に入って行った。確認するために中に入ると、三十匹ほどのレッドコウモリがいた。被害が出る前に討伐をお願いしたい』と記載されていた。
 いくらなんでも目視で確認して、三十匹と三百匹を間違えるはずがない。依頼者が確認した場所は三百匹以上がいた広い空間ではなく、手前の空間だったのかもしれない。そこで休憩していたレッドコウモリがいて、それが全部だと思ったに違いない。そこにレッドコウモリがいたら、奥まで確認することは無いだろう。

「三十匹だったらよかったんですけどね……」
「違ったんですか?」
「違うからこんなに遅くなったのよ!」

 苦笑いをするノエさんの言葉に、ベルさんは首を傾げた。ノアさんは依頼と違いすぎる数に怒っているようで、リカルドと私にレッドコウモリの切り取った羽を出すように言った。
 そういえば、私が【無限収納インベントリ】を使えることを知った時、ノアさんとノエさんも何も言わなかったな。リカルドが使えるからなのかな?
 けれどあの数をこのまま出すわけにもいかない。床に出すのが一番いいだろうけれど、布などを広げるのがいい。その方が運ぶ時も楽だろう。

「何か大きな布とかありませんか?」
「布ですか? 少し待っていてくださいね」

 そう言うと、ベルさんは受付の後ろにある扉を開いて中に入って行った。部屋の中にはいくつもの棚があり、そこに紙が置かれているのが見えた。
 冒険者が受けた依頼書が置かれているのかもしれない。
 部屋の奥にいるのか、ベルさんが何かを言っている声が聞こえるけれど何を言っているかは分からなかった。二分ほどすると、折りたたまれた白い布を持って戻ってきた。

「以前ギルドのテーブルクロスとして使っていたものです。汚れが落ちないので、何かに使えるかもしれないと思って置いていたものです。これで大丈夫ですか?」

 大きさを確認するために布を受け取り、私たち四人で広げて床に置いてみた。テーブルクロスとして使っていたにしては長くて大きい。ギルドに今は置いていないけれど、大きいテーブルがあったのかもしれない。
 それにしてもこの汚れは何だろう。血のようにも見えるけれど、ギルド内で喧嘩をしてついてしまったのだろうか。気にしても仕方がない。
 大きさ的にも、これだけあれば大丈夫だろう。
 そう思ってリカルドを見ると、リカルドもそう思ったのか頷いていた。【無限収納インベントリ】からレッドコウモリの羽を取り出して、布の上に置くとベルさんが「こんなに!?」と驚いている声が聞こえた。
 三十匹だと思っていたのにそれ以上の数がいたであろう羽の数。驚いて当たり前だろう。

「えっと……こんなにいたんですか?」

 布を用意したのだから、三十匹よりは多いと予想はしていたのだろう。けれど、羽が山のようになるとは思っていなかったに違いない。
 頑張って数えようとしているベルさんだったけれど、すぐに諦めて何かを考えだした。
 依頼は三十匹を討伐だったけれど、それ以上の数を討伐したのだから報酬も増える。だから冒険者が討伐数を言っても、正しいかを確認するために数えなくてはいけない。
 しかし、これを数えると時間がかかる。何かを考えていたベルさんだったけれど、上の階に向かって叫んだ。

「ルーズさーん! これ数えてもらえませんか?」
「分かった」

 小さいけれど、男性の声がすぐに返ってきた。すると、階段を下りてくる音が聞こえた。
 リカルドたちはルーズと呼ばれた男性が誰か分かっているみたいだけれど、私は知らなかった。
 聞いたことのない名前。ゲームにも登場していない人なのかな?
 そう思っていると、一人の男性が下りてきた。一度私を見て軽く頭を下げたので、同じように軽く頭を下げた。
 レッドコウモリの羽を見て「おお。すごいな」と言って、右手を翳した。

「羽の数は六百八十。討伐数は三百四十だな」
「そんなに廃坑に生息していたんですか!?」
「ブルーウルフのこともだが、こんなにレッドコウモリが増えるなんて異常だな」

 魔法で数を確認したらしい。もしかすると【鑑定】で数を確認したのかもしれない。私はできないけれど、数が多いと【鑑定】で見ることができる人がいると聞いたことがある。

「さて、まずは自己紹介だな。初めまして、俺はルーズベル・ヴィクトル。このギルドのマスターをしている。俺のことは好きに呼んでくれ」
「アイ・ヴィヴィアです。貴方のお陰で冒険者になれました。ありがとうございます」

 ルクスの街に来て、ギルドの前にいた私を三階から【鑑定】して冒険者として認めてくれたのはこの人だ。この人のお陰で今の私がここにいる。
 会うことができたらお礼を言おうと思っていた。頭を下げてお礼を言うと、「気にするな。魔族だろうと冒険者になれる素質のある奴は受け入れてるんだ」と言ってくれた。

「でも、ルーズさんが認めてくれなければ今の私はここにいないんです」
「まあ、そうだろうな。俺はアイが何者かを知っているけれど、このギルドの仲間だ。だから、これからもよろしくな」

 そう言ったルーズさんだったけれど、一つだけ引っかかった。
 私が何者かを知っているって? もしかして、【鑑定】しただけで魔王の娘だと知ったの?
 魔王の娘だということを知っていながら受け入れたのだとしたら、今後パパについて何か話せとでも言われるのだろうか。
 不安に思いながらルーズさんを見ると、考えていることが分かったのか小さく笑い、頭を軽く撫でられた。
 それだけだったけれど、この人はそんなことはしないと思えた。

「それと、こんなのもいました」

 そう言うとリカルドは、あの大きいレッドコウモリを取り出した。右手で足を持って、左手で羽を広げている。

「なんて大きさだよ!」

 驚くルーズさんはリカルドからレッドコウモリを受け取り、床に置いた。翼を広げて、大きさを図っている。
 ベルさんも初めて見る大きさだからなのか、少し興奮しているようだ。

「普通のレッドコウモリの三倍はあるな」
「レッドコウモリのボスですか?」
「ボスだとしたら、今までレッドコウモリを討伐した時にいなかったのがおかしいだろう」
「そうですよね……」

 元々こんなにレッドコウモリがいることすらおかしい。
 本来レッドコウモリは、多くてもに十匹ほどの群れで暮らしている。三十匹も多いけれど、その数なら群れで暮らしていてもおかしくはない。近くにいる群れが集まって暮らすこともあるのだから。
 今回もそうだとしたら、多くのレッドコウモリが何処からか移動してきたことになってしまう。

「こいつはこちらで引き取らせてもらう。こいつの報酬は、レッドコウモリ三十匹分でいいか?」
「いいですよ」

 即答したのはノアさんだった。本来ならどのくらい貰えるのか分からないので一匹で、今回の依頼分の報酬が貰えるのなら私もそれで構わなかった。
 引き取ったあとどうなるのかも分からないけれど、どうしてあんなサイズになったのかが分かることはあるのだろうか。

「それで、こいつは誰が討伐したんだい?」

 左手で足を掴んで、右手でレッドコウモリの胸を指差した。そこには何かに突かれたような穴が開いている。
 四人の内誰かが開けたかもしれないから確認のために聞いているのだろう。

「実は、私たちではないのです」
「なら誰が?」
「この子です」

 影からヴィントを呼び出した。大きな翼を羽ばたかせて出てきたヴィントは小さく鳴きながら私に体を押しつけてきた。
 甘えているのだと分かって触ると、嬉しそうな声を出して鳴いた。

「ロック鳥ですか?」
「はい。蔦に引っかかっていたのを助けたらなついてしまったようで……」
「なるほど。それで契約をしたのか」
「契約をしたのは、レッドコウモリを捕まえたあとなんです」
「お礼……だったのか?」
「どうなんでしょう」

 分からないので素直に言った。
 契約する前にレッドコウモリを捕まえたので、お礼と思うのは当然なのかもしれない。

「それにしてもアイさんは【無限収納インベントリ】が使えたり、影に召喚獣を入れていたりとすごいですね」
「すごいんですか?」
「召喚獣は、こんな魔法具に入れていることが多いんだ」

 そう言ってルーズさんはレッドコウモリを床に置くと、自分が身につけているネックレスを見せてくれた。ネックレスには青紫色の魔石が装飾されていた。
 一番大きい魔石を指差して「この中に契約獣が入っているんだ」と教えてくれた。
 闇魔法は使えない人が多く、自分の影の中に召喚獣を入れておくことができないから魔法具に入れて連れて歩くのだという。
 ルーズさんがしているネックレスの魔石の中にも契約獣がいるのだろうけれど、何がいるのかは見ても分からなかった。

「そういえば、アイさんはケルピーとも契約しているんですよね?」
「はい」

 ベルさんに言われて、オアーゼを影から呼び出した。まだ頭絡をつけていなかったので、オアーゼを撫でてからつけた。
 暴れることもなかったので、つけるのは楽だった。

「二匹とも子供だな。ケルピーはもう少し大きくなるだろうが、ロック鳥は何処まで大きくなることか」
「個体によってサイズは変わりますからね」

 今のままでも十分大きいのだけれど、もっと大きくなることは知っていた。けれど、個体によって大きさが変わるというのは初めて知った。
 せめて私たちが背中に乗れるサイズで止まってくれればいいな。

「さて、ギルドカードの更新と報酬を渡しますね」

 出したオアーゼとヴィントの相性も悪くないようで安心した。大人しく並んでノアさんたちに触られているのを見て、この子たちが受け入れられたことに安心した。
 ベルさんにギルドカードを渡すと、全員分を受け取ってから水晶版で操作し始めた。
 更新と報酬の用意に少し時間がかかると言われ、待っている間ルーズさんに質問することにした。

「ルーズさんってヴィクトル領の領主さんと親戚なんですか?」
「親戚じゃなくて、ここの領主は俺だよ」

 ギルドマスターをしていて、ヴィクトルと名乗ったから親戚かと思ったら領主本人だと答えられて何も言うことができなかった。
 どうして領主をしているのに、ギルドマスターをしているの? 領主って暇じゃないはずでしょ!?

「元々ギルドマスターだったんだけど、領主をしていた親父が亡くなってね。跡を継ぐのが俺しかいなかっただけさ」

 声に出ていたのかもしれない。

「領主の仕事はギルドでもできるから、いつも三階の仕事部屋でしてる」

 だから私がギルドに来た時に三階から覗いていたのか。誰かが来たら窓から確認することができる。
 元々ギルドマスターだと言っていたから、領主の屋敷にいるよりも安心するのかもしれない。
 そういえば、ゲームでのギルドマスターと領主って名前はなかったけれど緑の髪をしていた。
 見た目から別人ではあったけれど、ゲームの世界はルーズさんの父親が生きている設定だったのかもしれない。

「領主になったから、ブルーウルフとかの異変も早く知れるんだ」

 他の場所で何かがあれば、領主や国王の耳に先に入る。そこからギルドに情報が入るのだけれど、場合によっては情報より先に、近くでの目撃情報が入ってくることがある。
 しかしこのギルドはギルドマスターと領主が同じということもあり、情報が早いらしい。

「お前たち、明日の依頼はどうするんだ?」
「それは明日決めるけど?」
「それなら、明日は仕事部屋に来てくれ」
「それって……」
「俺から頼みたいことがある」

 ギルドマスターからの依頼は報酬が高い。それと同時に危険でもある。
 誰もすぐに頷こうとはしなかった。けれど、わざわざ私たちに言うということは、私たちなら依頼をこなせると判断したからだろう。

「分かった。みんなもいいね」
「ええ。マスターからの依頼だもの」
「頑張ります」
「時間の指定はありますか?」
「鐘が一回鳴ったら来てくれ」

 私の質問にルーズさんはそう答えた。
 鐘一回。それは時間でいうと、午前九時。鐘が二回鳴ると十二時。三回鳴ると十五時。四回鳴ると十八時で、それ以上鐘が鳴ることは無い。

「お待たせしました」

 四人分に分けられた報酬を持ってきたベルさんの声に、全員の視線がベルさんへと向けられる。

「何かありましたか?」
「いいや、何もないよ。明日はよろしくな」
「分かりました」

 ギルドカードと報酬を受け取ると、それ以上何も言わずに影にオアーゼとヴィントを戻してギルドから出た。
 依頼が何かは分からないけれど、ボードに貼ることができないような内容なのだろう。
 明日は気を引き締めなくてはいけないのかもしれない。
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