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14話 月光草
しおりを挟むガルフレッドと一緒に早い夕食を食べてから、ホミカは仮眠をとった。本当はお風呂にでも入ろうと考えていたのだが、夜は冷えることから風邪を引いては困るとそのまま眠ったのだ。
日付が変わる前にレニーに起こされて、着替えを済ませた。仮眠する前に準備は終わらせていたので、カバンを持って行くだけでいい。薄手の上着を着ると、カバンを持って部屋を出る。
深夜の王宮内を歩いている人は少ない。夜警をしている騎士と擦れ違う程度で、メイドの姿はない。
王宮から出ると、門へと向かう。しかしその途中で、走れば壁を越えられるのではないのかと思い、門へ向けていた足をナジャの森がある方角へと向ける。このまま壁を越えれば橋を渡ってすぐにナジャの森だ。深呼吸をして壁に向かって走ろうとした時、右腕を掴まれる。
「何をしようとしてるんだ」
呆れたような声。振り返らずとも分かる。ガルフレッドだ。
「走って越えられるかなって」
「やめておけ。警報が鳴るぞ」
「警報?」
王宮の壁が低いため、そこから誰かが侵入してきてもおかしくはない。しかし、そこに人が乗れば警報が鳴るようになっているのだという。だからもしもそこにホミカが乗ってしまえば、警報が鳴ってナジャの森へ行くことはできないのだという。
警報が鳴れば、騎士達が集まって説教されるだろう。ヒューバートに呼ばれた薬師のため、疑われることはないとしても、今ナジャの森へ行けないというのは避けたい。
それを聞いてしまえば諦めるしかない。大人しく門へ向かうと、夜警をしているはずのガルフレッドもついて来る。
「持ち場に戻らなくていいの?」
「目を離したら何をするのか分からないから門まで送る」
流石にもう壁を越えて行こうとは考えない。しかし、そう言ってもガルフレッドはついて来るだろう。
大人しく門まで同行してもらうと、「気をつけて行けよ」と言われて別れた。門番は何か言いたそうににやけた顔でホミカとガルフレッドを見ていたが、気にすることなくナジャの森へと向かった。
きっと噂のことを知らなかったのはホミカとガルフレッドくらいなのだろう。レニーは耳が良いから知っていたかもしれないが、それを言ってしまえばガルフレッドもだ。もしかすると彼は知っていながら気にしていないのかもしれない。
(そうだとしたら、私のことは恋愛対象としてはみていないんだろうな)
悲しいような寂しいような気持ちになりながら橋を渡る。夜風が冷たくて、僅かに体が震えた。
正面の満月を見ながら土の道を進む。途中、ルーナという薬草の葉を採取する。朝には採取できなかったが、採取するのに丁度いいサイズまで成長していた。木々の間に隠れるようにして生えていたその薬草も珍しいもので、店には出回ることはない。
10個採取をしてオイルボトルに入れて、朝の原っぱへと向かう。日光だけではなく、月光もよく当たるあの場所になら月光草が生えていると考えたのだ。
魔物に警戒しながら朝と同じ道を通る。明るい時間に通っていない道を行くと迷ってしまう可能性がある。それだけは避けたかった。通っていない道には何があるのか分からないのだ。怪我をすることもある。
月明りに照らされて、前を歩くレニーが良く見える。踏んでしまうような心配もなく、安心して歩くことができた。
原っぱに着くと、月光草はすぐに見つけることができた。朝見つけた、日光草の近くに群生していた。日光草とは違い、月光草には白い花が咲いている。その花が白く輝いて、その場所だけ他よりも明るくなっている。
「綺麗ね」
「ええ」
レニーの言葉に、返事を返して見惚れて止めていた足を動かした。暫くそうしていたかったけれど、これだけ暗いと姿を見なかったといっても魔物がいるかもしれない。夜行性の魔物もいるのだ。ナジャの森にいないとは言えない。
月光草の側にしゃがむと、朝と同じように5個の瓶と園芸用こてを取り出した。土を掘り、根を傷つけないように慎重に土を掘る。5個の月光草を根ごと採取し、土を払って瓶へと入れる。蓋を閉めるとカバンに入れて、新しい3個の瓶とハサミを取り出す。
土を元に戻し、次の作業へ入る。15個の月光草は、ハサミで茎の部分から切る。日光草と同じ理由で、根を残しておくことにより、次の満月の夜までに茎が伸び、葉を生やして花を咲かせることができるのだ。
15個の月光草を5個に分けて、それぞれ瓶に入れて蓋を閉めてからカバンにしまう。園芸用こての土を払い、ハサミと一緒にカバンにしまうと月光草を眺めた。
満月で明るい中でも輝き続ける月光草を目に焼き付ける。飛んでいる虫でさえ輝いて見えるのだから不思議だ。
「戻ろう。寒くなってきた」
「そうね」
動かずにいれば、体が冷えてくる。王宮に着くまで歩いていれば、体も温まるだろうが、これ以上冷えてしまえば体が震えてしまう。それを避けるために帰路に着く。
あまり遅くなると門番やガルフレッドも心配するだろう。土の道に出ると、早足で歩きだした。すると、突然背後から人が近づいてくる気配を感じた。それは、殺気にも似た気配をホミカへと向けて来ていた。
足を止めてゆっくりと振り返ると、いつの間にかその気配の人物は真後ろにいた。
金髪、碧眼の男性が、満月を背負い冷たい目でホミカを見下ろしていた。
「魔物のいる森に猫を連れた女が1人とは……何をしている?」
冷たく聞こえる声に、体が震えそうになる。口を開くと声まで震えそうになるが、震えないように気をつけながら答えた。
「薬草を取りに来たんです」
「そう」
訪ねた本人は、どうでも良さそうに短くそう言った。薬師なのかと問いかけることもしない。もしかすると、聞いているようで聞いていないのかもしれない。ホミカから視線をレニーへと向けると、目を細めた。その視線から逃げるように、レニーはホミカの足に隠れる。隠れたのを見てから視線をホミカへと戻した。
「私はね、久しぶりに帰って来たから散歩をしているんだ。夜の森は危ない。森の外まで送ろう」
微笑みを向けて言う男性。その目は笑ってはいなかった。しかし、拒否することはできない。ホミカは黙って頷くと、先へと歩いて行く男性の後ろを黙ってついて行った。
ホミカは腰まで長い金髪の男性をどこかで見た気がしていたのだが、何処で見たのかを思い出すことができないでいた。隠れるようにして後ろを歩くレニーのことも気にしながら、何も言わない男性の背中を見つめる。ホミカの背後には短い土の道しかなく、柵しかなかったのに男性はどこから現れたのだろう。ホミカ達がいた原っぱとは逆の場所にいて、道に出て来たのかもしれない。しかし、気配がなかったのだ。普通に散歩をしていた人ではないのだろう。
綺麗な顔をしていたのだが、男性のことを何故か怖いと感じていた。何か会話をした方がいいと思っても、何を話せばいいのか分からず言葉は出てこない。
結局一言も会話をすることもなく、橋を渡りきった。
「ここまできたならもう大丈夫だろう。気をつけて家に帰るように」
それだけを言うと、男性は街へ向かって歩いて行った。森から抜けたから安全だとは言っても、女性を置いて行くことにホミカは驚いた。王宮へ戻るだけのため危険なことはない。
けれど、森にいたのがホミカではなく街で暮らしている女性だとしたら。それでも、男性は女性を残して行ってしまうのだろう。たとえ、街で襲われたとしても関係はないのだ。
男性の姿が見えなくなるまでレニーと一緒にその場に止まっていた。姿が見えなくなると、王宮へと向かって歩いて行く。
戻ってきたホミカを見て「お帰りなさい」と元気よく笑顔で言う門番に、「ただいま」と笑顔で返す。門を通り、夜警をしている騎士に目を向けるがそこにガルフレッドの姿を見つけることはできなかった。
王宮に入ると、すぐに部屋に向かうことはしなかった。初めて案内された時に見た、王宮内にある庭園へ行こうと考えたのだ。庭園に向かう間、誰ともすれ違うことはなかった。
庭園に入ると深夜ということもあり、そこには誰もいなかった。薔薇を眺めながらベンチへと向かう。噴水の側を通ると、僅かに水しぶきが当たる。
通路を背にしてベンチに座るとゆっくりと息を吐いた。そこで体に力が入っていたことに気がついた。どうやら先程の男性に警戒していたらしく、無意識に力が入っていたようだ。
冷たい眼差しをしたあの男性が何者なのか、誰なのかを考えても分かりはしない。
取り敢えず、ルーナの葉と目的であった月光草を採取できたことに安堵して伸びをした。隣に座るレニーが心配そうに顔を見上げてくる。
先程の男性を怖いと感じていたホミカと同じように、レニーも何かを感じていたはずだ。だから隠れるように後ろからついて来ていたのだろう。心配するレニーに大丈夫だと言うように頭を撫でる。
「ホミカ?」
突然声をかけられ、驚いて体が飛び上がる。声を聞いてガルフレッドだと分かっても、驚いたことにより心臓がドキドキしていた。
いつの間にか庭園に来ていたガルフレッドがホミカの前に立った時には、心臓の鼓動は落ち着きを取り戻していた。
「夜警の途中で立ち寄ったんだ」
王宮内と外の庭園の見回りを、数人の騎士達と分けてしている。どうやら今の時間、ガルフレッドは王宮内の見回りのようだ。暫くすれば、別の騎士がまた見回りに来るのだろう。
「ホミカ?」
どうやら少し様子がおかしいことに気がついたようだ。もう一度名前を呼んだ。しかし、黙ってまま返事はしなかった。
首を傾げて、ホミカの体が僅かに震えていることに気がついたようだ。もう一度名前を呼ぶと、「大丈夫」と声を震わせながら微笑んだ。明らかに大丈夫ではない様子にガルフレッドは何も言わずに近づいた。
近づいてくるガルフレッドに驚くホミカだったが、ベンチに座っているため後ずさることもできない。目の前で立ち止まると、しゃがんでホミカを抱きしめた。
突然抱きしめられたホミカは、声も出せずに赤面する。
「体を震わせるほど寒いのなら、部屋に戻ればいいだろう」
その言葉に体が震えていることに気がついたホミカは、温もりを求めるようにガルフレッドの背中に腕を回した。
1人でベンチに座っている時よりも、ガルフレッドに抱きしめられていると温もりを分け与えられているように感じられた。だから、震える体を止めるために背中に腕を回したのだ。
ガルフレッドに抱きしめられていると、体が温まり、気持ちが和らいでいく。
「月が綺麗だったから」
「今日は満月だからな。たしかに見ていたくなる」
そう言ってホミカからゆっくり離れると、ガルフレッドは右手で優しく頭を撫でた。そうされるだけで、ホミカは安心すると同時に、僅かに顔を赤らめる。満月に照らされているが、顔を赤らめたことにガルフレッドは気がついていないようだ。
「これ以上冷える前に、部屋に戻れよ」
それとも、送っていくか? と問いかけるガルフレッドの尻尾は揺れている。できれば一緒に行きたいとは思うのだが、王宮内は安全だろう。体が震える原因になったのは、先程の男性だ。その男性は王宮にはいない。首を横に振って「大丈夫」と答えると「そうか」と微笑んだ。
たしかに夜風で体は冷えていたが、震えるほどではない。それにガルフレッドに抱きしめられて、体温を分け与えられて少し暖かい。部屋に戻るまでに冷えることはないだろう。
「気をつけて戻れよ」
部屋まで遠くはないが、ホミカの様子がおかしかったことから心配しているようだ。もう一度頭を撫でてから、何度も振り返り夜警に戻って行った。
ホミカはガルフレッドを見送りながら、うるさいくらい鼓動する胸に右手を当てていた。突然抱きしめられてから落ち着かない鼓動。
部屋に戻ろうとは思っているのだが、もう少し落ち着くまで月を見ていようと、隣に座っているレニーを膝に乗せた。
「冷える前に部屋に戻りなさいよ」
「分かってるよ」
レニーに言われて、微笑みながら返答をして背中を撫でた。どうやら暫く付き合ってくれるようで、一緒に満月を眺めた。
部屋に戻ったのは、それから10分ほど経ってからだった。カバンを置いて、シャワーを浴びてからベッドに横になった。
窓の外で輝く満月が明るくて眠ることができないのではないかと思ったホミカだったが、疲れていたのかすぐに眠りについた。
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