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16話 製薬所

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 昼食をとり、ローブを着て内ポケットに瓶3個をしまう。ガルフレッドに確認をしてもらい、違和感がないと分かるとカバンは必要ないと持って行くことはせず製薬所へと向かった。
 午後なら見学できると言っていたので、13時に着くようにと王宮を出ることにした。ガルフレッドと一緒に歩いていても、もう街の人達は2人へと視線を向けることはない。
 見慣れてしまったのだ。休憩も兼ねて街を歩くホミカの隣には必ずガルフレッドがいた。2日に一度目にしていれば見慣れてもおかしくはない。
 今では時々、話しかけてくる人もいるくらいだ。最初の頃は遠巻きにして見ているだけだったけれど、ガルフレッドと親しそうに話す様子を見て話しかけてくるようになったのだ。
 お陰で、王宮内以外でもガルフレッドが誰かと話している姿を良く目にするようになったけれど、ホミカの心境は複雑だった。嬉しいことのはずなのに、素直に喜べはしなかった。
 話しかけられても用事があるからと断りを入れて製薬所へと向かう。
 青い建物が近づいてくると、紫の煙も良く見えるようになった。屋根付近の開けられた窓からモクモクと出てくる煙は途絶えることはない。思わずため息を吐きそうになったホミカは、足元で鳴くレニーに視線を向けて苦笑をした。

「入るぞ」
「ええ」

 扉を開いたガルフレッドに続いてホミカとレニーが製薬所内に入った。そこは、薬売り場になっており、多くの薬が棚に並べられていた。飲み薬や塗り薬、貼り薬など種類が多い。それぞれ薬の効果が書かれた説明文も置かれており、広い内部に似つかわしいほどの種類が置かれていた。
 人が来たことに気がついたのだろう。奥の部屋から1人の薬師が姿を現した。話しを聞いていたのだろう、ガルフレッドとレニーを見て眉を顰めてから「お待ちしておりました」とホミカに笑顔を向けた。
 2人を見て眉を顰めたのは、薬を作る際に獣の毛が入るかもしれないからだろう。しかし、アルハイトに見学に来ると聞いていたのだから追い返すことはできないのだろう。

「薬師のホミカ殿とお見受けします」
「はじめまして、ホミカ・ベルリアと申します」

 見ただけでホミカだと気がついた薬師。ローブを着ずに来ても分かっただろう。だが、薬師だということを隠していると思われるよりはいいだろう。
 視線を合わせると、薬師はどこか安堵したように息を吐いた。その様子に何かあるのだとホミカは確信した。
 しかし、何も言わないということは口にすることができないのだろう。誰かに止められているか、他の薬師の目があるから言えないかだ。

「手荷物はなさそうですね」
「はい」
「一応入る前に調べたが、大丈夫だ」
「そうですか」

 調べてなんかいないし、大丈夫でもない。部屋でローブを着た時に、ガルフレッドの目の前で内ポケットに瓶を入れたのだ。
 だが薬師は、ガルフレッドの言葉を信じてホミカを調べることはしなかった。調べられていたらすぐに瓶は見つかっていただろう。しかし、この薬師は元々調べるつもりはなかったようにホミカは感じていた。
 薬師の案内で、奥の部屋へと向かう。茶色の扉を通り、手の消毒をするとガラスの扉を通る。その部屋では薬を作っており、14人の薬師が手を動かしていた。
 15人いる薬師のうち、1人が案内役としてホミカの側にいるためなのか、14人は忙しそうにしている。2人で1つの薬を作っているようで、大きな鍋を棒でかき混ぜていた。
 誰もホミカ達へ目を向けることはない。真剣に鍋の中身を見つめてかき混ぜている。鍋いっぱいに薬が入っているからなのか、しっかり混ぜるために2人で作業をしているようだ。
 ガルフレッドとレニーは邪魔にならないように扉の側で立ったままだ。話しを聞いても分からないということもあるが、毛が入らないようにという配慮でもある。案内人とホミカは鍋へと近づいて行く。

「現在、7種類の薬を作っています。既存の薬が5つ。新薬が1つ。そして、流行している病を治すための薬1つ」

 手前にある鍋5つは既存の薬を作っているようで、何の薬を作っているのかも説明してくれる。3つは飲み薬で、残り2つは塗り薬と貼り薬だという。飲み薬は、錠剤と粉の2種類を作っているようだ。
 5つの鍋の奥にあるのが病を治すために作っている薬だと言うが、効果はまだたしかめていないらしい。それなのに量が多い。
 製薬所だからわざと量を多く作っているのかは分からないが、ホミカには考えられなかった。もしも薬に効果がなければ、全て処分しなくてはいけないのだから。
 そして、一番奥の鍋。新薬を作っているのだというだけで、特に説明もない。新薬なのだから、情報を与えるようなことはしないのだろう。だが、その鍋からは問題の紫の煙が出ている。他の鍋から煙は出ておらず、それのみだ。
 鍋を混ぜている薬師も、他の薬師も煙が出ていることを気にしているようには見えない。煙は三角屋根付近の開けられている窓から出ている。換気のために開けているのか、閉め忘れているのかは不明だ。
 周りの棚を見ると、ホコリが積もっている。何時から掃除されていないのか、こんなところで薬を作っているのかと信じられない思いで煙が出ている鍋へと近づいて行く。
 掃除をすることができないほど、薬作りに集中しているのか。薬の生産が間に合っていないのか。たとえそうだとしても、1日のはじまりと終わりには掃除をするホミカにとっては信じられない光景だ。
 煙が出ている鍋の近くでホミカが棚を見ていることに気がついたガルフレッドは、扉の近くにある棚へと近づいた。ホミカが煙を採取するきっかけを作ろうと考えたのだ。
 ホコリの積もる棚には、空瓶やビーカーなどが置いてある。しっかりと洗っているのか疑問に思うほど汚れているそれを見て眉を顰めた。
 今、案内人とホミカは少し離れている。薬師達の注意をホミカから自分に向けるためには何か慌てるようなことをさせなくてはいけない。それを考えて、ガルフレッドはすぐに棚に置いていた空瓶を手に取った。そして、手を滑らせたかのように装い空瓶から手を離した。
 瓶の割れる音が響く。慌てて拾おうとして、ついでに他の瓶も数個尻尾で床に落とす。すると、全員がガルフレッドへと視線を向けた。ホミカ以外の薬師が手を止めると、慌しく動き出した。
 塵取りや、割れた瓶を入れるための袋を手に取りそれぞれが動く。割れた瓶を拾おうとするガルフレッドを、案内していた薬師が止める。
 瓶の割れた音に驚いていたホミカだったが、それが煙を採取するためのタイミング作りだと気がついた。全員がガルフレッドへと視線を向けていることを確認して、素早く内ポケットから瓶を取り出すと、蓋を外して煙を採取した。瓶の中に煙が入っていることを確認すると、見られる前に内ポケットにしまう。ガルフレッドの周りで15人の薬師が瓶を片づけている。その様子を見て、まだ採取できると判断をしたホミカは残りの瓶2個にも煙を採取した。
 ガルフレッドを見ると、割れた瓶を踏まないようにその場から動かずに足元で片づけている薬師達を見ていた。同じように割れた瓶を踏まないようにと、レニーはガルフレッドに抱き上げられている。
 割れた瓶を全て拾い終わったのか、棚の下を覗いたりしていた薬師達全員がゆっくりと立ち上がった。

「すみません、お騒がせしました」
「こちらこそ、瓶を割ってしまい申し訳ありません」
「構いませんよ。形あるもの、いつか壊れます。ただ、こちらの瓶は以前薬が入っていたものでしたので」

 だから慌てて片づけたのだと続けた薬師に、ホミカは眉間に皺を寄せた。薬を入れる瓶は、一度入れた薬と同じものしか入れることはできない。たとえ綺麗に洗っても、成分が混ざってしまうことがあるからだ。しかし、棚に並んでいる瓶を見る限り、綺麗に洗ってはいないのだろう。
 慌て方を見ていると、もしかすると瓶には様々な薬を入れていた可能性もある。
 危険な薬を入れた瓶であれば、たとえ空であっても安全な場所に置かなくてはいけない。それなのに、全員で慌てて行動をするということは、何か後ろめたいことがあるのかもしれない。

(それに、この環境……)

 棚には埃が積もっており、使用している鍋には汚れが目立つ。どう考えても薬を作るような環境ではない。ここで働いている薬師達は何も思わないのだろうか。
 それに、ここへ立ち寄っているアルハイトもこれを見ているはずだ。それとも、中の確認をしていないのか。責任者としてそれはないだろう。建物の見た目がいいだけで、内側は最悪と言える。本来であれば、口を出すはずだ。これを見ても何も思わないのだろうか。
 薬師達が手を洗ってから持ち場に戻る。邪魔にならないようにと鍋から離れたホミカは、ガルフレッドへと近づく。抱き上げられたままのレニーに小さく笑うとその頭を撫でた。不満そうではあるが、降りようとはしない。

「では気を取り直して、次は保管庫へ案内しましょう」

 案内役の薬師に連れられて、さらに奥にある鉄の扉へと向かう。その先が保管庫になっているようだ。
 ひんやりとしたその部屋には多くの薬が保管されていた。そして、同じように棚には埃が積もっている。棚の上に乗せられている瓶の蓋にも埃が積もっている。中には、埃が積もっていないものもあるが、それは最近置かれたのだろう。埃が積もっていない場所もあり、そこには瓶が置かれていたようだ。丸い跡が残っている。
 尻尾で瓶を落とさないように通路の真ん中をレニーを抱えたまま歩いているガルフレッドも埃に目がいっているようだ。歩くだけで舞う埃。
 薬の保存状態はいいが、保存されている場所の状態も、作っている場所の状態も良くはない。これを見てしまうと薬を買いたいとは思わないだろう。
 製薬所内全てを見学すると、礼を言って建物から出た。そのまま王宮へと向かって歩く。
 周りに自分達以外に人がいないことを確認すると、一度くしゃみをしてからガルフレッドは呟いた。

「正直、あれには驚いた」
「あれって、どれのこと?」

 驚くことが多すぎて、ホミカにはどれのことを言っているのかが分からなかった。

「瓶を落とした時の慌て方だ。薬作りを放り出して、全員で片づけるなんておかしいだろう」
「そうね。何か後ろめたいことでもあるのかしらね。瓶は片づけられてしまったから鑑定することはできないけれど」

 鑑定できれば、どうして慌てていたのかも分かっただろう。しかし、瓶がないのだから分かるはずもない。無事採取できた煙だけでも鑑定する必要がある。
 割れた瓶のことは忘れようと考えたホミカの目の前に、ガルフレッドの右手が差し出される。その手のひらに上には、日光が反射して光る何かが乗っていた。それは、割れたガラス。

「もしかして、これって……」
「あの時割った瓶だ。何処の部分かは分からないが、一応持ってきた。鑑定するか?」
「いいの?」
「ああ」

 どうやら、割れた瓶を持っていたからずっとレニーを抱き上げていたようだ。レニーの体を支えながら、持っていたガラスを隠していたようで、隠す必要がなくなったからかレニーが地面に飛び降りた。
 ガルフレッドからガラスを受け取り、内ポケットにしまう。部屋に戻ったらまず、このガラスから調べようと決める。

「それで、ホミカは気になることがあったのか?」
「あったわよ。まずは、薬師なのにあの紫の煙がおかしいと思っていなさそうなところ。働いている薬師全員が何かに追い詰められている感じがしたわ」

 まるで誰かに急いで薬を作るように言われているように感じられた。だから掃除には手が回っていないのだ。
 急かされているため、紫の煙のことを気にしていられないし、薬の出来が少し悪くても構わないと思ってしまうのだ。洗われていない空瓶。掃除されていない鍋や棚。他の薬と混ざっていてもおかしくはない。
 ならば、薬作りを急かしているのは誰なのか。薬師の様子から、15人の中の誰かだとは考えにくかった。それなら、可能性としてはヒューバートとアルハイトのどちらかだ。

「他にも気になることがあったんだろう?」
「ええ。他には鍋が汚れていたことと、棚に埃が積もっていたこと。洗われていない空瓶とか。汚れを落とさずに使うなんて薬師として失格よ。埃も中に入ってしまうから同じこと」
「たしかに埃が舞っていたな。くしゃみを抑え込むのが大変だった」

 製薬所から出てくしゃみをしたガルフレッドは、どうやら我慢していたようだ。たしかに製薬所内で我慢していたのは正解だろう。あんなところでくしゃみをしたら埃が舞って、くしゃみが止まらなくなったことだろう。

「ところで、ヒューバート陛下が製薬所にどのくらい行くのかは知っている?」
「半年に一度くらいだ。他はアルハイト以外誰も行かない」
「そう」

 そうなれば、怪しいのはアルハイトだけだろう。半年に一度しか訪れないというのなら、掃除をしていなければあれだけ汚れていてもおかしいことはない。もしもヒューバートが製薬所内に入っていないのだとしたら、汚れていることすら知らないかもしれない。知っていれば、掃除をさせるだろう。

「王宮に戻ったら、手はしっかり洗ってね」

 瓶の中にどのような薬が入っていたのか分からない。十分すぎるほど洗わなくては、後々どうなるかは分からない。
 もしも劇薬が入っていた瓶だとすると、爛れてしまうこともあるのだ。そうなると治すことも難しい。

(鑑定する時は手袋をしよう)

 人通りが多い道に出ると、足を速める。ホミカが小さく咳をすると、ガルフレッドは心配そうに見つめた。それに気がついたホミカは、ただ微笑むだけだった。
 咳の理由は分かっていた。たとえあとで言うことだとしても、ここで言う必要はなかった。だから微笑みを向けたのだった。
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