傭兵少女のクロニクル

なう

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第1話 パーフェクト・ソルジャー

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 それは穏やかなフライトだった。
 空は綺麗に澄み渡り、眼下に広がる雲海はまるで白い絨毯のよう。

「皆様、当機は新千歳空港を離陸いたしまして、只今水平飛行に入っております。高度は9500メートル、時速1050キロにて順調に飛行中です……」

 そんな機内アナウンスも聞える。
 俺は視線を戻し、広げたままの新聞に再び目を通す。

「あ、あの、これ、どうぞ……」

 と、隣の女性客から箱のような物が差し出される。
 人差し指でサングラスを少し下げ、その箱の中身を覗き込む。

「プレッツェル……?」

 そう、プレッツェル、小麦色の焼き菓子だ。

「は、はい、よろしかったら……」

 と、プレッツェルを差し出した女性客……、高校生だろうか、制服姿の彼女が顔を傾げて笑顔を作る。

「ああ、ありがとう、一ついただくよ……」

 俺はプレッツェルを一つ取り、それを口に運ぶ。

「うん、ぱりっとしていて、実にうまい」
「よ、よかった、手作りなんです……」

 長い黒髪、整った顔立ち、穏やかな表情、育ちの良さそうなお嬢さんだ……。

「みんなで旅行かい? 卒業旅行かなにか?」

 と、俺は機内を見渡しながら尋ねる。

「はい、修学旅行です。京都、近畿地方に……」

 機内には彼女と同じような制服を身に纏った乗客が数十人乗っていた。

「そうか、京都か、それはいい思い出になるね」
「はい、でも、飛行機は初めてだったもので、何か落ち着かなくて……」

 と、彼女は少し不安げな表情で答える。

「もう一ついただいてもいいかい?」
「あ、はい、どうぞ」

 俺はプレッツェルをもう一ついただく。

「うん、うまい」

 と、俺は笑う、それに釣られるように彼女もまた微笑む。
 そして、プレッツェルを食べ終え、ちらりと腕時計を見る。

「そろそろだな……」
「はい? 何が、ですか……?」
「じきにわかるよ……」

 そろそろ休憩の時間、もちろん、乗客たちのではなく、機長と副操縦士の休憩の時間だ。

「機長です……」

 その時、機内アナウンスが流れる。

「只今、当機のコックピットに乗客がおります……」

 と、緊張した口調で続ける。
 それを聞いたスタッフが血相を変えて客室から消えて行く。
 これは隠語、客室乗務員、スタッフへの通達……。
 コックピットに乗客がいる、それは、この旅客機がハイジャックされた事を意味する……。
 俺はすぐさまスマートフォンを取り出し、トランスポンダの電波状況を確認する。

「スコーク7500が出ているか、意外と冷静だな、機長……」

 スコーク7500はハイジャックされたことを周囲に伝える暗号電波だ。

「ど、どういう意味でしょう……?」

 隣の彼女が不安そうな面持ちでつぶやく。

「これも、何かの縁だ」

 俺はそう言い、シートのポケットから冊子を取り出し彼女に渡す。

「これでも読んでおけ、特に救命胴衣、酸素ボンベ、シートベルト、ドアの開閉、耐ショック、そのあたりを入念に読み込め」
「は、はい……」

 彼女は意味もわからずに俺の指示に従い冊子に目を通し始める。
 しかし、旅客機はハイジャックされたにも関わらず平穏そのもの、別に客室乗務員の姿が見えない以外に変わったところはない。
 一時間、二時間と時が進んでいく。

「確か、大阪まで二時間くらいだったよな……」
「うん、もう、着いてもいいはず……」
「スチュワーデスさんもいないし……」

 不審に思った乗客がひそひそと話している。

「機長です……」

 また、機内アナウンスが流れる。

「当機はハイジャックされました……」

 そのアナウンスにそれまでひそひそ話しをしていた高校生たちが押し黙る。
 意外と冷静なもんだ……、知れば大騒ぎになると思ったんだがな……。
 隣の彼女が俺の手を握る。
 その手がかすかに震えているのがわかる……。

「ですが、安心してください……」

 機長の言葉が続く。

「犯人は一人です、どうか、乗客の皆様、行動してください……」

 俺はその言葉を聞いて笑ってしまう。
 意味がわかるやつはほとんどいないと思うが、機長は犯人を殺れって言っているんだ、乗客たちに……、ホント、笑わせてくれる……。

「こ、行動……?」
「どうすればいいの……?」

 そう口々に言い合う。

「大丈夫だ」

 と、俺の手を握る彼女の手の甲をもう片方の手でぽんぽんと叩いたあとに、その手を放させる。

「ごめんな」

 そして、席を立つ。
 次に座席上に収容棚を開け、自分のバッグを取り出す。
 バッグを床に下ろし中から拳銃、ウニカセフトとファイティングナイフを取り出す。
 俺は東部戦線帰りの元軍人だ、それも自衛官などではなく、本物の兵士、元傭兵、当然拳銃やナイフの扱いにも長けている。

「ひっ」
「え……」

 それも見た高校生たちが小さな悲鳴を上げる。
 驚くのも無理はない、こんなものは持込み禁止だからな……。
 セキュリティーが穴だらけじゃなかったら、持ち込めなかった。
 まず、清掃員に扮して職員用通路を通ってフライトデッキに出て、そこのトイレに拳銃とナイフを隠し、そのあと戻り、普通に搭乗手続き、手荷物検査をパス、それから拳銃とナイフを回収して旅客機に乗り込む、ホント、簡単な仕事だったぜ。
 カチリとウニカセフトのセーフティを解除する。

「は、犯人と戦うんですか……?」
「な、何か、俺たちも……」

 と、高校生たちが勇敢にも言ってくれる。
 俺はそいつらを見下ろし、そして頭に拳銃を突きつけ、

「やるわけねぇだろ……、俺がそのハイジャック犯なんだからよ……」

 と、凄惨に笑う。

「ああ、俺に向かってくるやつはいねぇと思うが、一応言っておく、歯向かうやつは容赦しねぇ、射殺する」

 それぞれの乗客に銃口を向けながら言う。
 まっ、拳銃で脅さなくても、身長190センチ、体重100キロの俺に立ち向かってくるやつなんていねぇと思うけどな。
 それに俺はCQCも超一流だ、向かってくるやつがいたら一秒で殺してやる。

「うん、いい子ちゃんだ……」

 全員、凍りついたように身じろぎ一つしない。

「大人しくしていろよ」

 と、俺は言い、コックピットに向かって大股で歩きだす。
 途中、客室乗務員の男がいた。

「おきゃ……」

 やつが俺の接近に気付くが、

「どけ」

 と、銃床で頭を殴りつける。

「かはっ」

 さらに頭を押さえうずくまる奴の脇腹を激しく蹴り上げる。

「カスが」

 そう吐き捨て、前方席を抜けコックピットに向かう。
 コックピットのドアは開け放たれており、中の計器類が丸見えになっていた。
 俺はそのまま中に押し入る。
 すると、頭に拳銃を突きつけられる。
 予想通りだ。

「武地……」

 拳銃を突きつけた黒覆面の男がつぶやく。
 そう、俺の名前は武地京哉たけちきょうや、元傭兵だ。

「ああ、俺だ、兵藤……」

 そして、こいつも元傭兵、同僚の兵藤明ひょうどうあきら
 俺は手で拳銃を下ろさせる。

「で、交渉は決裂だったのか、兵藤?」
「ああ、燃料がないらしい、このままだと墜落しちまう、どうする、武地?」
「困ったなぁ、機長さん?」

 コックピットには機長だけで、副操縦士の姿は見えなかった。

「コパイは始末した、抵抗されたからよ」

 俺の視線を感じてか、兵藤がそう説明する。

「そうか……、まぁ、いい……」

 と、俺は拳銃をゴツンと大きな音が出る強さで機長の頭に突きつける。

「なぁ、機長さん、聞いていると思うが、俺たちは日本を出たいんだよ。東部戦線帰りで英雄として迎えられると思ったら犯罪者扱い、おまけにパスポートまで取り上げられ、さらに公安の監視まで付いてやがる。出国するためには国内線をハイジャックするしかなかったんだ、わかってくれるよな? そうそう、あの公安のお偉いさん、名前は忘れたが、あいつが言っていたんだ、おまえのような獣を世界に解き放つわけにはいかん、ってよ、酷い話だろ? 俺がハイジャックしようとした気持ちもわかるだろう?」
「お、落ち着け、話せばわかる……」

 機長は50代半ばくらいだろうか、白髪交じりに紳士風の男だった。

「心配するな、機長、これ以上ないくらい落ち着いている」

 と、にやりと笑い言ってやる。

「最低でも第三国、それ以外の選択肢はない、この話も聞いたか?」
「ああ、ああ、それはもう何回も説明した、燃料がもたん、どこかで給油しなければ墜落する」
「本当か?」

 俺は燃料メーターを見上げる。

「い、いや……」

 機長は俺が計器類に精通していると悟ったのだろう。

「これだと、どこまでもつ?」
「待ってくれ、計算し直す……」

 機長がマニュアルを取り出して計算を始める。

「ペイロード最大と仮定して……、台湾か……」

 機長が計算する前に言う。

「あ、ああ……、おそらく……」
「もっと先まで飛びたい、なら、仕方ない、機体を軽くする、乗客をパージする」
「しょ、正気か!?」
「冗談だ」

 冷や汗をかく機長に軽く笑いかける。

「アー、ジャパンスター705、トーキョーコントロール、アー、キャンユーテイクオフゴーアラウンド? ハーネーダコンタクト?」

 などと云う無線が聞えてくる。
 俺はトグルスイッチを指ではねて回線をオンにする。

「日本語で話せ、今は非常事態、スコーク7500が出ているのがわからんのか? この場合は機長の母国語、つまり日本語で話すのが国際マナーだ」

 と、からかってやる。

「失礼しました、これからの通信はすべて日本語で行います」
「わかればよろしい、で、東京コントロール、とりあえず台湾まで行きたい、誘導を頼む」
「了解しました、周波数を125.5に変更お願いします、そちらを専用チャンネルにします」
「断る、他の機に変更させろ、これが専用チャンネルだ、と云うか俺に指図をするな、俺は気が短いんだ、このまま京都の市街地に突っ込んでやってもいいんだぞ?」
「りょ、了解、ステーションコーリング、スタンバイ……」

 そこで通信が終わる。

「そういう事だ、機長、あとはまかせる」

 ゴツンと銃口で頭をつく。

「わ、わかった……」

 従順な機長に満足し、俺は副操縦席に腰掛ける。

「兵藤、こっちは俺がやる、おまえは乗客の監視をやってくれ」
「ああ、わかった、武地」

 と、兵藤がコックピットを出て行く。
 とりあえず、台湾で給油か……。

「今のところ順調だな」

 俺は窓の外の景色を眺めながら思考を巡らす。
 それにしても、あの子、プレッツェルをくれた子、京都に修学旅行とか言っていたか? 今頃、国内旅行から海外旅行にグレードアップして、さぞや喜んでいる事だろうよ……。
 口の端で笑う。
 と、そんな事を考えていると、この旅客機と並行して飛ぶ機影が視界に入った。

「ベイパー……、F35レッドスティンガー……、すでにスクランブルしていたか……」

 だろうな……、あいつら、世間の評判とは裏腹に凶悪な連中だからな……、俺も昔、よくスクランブルしては旅客機の尾翼をロックオンして遊んでいたものだ……。
 F35のパイロットを見ると、しきりに手を開いたり閉じたりしている……。
 手信号だ。

「当機のあとに続け……?」

 馬鹿かあいつは……。
 俺も手信号で返す、

「死ね、豚野郎」

 と。
 すると、F35は交渉の余地無しと判断したのか、旋回を始め旅客機から遠ざかっていく。
 派手なベイパーだけが大空に残る。
 どう思う? 
 危険だな……。

「機長、大阪、兵庫、岡山、広島、極力市街地の上を飛べ」

 万が一撃墜されたらかなわん、市街地上空ならやつらも手出しできまい。
 旅客機はバンクをつけ、方向を変える……。
 そして、旅客機が水平飛行に戻った瞬間、機体に激しい衝撃が走る。

「なんだ、今のは、機長?」

 俺は冷静に問いただす。

「わ、わからない、何かが爆発した音だ……」
「た、武地!?」

 兵藤がコックピットに駆け込んでくる。

「兵藤、何があったかわかるか?」
「い、いや、わからない、それを聞きにきた」

 なんの衝撃だ……。
 俺が指を噛んで考え込む。

「ハイドロプレッシャー、オールロス、アンコントロールラブル、ディセント、ケベックダウン!」

 と、機長が大声で叫ぶ。
 まぁ、一言でいえば、この旅客機は墜落するって意味だ……。
 くそっ、なんでだ、突然……。

「機長、APUを起動しろ、電力の確保からだ、それでも足りない場合はウインドミル、ラムエアタービンを出せ、オルタネートコントロールの経験はあるか?」
「あるわけないだろ!」

 くそっ、一度落ちたハイドロは穴を塞がない限り戻らない。

「機長は操縦管を握れ、両手でだ、俺はスラストレバーをやる」
「わ、わかった!」

 エンジンは無事だ、出力は安定している。
 だが、これでどうする……。
 その時また旅客機と並行して飛ぶ戦闘機の姿が見えた……。
 さっきのF35だ……。
 そして、そのパイロットがこちらを見て、ゆっくりと手を振る……。
 それを見てすぐに悟る、

「あいつか!? あいつが撃ちやがったのか!?」

 と。
 F35は離脱して消えていなくなる。
 なんだ、この判断の速さは……、市街地に入る前に手を打ってきやがった……。
 くそっ、どこだ、どこを撃った!? そんなもの、狙うなら垂直尾翼、ハイドロ系統しかないだろ!!

「落ちる、落ちる、武地!?」

 珍しく兵藤が動揺したような声を出す。

「まだだ、まだ行ける、飛べるはずだ、兵藤、てめぇは客室に戻ってろ!!」
「あ、ああ、頼む、武地、助けてくれ」

 と、兵藤が客室に戻っていく。

「機長、フラップを下げろ!!」
「もうやっている!! あと一分くれ!!」
「機首を下げろ!!」
「やっている!! フゴイド運動だ!!」

 ガタガタ、ガタガタと機体が激しく振動するフラッター現象。

「オーバーロード、駄目だ、ケベックダウン、墜落する!!」

 機長が泣き言を言う。

「なんだ、なんでこうなった、何かあるはずだ、なんだ、探せ、何でもいい」

 どこだ、どれだ!? 
 くそっ、コーションやワーニングのアラームがうるせぇ。
 俺は手の甲で滲んだ汗を拭う。
 デッド・スティック・ランディングか!? 
 そんなもの不可能だ!! 
 オーバーヘッドか、それともスラムダンクか、どっちだ!? 
 どっちも不可能だ!! 

「くそっ!」

 速度を落とせば即ストール、落とさなければ着陸できない、完全に詰んだ。
 対地警報が鳴り出した。
 もう地面はすぐそこだ。
 ちくしょう、あんの野郎、あのF35のパイロット、よくもやりやがったな、必ず見つけ出して殺してやるからな! 

「ちっくしょう!!」

 そして、激しい衝撃と爆発音とともに旅客機は墜落する。
 機体が引き裂かれる音、木々が折れなぎ倒されていく音を聞きながら俺は意識を失う。
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