傭兵少女のクロニクル

なう

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第105話 立夏の朝凪

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 帝国との会談から明けて翌日。
 昨日はラグナロクへの到着が深夜になり、尚且つ、和泉の怪我の治療でバタバタしていたのでみんなに報告どころではなかった。
 なので、日が明けて今日、朝早くから班長会議を行うことになった。
 ここは、割と普通なナビーフィユリナ記念会館。
 白い楕円形のテーブルを各班長たちで囲む。
 班長と言ってもその中の二人は代理だ。
 まずは、参謀班、ここの班長は人見彰吾だが、今は謹慎中で、その代理は綾原雫に就いてもらっている。
 次に狩猟班、ここの班長は和泉春月、だけど、彼は昨日の闘技会でかなりの重症を負い、今は自分のロッジで安静にしている。
 なので、班長業務は出来ないので、その代理は夏目翼にしてもらっている。
 で……、既存の班長は……、女性班の徳永美衣子、生活班の福井麻美……、そして、マスコット班の私、ナビーフィユリナ・ファラウェイ……、うん、見事に東園寺以外女だ……。
 やつの顔を見る……。

「……」

 腕組みして目を閉じている……。
 うーん……、険しい表情をしているけど、にやけるのを我慢しているようにも見える……。
 まさかな……。

「みんなに報告する前に話をまとめるよ」

 と、徳永が口火をきる。
 このあと全体会議があるので、その内容をまとめる必要があった。

「その前に、なにこの領事裁判権って?」

 福井が簡単にまとめた要旨を見て口を開く。

「これじゃ、やりたい放題じゃない、こっちは罪に問われるけど、あっちは罪に問われない……、いったい、どこの江戸幕府よ……、東園寺くんは井伊直弼だったの? もう……、言い直してきてよ……」

 井伊直弼……、言い直してきて……。
 それが言いたかったのか、福井の顔はちょっと笑っていた。

「まぁ、まぁ、麻美……、今はこれが精一杯よ、これからどうするか考えましょ?」

 と、真に受けた徳永が福井をなだめようとする。

「あ、これ、所得税じゃないわ、収入税よ」
「なにそれ、ぷーん?」

 班長以外にも、私の隣にはエシュリンが出席していて、その隣の綾原雫と組んで、条約の翻訳作業を会議と同時平行で行っていた。

「あ、それ、私も興味ある、どう違うの?」

 徳永が興味を示す。

「うん、えっとね、どう説明すればいいんだろう……」

 と、綾原がちょっと考える素振りをする。

「簡単よ」

 と、私は手元のコップを取る。

「例えばこのコップを1万円で麻美に売る……、はい」

 と、福井にコップを渡す。

「はい、これで、1万円、これが収入」

 1万円に見立てた紙をひらひらとみんなに見せる。

「うん?」
「ええ?」

 みんなが首を傾げる。

「でもさ、コップを作るのって大変だよね、材料費に千円、人権費に千円、輸送費に千円……、と、かかるわけだ、その経費を収入の1万円から差し引くと、7千円になる……、これが所得……、わかった?」
「うーん?」
「ええ……?」

 みんなが首を傾げる。

「よくわからないけど、ナビーすごーい」

 と、夏目は褒めてくれる。

「ぜ、税金とか関税って難しいよね……、そういうのは、雫……、お願い……」

 徳永が、まいった、って感じで言う。

「とにかく、ナビーの説明にもあった通り、同じ税率でも所得税より収入税のほうが取られる額は大きくなるから、その分、価格に上乗せしないといけない、売れる売れないは別としてね」
「でも、これって自己申告だよね? 適当でもばれないんじゃんないの?」

 徳永が要旨を見ながら言う。

「いや、そこは正確に行く」

 初めて東園寺が口を開く。

「信用問題だ、徳永。多少誤魔化しても、必ず、どこかからか漏れる……、不正が明るみに出れば、帝国はここラグナロクに税関や取締りの機関を置かせろと言ってくるかもしれん、そうなったら厄介だ、そうならないように、極力、誠実に対応する」

 まっ、それがいいよね。

「うん、そうだね、考えが甘かった、ごめん」

 と、徳永が謝る。

「そうなると、取引所は二つ必要になるよね? 帝国とそれ以外がごっちゃになっていると、帳簿付けるの大変になるから」

 と、福井が問題を提起する。

「そうだな、市場がもうひとつ必要になる……、幸い、帝国との取り引き開始まで1ヶ月の猶予がある、それまでにプラグマティッシェ・ザンクツィオンの隣にもうひとつ同規模のものを作る」
「それもそうだけど、ナスク村の人たちはどうするの? あのまま市場に住まわせるの?」
「それも考える必要があるな……」

 問題は山済み。
 最近の班長会議は長くなる傾向にある。

「どうすればいいんだろ……」

 途方に暮れる。

「ラグナロク広場とヒンデンブルク広場には入られたくない、もっと言うと、飛行機と飛行船には触れられたくない、あの二つは私たちが日本に帰るための大事な手がかりなんだから」

 福井が強い口調で言う。

「ならば……、さらにもうひとつ広場を作るしかないな……」

 東園寺の言葉にいったい誰が作るんだ、という空気が流れる。

「もちろん、ナスク村の人たちにも手伝ってもらう。その際、生活圏はルビコン川を基準に考える。つまり、川より北が我々、南が彼ら、というようにな」
「ええ? 彼らを住まわせるの? 好き勝手に? 和泉くん怒るよ、森を勝手に切るなって」

 夏目が異論を唱える。

「そ、そうだったな……」

 東園寺が口ごもる。
 もうだめだぁ……、ぐだぐだだぁ……。

「あ、通貨の取引レートどうする? ここに金、ゴールドの含有量についての記述があるけど」

 綾原がまた別の話題を振る。

「いままで通りではいけないのか?」
「うん、金の含有量が帝国と同じでなければ交換出来ないって、つまり、金本位制の帝国と魔法本位制の私たちでは、そもそものレートに乖離があるってこと」
「わからん……、簡単に説明してくれ……」

 東園寺が目頭を押さえる。

「同じくらいの量の金を使わなければ交換出来ない、つまり、このままじゃ使えないってこと」

 しょうがないので、私が説明してあげる。

「なら、帝国との取り引きにはラグナは使用しない、いいな?」
「了解……」

 と、綾原がメモを取る。

「あ、和泉くんから木の伐採について言伝預かっていました。ええと……、広場の周囲に植樹する場合は、なるべく針葉樹を優先して植えるように、あと、伐採する木は広葉樹を中心に行うこと、広葉樹の森には野生動物が集まりやすいため……、とのことでした」

 今度は夏目がメモを読みながら言う。

「わかった……、鷹丸にそう伝えておく……」

 そのような感じで、他のみんなから疑問や質問、提案が投げかけられ、それに対して、東園寺が判断、決裁する、という形式で会議が続く。
 これは会議じゃないなぁ……、ただ、東園寺に判断を仰いでいるだけだよ……。
 人見と和泉が帰ってこないと、議論にならない、班長会議が機能しない。
 コップの中の波紋を見ながらそんなことを考える。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「うーん!」

 と、割と普通なナビーフィユリナ記念会館の外に出て、太陽に向かって背伸びをする。

「よーし!」

 牧舎まで全力疾走! 
 白い石畳の上を駆け抜ける。
 その白い石畳の道に白い靴のピンクのリボンが映える。

「風つよーい!」

 少し強めの風にはためく金色の髪を両手で押さえる。

「ナビー、元気いいな、転ぶなよ!」
「相変わらずかわいいな、ナビー、大きくなったら、結婚しような、絶対だぞ」

 と、参謀班の二人、青山悠生と南条大河が向こう歩いてくる。
 たぶん、これから全体会議に行くと思われる。

「大河! 悠生!」

 と、手を振りながら二人の横を走りぬける。
 私は全体会議には出席しない、班長会議で話し合ったことを説明するだけだからね。
 なので、私はシウスたちのお世話をする! 

「くるぅ!」

 いつも通り、牧舎に近づくと、私の接近に感づいた子犬のクルビットが駆け寄ってくる。

「クルビット!」
「くるぅ! くるぅ!」

 おおはしゃぎの彼と一緒に牧舎を目指して走る。

「おお?」

 牧柵の外で中のシウスたちを見守る人影が二つあるぞ……。
 ひとつは、包帯ぐるぐる巻きの、さらさらヘアーの爽やかな男……、そう、勇者和泉春月だ。
 そして、もうひとつは、銀縁メガネで切れ長の目と賢そうな顔立ち、左手には包帯がぐるぐる巻かれている男……、そう、大魔道人見彰吾だ。
 その二人が並んで牧柵の中のシウスたちを見ていた。

「何してるの、二人とも!」

 と、そのあいだに割って入る。

「くるぅ!」

 クルビットも入ってくる。
 彼が私のワンピーススカートの中に入りそうだったので、しゃがんでそれを止めさせる。

「このぉ、このぉ!」
「くるぅ、くるぅ!」

 そして、思いっきり撫で回してやる。

「ハルは寝てなくても大丈夫なの? まだ痛むでしょ?」

 クルビットを撫でながら尋ねる。
 綾原たちの魔法で治療してもらったとは言え、それでも完治には程遠かっただろう。

「ああ、大丈夫、痛みは引いたよ」
「そう、彰吾は……?」
「俺は元から大したことない、大袈裟なだけだ……」

 と、包帯が巻かれた左手を見せてくれる。

「そう……」

 クルビットを撫でながら二人の顔を交互に見上げる。

「まぁ、とにかくだ、和泉、俺はおまえに対抗意識があった、おまえに勝とうとして攻撃的になっていた。俺が最初に言っていたのにな、俺たちは全員対等だと……、競争が始まり、どっちが上だ、とか言い出したら、必ず争いが生まれる……、それはわかっていたはずなんだが……、なかなかうまくいかないな……」

 人見が視線を落として言う。

「いや、俺にも問題があった、天狗になっていたよ、それがおまえの勘に触ったのだろう……、その傲慢さの代償がこれさ」

 と、厚く包帯が巻かれた腕を見せながら自嘲ぎみに笑う。

「おお……? おお……?」

 と、二人の顔を交互に見る。
 もしかして、仲直りしようとしてた? 

「それにしても、おまえが怪我をして帰ってくるとはな、完全に予想外だったよ……」

 人見がかすかに笑う。

「俺の実力なんてこんなものさ……、ブレーンがいれば話は別だがな」

 和泉も軽く笑う。

「ふふん」

 私もちょっとだけ笑う。
 和泉と人見、争うことなく仲良くやっていってほしいね。
 あと、東園寺も。
 誰が一番ということもなく、三人が並び立ってやっているうちは大丈夫、私たちの未来は明るい。
 二人の視線の先、明るい日差しの中、元気に草をはむシウスたちを見ながらそう思う。
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