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第132話 小雪の夕凪
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カリカリ、カリカリ、と、木を削る音が室内に響く。
「うーん……、うーん……」
もちろん、私もナイフ片手に木を削っている。
「ナビー、力入れすぎないでね、指切っちゃうから」
「はぁい」
と、夏目翼に返事をする。
「うーん……、難しい……」
なんの木を削っているかというと、小さな木の棒の面に現地の文字を彫っているのだ。
これをハンコ状にして活字にする。
そう、活版印刷だ。
この世界には印刷がない。
ハンコ、印章はあっても、無数のハンコを並べて文章にするという発想がない。
なので、綺麗に印刷された文字は物珍しく、それで作られた本は高値で売れる……、そういう計画だ。
「ふっ、ふっ!」
と、して木屑を払う。
「うーん……」
出来栄えを見る。
「おっけ、完璧! 一個できた!」
完成した活字を箱に入れて、別の箱から彫られていない木の棒を取り出す。
それの面に裏に炭を塗った紙を置き、書いてある文字をなぞって下書きを施す。
そして、その下書きに沿って削り上げて活字にする。
その繰り返しだ。
カリカリ、カリカリ、と、みんなで木を削って活字を作っていく。
ちなみに今は夜。
夕食もシャワーも済ませて、あとは寝るだけにしてある。
場所も私が寝泊りしている狩猟班女子のロッジの向かい側、生活班、参謀班の女子たちが共同で使用しているロッジ。
ここのロッジは広く、女子のみんなが集まって作業するにはもってこいの場所で、この本を作る前にも度々夜に集まって様々な作業をこなしていた。
「うーん、うーん……、カリカリ、カリカリ……」
そして、なんの本を作るのかというと……。
「絵本ねぇ……、そんなもの印刷して著作権とか大丈夫なの?」
と、隣で作業していた笹雪めぐみが背伸びとあくびをしながら言う。
そう、彼女の言う通り、私たちは今、絵本の製作をしている。
「エレノアの蜂は古代ギリシアの悲喜劇叙事詩が元になっているから、そもそも著作権なんて存在しないわよ、めぐみ」
と、答えたのは綾原雫。
彼女は活字ではなく、絵、木の板に絵を彫る、版画の制作にあたっている。
「へぇ、そうなんだ、古代ギリシアねぇ……、ふっ」
と、笹雪には活字に付いた木屑を息で吹き飛ばす。
「それに著作権なんてあったとしても、この世界では通用しないよ、法律が及ばないのだから」
「いや、そこは守らなきゃ、例え法律が及ばなくさもさ」
「意外と真面目なのね、めぐみも」
綾原が笹雪を見てくすりと笑う。
「まぁね……、それにしても、どうして最初の本を絵本にしようと思ったの? 他にもっと簡単そうなのいくらでもあると思うけど」
笹雪に作業を再開して質問する。
「ナビーのために手作りで絵本を作っていたから、そのノウハウがあったというのが一番だけど……、そもそもどうしてナビーに絵本を読んで聞かせたかったかというと、そこに書かれていることは私たち人類にとっての教訓だから、一番大事な道徳だから。過去一万年間、私たち人類は様々な失敗を繰り返してきた、その失敗を後世に伝えたい、過ちを繰り返えさないように……、それも、まず子供たちに伝えたい……、そういう想いで絵本は出来ているのよ。だから、絵本は私たち人類の共有財産、例え世界が違っても、この世界の人たちにも、私たちの先人たちの想いを伝えたい、だから、一番最初の出版物は絵本にしたのよ」
と、綾原は版画を彫りながら話してくれる。
「ふぅん……」
笹雪も活字を掘りながら相槌を打つ。
「ナビー、ぱーす、が足らない、ぷーん」
エシュリンが私の完成した活字を入れておく箱を覗き込みながら言う。
ちなみに私は、ぱーす、という活字を彫る係をしている。
で、エシュリンは木枠に活字を入れて文章を作る係をしている。
「急いで、ぷーん、次が入れられない、ぷーん」
「わ、わかった、わかった……、カリカリ、カリカリ……」
エシュリンに急かされて活字を彫り続ける。
「それじゃぁ、今日はこのくらいにしましょう」
と、しばらく無心に彫っていると、女性班の班長徳永美衣子立ち上がり、手を叩きながらそう言う。
「終わりかぁ……」
「疲れたぁ!」
「たっぷり二時間は作業したね」
みんなが背伸びをしたり足を伸ばしたりする。
「うーん!」
私も思いっきり背伸びをする。
「9時か……」
そして、ちらりと時計を見る。
まだ寝るには早い……。
「今日も一日頑張ったからご褒美の時間ね」
と、徳永がぱちりとウインクして言う。
「やったぁ!」
「おやつの時間きたぁ!」
「待ってました!」
「私の唯一の楽しみ!」
その言葉に反応してみんなが盛り上がる。
そう、夜な夜な女子で集まって作業しているのにはこんな理由もあったのだ……。
男子には内緒でみんなで甘い物を食べるという……。
「今日は私たちの当番ね」
「じゃぁ、準備するね」
「いこ、みぃちゃん」
徳永たち数人が奥の部屋に入っていく。
「今日はなんだろう、楽しみ」
「昨日はアップルパイだったよね? あれ、おいしかった!」
「不思議な味だったけど、紅茶もおしかったよね」
と、みんなが楽しそうに話す。
「あ、そだ、ナビーちゃん?」
笹雪に話しかけられる。
「うん?」
と、彼女のほうを見る。
「これ」
彼女ががさごそとバッグからなにやら取り出す。
「カチューシャ、作っておいた、好きなんでしょ? 仔鹿の名前にするくらいなんだから」
その手に握られていたのはカチューシャ、弧の形をしたヘアバンド。
いや……、仔鹿のカチューシャのカチューシャはヘアバンドじゃなくて、自走砲のほうだから、立派な兵器だから……。
「ほら、ナビーちゃん、付けてみて、きっと似合うからさ」
と、笹雪がにじり寄ってくる。
彼女が手にするカチューシャって普通のヘアバンドじゃない、なんか、耳がついてる……、たぶん、猫耳。
「い、いや……」
それを見て私は逃げようとするけど、
「どこいくの、ナビー?」
と、雨宮ひらりに捕まえられる。
「ナイス、ひらり!」
すぐに笹雪がやってきて、私の頭にカチューシャを被せる。
「翼も、ナビーちゃんの髪、セットしてあげて」
「うん」
と、三人かがりでカチューシャを装着させられてしまった……。
「なになに?」
「きゃぁ、かわいい!」
「ナビーが猫ちゃんになっちゃった!」
他の女子たちも集まってくる。
「ほら、ナビーちゃん、にゃーんって言ってみて!」
「にゃ、にゃーん……」
「もっとかわいく!」
「にゃーん!」
「手も猫っぽく!」
「にゃーん!」
手の甲でほっぺをかく仕草をする。
「いやぁ、かわいい!」
「なんて、かわいい生き物なの!」
「お家に持ち帰りたい!」
女子たちが歓声を上げる。
おお? みんなが喜んでいるか?
よーし、それなら!
「にゃーん、にゃーん」
と、四つん這いでにゃーにゃー言いながら歩き回る。
「やだぁ、かわいい!」
「ちょっと反則!」
「鼻血出そう!」
さらに大盛り上がり。
よーし!
「にゃーん、にゃん……」
と、みんなに擦り寄ってやる。
「もうだめ、かわいすぎて死にそう」
「こっちもこっちも!」
「にゃん、にゃん……」
隣の子にも擦り寄る。
「あら、かわいい……」
「にゃぁ、にゃん!」
そんな感じにみんなに擦り寄る。
「みんなぁ、おまたせぇ!」
猫の真似をしてみんなに擦り寄っていると、奥の部屋から徳永たちがお菓子や飲み物を持って帰ってくる。
「おお!」
私は大喜びで立ち上がり、頭のカチューシャを取り、適当にその辺に投げ捨てる。
「ああ! あたしのカチューシャが! 一生懸命作ったのに!」
と、笹雪が慌てて拾いにいく。
「今日はなに、美衣子!?」
私は目を輝かせて徳永に駆け寄る。
「ケーキよ」
彼女が笑顔で答えてくれる。
「おお……」
彼女の持つ白いラウンドケーキを覗き込む。
「むむ……?」
しかし、なにか様子が変だ……。
「あーん?」
ケーキになにか書いてある……。
「フィユたん……、お誕生日……、おめでとう……?」
そう書いてある……。
「うーん?」
と、首を傾げて徳永を見上げる。
「ほら、前のナビーのお誕生会でケーキを作ってあげられなかったのが心残りだったのよ。だから、生クリームが手に入ったら、真っ先にナビーに作ってあげようと思ってたの」
彼女が照れたような笑顔で言う。
「ご家族からは、フィユたん、って呼ばれてたんでしょ? 私たちではご家族の代わりにはなれないかもしれないけど、それでも、今日だけは、フィユたん、って呼ぶのを許してね」
と、お茶のセットを持つ鹿島美咲が補足する。
くっ……、あれか、私のタオルに刺繍してあった、フィユたん、のことか……。
「じゃぁ、座って、座って、ナビーは真ん中ね!」
「う、うん……」
と、私は席の真ん中へ連れて行かれる。
「ローソク点けて、っと……」
私の前に置かれたケーキにローソクを立てていく。
その数は11本……、それに火を点ける……。
そして、ランタンの明かりもひとつを残して消され、ほぼローソクの明かりだけになる。
「よし、じゃぁ、記念撮影もしよう」
と、徳永が一眼レフカメラを手にする。
「フィルム、まだあったんだ?」
「うん、まだもう少しある。こういう日のために取っておいたからね」
「さすが、班長」
徳永と笹雪が話す。
「よし、じゃぁ、撮るよ」
彼女がカメラを構える。
「笑って、ナビー」
「えへへ……」
フィユたん、っていう単語に動揺した心を落ち着かせて、無理矢理笑顔を作る。
「はい、チーズ」
カシャ。
シャッター音がする。
「よし、じゃぁ、ローソク消しちゃって」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
と、ローソクの火を吹き消す。
「「「お誕生日おめでとう!」」」
火が消されると同時に女子たちから誕生日を祝われる。
もう二ヶ月以上前の話だけどね、それも私のじゃなくて、武地京哉の誕生日……。
でも、なんか、すごい嬉しい。
「みんな、ありがとう!」
と、嬉しくて機嫌が直った。
「それじゃ、切り分けちゃいましょうね」
「わぁい! 一番大きくね!」
「はい、はい……」
私はケーキがカットされていくのを身を乗り出して覗き込む。
「みんなの分もあるから、心配しないでね……、まっ、男子の分はないけど……」
「じゃぁ、男子には内緒だね!」
「いつも通りね」
と、楽しげな会話も聞えてくる。
「はい、ナビー」
カットされたケーキが乗った小皿を渡される。
「ありがとう、美衣子! もう食べていい、食べていい!?」
「まだよ、みんなに行き渡ってから」
「はぁい……」
と、私はケーキをテーブルの上に置いて、そわそわと周囲を見渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
徳永たちがケーキやお茶をみんなに手渡していく。
「みんなに行ったわね?」
と、確認したあと、
「それでは、いただきましょう」
「「「いただきます」」」
「いただきます!」
私も大きな声で言ったあとケーキをひと口食べる。
「あまーい……」
ほっぺが落ちそう……、そして、
「おいしい!」
もう上機嫌!
「うん、うまく出来てる」
「ちゃんとした、ケーキになってる」
「すごい、本物のケーキだぁ……」
「ああ、幸せぇ……」
みんなも感想を言い合う。
「えへへ……」
おいしいケーキを食べながら楽しげな会話に耳を傾ける。
ああ、なんて、いい日なんだろう……。
こうして、私の二ヶ月遅れのお誕生会は夜遅くまで続くのであった。
「うーん……、うーん……」
もちろん、私もナイフ片手に木を削っている。
「ナビー、力入れすぎないでね、指切っちゃうから」
「はぁい」
と、夏目翼に返事をする。
「うーん……、難しい……」
なんの木を削っているかというと、小さな木の棒の面に現地の文字を彫っているのだ。
これをハンコ状にして活字にする。
そう、活版印刷だ。
この世界には印刷がない。
ハンコ、印章はあっても、無数のハンコを並べて文章にするという発想がない。
なので、綺麗に印刷された文字は物珍しく、それで作られた本は高値で売れる……、そういう計画だ。
「ふっ、ふっ!」
と、して木屑を払う。
「うーん……」
出来栄えを見る。
「おっけ、完璧! 一個できた!」
完成した活字を箱に入れて、別の箱から彫られていない木の棒を取り出す。
それの面に裏に炭を塗った紙を置き、書いてある文字をなぞって下書きを施す。
そして、その下書きに沿って削り上げて活字にする。
その繰り返しだ。
カリカリ、カリカリ、と、みんなで木を削って活字を作っていく。
ちなみに今は夜。
夕食もシャワーも済ませて、あとは寝るだけにしてある。
場所も私が寝泊りしている狩猟班女子のロッジの向かい側、生活班、参謀班の女子たちが共同で使用しているロッジ。
ここのロッジは広く、女子のみんなが集まって作業するにはもってこいの場所で、この本を作る前にも度々夜に集まって様々な作業をこなしていた。
「うーん、うーん……、カリカリ、カリカリ……」
そして、なんの本を作るのかというと……。
「絵本ねぇ……、そんなもの印刷して著作権とか大丈夫なの?」
と、隣で作業していた笹雪めぐみが背伸びとあくびをしながら言う。
そう、彼女の言う通り、私たちは今、絵本の製作をしている。
「エレノアの蜂は古代ギリシアの悲喜劇叙事詩が元になっているから、そもそも著作権なんて存在しないわよ、めぐみ」
と、答えたのは綾原雫。
彼女は活字ではなく、絵、木の板に絵を彫る、版画の制作にあたっている。
「へぇ、そうなんだ、古代ギリシアねぇ……、ふっ」
と、笹雪には活字に付いた木屑を息で吹き飛ばす。
「それに著作権なんてあったとしても、この世界では通用しないよ、法律が及ばないのだから」
「いや、そこは守らなきゃ、例え法律が及ばなくさもさ」
「意外と真面目なのね、めぐみも」
綾原が笹雪を見てくすりと笑う。
「まぁね……、それにしても、どうして最初の本を絵本にしようと思ったの? 他にもっと簡単そうなのいくらでもあると思うけど」
笹雪に作業を再開して質問する。
「ナビーのために手作りで絵本を作っていたから、そのノウハウがあったというのが一番だけど……、そもそもどうしてナビーに絵本を読んで聞かせたかったかというと、そこに書かれていることは私たち人類にとっての教訓だから、一番大事な道徳だから。過去一万年間、私たち人類は様々な失敗を繰り返してきた、その失敗を後世に伝えたい、過ちを繰り返えさないように……、それも、まず子供たちに伝えたい……、そういう想いで絵本は出来ているのよ。だから、絵本は私たち人類の共有財産、例え世界が違っても、この世界の人たちにも、私たちの先人たちの想いを伝えたい、だから、一番最初の出版物は絵本にしたのよ」
と、綾原は版画を彫りながら話してくれる。
「ふぅん……」
笹雪も活字を掘りながら相槌を打つ。
「ナビー、ぱーす、が足らない、ぷーん」
エシュリンが私の完成した活字を入れておく箱を覗き込みながら言う。
ちなみに私は、ぱーす、という活字を彫る係をしている。
で、エシュリンは木枠に活字を入れて文章を作る係をしている。
「急いで、ぷーん、次が入れられない、ぷーん」
「わ、わかった、わかった……、カリカリ、カリカリ……」
エシュリンに急かされて活字を彫り続ける。
「それじゃぁ、今日はこのくらいにしましょう」
と、しばらく無心に彫っていると、女性班の班長徳永美衣子立ち上がり、手を叩きながらそう言う。
「終わりかぁ……」
「疲れたぁ!」
「たっぷり二時間は作業したね」
みんなが背伸びをしたり足を伸ばしたりする。
「うーん!」
私も思いっきり背伸びをする。
「9時か……」
そして、ちらりと時計を見る。
まだ寝るには早い……。
「今日も一日頑張ったからご褒美の時間ね」
と、徳永がぱちりとウインクして言う。
「やったぁ!」
「おやつの時間きたぁ!」
「待ってました!」
「私の唯一の楽しみ!」
その言葉に反応してみんなが盛り上がる。
そう、夜な夜な女子で集まって作業しているのにはこんな理由もあったのだ……。
男子には内緒でみんなで甘い物を食べるという……。
「今日は私たちの当番ね」
「じゃぁ、準備するね」
「いこ、みぃちゃん」
徳永たち数人が奥の部屋に入っていく。
「今日はなんだろう、楽しみ」
「昨日はアップルパイだったよね? あれ、おいしかった!」
「不思議な味だったけど、紅茶もおしかったよね」
と、みんなが楽しそうに話す。
「あ、そだ、ナビーちゃん?」
笹雪に話しかけられる。
「うん?」
と、彼女のほうを見る。
「これ」
彼女ががさごそとバッグからなにやら取り出す。
「カチューシャ、作っておいた、好きなんでしょ? 仔鹿の名前にするくらいなんだから」
その手に握られていたのはカチューシャ、弧の形をしたヘアバンド。
いや……、仔鹿のカチューシャのカチューシャはヘアバンドじゃなくて、自走砲のほうだから、立派な兵器だから……。
「ほら、ナビーちゃん、付けてみて、きっと似合うからさ」
と、笹雪がにじり寄ってくる。
彼女が手にするカチューシャって普通のヘアバンドじゃない、なんか、耳がついてる……、たぶん、猫耳。
「い、いや……」
それを見て私は逃げようとするけど、
「どこいくの、ナビー?」
と、雨宮ひらりに捕まえられる。
「ナイス、ひらり!」
すぐに笹雪がやってきて、私の頭にカチューシャを被せる。
「翼も、ナビーちゃんの髪、セットしてあげて」
「うん」
と、三人かがりでカチューシャを装着させられてしまった……。
「なになに?」
「きゃぁ、かわいい!」
「ナビーが猫ちゃんになっちゃった!」
他の女子たちも集まってくる。
「ほら、ナビーちゃん、にゃーんって言ってみて!」
「にゃ、にゃーん……」
「もっとかわいく!」
「にゃーん!」
「手も猫っぽく!」
「にゃーん!」
手の甲でほっぺをかく仕草をする。
「いやぁ、かわいい!」
「なんて、かわいい生き物なの!」
「お家に持ち帰りたい!」
女子たちが歓声を上げる。
おお? みんなが喜んでいるか?
よーし、それなら!
「にゃーん、にゃーん」
と、四つん這いでにゃーにゃー言いながら歩き回る。
「やだぁ、かわいい!」
「ちょっと反則!」
「鼻血出そう!」
さらに大盛り上がり。
よーし!
「にゃーん、にゃん……」
と、みんなに擦り寄ってやる。
「もうだめ、かわいすぎて死にそう」
「こっちもこっちも!」
「にゃん、にゃん……」
隣の子にも擦り寄る。
「あら、かわいい……」
「にゃぁ、にゃん!」
そんな感じにみんなに擦り寄る。
「みんなぁ、おまたせぇ!」
猫の真似をしてみんなに擦り寄っていると、奥の部屋から徳永たちがお菓子や飲み物を持って帰ってくる。
「おお!」
私は大喜びで立ち上がり、頭のカチューシャを取り、適当にその辺に投げ捨てる。
「ああ! あたしのカチューシャが! 一生懸命作ったのに!」
と、笹雪が慌てて拾いにいく。
「今日はなに、美衣子!?」
私は目を輝かせて徳永に駆け寄る。
「ケーキよ」
彼女が笑顔で答えてくれる。
「おお……」
彼女の持つ白いラウンドケーキを覗き込む。
「むむ……?」
しかし、なにか様子が変だ……。
「あーん?」
ケーキになにか書いてある……。
「フィユたん……、お誕生日……、おめでとう……?」
そう書いてある……。
「うーん?」
と、首を傾げて徳永を見上げる。
「ほら、前のナビーのお誕生会でケーキを作ってあげられなかったのが心残りだったのよ。だから、生クリームが手に入ったら、真っ先にナビーに作ってあげようと思ってたの」
彼女が照れたような笑顔で言う。
「ご家族からは、フィユたん、って呼ばれてたんでしょ? 私たちではご家族の代わりにはなれないかもしれないけど、それでも、今日だけは、フィユたん、って呼ぶのを許してね」
と、お茶のセットを持つ鹿島美咲が補足する。
くっ……、あれか、私のタオルに刺繍してあった、フィユたん、のことか……。
「じゃぁ、座って、座って、ナビーは真ん中ね!」
「う、うん……」
と、私は席の真ん中へ連れて行かれる。
「ローソク点けて、っと……」
私の前に置かれたケーキにローソクを立てていく。
その数は11本……、それに火を点ける……。
そして、ランタンの明かりもひとつを残して消され、ほぼローソクの明かりだけになる。
「よし、じゃぁ、記念撮影もしよう」
と、徳永が一眼レフカメラを手にする。
「フィルム、まだあったんだ?」
「うん、まだもう少しある。こういう日のために取っておいたからね」
「さすが、班長」
徳永と笹雪が話す。
「よし、じゃぁ、撮るよ」
彼女がカメラを構える。
「笑って、ナビー」
「えへへ……」
フィユたん、っていう単語に動揺した心を落ち着かせて、無理矢理笑顔を作る。
「はい、チーズ」
カシャ。
シャッター音がする。
「よし、じゃぁ、ローソク消しちゃって」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
と、ローソクの火を吹き消す。
「「「お誕生日おめでとう!」」」
火が消されると同時に女子たちから誕生日を祝われる。
もう二ヶ月以上前の話だけどね、それも私のじゃなくて、武地京哉の誕生日……。
でも、なんか、すごい嬉しい。
「みんな、ありがとう!」
と、嬉しくて機嫌が直った。
「それじゃ、切り分けちゃいましょうね」
「わぁい! 一番大きくね!」
「はい、はい……」
私はケーキがカットされていくのを身を乗り出して覗き込む。
「みんなの分もあるから、心配しないでね……、まっ、男子の分はないけど……」
「じゃぁ、男子には内緒だね!」
「いつも通りね」
と、楽しげな会話も聞えてくる。
「はい、ナビー」
カットされたケーキが乗った小皿を渡される。
「ありがとう、美衣子! もう食べていい、食べていい!?」
「まだよ、みんなに行き渡ってから」
「はぁい……」
と、私はケーキをテーブルの上に置いて、そわそわと周囲を見渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
徳永たちがケーキやお茶をみんなに手渡していく。
「みんなに行ったわね?」
と、確認したあと、
「それでは、いただきましょう」
「「「いただきます」」」
「いただきます!」
私も大きな声で言ったあとケーキをひと口食べる。
「あまーい……」
ほっぺが落ちそう……、そして、
「おいしい!」
もう上機嫌!
「うん、うまく出来てる」
「ちゃんとした、ケーキになってる」
「すごい、本物のケーキだぁ……」
「ああ、幸せぇ……」
みんなも感想を言い合う。
「えへへ……」
おいしいケーキを食べながら楽しげな会話に耳を傾ける。
ああ、なんて、いい日なんだろう……。
こうして、私の二ヶ月遅れのお誕生会は夜遅くまで続くのであった。
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