傭兵少女のクロニクル

なう

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第141話 雨水の神渡し

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 船は少しずつ沈んでいく。
 船内も浸水し、水位は上がり、私の立つ漕ぎ手座にまで水が迫る。

「ああ! 私のお気に入りのピンクのリボン付きの白いサンダルが濡れちゃう!」

 と、その場でぴちゃぴちゃと足踏みしながら逃げ場を探す。

「よし!」

 そして、漕ぎ手座から欄干に飛び移る。
 これで少しは時間を稼げるはず。

「おーい! みんなぁ! 早く来てぇ!」

 と、揺れる欄干の上でバランスを取りながら必死にみんなに助けを求める。
 でも、まだ遠い、数十メートルくらいある。

「ああ、駄目、水が迫ってくる!」

 あと数センチのところまで水面が近づき、わずかな波が私のつま先を濡らす。

「きゅー!」

 と、サンダルが水に濡れるのを覚悟して身をこわばらせる。
 ゴン。
 その時、そんな音が船底から聞えてきた。

「きゅー?」

 あれ? 
 止まった? 
 おそる、おろる水面を見る。

「沈没が止まった……」

 そう、水位の上昇は完全に止まっていた。
 しかも、先程までゆらゆらと揺れていた船も、ぴたり止まり揺れは収まっていた。

「うーん?」

 困惑するけど……、なぜ沈没が止まったかの理由はすぐにわかる。

「水が澄んでいて、湖底がはっきりと見える……」

 浅い……。
 そう、湖底がすぐ近くに見える。

「船が底についたのか……」

 メダカのような小魚が気持ち良さそうに湖底を泳ぐ。

「おお……」

 と、しゃがんで湖底の小魚を覗き込む。

「ナビー!」
「無事か!?」

 みんなが泳いでくるけど……。

「あ……」
「え……?」

 と、みんなが浅いことに気付き、足を付き立ち上がる。

「あ、浅い……」

 そう、水深は1メートルもないだろう。

「ナビーフィユリナ……、心配させるな……」

 東園寺がばしゃばしゃと私のところに歩いてくる。

「ほら」

 そして、背中を向けて、乗れというような姿勢をとる。
 おんぶかぁ……。
 と、思ったけど、

「たぁ!」

 と、勢いよく彼の背中に飛び乗り、さらに駆け上がり、そのまま東園寺の頭を掴んで肩車の姿勢にとる。

「よし」

 東園寺ロボだ。
 かかとでトントンすると前進、操舵は行きたいところに顔を向ける。
 止まるときは頭をうしろに引っ張る。
 これが東園寺ロボの操縦方法だ。

「やはり誰かいるな……」

 人見が小船を見ながらつぶやく。

「やはり……?」

 私は聞き返す。

「ああ……、あの森の向こうに馬が止めてあった。それと馬車も……」
「馬? 人はいなかったの?」
「いない、馬と馬車だけだ。家屋などもなく、人が住んでいる気配はない」
「オアシスに水の補給に来ただけか……」

 と、私は少し考え込む。

「俺たちもそう思って馬の持ち主を探したがどこにもいない……」

 大きいといっても、直径1キロくらいのオアシス、人がいたらすぐにわかる。

「そして、この船……、それなりに新しい……」

 人見が沈没した船を見る。
 彼の言うとおり、船内、漕ぎ手座やオールなどもちゃんと手入れされていて綺麗なものだった。

「この船の持ち主とあの森向こうの馬の持ち主は同一と見るのが自然だろうな……」

 東園寺が静かに言う。

「ああ、そして、オアシスに水分の補給に来ただけなら、こんな船はいらない、使わない……」

 さらに、船を何に使うかというと、もちろん、湖の中央にある、あの小島に渡るため……。
 なんのために……。

「船は沈没し、疑惑が浮上する……」

 みんながあの小島に視線を移す。

「あそこに何かあるな……」

 美しい曲線を見せる半円球の小島……。
 よし。

「東園寺ロボ! あの小島に向かうのよ、調べよう!」

 と、小島を指差し、かかとでトントンと彼の胸あたりを叩き、拍車をかける。

「行ってみるか……」

 東園寺ロボが小島に向かって歩きだす。

「ああ……」
「行こうか」

 と、和泉たちもそのあとに続く。

「それにしても、浅いな……、遠浅っていうのか……」

 和泉が腰くらいの高さの水をかきわけながら言う。

「ああ、意外だな、もっと深いのかと思っていた……、それに水も温い……」

 それに対して、人見が答える。
 そして、すぐに、半円球の小島に到着する。

「あーん」

 私は小島を見上げる。
 高さは30メートルくらいあるかなぁ……。
 それが草花に覆われている。

「見ろ、人工物だ」

 人見がその草花をむしりとり、外壁をあらわにさせる。

「石、レンガか……?」

 東園寺の言葉通り、小島の外壁は赤茶色のレンガで覆われていた。
 彼が壁に手を当てて確かめる。

「遺跡か何かか……、どこかに入り口はないのか……?」

 私たちはどこかに入り口はないかと、その小島の外周を歩きだす。

「ぎゃぁ!」

 最後方からそんな叫び声がした。

「た、たすけてぇ!」

 見ると、最後尾を歩いていたはずの佐々木がばしゃばしゃと溺れていた。

「智一!?」
「佐々木!」

 みんなが彼に駆け寄る。

「うわ!?」

 突然、水深が深くなっている。
 まるで、崖のように……。

「底が見えない……」

 ぞっとする。

「大丈夫か、佐々木!?」

 和泉が佐々木に向かって手を伸ばす。

「和泉」

 その身体を人見が支える。

「す、すまん、和泉、びっくりして溺れてしまった」

 と、佐々木が和泉の手を掴んで、浅瀬のほうに戻ってくる。

「な、なんだんだ、これ……」

 そして、一息ついて水面を覗き込む。

「道になっているな……」

 そう、私たちが歩いてきた浅瀬は道だ。
 幅10メートルくらいの道……。
 それ以外は底が見えないくらい深い。

「なるほどな、こんな浅瀬に船は必要ないだろうと思っていたが、そういう理由か」

 東園寺が湖の底を見ながら言う。
 つまり、あの小船の持ち主はこの浅瀬の道の存在を知らない。
 小島に渡るには船が必要だと思ったってこと。
 さらに言えば、ここで漁をしているとも考えられない、だって、道具類が一切なかったのだから。
 そこから推察すると、あの小船の持ち主は私たちと同じ、よそから来た調査団、または、遺跡荒らし、墓荒らし、その類の可能性が高い。

「なるほどな……」

 と、東園寺が足で水底を払って砂を巻き上がらせる。
 すると、その砂で水が濁ってどこが浅瀬で、どこが崖かわからなくなる。

「動くなよ、佐々木、また落ちるからな」

 人見が忠告する。

「ああ……」

 やがて、巻き上がった砂は沈み、また水底が見えるようになる。

「浅瀬の道はあの座礁した小船までまっすぐ続いている。憶えておいてね、何かに使えるかもしれないから」

 東園寺の意図を汲んで説明してあげる。

「どうする、東園寺? 盗掘団がいるかもしれんぞ、一旦引くか?」

 人見が尋ねる。

「と、盗掘団……、危ない連中か……?」

 東園寺の代わりに佐々木が言う。

「まだわからんが、その可能性がもっとも高い」

 人見が人差し指でメガネを直しながら答える。

「そ、そんなぁ……」
「ここから登れそうだな」

 と、そんな会話をしているうちに、和泉が登れそうな場所を発見する。

「どこだ、和泉?」
「ここだ」

 そこは、何本も太い蔦が上から垂れ下がっている場所。

「強度も問題ない」

 和泉が何度も蔦を引っ張ってその強度を確かめる。

「とりあえず進むか」
「そうだな、行ってみよう」
「じゃぁ、登るぞ」

 と、和泉を先頭に蔦を登り始める。

「ま、マジかよ、だって、盗掘団がいるかもしれないんだろ? せめて、ナビーは安全な場所に避難させおいたほうがいいんじゃないのか? なんなら、俺がナビーについてやっていてもいい、お、おい、ちょっと待ってくれ」

 と、佐々木が大急ぎで蔦を登ってくる。
 30メートル、そのくらいは登っただろう。

「たかーい」

 頂上に到着。
 私は東園寺の肩車の上から両手を広げて風を受ける。
 乾いた風が額に当たり、前髪をふわって持ち上がる。

「ここから入れそうか?」

 頂上の真ん中に丸い穴がある。
 直径1メートルくらいの穴。

「やはり、先客がいるな……」

 そして、その穴には太いロープが垂れ下げられている。

「行くか、東園寺?」

 和泉がロープを掴み、それを見せるように東園寺を見上げる。

「危険だ、東園寺、古代遺跡なんて、映画みたいに罠があるかもしれない、それに盗掘団もいるんだ、尚更引き返したほうがいい」

 と、佐々木は再度撤退を要求する。

「公彦」
「東園寺」

 みんなが彼の決断を待つ。

「明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい……。マハマト・ガンジー……。俺の座右の銘だ、このまま進むぞ」

 東園寺がそう言い、穴の前に立つ。

「なんだ急に……」

 人見が軽く笑う。

「なら、俺も。同じ病を持つものは互いに憐れみ合うし、同じ悩みを持つものは互いに助け合う。伍子胥。これが俺の座右の銘だ」
「伍子胥か……、それなら俺は……、猟犬は用が済めば、煮て食われる。范蠡……」

 と、和泉が言い、にやりと笑う。
 なんか、いきなり、座右の銘とか、偉人からの引用大会になってるんだけど……。

「じゃ、じゃぁ、私も……」

 と、東園寺の頭をぽんぽん叩きながらネタを考える。

「えーっと……、馬鹿は死ななきゃ直らない。ホセ・オルテガ……」

 しーんとなる……。
 みんながなんとも言えない顔で私を見る。

「あ、ミス、やり直し、えーっとねぇ……、口紅をつけて綺麗に着飾っても豚は豚だ。バラク・オバマ」

 また、しーんとなる。
 あ、あれ、間違った? 豚は焼いてから食え、だったっけ? 

「あー、じゃぁ、強者は何をしても許される。イヴァン四世」

 ……。
 くっ……。
 みんなの視線が痛い……。

「まぁ、いいだろう……、次、佐々木……」
「ほっ……」

 東園寺の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

「えっ? 俺も……?」

 佐々木が考える。

「えー……」

 そして、口を開く。

「なんかやだなー、こわいなー、変なの連れてきちゃったかなー。稲川○淳二」

 くっ……。

「ぷっ」
「う……」

 みんなが笑いを堪える。

「さすがだな、佐々木……」

 東園寺も笑いを堪えながら言う。

「緊張もほぐれたな、では、行くぞ」
「「「おお!!」」」

 私たちは小島の中に突入していく。
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