フリーターの俺が美少女で追加戦士枠

八軒

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 さて、唐突だけれど、この飛彩町はベッドタウンというやつだ。一昨年くらいに行われた国の調査によれば、人口は5万人ほど。
 ベッドタウンではあるが、ちょっと歩けば有名な観光名所があったり、海もあったりするので観光客もまぁまぁ多い。そんなありふれたごく普通の町だったのが、この飛彩町だ。

 だった。というのがポイントである。
 なぜならこの町は半年前を境に変わってしまったのだから。

 突然。本当にある日突然。どこからともなく異世界の住民である怪人、レイダーが人々を襲いに飛彩町にやってきたのだ。

 レイダーは人間が持つ感情、感謝とか喜びとか幸福と言った類のポジティブな感情を自身のエネルギー源としている。
 エネルギー源としてそういう感情をレイダーに奪われてしまった場合、どうなってしまうのかというと答えは簡単。
 その感情だけ綺麗さっぱりに忘れてしまい、恐怖とか罪悪感、苦しみのようなネガティブな感情しか残っていない人になってしまう。

 それを防ぐためにとある存在が現れた。
 唯一レイダーに対して有効打を持つ3人の少女たち、ヒーロー。
 彼女らが持つ殺意の塊みたいな特殊な武器や常人の何倍もある身体能力を使えばレイダーたちに風穴を開けるなんて容易いわけで。

 ただ、ヒーローは記憶操作と戦闘によってできた跡を戦う前に戻す魔法のような力を持っているから、レイダーとヒーローの存在は町の人たちにはおろか誰にも知られていない。

 でも彼女たちのおかげでこの町の平和は今日も守られていると言っても過言ではなく、しかも最近になって4人目のヒーローが現れ「きゃぁあぁああっ!!」

 ……朝の静かな住宅街の中に悲鳴が響き渡り、反射的に声が聞こえた方に振り向くと、通行人の女性が今まさにレイダーに襲われようとしていた。
 
 タイミングが悪いな、と軽い舌打ちをしてから辺りを見渡す。
 幸い他に通行人の姿は見えない。今この場にいるのは自分とあのレイダーと襲われそうになっている通行人だけだ。

 このまま放置してしまうと彼女の感情は奪われてしまう。それを阻止するには……。

「……やるしかない、か」

 もう一度辺りを見渡して誰もいない事を確認し、ポケットの中からフタがついている金属製ライターを取り出す。全体的に鮮やかなピンクで一部白色で刻印された薔薇か何かの花が特徴な趣味の悪い色合いをしている縦長のライター。

 フタを親指で開け、発火石であるフリントホイールに指を置く。そして小さくため息をついた。

 ここまでの話の流れで分かった人もいるかもしれないけれど、一応言っておこう。
 自分はレイダーに対抗できる存在であるヒーローだ。
 でも出来ることならば変身したくない。
 ある意味忌々しい力を使いたくはない。けれど……この状況で他の3人のヒーローの誰かを待っている時間なんてないから、自分がやるしかない。

「ああもう……シャイニー・コンバージョン!!」

 吹っ切れた自分の大きな変身の掛け声の直後にフリントホイールを指で回す。
 するとどういうわけか着ていた服が銀色に輝く光の粒子へと変わり、その形が黒色を基調としたゴシックロリータへと変化する。
 原宿とかそういう場所でよく見るような服装かな。いや分からないけれど。

 さておき、肉体は線が細くなり女性的に。髪の毛の色は元々の黒色から綺麗な銀色に変わる。育毛剤なんて使ってもいないのに髪の長さは腰くらいまでぐんぐんと伸びた。

 今のままだと見えないけれど、背中にリュックを背負ったくらいの重みを感じたところで全ての変身の工程が終わった。

「シャイニー・シルバー、光り輝くように誕生!」

 無意識的に名前を名乗り、ポーズを決める。
 住宅街にはある種似つかわしくないような服装を着た少女である自分が立っていた。

「……速攻で片付けるから」

 それだけ呟くと、地面を蹴ってレイダーとの距離を詰め、向こうがこちらに振り向く前に思い切り殴りつけた。

「せいやっ!」
「ブヒィイッ!?」

 ブタのぬいぐるみのような雰囲気を持つレイダーが吹き飛び、誰かの家の石垣に当たり、粉々になる。
 ……あとで石垣は直すから、住民の方ごめんなさい。

「あなた、怪我はない?」

 レイダーを見失わないようにしながら襲われていた通行人の女性に声をかける。

「え、あ、その……はい、大丈夫です」
「良かった。危ないから少し離れていてね」

 この感じだと間一髪というところで防ぐことができたのだろう。良かった、間に合って。

「誰だブヒィ? こんなデンジャラスなことをしたデンジャラスなヤツは! 痛いブヒィ……」

 パラパラと身体についた石片を地面に落としながらブタのレイダーは立ち上がる。その瞳はぬいぐるみのように綺麗だけれど、きっと怒りの炎に包まれているはずだ。

「なんだブヒィ、デンジャラスな……ゴスロリ少女?」

 遠目だけれど、ブタの視線が上から下へ品定めするように動いてる気がする。悪寒が走るようなねっとりとした視線。

「ふーむ、なかなかブヒね。色白の肌にそのサラサラで綺麗な銀髪。特にその冷酷そうな瞳。ゾクゾクするブヒ……おっとデンジャラスに涎が」

 ……うわぁ……ぁ……鳥肌が身体中に……気持ちが悪い!!
 ニチャリィ……と涎を垂らしながら笑みを浮かべているその姿は本当に気持ち悪い。
 鏡を見なくてもわかる。自分の表情は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。

 大きく息を吸って気分を落ち着かせながら腰を落とし、さっきと同じように大地を蹴り、高速で距離を詰める。

「な、速ブヒィイィイイ!?!?」

 この距離を詰めるスピードの速さに驚いて対応できていない変態ブタの顔を目がけて回し蹴りを繰り出す。
 ずっしりと体重を乗せた一撃を食らったブタは涎を飛ばしながら空中を数回転し、ズシン…と音を立てて墜落する。

「ブ、ブヒブヒ……いちご柄、デンジャラスさいこ……ブヒ」

 そんな最低なセリフを最後に、このブタはバタンと事切れ、その肉体は砂のような粒子となり、さぁーっと風に乗って消えていく。
 あのブタの最期の表情は分からないけれど、多分きっと恍惚の表情だ。ああ気持ち悪い。
 というか変身した後っていちご柄なんだ。いやそんなこと知りたくなかった。普通こういうのってどんなに激しく動いても何故か見えないようになっているとか無いの? 

 あぁ……あのブタ消える前にもう一回殴ったりしておけばよかったかな。

「……過去最悪の気持ち悪さ」

 両手でお尻を押さえながら、未だ込み上げてくる気持ち悪さに身を震わせ、ついその場にしゃがみこむ。
 レイダーの性的嗜好というやつはかなり特殊なものなんだろうか……過去に出会ったレイダーたちもあんな感じだった。今日ほど酷くはなかったけど。

「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」
「ん? あ、ちょっと認めたくなくて。いやこっちはどうでもよくて、そっちは大丈夫?」
 
 流石にその場にしゃがみ込んだのがいけなかったのか、襲われかけていた女性に心配された。

「はい! えっとお陰で助かりました! よく分からない化け物に急に踏んでくれって頼まれて……怖かったんです」
「それは確かに……でもあのブタは倒したんで安心してください」

 そう言って一歩後ろに下がると、そのまま誰か知らない人の家の屋根に向かって超躍する。勿論スカートを押さえつつ。

 なんとか屋根に乗ったところで軽く息を整え、そして右手で指パッチンをして恥じらいもなく大きな声で「エニシング・ウィッシュ!」と唱えた。

 するとキラキラと昔の少女漫画の効果みたいに光る粒子みたいななにかが空から雨のように降り注ぐ。
 そのキラキラが壊れた石垣に触れると、まるで逆再生のように石垣に石片が集まっていき、壊れる前の形に戻っていく。

「なにこれ……すごく綺麗……は、ハクション! …………ん、あれ、私ってば何を……って電車の時間に遅れちゃう!」

 襲われていた女性はクシャミをしてからは疑問の表情を浮かべながら腕時計を見て現時刻にビックリしたのか、駅の方に走って向かった。

「うん。ちゃんと作用してる」

 ふぅ、と安堵のため息をつく。
 じゃあ人気のいないところで元の姿に戻ろうと一歩踏み出そうとするが、少し遠いところから「シャイニー・シルバーさん!」と名前を呼ばれ、足を止める。

「はぁ、はぁ……シャイニー・シルバーさん! レイダーの反応が出たから来たんですけど、先に来ていたんですね!」

 声の方に振り向く。
 そこには自分が着ているようなピンク色のゴシックロリータ服に身を包んだ赤髪の少女と、同じゴシックロリータでもスカートが短かったりと動きやすそうな感じがあるオレンジ色の服を着た金髪の少女。そして青色のゴシックロリータを着た水色の髪の女性がいくつかの家の屋根をぴょんぴょんと飛んでこちらにやってきていた。

 彼女たちはシャイニー・レッドとシャイニー・イエロー更にシャイニー・ブルー。この飛彩町を守るヒーローたちだ。

 そのヒーローであるレッドは胸に手を当て息を整え、イエローは「敵はどこだ?」と辺りを見渡し、ブルーはどこか驚いた表情をしている。

「たまたま近くにいたものですから私1人で倒しました、それでは失礼します」

 3人に対して業務的に顛末を伝え、同じように屋根を踏み台にしてこの場から離れる。

「ちぇ…なんか感じ悪いよなー、シルバーって」とイエローの言葉を聞きながら。



***



「……よし、誰もいない」

 住宅地にポツンとある小さな公園を少し遠くの家の屋根から観察する。
 だいたい5分くらい、ここで待機して人の出入りを見ていたけれど特に他の人があの公園を利用している様子はない。

 行くなら今だ。

 バッと跳躍して砂場に着地し、辺りに砂を撒き散らしながら通行人もいないことを確認すると、そそくさと公園内に設置された公衆トイレに入る。

 トイレの中にも誰もいないことを目視。
 流れるように個室に入り、扉を閉めてガチャリと鍵をかけた。

「シャイニー・リターン」

 その言葉を皮切りに変身した時と同じように服装が光の粒子に包まれ、ゴシックロリータから元の服へと戻っていく。
 伸びていた髪もどういう原理か短くなっていき、色も黒色に。
 そうして完全に元に戻ったところで小さく溜息をつき、きっと外から見たらこの個室めちゃめちゃ光っていたんだろうな、とか考えながら特に意味はないけれどトイレの水を流す。

「ふぅーっ……よし」

 鍵を開け、個室から出て備え付けの鏡で自分の素顔を確認する。
 長過ぎず短過ぎない清潔感のある黒髪。容姿も自分で言うのもなんだが悪くはない。が別に良くもない。1番の特徴はそのどこか眠そうな黒い瞳だろうか。
 鏡にはシャイニー・シルバーではなく男性が写っていた。まぁ男性っていうか俺なんだけど。

 もう既にお気づきの方もいるだろう。
 そう。俺、白銀しろがね 祐希ゆうきは24歳の男でありながらヒーローの少女、シャイニー・シルバーなのである。
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