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恋心
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今までもはっきりと思い出せるあの時間。
「この部活の活動内容は…」
堅苦しい説明。ただ友達の部活動見学の付き添いとして同伴していた私にとっては退屈な時間だった。特に興味もない部活の説明なんて私の右耳から左耳へ通り抜けるなんてこともなく、体内へ侵入することさえなかった。どのくらい経ったかな。壁にかかっているであろう時計を探していると部長の隣に座っている男子生徒と目が合った。気まずい。行き場を失った私の目線は体感でいくと結構長い間彼と目が合ってしまっていた。どうすればいいかと戸惑い固まってしまっているとき彼が笑顔を向けてくれた。
気まずいという感情がほろほろと溶けていく。そして同時に見惚れた。彼の笑顔に。
余計に目を離せなくなった私は興味なんてかけらもなかったのに天文部への入部届けにいつの間にか記名をしてしまった。
放課後、特に予定のない私は部室に通いまくった。彼は副部長だったらしく部室に行くと大抵難しそうな分厚い本を開いて適当な椅子に座っていた。少しすると皆勤賞に近い私の顔を覚えてくれていた彼。部室のドアを開ける度笑顔で手を振ってくれるようになった。部員が少ないので副部長と二人っきりなんてことも珍しくない。
話すのが得意なタイプらしい。先輩は一人で面白い話をし続けてくることが多かった。相槌を打つ暇さえない。けれど楽しそうに話す先輩を見る時間はとても宝物だった。
彼は三年だ。あと数日で引退してしまう。同じ後悔でもやった後悔の方が後味いいよね。とか思った私は二人っきりの部室。先輩の話が途切れた途端。
「好きです。付き合って…もらえませんか?」
完全に勢いだった。振られるつもりの告白。
「いいじゃん」
おそらくOKなのだろうが、よくわからない返事をしながら八重歯を見せて笑う先輩。そんな彼に私はもっと恋をした。
受験生だから忙しそうな先輩。対して特に用事のない暇な私。長続きするわけがなかった。やることなんて見当たらないから基本彼のことを考えていた。
どんどん大きくなる恋心。大きなプールからあふれだした好きという感情たちは私たちの間に線を引いた。
「すまん。別れよう」
付き合って四か月と数日たったある日。振られた。
私の一目ぼれはこの一言にかき消された。すぐに切り替えられるはずがなかった。すごい好きだったのだから。
大きくなりすぎた重いこの愛は行き場を失い、私の心に留まった。
高校二年生に上がりバイトをはじめ、それなりに忙しくなった私。
何人かなんとなくお付き合いをしたけれど新しい恋などできなかった私。
恋愛は当分いいやと思っていた私のもとに届いたメッセージ。
「映画行かん?」
先輩だった。一年ぶりの先輩。大学生になった先輩。
返事はもちろん。
「行きたいです!」
一年前はしなかったメイク。
顔面には色をのせて、髪には香りをのせて。
どきどきしながら待ち合わせ場所に行くと。いた。多分あの人。
見慣れた制服じゃない。見慣れた黒髪じゃない。
案外わかるものなんだな。とか思いながら声をかける。
「先輩!お久しぶりです」
「わあ!久しぶり!」
変わってないテンションに安心する。映画を見て、夜ご飯食べて、人が少なくなり始めた大きめな公園に来る。
実は「復縁はあり?」と事前にメッセージで聞かれていたのだった。「先輩ならありです」と返した私。
会ったときに告白すると言われていたのでいつ告われるのかとそわそわしている。
「遅い時間だし、もうそろ帰るか」
え?告白は?それ以前に私たちの関係は?
疑問と私を残して先輩は反対行きの電車に乗っていった。
よくわからない関係。けど名前のない関係。
前よりも彼のことを考えてる時間が減った。一週間、二週間。
毎日のように送り続けていたメッセージも間が空いた。
そして気付いてしまった。
お互いもう好きじゃないのだと。
気付きたくなかった。忘れたくて忘れようとした。
それなのに。私の心の中にずかずかと入ってきたくせに。
未練があったのは私のことを好きな先輩しか記憶にないからで。私のことを恋愛的に好きじゃない先輩を知ってしまったらもう。
好きがなくなるくらいなら思い出のままにして、好きでい続けたかった。もう好きじゃないのに。
失恋した気分だ。辛くて、辛くて。涙が止まらなかった。
栓を抜かれたお風呂の残り湯のように。好きが減っていくのが分かった。
そんな私は二週間ぶりにメッセージを送った。
一か月振りに会う先輩の耳には穴が増えていた。
「今日は私についてきてください!」
いつもはついていく側だった私。なんでもいいよって選択をすべて先輩に任せていた。けど今日は違う。今日で終わりにするんだ。
街を適当に歩いて。先輩のピアスを買ったり。私のヘアピンを買ったり。楽しい思い出を作った。
そしてよくデートで話すために来ていた公園。早速口を開く。
「先輩って私のこと別に好きじゃないですよね」
気まずそうにする彼。けど私は続ける。
「あの日私は一目ぼれしたんです。先輩の笑顔に。付き合えるとか思ってなくて。付き合っていた時は本当に幸せで」
涙をこらえながら言いたいことを言う。
「一年前に振られたけどずっと好きで。全部好きなんです。笑ったときに見える八重歯も。二個上なのに子供っぽいとこも。けど頼りになるとこも。れん君のこと、超好きなの」
付き合っていた時の呼び方。口調に戻る。止まらない言葉。
「れん君かっこよくてモテるだろうけど、私以上に好きになってくれる人とかいないし。手放したこと後悔しちゃえばいいの!」
言葉も涙も溢れる。話してる人いつもと逆だなとか思う。涙で言葉が流れる。ふいにれん君が「ごめん」と優しい声で言いながら抱きしめてくれる。
はぁ。年上ってほんとずるい。
彼と私の体温が一緒になっちゃう前にれん君の腕の中から出る。そしてれん君の前に立って言った。
「れん君のばか!大好きだったよ!」
あとは。あとは。最後くらい笑顔でいたかったな。
「バイバイ。れん先輩。今までありがとうございました!」
何か返事を言っていたかもしれない。けど聞こえないふり。
先輩の声も顔も温かさも好きだったとこも。私の記憶からバイバイしちゃうの。
最後の最後に残った一滴の好き。ずいぶん減っちゃったな。とか思いながら涙と一緒に流して捨てた。
次は誰への気持ちで満たそうかな。私の心。
「この部活の活動内容は…」
堅苦しい説明。ただ友達の部活動見学の付き添いとして同伴していた私にとっては退屈な時間だった。特に興味もない部活の説明なんて私の右耳から左耳へ通り抜けるなんてこともなく、体内へ侵入することさえなかった。どのくらい経ったかな。壁にかかっているであろう時計を探していると部長の隣に座っている男子生徒と目が合った。気まずい。行き場を失った私の目線は体感でいくと結構長い間彼と目が合ってしまっていた。どうすればいいかと戸惑い固まってしまっているとき彼が笑顔を向けてくれた。
気まずいという感情がほろほろと溶けていく。そして同時に見惚れた。彼の笑顔に。
余計に目を離せなくなった私は興味なんてかけらもなかったのに天文部への入部届けにいつの間にか記名をしてしまった。
放課後、特に予定のない私は部室に通いまくった。彼は副部長だったらしく部室に行くと大抵難しそうな分厚い本を開いて適当な椅子に座っていた。少しすると皆勤賞に近い私の顔を覚えてくれていた彼。部室のドアを開ける度笑顔で手を振ってくれるようになった。部員が少ないので副部長と二人っきりなんてことも珍しくない。
話すのが得意なタイプらしい。先輩は一人で面白い話をし続けてくることが多かった。相槌を打つ暇さえない。けれど楽しそうに話す先輩を見る時間はとても宝物だった。
彼は三年だ。あと数日で引退してしまう。同じ後悔でもやった後悔の方が後味いいよね。とか思った私は二人っきりの部室。先輩の話が途切れた途端。
「好きです。付き合って…もらえませんか?」
完全に勢いだった。振られるつもりの告白。
「いいじゃん」
おそらくOKなのだろうが、よくわからない返事をしながら八重歯を見せて笑う先輩。そんな彼に私はもっと恋をした。
受験生だから忙しそうな先輩。対して特に用事のない暇な私。長続きするわけがなかった。やることなんて見当たらないから基本彼のことを考えていた。
どんどん大きくなる恋心。大きなプールからあふれだした好きという感情たちは私たちの間に線を引いた。
「すまん。別れよう」
付き合って四か月と数日たったある日。振られた。
私の一目ぼれはこの一言にかき消された。すぐに切り替えられるはずがなかった。すごい好きだったのだから。
大きくなりすぎた重いこの愛は行き場を失い、私の心に留まった。
高校二年生に上がりバイトをはじめ、それなりに忙しくなった私。
何人かなんとなくお付き合いをしたけれど新しい恋などできなかった私。
恋愛は当分いいやと思っていた私のもとに届いたメッセージ。
「映画行かん?」
先輩だった。一年ぶりの先輩。大学生になった先輩。
返事はもちろん。
「行きたいです!」
一年前はしなかったメイク。
顔面には色をのせて、髪には香りをのせて。
どきどきしながら待ち合わせ場所に行くと。いた。多分あの人。
見慣れた制服じゃない。見慣れた黒髪じゃない。
案外わかるものなんだな。とか思いながら声をかける。
「先輩!お久しぶりです」
「わあ!久しぶり!」
変わってないテンションに安心する。映画を見て、夜ご飯食べて、人が少なくなり始めた大きめな公園に来る。
実は「復縁はあり?」と事前にメッセージで聞かれていたのだった。「先輩ならありです」と返した私。
会ったときに告白すると言われていたのでいつ告われるのかとそわそわしている。
「遅い時間だし、もうそろ帰るか」
え?告白は?それ以前に私たちの関係は?
疑問と私を残して先輩は反対行きの電車に乗っていった。
よくわからない関係。けど名前のない関係。
前よりも彼のことを考えてる時間が減った。一週間、二週間。
毎日のように送り続けていたメッセージも間が空いた。
そして気付いてしまった。
お互いもう好きじゃないのだと。
気付きたくなかった。忘れたくて忘れようとした。
それなのに。私の心の中にずかずかと入ってきたくせに。
未練があったのは私のことを好きな先輩しか記憶にないからで。私のことを恋愛的に好きじゃない先輩を知ってしまったらもう。
好きがなくなるくらいなら思い出のままにして、好きでい続けたかった。もう好きじゃないのに。
失恋した気分だ。辛くて、辛くて。涙が止まらなかった。
栓を抜かれたお風呂の残り湯のように。好きが減っていくのが分かった。
そんな私は二週間ぶりにメッセージを送った。
一か月振りに会う先輩の耳には穴が増えていた。
「今日は私についてきてください!」
いつもはついていく側だった私。なんでもいいよって選択をすべて先輩に任せていた。けど今日は違う。今日で終わりにするんだ。
街を適当に歩いて。先輩のピアスを買ったり。私のヘアピンを買ったり。楽しい思い出を作った。
そしてよくデートで話すために来ていた公園。早速口を開く。
「先輩って私のこと別に好きじゃないですよね」
気まずそうにする彼。けど私は続ける。
「あの日私は一目ぼれしたんです。先輩の笑顔に。付き合えるとか思ってなくて。付き合っていた時は本当に幸せで」
涙をこらえながら言いたいことを言う。
「一年前に振られたけどずっと好きで。全部好きなんです。笑ったときに見える八重歯も。二個上なのに子供っぽいとこも。けど頼りになるとこも。れん君のこと、超好きなの」
付き合っていた時の呼び方。口調に戻る。止まらない言葉。
「れん君かっこよくてモテるだろうけど、私以上に好きになってくれる人とかいないし。手放したこと後悔しちゃえばいいの!」
言葉も涙も溢れる。話してる人いつもと逆だなとか思う。涙で言葉が流れる。ふいにれん君が「ごめん」と優しい声で言いながら抱きしめてくれる。
はぁ。年上ってほんとずるい。
彼と私の体温が一緒になっちゃう前にれん君の腕の中から出る。そしてれん君の前に立って言った。
「れん君のばか!大好きだったよ!」
あとは。あとは。最後くらい笑顔でいたかったな。
「バイバイ。れん先輩。今までありがとうございました!」
何か返事を言っていたかもしれない。けど聞こえないふり。
先輩の声も顔も温かさも好きだったとこも。私の記憶からバイバイしちゃうの。
最後の最後に残った一滴の好き。ずいぶん減っちゃったな。とか思いながら涙と一緒に流して捨てた。
次は誰への気持ちで満たそうかな。私の心。
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