優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第二章 猫耳事変

第7話 調査開始

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 弦が部屋を出て一階へ降りると、リビングには攪真と在琉がいた。

「二人とも今時間いい? 織理のことなんだけど」
「俺たちも今その話しとったところです。弦さんばっかりいい思いしてて腹立つなって」
「攪真も撫でれば良いじゃん。今度は逃げないでね」
「……遠慮しときますわ」

 攪真の僻みを軽く交わしつつ、本題に移す。織理の状態が悪化していること、人間らしい織理が失われてきていること、このままだともしかしたら本当に猫になってしまうかもしれない、そんなことを伝えた。

「大元を探すしかないかなって、思ってるんだけど」

 織理は原因を覚えていない。と言うかあまり会話にならない。

「そう言うことなら、オレ出るよ。家にいても仕方ないし」

 在琉の一才躊躇わない返答に驚いたのは攪真と弦だ。こんな面倒ごとに関与する人間だと思われていないのだ。

「えらい素直やなぁ」

 攪真が少し揶揄うように返す。そこに少し不機嫌な顔で在琉は返した。

「……本当に暇なんですよ。織さんあんなだし……オレも織さんにまた触られたいし。だから猫のままなのは困る」
「……えらい素直やなぁ」

 今度は別の意味で。そのやりとりに弦が笑いをこぼす。在琉の素直な告白は微笑ましく見えた。
 在琉が立ち上がると攪真も席を立つ。

「ま、でも俺も出られるわ。織理がこのままやと……俺本当に抑え切れへんし」

 攪真も攪真で異論は無かった。本当は選ばれたかったが、今の自分にはあれは耐えられない。だから弦が残るならそれが一番、気分的には納得行かないが、仕方ないと思っている。

「弦先輩はちゃんと織理見といてや。耐えるの得意やろ」
「……いやあまり得意じゃ無いんだけどね」

 攪真のやっかみは地味に止まらない。そんなに言うならお前がやればいいのに、と弦は思わなくもなかった。別に独占したくて独占しているわけでは無いのだ。
 そのまま外に出ようとした攪真を止める様に在琉が口を開く。

「ただ、どこから探す?」

 根本的な話だった。ここにいる人間は誰一人として探し物に特化した能力を持っていない。

「まず人を猫にするって何に付随する能力なんだろうね……猫化させるって単体の能力の可能性、あるのかな」

 そんな局地的な能力、何に使えるのだろう。3人は首を傾げる。とはいえ能力なんて持って生まれた物であり、本人がどう足掻いても使えない物は使えない物なのだ。

「本人が獣に変化する、はA組の大神とかおるけど、人をってのはなぁ……」
「よく考えたら織さんが犯人について口にしてないのも変だよね、それも禁じることができるとか?」
「……何かに付与された効果とか? ほら、ポーション作る能力者、居るじゃん」
「居るけど……織理そんなもん飲むか?」
「飲まされた、とかかけられたはあるだろ」

 考えれば考えるほどキリがなくなるのが能力の恐ろしいところだ。数は少ないといえど都市内だけでも十万人は居る。と言うか都市外には殆どいない。

「とりあえず……能力犯罪のデータベースとか参照してみる? 申請出せばネットからも見れるけど直接の方が早いし……」

 弦の提案に在琉は頷いた。能力犯罪――そのままである、能力者による犯罪は一般市民との扱いが大きく違う。一般の警察では対処不可能な事象も多い為、それ専用の機関が設けられている。前科があるならその能力者用の警察機関が保持するデータベースに載っていることだろう。
 ただ規模の小さいものまで乗せる手前個人情報の取り扱いが厳しく、申請なしでは見ることができない。二、三営業日は覚悟したほうがいい。

「とりあえずオレそっち行ってくる。攪真、お前は能力管理所とか行ってくんない? 登録表見せてもらえるとは思えないけど」

 方向が定まった。三人で頷き、今度こそ攪真と在琉は外に出る。

「犯人見つけても一人で行くなよ」
「行かないよ。オレ戦闘向きの能力じゃ無いし」

 そんな軽口を叩きながら。



 ――――
 


 攪真が訪れたのは能力管理所、言ってしまえば役所の住民課だ。能力者はデータベースへの登録が義務付けられている、そのため理論上は探せるはずなのだ。
 同棲する家からは徒歩1時間の距離にある。故に攪真は自前のバイクを使ってここまできた。

 白を基調とした新しめの建物。つい最近移設したばかりの物だ。二階建てで少し横長のそれの一階手前にその部署はある。カウンター越しに座る女性に攪真は腰を低くして話しかけた。

「申し訳ございません。それは個人情報保護の観点からお調べ出来ません」

 取り付く島も無かった。担当部署の女性は一切表情を変えずにテンプレートの様な言葉を述べた。攪真は少し口が引き攣りそうだった。

「せやけど、身内がそれでほんまに猫にされそうになってんですよ?」

 あくまで優しく、困り果ててます、とでも言う雰囲気を出しながら再度願いかけてみる。

「私どもも協力したいのは山々なのですが……公的な手続きが無い限り第三者の能力をお伝えすることが難しくてですね……」

 しかし多少優しく返ってきた返事も予想通りだった.
 ――まぁ役所と言うものはそう言うものだ。攪真も半分は期待していなかったから残念とも思わない。思わないが、だからここあんま好きじゃないんだよなと再認識させられた。能力者の事を管理しろ、保持しろと扱うくせに、一丁前に個人情報保護だのと宣う姿勢はあまり好きではない。

「全部見せて欲しいわけじゃないんですよ、該当する能力だけ教えてもらったりできませんかね」
「はぁ、それもね……無理なんですよ。少しでも個人は個人ですからね。お力になれなくてすいません」

 食い下がってみたが面倒臭さを隠さなくなってきた相手に攪真は諦めた。自分のことを厄介がる態度というのはどうにも居心地が悪い。
 攪真は頭を下げてその場を後にする。――だから襲撃されるんやろ、と移転の原因になった事件に思い馳せたりなどしながら。


 外に出て攪真は在琉に電話をかける。駐在所は家からも近い、故に向こうはもう終わっているはずだ。
 5コールほどして電話が繋がる。攪真はこちらの状況と共に本題を切り出した。

「こっちは何も収穫なかったわ。そっちはどうや」
「こっちもハズレ。人が猫にされる事件ってのは過去に2件報告はある、が犯人は未だ出所していない。……ってことらしい」

 攪真と在琉はその進展のなさに電話越しにため息を吐く。前科者の物ではないとなると少し面倒くさい。なんせ手掛かりがないのだから。

「やっぱ公的機関はダメやな……」

 ぼそっと攪真はつぶやいた。

「まぁあとは隣のクラスのやつを頼るくらいだろ」

 結局のところ、公的機関を頼れないのならば能力者に頼むしかない。手掛かりが無い今、取れる手段は限られていたが。

「書憶に頼むんか。まぁそれが……1番やな」

 ――書憶 綴。攪真達が通う高校の、A組の能力者だ。彼の能力は【ブック・オブ・マイライフ】、人の記憶を本にして読むことができる物だった。別段仲良しなわけでは無いが、自警団メンバーである彼は頼るだけの価値がある。
 とは言え問題が一つ。

「織理を外に連れ出すんか。万が一のことがあったら嫌やなぁ」

 対象が目の前にいなければ使えない。当然と言えば当然の仕様だが、今の織理を連れ出すのは不安がある。そもそも自分達に手を引かれてくれないのでは? と悲しい現実まであった。

「弦さんに電話して連れて来させる?」
「まぁそうなるわな……」

 結局あの人頼みか、と苦虫を噛む思いだった。
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