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第四章 王道をなぞれ!な学園編
第8話 かきまわす
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帰り道はただ面倒臭いだけだった。――なんで、このよく知らん女と帰らなきゃならないんだろう。いや、俺が悪いんだけど。
織理が弦と一緒に帰ったのを見た。あの人は織理を人前でも普通に抱き寄せられていた。そして周りの反応も好意的。……なんで? なんで俺はそれが許されないのに弦は許されるの? 女に囲まれてるのはあいつだって同じなのに。
織理も織理だ。俺と手を繋いでいるところは見られたくないくせに、弦先輩に肩を寄せられるのは許す。それだけで織理がいかに弦の事が好きかを見せつけられているようで腹が立つ。
本当に俺は織理に好かれているんだろうか、いや嫌われては居ないはずだ。本来のあいつは嫌いな人間をそばに置き続けられる人間じゃなかったはず。在琉のように織理の能力が効かないなら仕方ないが、それ以外で遅れを取ることなんて無いだろう。織理の強さは、負けた自分がよくわかっている。だから、逃げられていない時点で嫌われていることはないだろう。そう信じたい。
「攪真先輩?」
隣から声をかけられる。そうだった、まだ一緒に帰っている途中だ。受け入れ難いことばかりで現実から目を背けていた。
「ん? どないしたん?」
俺はただ笑って返す。すると彼女は少し俯いた。
「……やっぱり脳繍さんと帰りたかったんですか? 好きなんですよね」
そりゃ勿論。でもこいつが結菜とかと同類じゃない確証がない。ここで認めて織理が虐められたら俺は耐えられなくなる。
「好きやあらへんよ、本当に同級生や」
――好きじゃなかった。歯牙にも掛けずに俺を負かしたあの男が。なのに、なんで今こんなに好きになってしまったんだろう。
「じゃあ攪真先輩の好きな人って誰なんですか? 私、それ教えてもらったら諦められます。私なんかが先輩に釣り合うとは最初から思ってない……だから叶わない相手を教えて欲しいんです」
そう卑下する彼女はしおらしくて、健気に見える。こうやって自分を卑下するのは織理にも重なる。だから尚更立ち振る舞いがわからない。
「そこまで卑下せんでも……後輩ちゃんはええ子やと思うし」
そう伝えれば彼女は照れたように顔を下に向ける。
「……先輩は優しくて、格好良くて。……一度でいいんです、私とデートしてくれませんか」
前の俺なら喜んで飛びついただろう。だって人に好かれるのは心地いい、俺が普通にしてるだけで勝手に俺を好きになってくれる女の子は可愛い。
けれど今は織理以外にその感覚がわかなかった。デートするなら織理がいい。
「いや、それは……」
でもそんなことを言えば相手を悲しませてしまうのではないか。なんて断れば波が立たないのだろうか。
歯切れ悪く戸惑っていると舌打ちが聞こえた気がした。思わずそちらをみると彼女は隣から離れて前に出た。
「……はっ、意気地なしがヨォ……テメェマジでクズだな。目の前にいる女に手は出さねぇ、その癖好きな奴の後を追う事もしねぇ」
粗雑で荒い声。その豹変に俺は思わず硬直した。え、こいつさっきまでの後輩か? その剣呑な視線は先程まで自分を卑下していた姿とはかけ離れていた。
髪をガシガシと掻き上げ、猫背だった背をまっすぐに。女は俺の肩を叩く。
「本当顔しか取り柄のねぇやつ。結菜はこんなのの何がいいんだか……」
ボソッと呟かれた言葉の後半は意味がわからなかったが、前半は地味に傷つく。さっきの優しくて、とかは全部嘘なのか。あれが全部嘘なら、織理を追いかけなかった自分は。
「じゃあなクズ男。精々後悔の無いように振る舞えよ」
そのまま女は走って行った。クズ、クズ男……その言葉の方が衝撃的で追いかけようとは思わなかった。いや、確かにヨルハからはクズだのと言われたことはあるが、2度会っただけの奴に言われるなんて。
普段ならただ怒りが湧いただけだろうが言われた事が言われたことだけに反論の余地もない。織理が好きなのに織理を追いかけられなかったのは自分だ。織理も普通に手を離して帰ってしまったし……
「……織理は、嫉妬すらしてくれへん」
実はただなし崩しに同棲しているだけでそこに愛などないのか。でも織理は俺に処女をくれた、あの時の織理は嫌がってなかった。その後だってあいつからキスしてくれることもある。嫌われてはない、むしろ好かれてるはず。なのになんで? 弦さんみたいに寄りかかってもらえない、在琉みたいな暴力だけの男に可愛いなんて言うくせに、俺は? 好きの言葉だけで喜ぶからいけないのか、でも本当に織理からの好意が嬉しくて、そこに嘘はなくて――
でも織理は俺だけのものになってくれない。俺だけを見てくれない、俺はこんなにも織理のことが好きなのに。
ぐるぐると考える頭は整理できそうになかった。
――
「おかえり、攪真」
帰宅した攪真を出迎えたのは織理だった。扉の開く音共にエプロンをつけたままパタパタと駆け寄ってきたのだ。
「顔が暗いけど……どうかしたの」
織理は心配したように下から覗き込む。攪真は思わずそれを抱きしめた。どこか香ばしい香りが鼻に着く。
「織理……」
少しだけ頭を押し付ける。
「どうしたの、本当に……」
ぽんぽんと攪真の背中を叩きながら織理はとりあえずその場に待機した。強まる腕の力に彼が何か苦しんでいるのでは、と察するくらいの思考はある。
この織理、全ては弦の入れ知恵である。攪真の現状を鑑みた結果、とりあえずお出迎えだけしてあげてと頼まれたのだ。丁度夕飯の当番だった織理は普通に頷いた。お出迎えなんて大層なことをこの家の人間は基本しないのだが、嫌なわけでもないので従うが。
しばらくすると少しだけ落ち着いたのか攪真は顔を上げる。
「織理……俺のことまだ好き?」
「え、? 好き、だけど……どう言う質問?」
――唐突すぎて正解がわからない。好きではあるが、まだとはなんだ。もしかして攪真は忘れているのだろうか、そもそも攪真が織理を囲い込んだことを。ちょっとだけ織理は眉を寄せる。
「……なんでもない。忘れて欲しい」
そのまま攪真は2階へと上がっていく。――なんかこの感じ不快だな、織理は攪真の後ろ姿を見送りまたキッチンへ戻った。
「なんなんだろ、攪真……」
また自分が何か間違えたのだろうか。精神状態が良くないのは、口よりも雄弁に語る能力でわかる。そういえられ放課後時点で不安定だった。
とはいえ原因がよくわからないのが織理の本音だった。いつも明るいクラスの人気者、攪真の立ち位置は何も変わっていないし結菜筆頭に色んな女の子に囲まれている。自分だったら嫌だが、彼の性格的にはそれが喜ばしいことのはずではないのか?
もしかして気がつかないうちに何か余計なこと言ってしまったのかな、織理は自己嫌悪で顔が俯く。
鍋をかき混ぜながら、考える。思考もこの渦に飲まれていくような、無意味な感覚が浮かぶ。ごとごとと音を立てて混ざる、でも答えが出てくることはない。
「織さん~夕飯何~」
不意に後ろから掛けられた言葉に織理の顔が上がる。在琉だ。織理は思考を切り替えた。
「でかい鍋、汁物?」
「猫まんま」
「織さんまだ猫気分なの?」
――猫だったのは在琉でしょ。在琉の頭に視線を向ける。消えた猫耳が恋しい。
織理の肩に手を置いて彼は覗き込む。鍋の中にはシチューらしきものが出来上がっていた。
「美味しそうじゃん」
食欲をそそるコンソメの香りがする。具もたくさん入っていそうでなんとも美味しそうだ。
しかし織理は微妙な表情。
「どうだろう、牛乳入れすぎたかも……」
なんとなく水っぽい感じのかき混ぜ心地。横から手が伸び小皿が取られた。
「味見していい?」
「いいよ、熱いから気をつけてね」
「なんかいいねそのセリフ、織さんが言うとバカっぽくて可愛い」
「え、何それ」
織理は腑に落ちない気持ちを隠さなかった。ただ在琉の言うことだ、深く考えるのも意味がない。自分は弦のように人の言葉の裏をきちんと推察できないのだから。
そんな織理を他所に在琉は小皿にシチューを装る。軽く息を吹きかけてから口をつける。そして舌を出した。
「あ、っち」
「だから言ったじゃん……」
けれど別に食べれないわけではない。在琉はそのまま口の中で軽く味わう。滑らかでほのかに甘い、くどくもなくて飲みやすいシチューだったら、正直織理に生活能力があった事に在琉はいまだに信じられないものがある。織理からしたら在琉に生活能力があることが信じられないのでお互い様だ。
そこから少しだけ煮込み、織理は火を止めた。
「夕飯にする? 在琉は食べるの?」
いつも在琉は勝手に食べて勝手に消えているので念のため確認。在琉は頷いた。
「美味しいから食べる。食器運ぶから早くよそって」
「ありがとう」
2人で食事を用意するのは初めてだ。在琉とこのように日常的な光景を共有するとは人生何があるかわからない。織理は小さく笑った。
織理が弦と一緒に帰ったのを見た。あの人は織理を人前でも普通に抱き寄せられていた。そして周りの反応も好意的。……なんで? なんで俺はそれが許されないのに弦は許されるの? 女に囲まれてるのはあいつだって同じなのに。
織理も織理だ。俺と手を繋いでいるところは見られたくないくせに、弦先輩に肩を寄せられるのは許す。それだけで織理がいかに弦の事が好きかを見せつけられているようで腹が立つ。
本当に俺は織理に好かれているんだろうか、いや嫌われては居ないはずだ。本来のあいつは嫌いな人間をそばに置き続けられる人間じゃなかったはず。在琉のように織理の能力が効かないなら仕方ないが、それ以外で遅れを取ることなんて無いだろう。織理の強さは、負けた自分がよくわかっている。だから、逃げられていない時点で嫌われていることはないだろう。そう信じたい。
「攪真先輩?」
隣から声をかけられる。そうだった、まだ一緒に帰っている途中だ。受け入れ難いことばかりで現実から目を背けていた。
「ん? どないしたん?」
俺はただ笑って返す。すると彼女は少し俯いた。
「……やっぱり脳繍さんと帰りたかったんですか? 好きなんですよね」
そりゃ勿論。でもこいつが結菜とかと同類じゃない確証がない。ここで認めて織理が虐められたら俺は耐えられなくなる。
「好きやあらへんよ、本当に同級生や」
――好きじゃなかった。歯牙にも掛けずに俺を負かしたあの男が。なのに、なんで今こんなに好きになってしまったんだろう。
「じゃあ攪真先輩の好きな人って誰なんですか? 私、それ教えてもらったら諦められます。私なんかが先輩に釣り合うとは最初から思ってない……だから叶わない相手を教えて欲しいんです」
そう卑下する彼女はしおらしくて、健気に見える。こうやって自分を卑下するのは織理にも重なる。だから尚更立ち振る舞いがわからない。
「そこまで卑下せんでも……後輩ちゃんはええ子やと思うし」
そう伝えれば彼女は照れたように顔を下に向ける。
「……先輩は優しくて、格好良くて。……一度でいいんです、私とデートしてくれませんか」
前の俺なら喜んで飛びついただろう。だって人に好かれるのは心地いい、俺が普通にしてるだけで勝手に俺を好きになってくれる女の子は可愛い。
けれど今は織理以外にその感覚がわかなかった。デートするなら織理がいい。
「いや、それは……」
でもそんなことを言えば相手を悲しませてしまうのではないか。なんて断れば波が立たないのだろうか。
歯切れ悪く戸惑っていると舌打ちが聞こえた気がした。思わずそちらをみると彼女は隣から離れて前に出た。
「……はっ、意気地なしがヨォ……テメェマジでクズだな。目の前にいる女に手は出さねぇ、その癖好きな奴の後を追う事もしねぇ」
粗雑で荒い声。その豹変に俺は思わず硬直した。え、こいつさっきまでの後輩か? その剣呑な視線は先程まで自分を卑下していた姿とはかけ離れていた。
髪をガシガシと掻き上げ、猫背だった背をまっすぐに。女は俺の肩を叩く。
「本当顔しか取り柄のねぇやつ。結菜はこんなのの何がいいんだか……」
ボソッと呟かれた言葉の後半は意味がわからなかったが、前半は地味に傷つく。さっきの優しくて、とかは全部嘘なのか。あれが全部嘘なら、織理を追いかけなかった自分は。
「じゃあなクズ男。精々後悔の無いように振る舞えよ」
そのまま女は走って行った。クズ、クズ男……その言葉の方が衝撃的で追いかけようとは思わなかった。いや、確かにヨルハからはクズだのと言われたことはあるが、2度会っただけの奴に言われるなんて。
普段ならただ怒りが湧いただけだろうが言われた事が言われたことだけに反論の余地もない。織理が好きなのに織理を追いかけられなかったのは自分だ。織理も普通に手を離して帰ってしまったし……
「……織理は、嫉妬すらしてくれへん」
実はただなし崩しに同棲しているだけでそこに愛などないのか。でも織理は俺に処女をくれた、あの時の織理は嫌がってなかった。その後だってあいつからキスしてくれることもある。嫌われてはない、むしろ好かれてるはず。なのになんで? 弦さんみたいに寄りかかってもらえない、在琉みたいな暴力だけの男に可愛いなんて言うくせに、俺は? 好きの言葉だけで喜ぶからいけないのか、でも本当に織理からの好意が嬉しくて、そこに嘘はなくて――
でも織理は俺だけのものになってくれない。俺だけを見てくれない、俺はこんなにも織理のことが好きなのに。
ぐるぐると考える頭は整理できそうになかった。
――
「おかえり、攪真」
帰宅した攪真を出迎えたのは織理だった。扉の開く音共にエプロンをつけたままパタパタと駆け寄ってきたのだ。
「顔が暗いけど……どうかしたの」
織理は心配したように下から覗き込む。攪真は思わずそれを抱きしめた。どこか香ばしい香りが鼻に着く。
「織理……」
少しだけ頭を押し付ける。
「どうしたの、本当に……」
ぽんぽんと攪真の背中を叩きながら織理はとりあえずその場に待機した。強まる腕の力に彼が何か苦しんでいるのでは、と察するくらいの思考はある。
この織理、全ては弦の入れ知恵である。攪真の現状を鑑みた結果、とりあえずお出迎えだけしてあげてと頼まれたのだ。丁度夕飯の当番だった織理は普通に頷いた。お出迎えなんて大層なことをこの家の人間は基本しないのだが、嫌なわけでもないので従うが。
しばらくすると少しだけ落ち着いたのか攪真は顔を上げる。
「織理……俺のことまだ好き?」
「え、? 好き、だけど……どう言う質問?」
――唐突すぎて正解がわからない。好きではあるが、まだとはなんだ。もしかして攪真は忘れているのだろうか、そもそも攪真が織理を囲い込んだことを。ちょっとだけ織理は眉を寄せる。
「……なんでもない。忘れて欲しい」
そのまま攪真は2階へと上がっていく。――なんかこの感じ不快だな、織理は攪真の後ろ姿を見送りまたキッチンへ戻った。
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また自分が何か間違えたのだろうか。精神状態が良くないのは、口よりも雄弁に語る能力でわかる。そういえられ放課後時点で不安定だった。
とはいえ原因がよくわからないのが織理の本音だった。いつも明るいクラスの人気者、攪真の立ち位置は何も変わっていないし結菜筆頭に色んな女の子に囲まれている。自分だったら嫌だが、彼の性格的にはそれが喜ばしいことのはずではないのか?
もしかして気がつかないうちに何か余計なこと言ってしまったのかな、織理は自己嫌悪で顔が俯く。
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不意に後ろから掛けられた言葉に織理の顔が上がる。在琉だ。織理は思考を切り替えた。
「でかい鍋、汁物?」
「猫まんま」
「織さんまだ猫気分なの?」
――猫だったのは在琉でしょ。在琉の頭に視線を向ける。消えた猫耳が恋しい。
織理の肩に手を置いて彼は覗き込む。鍋の中にはシチューらしきものが出来上がっていた。
「美味しそうじゃん」
食欲をそそるコンソメの香りがする。具もたくさん入っていそうでなんとも美味しそうだ。
しかし織理は微妙な表情。
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なんとなく水っぽい感じのかき混ぜ心地。横から手が伸び小皿が取られた。
「味見していい?」
「いいよ、熱いから気をつけてね」
「なんかいいねそのセリフ、織さんが言うとバカっぽくて可愛い」
「え、何それ」
織理は腑に落ちない気持ちを隠さなかった。ただ在琉の言うことだ、深く考えるのも意味がない。自分は弦のように人の言葉の裏をきちんと推察できないのだから。
そんな織理を他所に在琉は小皿にシチューを装る。軽く息を吹きかけてから口をつける。そして舌を出した。
「あ、っち」
「だから言ったじゃん……」
けれど別に食べれないわけではない。在琉はそのまま口の中で軽く味わう。滑らかでほのかに甘い、くどくもなくて飲みやすいシチューだったら、正直織理に生活能力があった事に在琉はいまだに信じられないものがある。織理からしたら在琉に生活能力があることが信じられないのでお互い様だ。
そこから少しだけ煮込み、織理は火を止めた。
「夕飯にする? 在琉は食べるの?」
いつも在琉は勝手に食べて勝手に消えているので念のため確認。在琉は頷いた。
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