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ifルート
【供養】友情と愛情の境界について【第一章6話分岐・匠ルート】
しおりを挟む翌る日、匠の前に現れた織理はどこか茫然自失とした様な重たい雰囲気を纏っていた。――泣いていないのに泣いているように見える、匠はとにかく近くにあったベンチに織理を座らせた。
織理はされるままに座り、ぽつぽつとこぼす。
「俺、やっぱり……無理かも」
何が、なんて聞かなくともわかる。今織理を悩ませる問題など一つしか知らないのだから。
「……弦先輩すらダメだった感じ?」
攪真や在琉はともかく、あの人まで? ハーレムを押し切ったことは驚いたが、それ以外で害になるような人には見えていなかったのに。
そんな匠の心情を察することはないが、織理も首を振る。
「弦さんは、とても優しくて……匠の言った通り、安心できる人だった。でも、俺は……同じ様に二人に返せない、先輩の優しさに甘えてるだけで何もできない」
織理の悲痛な叫びに匠も冗談なんて言える雰囲気ではなかった。故に頭の中で整理する。
――つまり先輩には甘えられそうってことだよな? で、他二人に同じように……?
「……お前さぁ、もしかして平等に接しなきゃ……みたいなアホな考えし始めてる?」
「あほ……」
きょとんとした顔で復唱した織理に匠は頭を抱えた。
「いやそこを拾わなくていいから! 織理ちゃんは真面目だから『弦先輩の好意に返したのに、二人には上手く返せてない……!』みたいなことを考えてるんじゃ無いだろうなって言ってんのよ」
「そこまでは、多分考えてない。でも、俺って今……もっと何かを受け入れないといけない気がする」
「ほらもうそこで義務になってる~! 違うんだって織理! 恋愛ってのはさ、自己満足の押し付け合いの中にお互いの妥協点を作り上げていく物なんだって! アイツらみーんな、織理に受け止めて欲しいだけで打ち返して欲しいなんてちょっとしか思ってないから!」
「ちょっと思ってるならダメじゃ……」
「それくらい待てるんだよ、あの手の輩は。俺たち童貞はさ、目の前の恋に全力注ぐじゃん。だからセックスすぐしたくなる」
「匠ってそうなの……?」
織理が少し引いたような、不安げな声で聞いてくる。
「うるせー! 彼女欲しいって言ってるの知ってるだろ織理!! 恋愛したら何する? デート? キス? 違うだろその先のことがあるだろがい!」
彼は彼女いない歴年齢の熟成された童貞だった。故にこればかりは仕方ないのだ。どんなに綺麗事で飾ろうと思春期男子、そう言ったことに興味がある健全な男だった。
「でもアイツら慣れてるから、そうならないんだよ。ある程度待てるの、本当は待てなくても付き合って3日でエッチ、しよ! なんて童貞くさいこと言わないの」
「ねぇ、言ってて悲しくはならないの?」
「悲しいよ!! でもこれくらいわかりやすく言わないとお前、理解しないだろこの手の話題」
そう言われてしまえば織理も黙るしか無い。実際のところそうなのだ、愛や恋の先にあるらしい性行為。そんな物したいと思ったこともないし、出来るならしたく無い。痛くて、苦しくて、ただ蹂躙されるだけの暴力なんて受けたいわけがない。織理にとってはその程度の認識だった。
今だってそうだ、結局在琉の好意なのか悪意なのかもはや理解できない行動はひたすらに痛くて、苦しい。自分の体が恐怖で動かなくなっていくのがわかる、なのにそれに立ち向かうことすら考えられなくなる。自覚していても自分にはどうしようもできなかった。
「……とりあえずうち来る? で、たまには泊まっていけよ。距離近すぎると見えなくなる物、めっちゃあるって言うし」
匠の誘いはあまりにも、今の織理には魅力的だった。
――――
1ldkの狭苦しい家に上がり込む。テレビはなく、ただリビングにパソコンと畳まれた布団、そして匠の趣味であろうアニメキャラのフィギュアが飾られている。
「汚いかもだけどそこの辺適当に座って。麦茶でいい?」
「気を使わなくていい。勝手に上がってるだけだし」
織理はそう言って空いている壁際に腰を下ろす。なんとなく棚に目を向けて出来の良いフィギュアを眺める。日頃、匠と雑談する方だと思っていたが、こう言ったものを持っているのは知らなかった。アニメ好きだとは聞いていたがそれだけで。
「はい、麦茶。アイスティーとか出せたら面白かったんだけど」
「あ、たまに匠言ってるもんね」
確か何かのビデオのネタらしいが。織理はいまいち覚えきれなかった為に匠の常用単語として記憶していた。アイスティーは正直おいしいと思わない織理からすれば、麦茶の方が嬉しい。
氷がカラカラと鳴る。口をつけるとよく冷えたそれに頭が冴えるようだった。
「誘ったけど何するとか考えてなかったわ。寝るなら布団かすし、小腹空いたら言ってくれれば作るよ」
「全部任せきりは……」
「いや、俺の家だから! 織理が何か出来たら怖いまである」
それもそうか。織理は頷いて少し笑った。つい今の家の感覚に毒されている。
匠はパソコンの電源を入れる。何をするのだろうと織理はなんと無く見ながら、そういえば連絡を入れてないことを思い出した。携帯を取り出しメッセージアプリを立ち上げる。
「連絡するなら先輩にしとけよー、多分しつこく聞いてこないから」
相変わらず匠の弦先輩への信頼はそこそこ固い。ただ織理もそれは納得できた。
『友達の家に泊まってきます』とLINEすれば弦からはOKのスタンプが返ってくる。特に追及もないことに無意識に安心した。
「飯はどうする? コンビニ行く? 自炊はできるけど見せれる物作れないわ」
「なんか、ごめん色々……」
「だからそこは良いんだって。代わりにゲーム付き合えよ~、ちょうど2Pが必要でさぁ」
そういうと匠はゲームのパッケージを見せる。コミカルなキャラが描かれた、多分対戦ゲームだ。匠の軽いノリに織理は妙に安心した。自然と笑みが溢れる。それを見て匠も安堵した様に笑った。ただそれを伝えることはないが。
「で、コンビニでいい? 俺無性にブリトー食いたいんだよね~」
「あ、いいね。俺……コンビニのチキン久々に食べたいかも」
いいねー! なんて言いながら二人は立ち上がる。いっそ酒でも飲む? なんてふざけたことを言う匠に首を横に振って拒否しながら、ただどうでもいい話をしながらコンビニへ向かった。
――――
そこからはただ食べて、ゲームしてのなんてことない光景だった。これ美味いんだよなぁ、なんて言う匠の声に頷きながら、久々に健康を一切考えてない食事をする。小腹を満たすだけの雑な食事、同棲を始める前の自分に戻った様だった。
「風呂はどうする? どうするってか湯船入る?」
「湯船は、俺はいいかな」
まだ傷が痛むし、あまり長湯はしたく無い。なら俺もシャワーでいいや、と匠は適当に返しながらタオルを用意する。
「あ、下着のこと考えてなかったわ。風呂入ってる間に洗って乾燥機かけるけど、少しの時間だけ無くてもいける?」
「少し嫌だけど大丈夫」
即日のお泊まりはこれが厄介だ。パジャマはかせるが下着はお互いが嫌だろう。匠は一応箪笥を漁り未開封品がないかを探したが無かった。
――――
「帰りたくない……」
風呂から上がりパジャマに着がえた織理は、とろんとした目でそんなことをいった。匠は緩く笑って返す。
「ずっといたっていいさ、こんな狭い家で良ければ」
優しく髪を撫でる。決して彼らに喧嘩を売りたいわけではない、ただ友人として今の織理を放り出すなんてできなかった。
織理は敷かれた布団に顔を埋める。
「ふふ……匠の香りがする」
「可愛い(小声) お前マジでそういう仕草が悪い奴なんだよなぁー。ノンケでも道踏み外したくなるからやめてくれよ……」
半分くらいは冗談混じりに、半分は割と本気で。あいつらの同類になりたくないが匠としても織理は度々可愛い仕草をすると思っている。中性的な顔立ちも相まってたまに道を踏み外したくなるほどだ。
「あはは! ……なんで匠の言葉はどうでもいのに、先輩達の言葉は重く感じるんだろう」
それは織理にとっての本音だった。彼らの好意に応える方法が思い浮かばない、好きとはなんなのかもわからない。なのに匠の冗談めかした言葉だけは言われても『返さなくては』と言う気持ちにならなかった。
「そりゃ俺たち親友だし? 友達って時に恋人より優れた関係だったりするし~だって運命共同体になろうなんて重いこと言ってない、嫌ならさよならで終われるのに必要なときには居てくれる」
「じゃあ、俺ずっと匠といたい……大好き」
「あー! いけません!! それは俺を狂わせかねないぞ織理?! お前本当変なところで人たらし~!」
――――
まだ眠る織理の顔をなんとなく眺めて横になる。
――織理の顔つきは本当に中性的だ、発育が悪いのか年齢より幼く見える。自分も決して身長は高くないが、それでも織理よりは高い。自ずと多くの男性からしたら上目遣いに見えることだろう。髪もサラサラとしていて絡まることを知らなそうだ。
ミルクティーの様な甘い色が、ハチミツの様な目と相まってすごく美味しそうに見えることもある。そのくせ自分に自信がなくて、少しでも押せば簡単に身を明渡してしまう危うさがあるのだから恐ろしい。
なんでこいつ今まで無事だったんだろう。その全てが加虐心を沸き立たせた結果の過去であるならば理解できる様な、でも俺ならそれはしないと思う。人として。
正直、織理に好意を伝えられるとむず痒い。ただ織理を恋人にしたいとは思わなかった。どこまでもこいつはリアルで、可愛いけれどずっと気楽な友達でいる方が価値がある気がする。
二次元の方が俺は好きだからと言うのもあるだろう、でもどうなんだ。実際もし、織理とそう言う場面になったら俺は手を出さないでいられるのだろうか。織理から誘われたなら涙を飲んでこいつを抱く気がする。勿論その謎のシチュエーションがまずありえないけど。
「織理~お前は本当罪な男だよ……」
熟睡する織理のほっぺを摘む。そんなに伸びないけれど滑らかな肌触り、腹立つほど見た目が整っている男だ。
織理が女装したら似合いそうだよな、とかやっぱ二次元が最高だとしても三次元の美人も捨て難いよな、とか思うことがある。美人なコスプレイヤーさんとか空想と現実の境がごっちゃになることもある。男の娘も大好きだし、もし、織理が一度でもコスプレなんてしようものなら本当に手を出してしまうかも知れない。
「ん、……匠……? いま、さわった?」
「あ、起こしちゃった。ほっぺ摘んでた」
「なんで……」
寝ていた人間からすれば少し不満にもなるだろう。織理は匠の手を掴む。お返しとばかりに指の付け根を強く押した。
「織理それ全然痛くない……」
能力の強さに全振りしている織理の身体能力は正直ゴミだ。可哀想なくらいに貧弱、それをか弱いと取るかはまた別の話。
匠の同情めいた言葉に織理は眉を下げた。自分の手をグーパーしながらため息を吐く。
「なんか、匠にすら勝てないのやるせ無い」
「さりげなく俺を下に見てる?? 能力微妙なのに力でもお前に負けたらいいとこ無しすぎるだろ俺」
「能力微妙かな、匠の……よくは分からないけどいい能力だと思うよ」
織理は軽く微笑んだ。その表情はおべっかなどでは無い、本心であることを感じさせる。
褒められて悪い気はしない、自分の能力はただ少しだけ気分を変える力だ。落ち込んでいる人を少しだけ前を向ける様にしたり、イライラを収めたり。そんな些細な力。織理の洗脳に比べたら下位互換もいいところだ。だって洗脳ならそれらを全部内包している。
「……匠のそばが落ち着くのも能力のおかげだったりするのかな」
「いっそ一回使ってみる? モヤモヤしたものくらいなら晴らせるかもだけど」
「……今はいいや。これ以上頼ると、匠に依存して立てなくなりそうだから」
「まーたそう言う可愛いことを言う。織理それ計算? 計算であってくれ……!!」
「本心だけど、……でも匠の反応面白いからこう言うの続けていこうかな」
悪魔だコイツ。人の気も知らないで!!! 実際のところどうなのかはわからないが、織理のこのたまに見せる甘さが奴らを惹きつけて離さないのだろう。クールなヒロインがたまに俺にだけデレる……そんなの男ならみんな好きだろ! そうなんだろ! ただそれがヒロインではなく男ってだけ。
もしも、もし本当に織理と付き合いたいなんて気持ちになったらどうしよう。
「ね、匠……抱きついてもいい? ぎゅってされたい」
本当もうどうしよう。
「しーきーりー!! お前さぁ!!」
人の気も知らないで! と言うかなんだその殺し文句! これがハーレムで毒された織理の成長なのだとしたら地獄だ。いや、たしかに甘えてみろとアドバイスしたのは自分だけど。どこまで素直なんだよこいつ。
俺の叫びに不安気な顔を返す織理に居た堪れなくなる。ま、抱きしめるくらいなら……と織理の背に腕を回したら、……これすごく恥ずかしく無い? 漫画やアニメであんなに軽々しくできている奴らを心底尊敬する。織理のいい香りが脳をくすぐる様で早く離れたい、と言うかこんなことをしてる俺が気持ち悪すぎるので早く辞めたい。
「ん……たくみ、」
心底安心してます、みたいな声を出されては俺もすぐに手を離すのが躊躇われる。見てないがなんとなく、目を細めて喉でも鳴らしてるんじゃないかと思うとろけ声だ。猫かお前は。
「織理さぁ……なんでこんなかわいいことするんだよ……」
「なんか、匠なら抱きしめてくれるかなって思って……変なのはわかるんだけど、俺、これ好き……すごく安心するの……」
そう言われてしまうと何も返せない。多分コイツのこれは恋心なんてかけらも含んで無い。ただ、強いて言うなら親に抱擁を求める子供の様な感覚なのだろう。彼の随分な生い立ちからならそれも納得がいく。元々愛に飢えてるのだ、家族愛にしても友愛にしても。ただ恋愛だけは恐怖心が勝るだけで。
「あいつらに頼めばずっと抱きしめてくれるんじゃ無い?」
「……でも、代わりに何も返せない」
「俺には返す気ないんかお前……?!」
「確かに……ごめん」
あ、マジで頭に浮かんでなかったのかコイツ。それだけ信頼してくれてるのかもしれないが。
織理は体を離した。腕の中から体温が失われたことに少しだけ喪失感を覚える。自分で言ったのに。
「何かお返しできることあったら言って。匠に嫌われたくない」
「こんなことで嫌うとかどんだけ心狭いんだよ俺は?? じゃあお返しに抱きしめさせて。それでいいから」
きょとんとした顔の織理はその後に笑う。自分でもバカなことを言ったなぁとは思うが、だって織理が寂しそうだったんだから仕方ない。そう言い聞かせてまた織理を抱きしめる。……確かにこれは安心するかもしれない、ピッタリと収まるパズルのピースみたいに、何か埋まる気がした。
織理を抱きしめたまま布団に転がる。小さく笑う織理は嬉しそうで、あぁ、彼女ができたらこんなふうに甘えさせてゴロゴロするのもいいなぁなんてふと思った。
――――
「織理、お泊まり楽しかった?」
弦の言葉に他意はなく、ただ楽しいことを分かち合いたいかの様な口ぶりだった。
「はい、……とても」
その言葉に一瞬だけ寂し気に笑った弦だったがすぐに笑顔に戻る。だが、その言葉を聞いていたのは彼だけではない。
「なにそれ、外にも男作ってんの? 織さん本当尻軽だねぇ」
「在琉……」
どこか怯えた様になる織理を背に庇いながら弦は間に立つ。
「在琉、そんな言い方は良くないよ。恋人と友達は違うんだから」
「お前たちは違うかも、でも俺と織さんは恋人でもないから問題があるだろ? 貸したオモチャは帰ってこない、そう言うものじゃん」
在琉はあっけらかんと言う。そこに織理に対する認知の歪みがある様に弦は思えた。
「ここで2人に貸してるのだって本当は気分悪いのに、まだ使われてくるとかさぁ。どうしたら俺の玩具の自覚出てくるの? 馬鹿だから無理かなぁ、織さんは」
織理の腕を掴み引き寄せる。その強い握り方に織理は顔を顰めた。
「……俺、もうお前のそばにいたくない。痛いのは嫌……」
「は?」
「匠のそばが1番いい……!! っもうみんな嫌い!」
音が止まる、勢いで言った言葉に織理も青ざめた。2人の顔なんて見ることもできない。震える体を後退させながら織理はその場から逃げ出した。
――――
「……やっぱり、3人でなんで無理だったかなぁ。嫌い、嫌いかぁ」
弦は呆然としながらも笑った。今すぐ追いかけて引き止めたい気持ちがあるが、それを堪えた。
在琉は在琉でどこか現実感を感じていなかった。言うなれば虚無、嫌いと言われても本当に逃げられることなんてなかったから。
「あー、玩具が壊れたって感じかなぁ。もう要らないかも」
人間に歯向かう機械はいらない。飼い主に噛み付く犬なんていらない。在琉の中で何かが急速に冷めていくのを感じた。
「攪真には伝えないでよ。あいつが一番、厄介なことになるから」
「オレはもうどうでもいいや」
そう言って在琉も外へ出ていった。後に残された弦だけが頭を抱えた。攪真になんと誤魔化そう、暫くお泊まりしてくるって言って信じるたまでもないだろう。
それに何より、自分の気持ちもある。こんなにも好きになった子は初めてで、大切にゆっくりと愛し合いたくて、けれど自己肯定感の低い彼に合わせるために少し強引にした。その全てが間違っていたのだろうか。
「はは……だっせぇ。歩み寄ってるつもりだったのになぁ……」
自然と落ちる涙を隠す様に笑う。攪真と違って直接織理を操る術もなければ、在琉の様に強引にもなりきれない。何もかも負けていた。
「さよなら……織理。どうかこのまま忘れさせてくれます様に」
もう一度顔を見たらきっと耐えられなくなるから。弦はそうして部屋に戻る。
――――
――あぁ、やってしまった。そう頭では思うのに引き返す気にはならなかった。織理はただ家を飛び出して当てもなく歩いていた。今匠にあったら本当に依存してしまいそうなのが目に見えていたから、もう少しだけ頭を冷やしてから会いに行きたいと思って。
だがそんな時に不意に知った影が現れる。
「織理? どないしたん、こんなところで」
「攪真……」
あぁ、もう一度言わなければ。そう織理は思うのにあの勢いが戻ってくる事はない。冷静になってから伝えるのは怖かった。
「なんや、また在琉にでも嫌なことされたんか?」
「違くて……俺が、2人を傷つけて……」
「あの2人を? 織理が? ようやるなぁ」
攪真は何も気が付かないのだろう、ただ笑っていた。尚更何も言えなくなる。
「……今日も、匠の家に泊まりに行く……」
「せやか、気をつけてな」
本当のことなのに嘘をついている気分だった、呼吸が苦しくなる様な胸の押される感覚。
その表情から窺い知れたのか、攪真は不意に言葉を発した。
「織理、俺じゃダメやったんやな。なんで、って今聞いてもお前にもわからんのやろ。なぁ、」
攪真の声は泣きそうだった。心が痛まないわけがない。織理は無意識に腕に爪を立てた。
しかしその手を攪真は握る。まるで祈るかの様に。
「どうか俺の元にまた帰ってきてくれ。そうじゃないと、俺はもう、織理のいない世界で正気なんて保ってられへんのや……今日じゃなくていい、来週でもいい。ただ『帰ってくる』って言ってくれ」
懇願する声に織理は困惑しながらも頷いた。
「おこ、らないの……?」
「怒らへんよ。……悲しくはあっても、そもそも織理が俺のものじゃないんやから。でもずっと待っとるから、本当に」
攪真は織理の頭を撫でる。今触れ合える中でこれが一番深いふれあいだったから。
「いってらっしゃい、織理」
――――
「匠!!」
「お、どうした織理。珍しく息を切らして」
「俺、やっぱり匠と一緒にいたい」
「ん? ん……? 待てよ織理、お前なんかとんでもない選択してないだろうな。こう、攪真たちを振ってきたとか」
「……そうなるかも。嫌いって言っちゃった……俺なんかを好きになってくれたのに、それを踏み躙ってきちゃった……っ、」
ぼほぼろと泣き始めた織理に匠が慌てる。まさかこの親友がそんなことを言えるとは、と妙に感心しつつ、その原因が俺とか殺されるじゃん……と恐怖に震えた。
けれどそこまでして自分の側を選んでくれたのだ、それは素直に嬉しい。だからこそ、ここでの選択は大切だった。最悪の場合一生罪悪感に苛まされかねない、自分ではなく織理が。
「織理に選んでもらえて、俺はすごい嬉しい……!! 正直、お前に恋人できて寂しかったんだ。友達が取られちゃった感じがして。だからまた、……前よりもずっと一緒に遊べるなら最高すぎる」
今こそ抱きしめていい時だろう、不慣れな手つきで匠は織理を抱きしめた。織理もそれに腕を回す。
「俺ただの陰キャだけど……選ばれた分頑張るよ」
「頑張らなくていいよ、そのままの匠で居て……」
これは本当の恋愛ではないのかもしれない、けれどこのなんとも言えない関係が自分たちには丁度いい。好きに話して、気まぐれに抱きしめて、責任なんて全て捨てて気の向くままに。
――とは言えケジメだけはつけないとなぁ。挨拶だけで済むのだろうか、殴られたら流石に嫌だなぁとか思いつつ匠はこの後のことを考えたりしつつ。
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