【辺境のグルメ商人、異世界をたがやす】異世界が野菜嫌いのようなので、おいしい料理でわからせます。

猫手 まねき

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第一章 辺境の村~6歳~

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(※流血描写があります)




 翌朝。
 朝の日課を終わらせた僕は、夕べ屋敷に泊まったアルマンさんと食堂へ向かう。

「つい先ほど、なにやら恐ろしげな声が聞こえた気がするのですが」
「ああ、魔の森が近いものですから。あはは」

 間違いなくニワトリの鳴き声だろう。
 ちゃんと誤魔化しておく。
 アルマンさんは、今日一日村に滞在して明日の朝に領都へ向けて出発する。

 商会の従業員や護衛のハンターは、南門近くに店を構える宿屋に宿泊しているので、朝食後に兄上とクラウスさんが送っていった。

 その『月の宿』は、続きの建物が酒場になっていて、ハンターギルドも兼ねている。
 責任者のユカさんは、あのミユカとレダン姉弟のお母さん。長い耳が特徴的な兎獣人の女性で、弓が得意な現役のハンターだ。
 宿屋、酒場、ハンターギルドの三刀流。
 夫婦揃って働きすぎ。
 あそこはシュガー村で唯一の繁華街であり、僕が近寄りがたい場所でもある。

「今日は川沿いの湿地をなんとかしますか」

 農業男子の僕は、いつものように上着を脱ぎ捨てて、川沿いにある湿地へ向かう。
 村の男たちと同じで、上半身裸に麦わら帽子を被り、鍬を担ぐのも日常になった。

 こうして自分が肉体労働をするようになると、浄化魔法で汚れは消せても、服が傷むのは防げないからもったいなく思うわけで。
 ま、コスパだね。
 マッチョが筋肉自慢をしたいわけじゃなく、農作業の合理的なスタイルだ。

 湿地に着いて、この環境を生かして何か育てたいなあと、とりあえず溝を作ってから小川に取水口と排水口を作って繋いでみた。
 
「クレソンやレンコンなら育つかなあ。ダメ元でワサビも植えてみよう。そうだ、半日陰の場所なら山ワサビが育つかもしれない」

 思いつく限り、お試しで植えてみる。
 農作業は地味で大変だが、収穫を期待して作物を植えるのはワクワクして楽しい。
 今日のところはこれで屋敷へ戻ろう。

「はい、浄化っと」

 帰り道、屋敷の前の道に差し掛かると、木槌を担いだレンが男の人に絡まれていた。
 ローブにブーツ姿、腰の部分の膨らみは短剣か。隊商護衛のハンターだろう。

「おーい、レン? どうしたんだ?」
「あ、ハルト様。このおじさんがお屋敷の方に行こうとするから止めてたんだ」

 なるほど理解した。ハンターにニワトリを見られたらきっと大騒ぎになるからな。

「ハルト様だあ? ああっ!? なんだお前、黒目黒髪じゃねぇか! おい! 俺の視界に入るんじゃねぇ! 運気が下がんだろうが!」

 理不尽に酷い言われようだ。前世の黒猫やカラスの気持ちがわかった気がする。
 しかし、ずいぶん酔っ払ってるなあ。
 こういう手合いは相手にするだけ無駄だ。

「ハンターのおじさん、この先は領主様のお屋敷しかありませんよ。この道をまっすぐ南へ下れば宿屋へ戻れますから」
「うるせぇ! 誰が老け顔だ! ガキの分際でいちいち俺に指図すんじゃねぇ!」

 面倒臭いなぁ、どうすればいいのよ。
 お酒に飲まれる人はこれだから。

「だいたいてめぇは、俺の視界に入るなって言ってんだろうが!」

 訳のわからないことを喚きつつ、ハンターの男はいきなり拳を振り上げた。
 だが、足元もおぼつかない酔っ払いの攻撃など当たりはしない。僕が苦もなく躱すと、なぜか入れ替わるようにレンが前に出た。

「お前こそ、ハルト様に無礼なことするな!」

 そう声を上げて男のくるぶしを蹴り上げる。

「ああーッ! いってぇー! このガキィ!」

 足を抱えて地面に転がる男。
 さらにレンは大きな木槌を振り上げた。

「おいおいおいおい、待った待った!」

 なにする気!?
 いつからそんな血気盛んになっちゃったの?
 急な殺る気スイッチにびっくりしちゃう。

「レン、それはさすがにやりすぎだって!」
「でもハルト様!」

 僕が力の強いレンを抑えている隙に、男は立ち上がって腰のナイフを鞘から抜いた。

「なめんじゃねぇぞ! クソガキがっ!」
「ちょっ!? レン、危ないっ!」

 振り下ろされる紫色のナイフ。
 僕がその凶刃からレンを守るように体を入れると、右肩から背中に違和感があった。
 次の瞬間、視界の端から伸びてきた誰かの足が男の顔面を捉える。顔が歪み歯が飛んで、男は激しくふっ飛び地面をゴロゴロ転がった。
 辺りに土煙が舞い上がる。

「きみ、大丈夫? もしかして、ビラグのナイフで斬られちゃったの?」

 落ち着いた女性の声に振り向けば、短い黒髪に三角の耳。小首を傾げ、琥珀色の瞳でぼーっと見つめてくる猫獣人の女の人だ。

 彼女の斬られたという言葉で反射的に肩に手をやると、僕の左手はベッタリと赤い血で染まった。次いでズキズキと激痛が走る。

「なんじゃこりゃあ!」
「そのまま動かないで」

 女の人は感情のない平坦な声でそう言うと、傷口を押さえる僕の左手首を掴んで引き離し、躊躇なく自身の口を傷口に押し当て吸い出した。

「ちょっ!? 痛い痛い痛い! なにするの! 吸血鬼!? 吸血鬼なの!?」

 体を捩って逃げようとすると、彼女は顔を上げて吸い出した血を口から吐き出す。

「痛いけど我慢して、毒を吸い出すから」
「どどどど毒ぅーっ!?」

 ヤバいヤバいヤバい死ぬ死ぬ死ぬ……あ!

「浄化!」

 一瞬全身が黄金色に光り、すぐに収まる。
 毒ならこれで大丈夫なはずだ。
 そうだ、お姉さんも危ないかも。
 彼女の真っ赤な口元に触れて浄化する。

「浄化!」
「キャッ! い、いまのなに?」
「浄化魔法です。毒ならこれで大丈夫だと思います」
「浄化魔法?」

 不思議そうに小首を傾げる女の人。
 この人なんでこんなに落ち着いてるの?

「はい。でもすごく痛い、これ死ぬかも……」

 止まらない出血に全身から血の気が引いていく。マジックアウトと同じ感覚に襲われると、視界が真っ暗になり意識を失った。
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