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第二章 辺境の村~7歳~
112 冬の日常
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風の月。
マリアの頑張りもあって、教会で開かれる授業に多くの子供たちが来るようになった。キリカとロザンも進んで声をかけてくれたようだ。
マリアの人徳かな。
きっとジルオ様は張り切って授業をしているだろうと思ったら、マリアにソロバンを使った算術の授業をさせたと聞いて驚いた。
あれほど生徒を切望していたのに。
まあ、マリアが了承したことならいいけどさ。教えてくれないから見逃しちゃったじゃないか! 次はこっそり観に行かなきゃ。兄としてマリアの勇姿を目に焼き付けておかないと。
ただ、僕には剣の鍛練があるんだよねぇ。
兄上は何を思ったのか、今度はラクロススティックを持たせた人たちを広場の外縁にぐるりと立たせて、フィーネと試合をしている僕に向かって雪玉を投げつけさせるという新手のいじめを始めたんだ。
「ではハルト様、参りますよ」
「あはは、お手柔らかに、フィーあいたっ!」
まだ始めてないのに背中に雪玉をぶつけられた。振り向けば、犯人は笑顔のミユカだ。
「もうミユカ、まだ早いでしょ!」
「油断してるハルト様が悪いんですぅー」
「兄上が『始め』って言ってから……」
「聞こえませーん」
くっ、なんて愉しそうに人をいじめるんだ。親の顔を見て……も、同じく愉しそうに見える。ダメだ、ここに良識のある仲間はいない。
「こほん。隙ありです、ハルト様」
「あいた!」
今度は後ろからポコッと頭を叩かれた。
振り向けば、フィーネはにっこり笑う。
こっちは愉しそうに見えなくて怖い。
「ハルト様、よそ見をしてはダメですよ」
「えぇ……」
みんな僕に厳しい。
そんな状況を黙ってニヤリと見つめる兄上の思惑通り、四方八方から飛んで来る雪玉に光壁を封じられ、心なしか機嫌の悪いフィーネにポコポコ叩かれた。そろそろグレるよ。
雪の日。
ああ、雪の日はいい、鍛練がなくて。
フィーネと二人で農作物の栽培や作業行程についてまとめる。薄い木の板二枚の間に、束ねた紙を挟んで紐でまとめた冊子を作った。
余白を作っておいて、これから新たな発見や改善点が見つかったらどんどん書き込んでいくんだ。毎年の経験やデータを次代へ受け繋いでいかないと意味がないからね。
「去年、定植したリンゴや梅の果樹だけど、来年の風の月から剪定を始めて、水の月にはまた他の家へ苗木を植えに行こう。もちろん僕が領都から帰ってきて剪定作業を教えるから」
「はい、わかりました」
成功のための失敗は覚悟の上だ。これから村のみんなと協力して、この土地に合った固定種を作り上げていくことが大事だから。
「次に、ニワトリとヒヨコの世話とハニークマビーの採密作業なんだけど、中心になってやってくれる人は見つかりそうかな?」
抱卵は不思議とルーナがやってくれるようになったんだ。母性本能なのかな? 冬は同じ白毛だし、突撃好きの仲間意識があるのかも。
「はい、見つかりました」
「ほんとに?」
「どちらもパノラさんとカテアさんとエリトさんが快く引き受けてくださいました。力のいる畑仕事より楽そうだからと」
「それなりに大変だと思うけど大丈夫?」
「私やレンもいますから大丈夫です」
パノラさんたちには、あまり過剰にならない程度で何かお礼を考えておこう。
繁殖を含む養鳥も採密作業を含む養蜂も、いずれは村のみんなが自分の家で普通にできるようになってもらいたいから。
「あとは……そうだ、アレロパシーについて話してなかったよね?」
「あれろぱしー、ですか?」
「うん」
植物の他感作用のこと。
「ある特定の植物が他の植物の成長を促進したり、逆に成長を阻害したりすることで、簡単に混植栽培の効果、または後作した場合の相性の良し悪しだと考えてくれればいいよ」
ある特定の植物が他感物質という化学物質を出して、他の植物や菌や微生物や昆虫などに影響を与えるという考え方。
「例えばネギは、後作にダイコンや豆類を生育すると育ちが良くないけど、ウリ科のキュウリやカボチャと混植栽培すると病害虫を避けられるらしいんだ」
ただ、よく似た世界でも世界が違えば前世の記憶と同じとは限らない。これから時間や人手をかけて、観察や検証を繰り返し確かめていくしかないね。
「それで、互いに生育を助け合う植物のことをコンパニオンプランツと言うんだよ」
フィーネは農業ノートに書き込む。
「ハルト様は夢で見られた難しいことまでしっかり覚えられていてすごいですね」
「えへへー。夢の中の母上はスパルタ式の詰め込み教育だから大変なんだー」
「すぱるた式?」
やっぱり読み書きができるとスムーズに情報共有ができていいね。記録や学習のためにも、教会での読み書きの授業は大人こそ受けた方がいいと思うけど、そこまで性急な変化はなかなか難しいかな。
後日。
にわかに紙の需要が高まってきたということで、今年もフィーネと紙を作る。それにはまず灰汁作りから、と思ったのだが。
ふと思いついて食べ物召喚魔法を使ったら、さらっと重曹を出せちゃった。
え? 女神様いいんでしょうか?
水や食用油を出せることに気がついた時にも驚いたけど、考えてみれば食べ物召喚魔法について詳しく調べていなかった。
それで調べてみると、うま味調味料やベーキングパウダーなどは出せて、頭痛薬や胃薬みたいな飲み薬の類いは出せず。
さらに漢方薬では、動植物由来の生薬は出せて、鉱物性由来のものはダメみたい。
どういうこと? この辺がよくわからない。
確かなのは、前世の飲食物限定であり、今世の飲食物は召喚できないということ。マーサさんお手製のパンなどは召喚できなかった。
ちなみに、食紅は出せたのに同じ食品添加物で着色料扱いの金箔はダメだった。さすがの女神様も、金沢のキラキラ金箔グルメはかぶきすぎ、と判断されたのかもしれない。
マリアの頑張りもあって、教会で開かれる授業に多くの子供たちが来るようになった。キリカとロザンも進んで声をかけてくれたようだ。
マリアの人徳かな。
きっとジルオ様は張り切って授業をしているだろうと思ったら、マリアにソロバンを使った算術の授業をさせたと聞いて驚いた。
あれほど生徒を切望していたのに。
まあ、マリアが了承したことならいいけどさ。教えてくれないから見逃しちゃったじゃないか! 次はこっそり観に行かなきゃ。兄としてマリアの勇姿を目に焼き付けておかないと。
ただ、僕には剣の鍛練があるんだよねぇ。
兄上は何を思ったのか、今度はラクロススティックを持たせた人たちを広場の外縁にぐるりと立たせて、フィーネと試合をしている僕に向かって雪玉を投げつけさせるという新手のいじめを始めたんだ。
「ではハルト様、参りますよ」
「あはは、お手柔らかに、フィーあいたっ!」
まだ始めてないのに背中に雪玉をぶつけられた。振り向けば、犯人は笑顔のミユカだ。
「もうミユカ、まだ早いでしょ!」
「油断してるハルト様が悪いんですぅー」
「兄上が『始め』って言ってから……」
「聞こえませーん」
くっ、なんて愉しそうに人をいじめるんだ。親の顔を見て……も、同じく愉しそうに見える。ダメだ、ここに良識のある仲間はいない。
「こほん。隙ありです、ハルト様」
「あいた!」
今度は後ろからポコッと頭を叩かれた。
振り向けば、フィーネはにっこり笑う。
こっちは愉しそうに見えなくて怖い。
「ハルト様、よそ見をしてはダメですよ」
「えぇ……」
みんな僕に厳しい。
そんな状況を黙ってニヤリと見つめる兄上の思惑通り、四方八方から飛んで来る雪玉に光壁を封じられ、心なしか機嫌の悪いフィーネにポコポコ叩かれた。そろそろグレるよ。
雪の日。
ああ、雪の日はいい、鍛練がなくて。
フィーネと二人で農作物の栽培や作業行程についてまとめる。薄い木の板二枚の間に、束ねた紙を挟んで紐でまとめた冊子を作った。
余白を作っておいて、これから新たな発見や改善点が見つかったらどんどん書き込んでいくんだ。毎年の経験やデータを次代へ受け繋いでいかないと意味がないからね。
「去年、定植したリンゴや梅の果樹だけど、来年の風の月から剪定を始めて、水の月にはまた他の家へ苗木を植えに行こう。もちろん僕が領都から帰ってきて剪定作業を教えるから」
「はい、わかりました」
成功のための失敗は覚悟の上だ。これから村のみんなと協力して、この土地に合った固定種を作り上げていくことが大事だから。
「次に、ニワトリとヒヨコの世話とハニークマビーの採密作業なんだけど、中心になってやってくれる人は見つかりそうかな?」
抱卵は不思議とルーナがやってくれるようになったんだ。母性本能なのかな? 冬は同じ白毛だし、突撃好きの仲間意識があるのかも。
「はい、見つかりました」
「ほんとに?」
「どちらもパノラさんとカテアさんとエリトさんが快く引き受けてくださいました。力のいる畑仕事より楽そうだからと」
「それなりに大変だと思うけど大丈夫?」
「私やレンもいますから大丈夫です」
パノラさんたちには、あまり過剰にならない程度で何かお礼を考えておこう。
繁殖を含む養鳥も採密作業を含む養蜂も、いずれは村のみんなが自分の家で普通にできるようになってもらいたいから。
「あとは……そうだ、アレロパシーについて話してなかったよね?」
「あれろぱしー、ですか?」
「うん」
植物の他感作用のこと。
「ある特定の植物が他の植物の成長を促進したり、逆に成長を阻害したりすることで、簡単に混植栽培の効果、または後作した場合の相性の良し悪しだと考えてくれればいいよ」
ある特定の植物が他感物質という化学物質を出して、他の植物や菌や微生物や昆虫などに影響を与えるという考え方。
「例えばネギは、後作にダイコンや豆類を生育すると育ちが良くないけど、ウリ科のキュウリやカボチャと混植栽培すると病害虫を避けられるらしいんだ」
ただ、よく似た世界でも世界が違えば前世の記憶と同じとは限らない。これから時間や人手をかけて、観察や検証を繰り返し確かめていくしかないね。
「それで、互いに生育を助け合う植物のことをコンパニオンプランツと言うんだよ」
フィーネは農業ノートに書き込む。
「ハルト様は夢で見られた難しいことまでしっかり覚えられていてすごいですね」
「えへへー。夢の中の母上はスパルタ式の詰め込み教育だから大変なんだー」
「すぱるた式?」
やっぱり読み書きができるとスムーズに情報共有ができていいね。記録や学習のためにも、教会での読み書きの授業は大人こそ受けた方がいいと思うけど、そこまで性急な変化はなかなか難しいかな。
後日。
にわかに紙の需要が高まってきたということで、今年もフィーネと紙を作る。それにはまず灰汁作りから、と思ったのだが。
ふと思いついて食べ物召喚魔法を使ったら、さらっと重曹を出せちゃった。
え? 女神様いいんでしょうか?
水や食用油を出せることに気がついた時にも驚いたけど、考えてみれば食べ物召喚魔法について詳しく調べていなかった。
それで調べてみると、うま味調味料やベーキングパウダーなどは出せて、頭痛薬や胃薬みたいな飲み薬の類いは出せず。
さらに漢方薬では、動植物由来の生薬は出せて、鉱物性由来のものはダメみたい。
どういうこと? この辺がよくわからない。
確かなのは、前世の飲食物限定であり、今世の飲食物は召喚できないということ。マーサさんお手製のパンなどは召喚できなかった。
ちなみに、食紅は出せたのに同じ食品添加物で着色料扱いの金箔はダメだった。さすがの女神様も、金沢のキラキラ金箔グルメはかぶきすぎ、と判断されたのかもしれない。
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