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第一章 辺境の村~6歳~
29.5 商人とハンター
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セントリス王国西方に位置するフィールド辺境伯領。その領都バホルムから北へ、馬車で三日のところにシュガー村がある。
しかし、たった三日と聞いてなめてかかると痛い目を見ることになる。なぜなら、村は雲を抜けた先にある高台に位置しているからだ。
双子山と呼ばれる高い山を登る過酷な道のりは、多くの行商人を追い返してきた。大した利益が見込めないという理由もあるが。
そんな過酷な道を三十年以上も通ってきた数少ない行商人の一人がアルマンである。
茶色の口髭に恰幅のよい体躯。
幌馬車の御者台で手綱を握る中年の商人は、そのむちむちスライムボディに似合わず、若い頃からなかなか気骨のある男であった。
たとえ薄利であったとしても僻地の農村を訪ね歩く。ゆえに各地の有力者の信頼を得て、やがてフィールド辺境伯家からも一目置かれる存在となったのだ。
そんな彼も、今では二十数人の行商人を抱えるアルマン商会の商会長。行商人からの一代商人としては異例の出世ではあるが、そろそろ後進に道を譲り第一線を退くことを考えている。
「ふぅー、ようやく山を登り切ったな。歳を取ると腰にくる。さあ、みんなキャンプの準備だ! 暗くなる前に食事にするぞ!」
「「「はい!」」」
バホルムを発って二日目。
双子山を越えて高台に着いた隊商は、林の中でキャンプをして一夜を明かす。手慣れた様子で皆が夕食やテントの準備をする中で、突然大きな声が上がった。
「だから俺に構うんじゃねぇ!」
護衛として帯同しているハンターの一人、斥候のビラグだ。怒鳴られたのは、同じくハンターの拳闘士で猫獣人のクロエ。
クロエはパーティーに加わって三十日ほど経つが、ビラグは人員確保のため、二日前バホルムで急ぎ契約を交わした。そのビラグがクロエを毛嫌いしている。
ただクロエが黒髪であるという理由で。
「はあー、またか」
アルマンはため息をつく。
どうやら王都からの流れ者らしいビラグは、初めての山登りで体調を崩して機嫌が悪い。世話好きなクロエが親切心から水を差し出したことに腹を立てているようだ。
「すみませんアルマンさん、すぐに止めます」
「ああ、頼むよ」
ハンター『アルヌの双壁』のリーダーで熊獣人族、ボルドの背中を見送る。
いかに旅慣れたアルマンでも、こうした人間関係のトラブルは避けられるものではない。やれやれと肩を竦めて馬の世話を始めた。
「俺は黒髪の奴と関わりたくねぇんだよ!」
「おい、ビラグ! あんたはこっちの条件を了承して護衛のパーティーに加わったんだ。プロのハンターならいつまでもガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!」
「ああ!? 俺は斥候として最低限の仕事はしてんだろ!? いいかボルド、斥候職ってのは運を大事にすんだよ! あんたがその黒猫に近づかないように言ってくれりゃあそれで済むんだ! わかったか!」
言いたいことを言ってテントに入るビラグ。ボルドは呆れて両手を広げる。あまりに身勝手な言い分に、もはや怒る気も失せた。
「またビラグを怒らせちゃった」
「気にするな、クロエは何も悪くない。悪いのはあいつを選んじまったリーダーの俺だよ」
「どうして黒髪が嫌いなのかな?」
「自分に自信も実力もないからだろ」
二人で焚き火のところへ戻ってくると、ハンター仲間のレーヌがスープをよそって差し出した。スープといっても干し肉とハーブと肉醤の調味料、ガルユを入れただけの麦粥のことで、定番のキャンプ飯である。
「二人ともお疲れ様。黒髪の人間と関わると運気が下がるだなんて、筋金入りの光天至上主義者は馬鹿みたいよね。はい、スープ。まったく、バホルムに帰るまでが憂鬱だわ」
「レーヌも悪かったな」
「あなただけのせいじゃないわ」
謝る年長者のボルドをレーヌが慰める。
二人は付き合いの長い恋人同士であり、アルマン商会の隊商護衛をして十年近く経つ。昨年、結婚を機にパーティーから二人が抜け、それ以来メンバー集めには苦労していた。
「私はどうしたらいいかな?」
「そうね、戦ったらクロエの方が強いんだし、今度なんか言ってきたら本気で一発ぶん殴ってやればいいんじゃない?」
「おいおい、気持ちはわかるがアルマンさんに迷惑がかかることはやめてくれよ」
「冗談よ。今はそのくらいの気持ちなの」
美しい容姿からは想像しにくいが、水の魔導士レーヌはボルドよりも肝が据わっている。
「でも、シュガー村では勝手な行動をしないように注意しておかないといけないわね」
「ああ、そうだな……」
顔を見合わせて頷くレーヌとボルド。
二人の脳裏には、シュガー村で暮らす黒目黒髪の少年の顔が浮かんでいた。
しかし、たった三日と聞いてなめてかかると痛い目を見ることになる。なぜなら、村は雲を抜けた先にある高台に位置しているからだ。
双子山と呼ばれる高い山を登る過酷な道のりは、多くの行商人を追い返してきた。大した利益が見込めないという理由もあるが。
そんな過酷な道を三十年以上も通ってきた数少ない行商人の一人がアルマンである。
茶色の口髭に恰幅のよい体躯。
幌馬車の御者台で手綱を握る中年の商人は、そのむちむちスライムボディに似合わず、若い頃からなかなか気骨のある男であった。
たとえ薄利であったとしても僻地の農村を訪ね歩く。ゆえに各地の有力者の信頼を得て、やがてフィールド辺境伯家からも一目置かれる存在となったのだ。
そんな彼も、今では二十数人の行商人を抱えるアルマン商会の商会長。行商人からの一代商人としては異例の出世ではあるが、そろそろ後進に道を譲り第一線を退くことを考えている。
「ふぅー、ようやく山を登り切ったな。歳を取ると腰にくる。さあ、みんなキャンプの準備だ! 暗くなる前に食事にするぞ!」
「「「はい!」」」
バホルムを発って二日目。
双子山を越えて高台に着いた隊商は、林の中でキャンプをして一夜を明かす。手慣れた様子で皆が夕食やテントの準備をする中で、突然大きな声が上がった。
「だから俺に構うんじゃねぇ!」
護衛として帯同しているハンターの一人、斥候のビラグだ。怒鳴られたのは、同じくハンターの拳闘士で猫獣人のクロエ。
クロエはパーティーに加わって三十日ほど経つが、ビラグは人員確保のため、二日前バホルムで急ぎ契約を交わした。そのビラグがクロエを毛嫌いしている。
ただクロエが黒髪であるという理由で。
「はあー、またか」
アルマンはため息をつく。
どうやら王都からの流れ者らしいビラグは、初めての山登りで体調を崩して機嫌が悪い。世話好きなクロエが親切心から水を差し出したことに腹を立てているようだ。
「すみませんアルマンさん、すぐに止めます」
「ああ、頼むよ」
ハンター『アルヌの双壁』のリーダーで熊獣人族、ボルドの背中を見送る。
いかに旅慣れたアルマンでも、こうした人間関係のトラブルは避けられるものではない。やれやれと肩を竦めて馬の世話を始めた。
「俺は黒髪の奴と関わりたくねぇんだよ!」
「おい、ビラグ! あんたはこっちの条件を了承して護衛のパーティーに加わったんだ。プロのハンターならいつまでもガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!」
「ああ!? 俺は斥候として最低限の仕事はしてんだろ!? いいかボルド、斥候職ってのは運を大事にすんだよ! あんたがその黒猫に近づかないように言ってくれりゃあそれで済むんだ! わかったか!」
言いたいことを言ってテントに入るビラグ。ボルドは呆れて両手を広げる。あまりに身勝手な言い分に、もはや怒る気も失せた。
「またビラグを怒らせちゃった」
「気にするな、クロエは何も悪くない。悪いのはあいつを選んじまったリーダーの俺だよ」
「どうして黒髪が嫌いなのかな?」
「自分に自信も実力もないからだろ」
二人で焚き火のところへ戻ってくると、ハンター仲間のレーヌがスープをよそって差し出した。スープといっても干し肉とハーブと肉醤の調味料、ガルユを入れただけの麦粥のことで、定番のキャンプ飯である。
「二人ともお疲れ様。黒髪の人間と関わると運気が下がるだなんて、筋金入りの光天至上主義者は馬鹿みたいよね。はい、スープ。まったく、バホルムに帰るまでが憂鬱だわ」
「レーヌも悪かったな」
「あなただけのせいじゃないわ」
謝る年長者のボルドをレーヌが慰める。
二人は付き合いの長い恋人同士であり、アルマン商会の隊商護衛をして十年近く経つ。昨年、結婚を機にパーティーから二人が抜け、それ以来メンバー集めには苦労していた。
「私はどうしたらいいかな?」
「そうね、戦ったらクロエの方が強いんだし、今度なんか言ってきたら本気で一発ぶん殴ってやればいいんじゃない?」
「おいおい、気持ちはわかるがアルマンさんに迷惑がかかることはやめてくれよ」
「冗談よ。今はそのくらいの気持ちなの」
美しい容姿からは想像しにくいが、水の魔導士レーヌはボルドよりも肝が据わっている。
「でも、シュガー村では勝手な行動をしないように注意しておかないといけないわね」
「ああ、そうだな……」
顔を見合わせて頷くレーヌとボルド。
二人の脳裏には、シュガー村で暮らす黒目黒髪の少年の顔が浮かんでいた。
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