大嫌いな可愛い上司

Lika

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可愛い上司

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 私は上司が大嫌いだ。報連相という言葉を知っていますか? と尋ねたくなるくらい寡黙で話しかけにくい空気をいつも保っている。今年入社した後輩も、報告すべき事を出来ずに後からお叱りを受けるという、まこと理不尽な扱いを受けていた。

 そうだ、いっその事、上司がもっと可愛い生物だったら円満に、仕事が楽しくなるかもしれない。例えば猫。足の短いマンチカンとか。

 なんて、そんなフザけた妄想をするくらいには私はまだ余裕があるらしい。

「浅井さん、ちょっと」

 上司に呼ばれた。私は何か間違えたかと、デスクを立って上司の元に。しかしそこに上司は居なかった。確かに今、声がしたのだが。

「どういう事だね、これは」

「……?」

 椅子の方から声がした、とそちらに目を向ける。するとそこには猫ちゃん。マンチカンの、毛がもふもふの。

「え? か、係長?」

「なんだね」

「……可愛い」

 一瞬、場の空気が凍り付く……のを感じた。
 職場が一瞬、誰もが動きを止め黙ったのだ。音の無い世界が一瞬、確かに作られた。何を隠そう私の一言によって。

「……浅井さん。私は可愛いかね」
 
 程なくして職場の時が動き出す。同僚の微かな笑い声が聞こえる。
 いつもの上司だった。可愛いマンチカンは、いつものおじさんに戻っていた。思わず目を擦り、何が起きたのかと私は混乱する。

「今……さっきは可愛かったんですけど……」

 再び凍り付く職場。
 上司の目が鋭くなる。職場の仲間達は、必死に下唇を嚙みながら震えていた。
 
「さっきは……?」

「ええ、さっきは……」

 少し寂しそうな顔をする上司。すると勢いよく、この前叱られていた後輩が立ち上がり、下唇を噛みながら給湯室へと駆けこんでいった。

 そして聞こえてくる。給湯室から、必死に堪えつつも、溢れてしまう荒い呼吸音。そして大袈裟に、ラマーズ法で何かを生み出そうとしている。

「もういい。戻りなさい」

「はい……。おかしいな……さっきは可愛かったのに……」

 次の瞬間、仲間達は悶え苦しむように、お腹と口を押さえ、涙まで浮かべる者も居た。まるで酷い拷問を受けているかのように、必死に下唇を噛みしめながら耐えている。一体、皆の身に何が起きたのか。誰に聞いても答えてくれる者は皆無だった。
 
 それからというもの、何故か報連相は円滑に行われるように。上司は相変わらず寡黙で近寄りがたいのに、後輩は何の抵抗もないようだ。

「浅井さん、ちょっと」

「はい」

 しかし私が上司に呼ばれると、何故か職場の仲間達は物音一つ立てなくなる。
 まるで私達の会話を楽しむかのように。

「今日の私は可愛いか?」

「何言ってんのアンタ」

 本日も仲間達は悶え苦しむ。下唇を噛みしめながら。
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