ゴールドレイン

小夏 つきひ

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咲⑮

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「なんやて?」
多重子の顔が怒りに満ちたのを見て拓人は瞼が痙攣した。
「ええ根性やのう。泥棒に食わす飯はない、廊下で正座しとけ」
拓人は愕然とした。
「お前が足崩してないか見とくからここに居れ」
多重子は居間を出てすぐの場所を示した。拓人は固い床の上に正座した。
帰ってきた由雄はその姿を見て一瞬足を止めた。しかし、何も見ていないような素振りをして拓人の前を通り過ぎていった。
晩飯の時間になると米を炊いた匂いや煮付けの匂いが漂ってきた。喉の渇きと空腹に耐えながら咲を思い浮かべる。腹の底から悔しさや惨めさが込み上げようとするのを足の痛みが紛らわす。時間が経つのがあまりに遅い。
ようやく2人は晩飯を食べ終わり、先に由雄が風呂へ向かった。時々多重子の視線を感じる。拓人は居間の敷居を見つめ続けた。
多重子が風呂から戻った後、拓人はようやく部屋に戻ることを許された。二度と勝手をするな、したら今度は風呂場で正座させる、そんなことを言い放って去って行った。
足は痺れか痛みかわからない感覚で、四つん這いになって部屋まで移動した。
畳んである布団に覆いかぶさり顔を埋めると耳に心臓の音が伝わってきた。体中の血が頭に上ってくる。
その血が徐々に体に下りてくるのを感じていると意識が遠のき、拓人はぐったりと動かなくなった。

部屋の壁から小さくピシッと音がした。拓人は目を覚ました。真っ暗なことに驚き重い体を起こして電気をつけた。
開けたままになっている襖を閉じようとした時、廊下の暗さに意識が向いた。そして思い出した。
慌てて目覚まし時計を見ると針は10時13分を指していた。咲との待ち合わせ時間は既に過ぎている。
部屋の隅に隠してある懐中電灯を取り出し再び襖を開けた。拓人は一瞬だけ耳を澄ませると力の入らない足でそろそろと玄関へ行った。
外へ出ると足の痛みも忘れて駆け出した。途中、足首を捻り座り込んだ。しかし咲が待っている。この真っ暗い中でたった1人待ち続ける心細さを思うと胸が張り裂けそうになる。
息が切れて渇いた喉が張り付く、足首が急に痛み躓きそうになりながらも拓人は一心不乱に水車の場所へ向かった。
先の方に明かりが見えて思わず叫んだ。
「早川!!」
明かりは拓人に向けられた。そして近づいてくる。
「…原君」
咲は拓人の顔を照らした。
「ごめん……遅れた………」
大きく肩で息をする拓人に咲は小さく泣きそうな声で言った。
「来ないかと思った」
「………ほんとにごめん」
咲は首を横に振った。
「来てくれてありがとう」
その声は弱々しく、どれほど怖い思いをしただろうと想像すると拓人は心の底から申し訳なく思った。

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